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第7話

 慣れない街中を少し迷いながら歩くとやっと宿を見つけた。

 扉を開けようとして……。

 目の前に広がるのは黄色と黒の壁だった。内包するのは鋼の如く鍛えられた筋肉。驚き、離れるのが普通なのだが、九十九はそのままギュッと抱きついた。二メートルを軽く越える巨漢を前にすると九十九の顔は腹部に当たる。毛皮がもこもこして気持ち良い。中身は鋼とも思えるほどの筋肉だったが、毛皮はまた別格の柔らかさなのだ。

「こらツクモ。気安く我が毛皮で悶えるな」

 嫌がっているわけでは無い。自慢の毛皮でもあるし、それを喜んで触れるのであれば時間が赦す限り触らせているのだ。相手によるようだが。

「あぁ、ごめん。エルの毛皮は触り心地が良くて、ついね……」

 いくらなんでも失礼だと思い至り、即座に一歩下がって頭を下げた。

 九十九の反応が気になったのか、レミュクリュがふわりと飛び立ち、エルの後頭部を目指した。特に嫌がる様子も無く、虎の頭に到着すると後頭部を抱いて、体全体で毛皮を堪能する。眼が細くなり幸せそうだ。

 肩に乗ったミルが幸せそうなレミュクリュの頭を撫でている。

「それで、随分と機嫌が良い様だが、仕事が上手くいったのか?」

「うん。まぁそれなりに。怪我も無く無事に帰れたよ」

 そうかそうかと目を細めて黒髪の頭を撫でるエル。それを嫌がる事無く受け入れた九十九も不思議な気分に浸っていた。

 先輩に仕事の報告であったが、まるで、父親に報告しているような気分だったのだ。

「我らはこれから仕事でな。暇が重なったら飯でも食おうではないか」

 エルは頭のレミュクリュを持ち上げ、九十九の頭に移すとミルと共に片手を挙げて去っていった。


「ただいま〜」

「クワァ〜」

 一人と一匹が元気良く宿に戻ってきた。我が家のように帰ってくるのでダルデスが目を丸くして止まっていたが、笑顔を浮かべて迎え入れてくれた。


 《竜の吐息》は宿屋兼酒場である。

 場末の流行っていない店では無く、傭兵御用達の店と言った方が良いだろう。事実、客層は様々な人種、種族、年代に分かれて集まってくるが、共通している職業が傭兵なのである。

 夜ともなれば荒くれ者が酒を飲み、喧嘩が始まるのが日常茶飯事。だが、それぞれがある種の力自慢であり、刃傷沙汰にはならない。傭兵として仕事に就くとどこかで鉢合わせするのだ。それが味方の場合もあれば、敵となる場合もある。恨み辛みを残した状態での仕事は味方であれ、敵であれ失敗する可能性が増えて誰もが敬遠するのだ。

 だからこそ、酒の席での喧嘩は恨みっこ無し。それが傭兵の暗黙のルールだ。

 《竜の吐息》は三階まであり、一階が酒場で上は全て宿になっている。主に二階は素泊まりの客が多く、三階は宿というよりも賃貸に近くなっており、長期滞在者が三階に居る事が多い。

 そして店の裏側には鍛錬場がある。力を余らせて居る者が多いために作ったそうなのだ。食い逃げ防止に石壁が三方にあり、かなり高い位置にネズミ返しも付いた徹底したものだ。

 魔術系の傭兵であればそれほど必要としない施設でも、ほとんどが近接戦闘を主とする者達なのだ。日々の鍛錬を必要とする者のために作った施設は若干狭いという文句を言われるものの好評ではある。


