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三部 第9話

──その頃、右方を受け持つミルは……。

 九十九とは異なり、容赦なく暴れていた。

 魔力を巡らせたレイピアから雷撃が飛び、直線状に居たレッドキャップを焼き払い、背後に回ろうとする小人達を床から生やした氷の槍が股間部から侵入し、頭頂部から赤く染まった切っ先を見せる。

 屋敷の中だという事はまったく考えていない。

 ふかふかの絨毯からは命を奪う氷柱が生え、不可視の風の刃が踊り血飛沫で辺りを染め上げ、雷撃が黒こげの遺体で道を作る。

 魔法を放ちながら、ミルはちらちらと魔族を見ていた。

 その視線に気づいているのか、魔族は口元を喜悦に歪めている。

 魔族に驚きの様子が無い事にミルは舌打ちをした。

 火属性、水属性、風属性と四大魔術の内、三種を途切れる隙も無く放っている。

 短縮詠唱や詠唱破棄を使い、威力を殺す事になっているが、敵を近づけないようにしているのだ。

 そこから戦い慣れた熟練者であろう事は魔族に伝わっているはずだ。

 だが、そのミルの様子を視界の端にでも映しているのにも関わらず、驚きや警戒が無い。自分はもっと手強いと態度で示しているのか、それとも相手にするほどでも無いと示しているのか……。

 苛立ちを隠す事無く、ミルが鼻に皺を寄せてレイピアを掲げた。

 レイピアに纏わり付くのは目に見えるほど具現化された風。さらにはミルの周囲に氷の塊りが複数浮かびあがった。

 掲げたレイピアを目の前に。浮かび上がった氷塊がレイピアに近づくと風に巻き込まれて砕けた。

 まるで、レイピアが長剣になったように錯覚するほど白い霧。いや、九十九が見ていたらカキ氷が纏わり付いているとイメージするかもしれない。

 氷塊が一個、また一個と吸収されるたびに長く太く。

 最後の氷塊を吸収する頃には、エルが持つグレートソードのようなサイズになっていた。

 それをミルは右から左へとレイピアを薙いで解き放った。


 それは一瞬の出来事だった。

 火事現場から氷の浮かぶ海に飛び込んだような温度の変化がエントランス内で巻き起こった。

 鋼棍を振っていた九十九がぶるりと震えて視線を後方へ向け、見開いた。

 九十九から見て、背後。エントランスの三分の一を占めるミルの前面が白銀の世界のような姿になっていたのだ。

 小高い丘に見えるのは折り重なったレッドキャップ。乱立するのは立ったまま氷像となった姿。

 何が不満なのか、腰に手を置き、頬を膨らませたミルは目の前の景色とちらりと魔族へ視線を向けていた。




 道化を装う魔族の目の前──中央に陣取ったレミュクリュは両手に持ったフランベルジュを振るっていた。

 一歩分だが、密集した防御陣形より踏み出した状況は狙い易いのか、最も多くレッドキャップが群がっていた。

 いや、もしかしたら女性を血塗れにしたいという衝動だけで群がっているのかもしれない。

 醜悪な老人顔の妖精が下卑た笑みを浮かべながら二本のナイフをひけらかしながら飛び掛ってきていた。

 レミュクリュはそのナイフを避けようとは一切しなかった。

 振り被り、振り下ろそうとした刃が鎧に触れる、というわずかな時間に両手に持つフランベルジュが二度、三度と通り抜けていくのだ。

 左右同時に襲い掛かるが、左右に一刀のもと振り抜くと腕や首が冗談のように飛んでいく。

 彼我の実力が驚くほど開いているのだ。レッドキャップがナイフを一度振る時間に、レミュクリュは三度から四度ほど長剣を振る事が出来る。

 レミュクリュの周りには骸が散乱し、土嚢を積んだように遺体が積まれていく。

 どうしたものかと、数瞬の思案。右から冷気が襲い掛かった。

 原因は灰猫だと解るが、視線を向けて状況を理解すると、苦笑と共に呟いた。

「確かに面倒よね……邪魔よ……」

 減る様子が見られない事に苛立ちを覚えたレミュクリュが長剣を大きく薙ぎ払って近寄ったレッドキャップを切り捨てる。

 彼我に大き目の間合いを作り上げ、戻した長剣を下げ、背を反らして大きく息を吸う。

 大声でも上げそうな体勢を整えたのだ。

 だが、その体勢で数瞬止めると腰まで伸びた銀髪が揺らめく。

 風によるものではなく、レミュクリュの体内から溢れてくる魔力によるもの。

 意図を察したのか、今まで配下のレッドキャップ達の殺られていく様を笑顔で見ていた虚弱な道化が、表情を強張らせながら階段なのも構わずに後ろ向きのままで飛び跳ねるように階段を駆け上がっていく。


