第6話
「それでは仕事完了の報告に来ました」
村長の屋敷を再度訪れた九十九が角の束を脇に置き、ソファーに座る。対面する村長は村の存続に影響する懸念を解消出来たはずなのだが、喜びに転げ回る事も無く、そわそわと落ち着かなかった。
「まずは森に出る魔獣を退治しました。情報通り熊のような魔獣で報告より二体多い全八体。全て退治し、屍骸は森にあります。確認してください」
九十九の報告にメイドを呼び寄せると、猟師に連絡を取って確認してくれと伝える。メイドに驚きの表情が浮かぶとすぐに部屋を走って出て言った。扉も閉めずに。
苦笑を浮かべながら村長自ら扉を閉めると、意を決したように表情を固めて対面に座り直した。
九十九も相手に準備が出来た事を確信して口を開いた。
「それで気づいたのですが、私が請けた仕事はランクFと明記された物でしたが、実際に戦った相手はランクCに相当する魔獣でした」
口を隠すように手を組み、じっと聞き入っている。
「予想と現実が異なる事はよくあるのでしょうね。それだけです」
にっと笑顔を見せた九十九が角の束を背負い直して部屋を出ようと立ち上がると、村長が呼び止める。
「傭兵ギルドに……報告しないのか?」
「面倒事は嫌いなんですよ。今回の仕事は良い経験になりましたし、それぞれに事情があるのは理解出来ますしね」
見た目は少年なのだ。だが、言葉が、雰囲気が老成しているように見える。言葉通り面倒事だから言わないという事なのか、それともやんわりとした口調で然るべき手続きをしろと抗議しているようにも取れなくも無い。
「報酬は書類通りに払う。残りに関しては必ず工面するので待ってもらうわけにはいかないだろうか……」
懇願というほどのものでは無い。おそらく仕事完了時に提示するために準備していた言葉だろう。
後払いでさらに分割での支払いにしてくれと言っているのだ。
九十九は宙を見て唸り、村長に向かってゆっくりと言葉を紡ぐ。
「書類通り支払うべき報酬はそれだけで良いですよ。もし、何か俺が困った事があったら相談に乗ってください」
「そ……それでいいのか?」
脅されたり、規定に則って支払いを迫ったりと、色々な状況を想定していた村長としては毒気が抜けたような表情を浮かべるしかなかった。
少年だからこそ世間の厳しさを知らない甘い発言をしたのだろうか。
「それでは、また何かあればよろしく」
疑り深く九十九の発言を吟味していた村長に片手を挙げて退室する九十九。村長は自分を納得させる答えを導き出す事は出来なかった。
『九十九ハ甘イナ』
村を出て街へ帰る途中、九十九の髪を握り締め、少し不機嫌そうにレミュクリュが呟いた。
数日前、酒場にてエルに傭兵家業の事を色々聴いた事を言っているのだろう。
ギルド規約に書かれている文言の一つに契約内容が異なる場合はそれに準じて報酬が変わると教わったばかり。不測の事態が結構あるらしく、気を付けるように言われたのだ。
今回のようにランクFの仕事として募集したが、実際にはランクCの魔物退治。この場合、依頼者はランクCの報酬を払わなければならない。当然の話だ。
だが、九十九はランクFのままで良いと判断した事に不満があるようなのだ。
『無事ニ成功シタカラ良カッタガ、コレガ失敗シテ怪我デモシタラ我ハ……』
「無事に仕事は成功したし、ランクFの報酬は手に入る。それに残りの報酬をそのうち払ってもらうよりも、恩を着せておく方が良い場合もあるさ」
『ドウイウ事ナノダ?』
「漠然とした恩を着せておけば、どんな無茶な要求も通せるようになるだろ。特に今の村の現状は少しでも支出を減らしたいところだろうし、こういう恩は数えられる報酬よりも心に残る方が何倍にもなって返って来るんじゃないか?」
『全テガソウナルワケデハアルマイ?』
「だろうね。でも、相手を見て判断してるつもりだよ。もし何も無かったとしても損はしてないしね」