 カウンターには九十九とレミュクリュが仕事終わりの一杯(果汁たっぷりのジュースと生肉)で仕事の成功を祝っていた。

「ボウズ。その鋼の棒が武器なのか?」

 ダルデスが興味深げに問う。酒場の客は少なく、暇なようだ。

「そだよ。高級な槍の部分だから頑丈なんだよ」

 型に流し込んで作られたものでは無く、叩き鍛えられた品である。

 ダルデスが、ふむ、と九十九と鋼棍を見比べる。見た目が少年そのもので、獲物が鋼棍。似合っているような不似合いのような微妙な表情を浮かべている。

 そういえばと九十九は思う。元々棍術は自衛用の武器だ。必要以上に傷付けないように配慮した武器なのだ。

 元の世界でも自分が住んでいた国では武道は身体を鍛えるための技術とは捉えず、精神修行の意味を取り入れ、人間としての道を模索する方法としていた。

 刃が付いていない武器もその精神から来るもので殺傷せずに敵を制するという理念を形にしたのだ。

「珍しいの?」

「珍しいというか、初めて目にするなぁ。ダガーとかも持って無いのだろ?」

 門兵達も普通の槍を所持していた事を考えると自衛手段はともかくとして、敵を傷付けずに制するという考え方が無いのだろう。

「それでその棒でどんな仕事をしてきたんだ?」

「カウルドベアだっけ? 八匹ほど」

 うろ覚えだった名前だったが、確認のためにレミュクリュを見ると頷いていたので間違っていないようだ。

「……。なんだって?」

 耳掃除し、呼吸を整えてダルデスが再度問う。

「カウルドベア八匹だって」

「冗談じゃないよな?」

「証人は……レミュだけだな」

 生肉を半分ほど胃に収めたレミュクリュが人差し指をにゅっと出し、九十九の袖を引っ張る。

「おかわりは全部食べてからにしなさい」

 九十九の言葉に残りを一口で頬張ると、口を動かしながら再度人差し指を立てた。

 やれやれとため息をこぼす九十九が同じものを注文する。

にわかには信じられん話だ……」

 生肉が載った皿をレミュクリュの前に置くと嬉しそうに飛び掛った。手を齧られると思ったのか、手を引っ込めたダルデスは苦笑を浮かべた。


 しばらくすると店の中は活気が溢れてきた。仕事終わりなのか、仕事始めの景気付けなのか解らないが、酒を注文する声が途切れる事無く飛び回っている。時折混ざる怒号もこういう店ではいつも通りの風景で誰も気にしない。

 だが、酒場の雰囲気に慣れない九十九はレミュクリュを連れて裏の鍛錬場に逃げていた。

 食べ足りないと主張するレミュクリュに五枚目の生肉を持たせて。

 それと、九十九はこの世界に来てから余り身体を動かしていないために不安があったのだ。武術とは毎日の練習の積み重ねであり、日課として毎日身体を動かしているために動かさない日があると腕が落ちているようで落ち着かないのだ。

 地面に座り、柔軟をしっかりと行う。身体が少し温まると腹筋、背筋、腕立て。これがいつもやっていた準備運動だ。

 その後は掌底による突き、突き上げる蹴り、払うような蹴りの動作。円を描きながら受け流し等の型を行う。

 そして、鋼棍を手に持ち振るう。突き、受け、払いの基本動作。円を描く歩法からの基本動作から応用技。風車のように回し、数本立てられた打ち込み用の皮鎧を付けた人形に打ち付ける。遠心力が加わった鋼棍は一本の案山子を粉々に粉砕して見せた。