 レミュクリュが口腔を見せ付けるように吐き出したのは、白い霧。

 キラキラと輝く粒子が見えるが、極低温の空気によるダイヤモンドダストではない。

 闇に属する者に対して絶大な威力を秘めた聖なる吐息。

 竜族の攻撃方法は、と問われたら誰でも最初に挙げるであろう有名な攻撃手段。

 竜の吐息ドラゴンブレス

 人型でも使える事にも驚きだが、聖属性のブレスは稀有だろう。


 レミュクリュは右から左へと、首の動く最大の範囲に息が続く限り吐き出した。ついでとばかりに左方で転がる気絶、もしくは戦闘不能になって蠢く塊りの方にも吐き出す。

 九十九が驚愕の表情を浮かべながらも、地を蹴りつけて背後へ飛ぶ。勢いが付きすぎてクランドルに衝突した。

 吐息を浴びたレッドキャップは両手のナイフを取り落とし、顔を両手で覆う。

 苦しげに呻くとそのまま膝を付いて突っ伏した。

 それ以上動く事は二度と無い。

 まるで毒ガスを受けたような反応で、レミュクリュと相対していた前方のレッドキャップ達は全て地に伏していた。左方の蠢いていたのも動きが完全に止まっている。

 喉の調子を確かめるように咳払いをしたレミュクリュが、長剣を構え直し、ニヤリと口元を歪ませた。

「もう、打ち止めよね?」

 居たとしても構わない、と言わんばかりではあるが、表情が嫌そうに歪んでいた。

 口にした通り面倒なのだ。


「予想…………以上ですね……」

 道化たる魔族が口元に手を置いて咳を抑える。具合が悪そうだが、予想を裏切る成果に喜んでいるようだった。


 どうにも敵意が見られないために、レミュクリュの傍へとミルと九十九、クランドルが集まった。

「レミュ。何で俺の方まで手を──」

「敵よ。人間じゃ無いわ」

 出したのか、とまで言わせない。視線を魔族へと向けたまま端的に言う。

 言いたい事が伝わっているために九十九は唇を噛んで俯いた。

 レミュクリュの行為は当然の事なのだ。

 血を好む妖精をそのままにしておくわけにはいかない。今は何もなくとも一匹でも街へ逃げ出したら、闘う術を持たない者へ被害が出るかもしれない。

 傭兵として、いや闘う術を持つ者であるならばリスクを極力減らす事が肝要なのだ。

 レミュクリュは九十九の〝不殺〟という信念を尊いと考えている。傭兵としてならば甘い、三流の考えなどと唾棄しても良い考えだが、不器用なまでに貫こうとしている姿勢を好んでいるのだ。