肩を竦める九十九にレミュクリュが諦めたようにため息を吐き出した。
『時々、九十九ガ老獪ナ老人ニ見エルンダガ……』
「ドラゴンってのは目が悪いんだな。どこから見ても十代の若者だろ」
ペチペチと頭を叩くレミュクリュの抗議に笑いながら宥める。
一人と一匹が楽しそうに街へと向かっていった。
王都ブリューラドの北門を一人と一匹が潜り抜けた。交代制なのか、前回足止めをした騎士が一人混じっていたようで、案外すんなりと許可が降りた。
さすがに同じ理由を盾に引き止めようとは思わなかったのかもしれない。
言われても老騎士に連絡が付けば通れるだろうが。
少しだけ道に迷いながらも、傭兵ギルドの建物に着いた。
依頼書には村長の印を押してもらい、完了の証が付いている。それとカウルドベアの角をカウンターに置くと、事務的な返事と共にしばらくお待ちくださいと言われ、長椅子に座って待つ。
頭から膝の上にレミュクリュを下ろすと、喉や頭を撫でて時間を過ごした。
「ツクモさんですね?」
仰向けになり、されるがままになっていたレミュクリュを撫でる手を止め、顔を上げる。
そこには眼鏡をかけた長い金髪の美人が立っていた。メリハリのあるボディーで、もしフェロモンが目に見えたら身体中から溢れ出ているのが見えるだろう。
それほどの美人が九十九に声を掛け、艶然と微笑んでいた。
レミュクリュが至福の時を邪魔されて唸る。美人の顔が恐怖に引きつった。
が、頭をぽむっと押さえて宥めた。
「何か問題でもありましたか?」
「いえ、一つ確認したい事がありまして」
一息入れて、
「今回完了されたお仕事についてですが、お持ちになられた換金部位はランクCのカウルドベアでした。もしかしてランクCの魔物退治だったのでしょうか?」
予想された質問だ。慌てず、驚かずに九十九が平然と応えた。
「いえ、ランクFでしたよ。カウルドベアの換金部位は道中で倒したものです。持って歩ける量では無かったので、ランクFの方は村に差し上げてきたのですよ」
裏の無い笑みを浮かべた九十九に女性は少し間を置く。
「……例えばですが、実態と報告が異なる場合は傭兵にも罪が及びます。我々傭兵ギルドは命を切り売りしていますので、命への対価が安くみられると他の方々にも影響が及びます。お気をつけください」
女性は笑みを浮かべながらも苦言を呈する。おそらく、九十九が何をしたのか解っているかもしれない。
ギルドは仕事の内容次第で報酬を決める。それは派遣する傭兵に確実に仕事を成功させなければならない。それだけに様々なルートを使って情報を集める能力がなければならないのだ。独自の情報と依頼者の情報を摺り合わせて決定させるのだ。
だが、今回の仕事に関してはギルドの落ち度である。正確な情報だと思っていても誤報を持っている場合だってあるのだ。誤報だとしてもそれを良い機会と思って行動するか、ランクが違うと報告に戻ってくるかは請け負った傭兵の能力と努力次第。乗り切ればギルドからの信頼度が上がる。ハイリスクではあるが、ハイリターンでもあると言うわけだ。
結果論で言うと、今回の内容は傭兵集団の《クラス》ならばランクE。個人であればランクCだろう。
だから、ギルドとしては面と向かってダメとは言わなかった。
少年であり、初仕事でもあるが、個人の力量がランクCであるという証明をしたのだ。九十九の行為は問題あると暗に伝えては居るが、それはギルドの表向きの言葉で、誤報であったという落ち度を公言するなという裏の意味合いがある。
さらに言うならばギルドとしては有能な傭兵がまた現れ増えたという喜びもある。それはギルド側の話だが。
聡い九十九はどこまで理解が出来たか解らないが、笑顔で了承を返し、報酬を貨幣で貰えるように手配してもらった。
今回の報酬は金貨二十枚と銀貨二十一枚。
ホクホク顔で受け取るとレミュクリュを肩車して建物を後にした。