 たっぷりと時間を掛け、数日間サボったツケを戻す。

 一通り日課だった型を済ませると、荒れた呼吸を整えた。

『最初ハ、踊リニ見エタガ鬼気迫ル迫力ガアルナ』

 レミュクリュの反応は驚きと喜びが半々というとこだ。

「相手が居る事を前提にやるからね。練習でも本気出さないと練習にならないだろ」

 九十九の言葉に何度も頷いて、もっともだもっともだ、と感心しきりのレミュクリュだった。

 汗を拭き、一息付いた九十九が思い出したように口を開いた。

「そう言えば、魔法ってのは俺も使えるの?」

『素養ガアレバ、ダナ。魔力ハ誰デモ持ッテイルガ、ソレヲ使ウノハ教エテ出来ルモノデハナイ。感覚ナノダヨ。ソレヲ自分ナリニ見ツケラレル者ノミガ魔術ヲ行使出来ルノダ。

ソシテ特定ノ条件ヲ整エル必要ガアル。簡単ニ言ウト魔力ヲ変質サセルニハソレゾレノ魔法言語ニヨッテ行ウノダ』

「なるほどなるほど……」

 九十九が何度も頷きながら、肩幅ほど足を広げ、若干低く構える。

 瞳を閉じ、ゆっくりと息を吸い、ゆっくりと吐き出す。まるで九十九の周りの時間が遅くなっているように思えるほどにゆっくりと。

 レミュクリュが不思議そうに首を傾げて見ていた。

 空気を切る音と共に正拳突き。その時に呼気を小さく、鋭く吐く。

 突いた姿勢のまま、じっとしていた九十九は何かを確かめるように身体を揺らし、構えに戻った。

 レミュクリュはただじっと見ていた。九十九の鍛錬はとても興味深い。今回初めて目にするが、体術に関してはレミュクリュが今まで見聞きした情報や経験の中にはまったく無い。独特の動きの中に洗練された武が垣間見えるのだ。九十九の世界への興味が眼を離せなくしていた。

 二度見た戦いの時に見せる自然体に近い構え。

 その様子を見ていたレミュクリュは己の目を疑った。

 さきほどの深い呼吸と共に地面から足を伝って螺旋状に魔力が流れ込み、へそに一端溜まっていく。その後、胴体を螺旋状に昇り、腕を伝い、拳に凝縮していくのが眼に見えた。

 瞳を閉じた九十九が左拳に集めた魔力の塊を拳速に乗せて、突く。

 塊が石壁に当たると爆散する。岩をぶつけたようにへこんだ壁に向かって、右の拳に溜めた魔力を突き出そうとして、

『マ、マテマテマテ、九十九! イツカラ魔法ガ使エルヨウニナッタ?』

 驚きから脱したレミュクリュが叫ぶ。

 打つ姿勢のまま止められた九十九は訝しげにレミュクリュを見ると、

「いつって、今だよ」

 手を払って右手に溜まった魔力を散らし、いとも簡単に応える。当然と言わんばかりに。

『素養ガアレバトイウ話シカシテオランデハナイカ……』

「要するに、身体に宿る魔力を収束すればいんじゃねぇのか? そう思ったからやったんだが、変だった?」

 レミュクリュの開いた口が塞がらない。よほど珍しい事なのだろう。

 九十九からすると、イメージが大事だと言われて、一番イメージのしやすい事を思い出し、結果として近い形で顕現したので、それほど驚くべき事では無いと思っていたのだが。

 そのイメージは前の世界で習った拳法と好きな某漫画。そして、拳法の誇張された逸話からだった。

 魔力の方向性は全身に力を漲らせ、手から光弾やら額に手を置いて閃光を放ったりする漫画からの発想である。死に掛けから復活すると力が上がり、互角以上に戦えるようになる、という燃える展開が好きだった。

 そして、その魔力自体の発想は九十九の世界で言う“氣”と言う概念だ。

 内気功と外気功というものがある。

 気功術など実際に行われている鍛錬は内気功と言われ、己の肉体に宿る氣を循環させて練る方法。

 もう一つは大気などの森羅万象に宿る“氣”を取り込み己の力とする外気功。仙人思想から来るもので人間は氣を精製、消費して生きる。それは有限であるために老化し、死に至る。ならば、森羅万象から氣を得れば精製する必要も無く、無限に近い生を得るという。