 だから九十九を端的な言葉で責めるように返答したのだ。鉄則を教えるつもりは無いし、考えを改めろとは言わない。

 嫌われる可能性もあるが、それでも九十九の信念を九十九の手で折らせないようにしたかったのだ。これもまた他の傭兵から見れば甘い考えだと言われるかもしれないが……。

 リスクコントロールが甘いならば、補おう。そう考えているのだった。


 病弱な魔族が微笑みながら四者を眺めていた。

 特にレッドキャップを全滅させてからは機嫌がすこぶる良くなっているように思える。

「予想以上ですね……しかし、そこの人間は力が有りながら心が弱いですね……」

 底の見えない赤い瞳が九十九をじっと見る。

 その眼は全てを見透かすように見ている。だが、その視線を妨げるようにレミュクリュが前に進み出た。

「お前には関係の無い事だ」

「でしょうね……」

 呟きながら階段をゆっくりと下りてくる。レミュクリュの力ならば一足飛びに近づいて斬り付けられる距離まで下りて来ると歩みを止めた。

「それで、お前の用件は?」

 九十九が鋼棍を下ろして問う。

 その言葉に笑みを浮かべて返答とする道化。

 だが、そのままでは平行線のまま戦闘に突入してしまうだろう。

 肩を竦めて道化が口を開いた。

「少し……お話でもしましょうか」

 そんなところだろうと九十九は思っていた。

 闘っている最中、笑みを浮かべて見ていただけなのだ。

 最初はどう思っていたのか解らないが、中盤からはレッドキャップでは倒せない事に気づいていたはず。だが、それでも手を出そうとしなかった。

「俺達は露払いか?」

 九十九の憶測に対する答えは青白い顔に刻まれた深い笑み。

「侵入者を……ゴホッ……排除しろ、それが私に下された命令です。とりあえずは、ですがね」

「それで?」

「……この首筋を見てもらえますか?」

 襟元を開いて見せた首に、赤い印が脈づいていた。

「呼び出されたと同時に仕込まれた呪印です。私と同じ種族はこの世界にわずかに存在しているようですが、これでも前の世界では魔術に関しては上位に位置する魔族なのですよ。その私が抗えないほどの強制力を持っています」

「抗えない、ってわりに黙って見ていたようね?」

 上位の魔族、という点が気になったのか、レミュクリュが口を挟んだ。手に持つフランベルジュに力が込められる。何時でも斬れるように構えたのだ。

 フランベルジュが揺れ、返答次第で斬られる事に気づいているはずの道化は、それでも苦い笑みを浮かべて口を開いた。

「魔力を操る知識をお持ちであれば理解出来るでしょう。対魔力、対抗、呼び方は他にもありますが、魔力を持つ者であれば拒絶する事が出来ます。保有する魔力量に比例して、です。

 それだけの力が有ると自負しておりましたが、今回は完全に拒絶出来ませんでした。

 しかし、完全に対抗は出来ませんでしたが、少しは自由が利きます」

「その自由を俺達との会話に費やすのか?」

 意図が解らない九十九が少し苛立ったように問う。

 早く本題に入れ、そう思っているのだ。

「侵入者の排除をしろ、それが私に出された命令です」

 本題に入ったとは思うものの、同じ言葉を繰り返すばかり。伝えるべき言葉が足りていない。だが、数瞬ほどの間を空けて言いたい事を九十九は理解出来た気がする。レミュクリュもまた理解はしているだろう。だが、さらにそこから何かを考えているようだ。

 だから、九十九は確認を取るように口を開く。

「つまり、命令に逆らわないならば他の行動には口出しも手出しも足出しもしねぇって事かな?」

 九十九の回答に魔族はにっこりと微笑んだ。

「最悪、一人だけ残ってお前の相手をして、その間に残りが目的を遂行する、と……」

 被せる様に口にした九十九の言葉が求めていた答えだったのだろう。道化はこれ見よがしに隙だらけとしか見えない、大げさな身振りで頭を下げて礼をしたのだ。

 言葉の意味は解る。条件を満たせば良いのであれば、全員を相手にする必要が無いという事だ。命令を下した者の言葉の盲点を付いたのだ。

 侵入した敵を結果的に排除する。ならば、その結果までの過程をどれだけ長く取れるかが九十九達の腕次第となる。倒せるのであれば問題は無い。だが、確実に勝てると思えるのは一人のみ。その他であれば時間を長く稼げるか、あっという間に終わるか、だ。

 目の前には、まだ頭を下げたままの魔族が居る。もしかしたら、誰か名乗りを上げるまで待っているのかもしれない……。


 その白い首を見ていたレミュクリュの手に力が入り、ぐっとフランベルジュが持ち上がった……が、動かなかった。いや、動けなかった。

 もしかしたら斬り捨てる事が出来たかもしれない。だが、どうしても一歩が踏み出せなかったのだ。決死の覚悟であれば倒せるだろう。だが、時間は掛けたくない。この先に親玉が居て、今ならば手薄かもしれない。可能性でしかないが。

 その状況も戦力も未知数な相手に対して、致命的な欠点のある九十九一人で行かせるわけにはいかない。かといって、灰猫と一緒では暴走する可能性があり、クランドルが一緒に居ても暴走を止める抑止力になりえないだろうと確信が持てる。

 レミュクリュはフランベルジュを揺らしながら黙考していた。ふらふらと揺れる様は何かを秤に掛けて選んでいるように見えるかもしれない。

 揺れが大きくなり、何かを決心しそうに──。

「ボクが相手してやるよー」

 駄目で元々とミルをどう説得しようかと思い悩んでいたが、どこか血生臭い雰囲気を滲ませながら、不敵に笑う当人から提案が出たのだった。





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