 魔法とはおおまかに言うと、詠唱による魔力精製、精製後に自らの求める現象に必要な量を作り出し、詠唱によって魔力変化。その後発動という過程を踏む。

 魔力精製のための詠唱も無しに魔力を収束するという行為は人間では出来ないというのが常識だったのだ。魔力とは生命力から精製する事によって生まれ、それを感じ取って必要量を集める必要があるという理論が固まっているからだ。

 魔力そのものを扱うのは生来から魔力に依存している、もしくは先天的に認識している魔物、魔獣、魔族だけの特徴だと言われているのだ。

 言われているのだが……。

「……ほぅ。つまり、魔法に関しても俺は異端だって事か……。どんどん人間離れしていくなぁ……って、その話で言うと俺は魔族扱いか」

 遠い眼をして呟く。だが、悲壮感は無い。

『我モ驚イテイル。素養ガアルドコロカ、才能ガ溢レテイルヨウダナ』

 感心して、うんうん、頷く。契約したからには強者であれ、というのが竜族の信念である。

「戦う才能か……。元の世界じゃまったく必要としない能力だな。ただ、元からの才能なのか、 召喚されたために備わった能力なのか。疑問だな」

『……確カニ。前例ガ無イカラナ。判断基準ガ一般ノ人間トデハ比較ガ出来ンシナ』

「困ったもんだね。ん〜……て、事は……」

 再度構える。ただし、脇に立ててあった木の棒に藁を巻いて使い古しの皮鎧を付けた人形に向かって。

 肩幅に足を開き、構える。

 呼吸を整え、余分な力は抜く。

 才能ある少年の行動に胸を高鳴らせるレミュクリュ。

 数歩の距離を瞬時に詰め、超近距離で腰溜めの掌底を藁人形に一撃。


 鈍く重い打撃音。


 人形が震えていた。地面に挿しているために震えているが、人間ならば十数歩吹き飛ばすだけの威力は込められているだろう。

 ただ、あれほど才能があると思っていただけに重い音を発するだけの打撃に終わったので、レミュクリュはこっそり落胆していた。のだが……。


 風船を割ったような破裂音が響いた。


 数瞬遅れて人形の背中が爆散したのだ。

 打撃を受けた人形の背後部分が吹き飛んだ。背面の皮鎧が引き千切れ、藁が舞い、支柱の木の棒が破片となって散る。

 支柱が粉々に散った人形は力無くだらりと崩れた。

 不思議と前面の皮鎧や藁部分に傷は無かった。

『ナ、ナニヲ……?』

「ふむ……。この世界じゃ何でもありになってきたなぁ……」

 九十九が自分の拳を見てしみじみと呟いた。


 《寸勁すんけい》と呼ばれる打撃がある。密着状態、もしくは拳一個分ほどの隙間さえあれば普通の打撃と同等、もしくはそれ以上の打撃力がある攻撃方法である。地面を蹴りつけた反動、腰の回転など発生させた力を失う事無く、打撃面に持ってくる事によって行う打撃術だ。それに捻りを加えると《纏絲勁てんしけい》となる。

 その力を発展させると《浸透勁しんとうけい》と呼ばれるようになる。

 理想的に力を発揮する事を前提に打撃の作用点をずらす事でダメージ箇所を移動させる事が出来るのだ。

 殴った表面にダメージを与えるのでは無く、身体内部の内臓や壁の向こうに居る相手などに攻撃出来るようになるのだ。浸透する威力を持つようになるので、浸透勁と呼ばれるのだ。

 腹部への打撃なのに背中が痛むという魔法のような技だが、それは身体のバランス、身体運用法、力加減など様々な要因を重ねると出来る技法であって、魔法では無い。奥義と呼ばれる技だ。

 身に着ける技術と才能が必要という部分に関して言えば、魔法の才と同じくらい稀有ではあるだろう。

 さすがに身体運用法や力加減を知らない九十九は、魔力を利用すると再現出来るのでは? と考えたのだ。

 九十九が行ったのは《偽・浸透勁》である。打撃と共に魔力の塊を内部へ浸透させ、背面で爆発させたのだ。

 魔力をイメージ通りに操れるのであればと。

 その結果が目の前の状況だ。似て非なるこの技は、戦う相手次第では必要な武器になるだろう。

 レミュクリュとしてはそういう魔力の使い方を想像した事が無いのか、九十九の説明を受けてもいまいち理解出来ていないようで小首を傾げて唸るばかりだった。


「なんの音だぁ〜?」

 裏口より現れたのは酔っ払った数名の傭兵……だと思う、見た目が絵に書いたような山賊の風貌な方々。

 と、ダルデスだ。

 ダルデスの目の前に広がるのは粉々になった人形とぐにゃりと芯を失ってとろけた人形。そして陥没した石壁である。

「何をしたんだ?」

 ダルデスの語調に怒っている様子は無い。鍛錬場だから人形が壊れる事もあるし、武器がぶつかって石壁を傷付ける事はある。だが、一人の少年がやったにしては、ちょっと度を越えていた。

 石の上にちょこんと座る白竜を見るが、無理だろう。今も鍛錬場に連れて行く時にねだって買わせた五枚目の生肉を両手で掴み、アグアグと齧り付いている。嬉しさの余り、尻尾が左右に動き、残像を残すほどだ。

 ダルデスの知識では、白竜の仕業であれば人形は消し炭になり、石壁の凹みも黒く焼かれて変色しているだろう。

「仕事失敗したのか〜? 物に当たっちゃいかんよ〜当たっちゃ〜」

 げらげらと笑う、見た目が山賊のおっさん達。

 仕事は成功したと聞いていたダルデスも何か気にして暴れているのだろうと考えていた。

「新技の試し打ちしてまして」

「棒っきれの新技か。お〜怖い怖い。ハァーハッハッハッハッハッ」

 酔っ払いは互いに肩を叩き合い、腹を抱えて大爆笑である。

「おぅ、ガキ。その新技ってのを見せてくれよ。面白ければここの修理費を俺達が払ってやるよ」

 笑いのツボを脱した一人が提案すると、残りの男達も「そりゃいいや」と笑顔で同意する。

 九十九はダルデスに視線を送る。ダルデスもまた見たいという欲求はあったし、男達が払おうが、九十九が払おうがどちらでも良いので頷く形で同意した。

 無事な人形の前で鋼棍を構える。

 男達はぐびりと酒を飲み、笑う準備を整えた。


 コン。

 人形の頭部を突く。


 コン。

 人形の喉を突く。


 コン。

 人形の鳩尾を突く。


 コン。

 人形の股間を突く。

「ぷっ……くふっ」

 男達の一人は限界まで笑いを我慢しようとしている。


 コンコン。

 頭部、喉。


 コンコンコン。

 鳩尾、股間、頭部。


 コンコンコンコン。

 喉、鳩尾、股間、頭部。

 同じ場所を同じ動作で突くが、その速度だけが徐々に上がっていく。


 コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコン

 人形が撓るが、元の位置に戻ろうとするとまた押され、徐々に後ろへと押されていく。


 コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンココココココココココココココココココココココココココココココココココココココココココココココココココココココココココココココココココココッ!

 九十九の腕と鋼棍が残像となり、音もただの一音では無く、連続して聞こえるので長い長い一音のように聞こえてくる。

 喜劇を期待していた男達の前で、芸術の域にまで達した武技を見せ付け、このまま永遠に続くかと思われたが、すぐに終演が訪れた。

 どさっと人形が仰向けに倒れ、起き上がろうともしなくなったのだ。起き上がった方が怖いが。

 連続して打たれる打撃と徐々に背後に押される事で、根本の木が耐え切れずに折れたのだ。

 折れた人形の背後にもう一体人形が立っていたので、九十九はついでとばかりに地面を蹴り付けるように踏み込み、人形の頭部を突いた。

 抉ったり、吹き飛んだりせず、人形の首が鋼棍によって四散する。

 鋼棍の先に爆発物でもあるかのような現象であったが、人間の修練によって可能となる技だ。

 カウルドベアとの闘いで使った纏絲勁による突き。

 四散した頭部を見て、九十九が構えの姿勢に戻ると小さく舌打ちをした。


 …………。


 練武場の空気が止まったような錯覚を与えていた。

 この場に居る者は誰一人として動かず、九十九も構えの体勢のまま残心を行っている。

 男達の手元から酒の入ったジョッキが地面に転がり、レミュクリュの持つ生肉も地面に落ちている。

「さて……。笑ってもらえました?」

 笑顔で振り返った九十九へ、男達は引きつった笑顔を浮かべたが声を発する事は出来ない。

 少しは打ち解けたと思っていたダルデスも九十九の笑顔を表面通りには受け取れなかった。

 山賊顔の男達の脳裏に瞬時に浮かんだのは必ず修理費は払おうという事だったが、目の前に居る笑顔の九十九を見て悩んでいた。

《笑えるものなら、笑ってみろ》

 そう言っているように思えたからだ。何か賛辞でも送ればいいのか、強がればいいのか解らない。下手に刺激してはならないと皆が思い、それ故に誰も声が出せないのだ。おそらく人生でもっとも脳を動かし、目の前の状況を何とか無難に済ませようと考えているのだろう。

 引きつった笑顔のまま声を出すべきか……。声を出すとして何と話せば……。

「……カウルドベアを一人で倒したのは嘘じゃなかったわけか」

 最初にやっとの思いで声を出したのはダルデスだ。納得がいったとばかりに声を張り上げた。見た目山賊の男達と同じ心境だったダルデスも色々と状況を好転させようと考え、苦心の末の言葉だ。そして、

「じゃ、修理費はこいつらから貰う事にするよ。お前らもそれでいいだろ?」

 肩をぽんと叩いて正気に戻すと、手にあらん限りの力を入れる。

 それでダルデスの気持ちが文字通り痛いほど伝わったのだろう。

「そ、そうだな。お、おもしろいものをみせてもらったんだから、やくそくどおりにはらわなきゃならないよな」

 男の棒読みの言葉に仲間も同意する。

 一気に酔いは醒めているだろう。

 そうですか、と九十九は笑顔を浮かべて頷くと地面に落ちた生肉を銜え直したレミュクリュを抱え、部屋に戻る事にした。


『九十九ノ言ウ新技ハ浸透勁デハナカッタノカ?』

「そだけど、どったの?」

『アレハアレデ凄イガ……』

「あれは見せ技だよ。見た目が派手だろ? 浸透勁なんて地味だし、説明するのも面倒だよ」

『ソレト、最後ノ突キガ不服ソウダッタヨウダガ、何カ不味イノカ?』

 小脇に抱えられたレミュクリュは食べ辛そうな体勢でも構わず、両手を使って生肉と奮闘している。

「威力が弱いみたいでね。最後の一突きは四散させるつもりはなかったんだよ。俺もまだまだ精進しなきゃな」

 うんざりと、残念そうに呟く九十九。あれを見せられてまだまだと考える事に嬉しい反面、これ以上強さを求める貪欲さにレミュクリュは生肉を銜えながら呆れていた。





突然の後書き。


当然ですが、魔法の説明、武道の説明、技の説明などは書物や伝説を元にした筆者のイメージです。

つじつまが合わないというのであれば一報ください。再考してつじつま合わせします。


それと筆者はちっちゃな頃から作文等が苦手でござりまする。

何度も読み直しておりますが、誤字脱字、文法誤りがある可能性は大でございます。

そちらも変だと思われた箇所があれば教えてくだされ(´・ω・`)ノ


次回から第一部のメインとなる事件が起こったり、起こらなかったりします。いや、起こそうとはしています。

よろしくお願いします。

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