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三部 第8話




 屋敷の扉は大きなものだった。今は人が寄り付かない魔境となっているが、爵位を持っているのであれば、何かと理由を付けて晩餐会やら、舞踏会などやらかしているだろう。

 そのような大勢を招待する事も考えられているのか、扉はそれほど高さが無い。無いが横幅は一般よりも倍ほどに大きい。

 九十九は遠慮無しに手を掛けて扉を押す。

 鍵でもかかっているならば破壊してやろう、などと物騒な事を考えていた九十九だったが、予想に反して抵抗無く開いた。


 そこは貴族を知る者であれば驚きに値しないのかもしれない。

 元の世界の九十九の家が入るほどの面積があり、床には赤い絨毯。その奥には男装の麗人が出てくる演劇でしか見たことが無いような二階へと続く階段。天井にはとても大きなシャンデリア。

 どれもが大金を掛けているのが伝わる。壁には宗教画のようなものから、胸像などが陳列されている。おそらく部屋を照らす灯りも魔法によるもので高価なものを使っているだろう。

 九十九には玄関から入るとダンスホールなのか? と疑問が浮かんだが、違うと思い直した。

 規模が違い過ぎて勘違いしたが、エントランスホールなのだ。

(玄関が俺の家の広さ……親父だったら泣くだろうな……)

 そんな物思いに耽っていると、ポンと頭を叩かれ、クイッと右耳が引っ張られた。

「何かきたよー」

「何カ来タゾ」


 エントランスホールに響いてきたのは靴音。

 それもゆっくりとした、まるで散歩しているかのような。

「どちらさまですか……ゴホッ」

 二階の階段に現れたのは白いスーツをきっちりと着込んだ線の細い男性だった。

 病的に白い肌に赤い瞳。表情は少し疲れたように覇気が無く、時折咳き込むところを見ると病的では無く、病気がちなのかもしれない。

 ただ、弱弱しく見えるが、視線は油断無く四者を見据えていた。

「子爵にお話を伺いたくて参りました。ぜひ──」

「お引取りくだ……ゴホッ……さい。誰にも会わない。それが子爵の意思です」

 九十九の言葉に一瞬の間も開けずに被せてくる。

 完全なる拒否。

 返答は拒否だが、男の視線は何かを期待しているかのような光を感じた。ただ、その期待が行動や態度、もしくはその先にある戦いに対する事なのか、それとも九十九の次なる言葉に対してなのか、判断が出来ない。

 もちろん、拒否されたなら大人しく帰ろう、などと考えるのであれば、そもそも殴り込みになんかこない。

 だから、次の言葉は──。

「子爵の所に自分の足で案内するか、それとも引き攣られるか、どっちか選べ」

 鋼棍を握り直し、九十九は問う。刺々しい言葉は拒否された事に対する嫌味ではない。

 見上げる先に居る男は、時折咳き込み、病弱だと思わせる雰囲気はあるものの、どこか油断ならない。それが肉体的強さでは無いのは見ての通りだ。

 どこかで感じた事のある雰囲気に九十九は視線を自分の右肩に送った。

 ──そう、ミルと似た雰囲気なのだ。

 それを確信した九十九は気を引き締めた。

 肉弾戦ではどう足掻いても九十九に負ける要素が無いだろう。だが、そもそも近接戦闘にもっていけるのかどうか、確信が持てない……。

 気を引き締めたと同時に肩が軽くなった。

 灰猫が肩より飛び下りて、赤い帽子の位置を調整し、魔法発動体でもあるレイピアを引き抜いた。

 さらに頭も軽くなった。

 定位置より飛び立った白竜が、地面に降りる前に変化し、人型へと。

 ミルはともかく、レミュクリュが人型となって戦闘準備する姿に九十九は驚いていた。

 今まで、戦いになると高みの見物を決め込むのがほとんどで、よほどの状況にならない限り人型になる事は無かったからだ。


 一度目は明らかに九十九一人では人質となったダルデスを救えない状況の時。


 二度目は精神的に追い込まれた九十九を守るため。


 異質な人間との邂逅で深夜のキャンプで人型になったが、あれは稀な状況だろう。

 そう考えると、その場の状況で必要だと判断した時に人型になっている。

 言い方を変えれば、今の状況は人型にならなければならない、という事。

 黒虎が現れた時ですら人型にならなかったのにだ。あの時は気絶していたとは言え、まったくの他人が居たからかもしれないが、周りに居た面子であれば自分は必要が無いと判断したのだろう。

 そう考えれば目の前に下りてくる白スーツの男はよほどの実力者なのかもしれない。

 咳き込んで手すりにしがみついているような男なのだが……。

「油断するな、あれは魔族だ。それも最も性質の悪い……」

 白銀の全身鎧に身を包み、今回は頭部を守る防具が無い。腰に届く長い銀髪はそのままに九十九の持つ鋼棍と同程度の長さを誇る分厚い波型の刃を持つフランベルジュを腰に下げている。翡翠の瞳は咳き込みながら降りてくる魔族を油断無く見据えていた。

 泰然と構え、階下に下りてくる男を待ち受けている。

 その様子は、どこか見下しているような、不遜な態度と思われるかもしれないが、隣に居る九十九には王者としての雰囲気を感じ、安心感と王者と共に居る誇らしさを胸に抱いた。

 エルが隣に居ても安心感はあるが、レミュクリュとは正反対な気がする。

 エルからは柔らかく包み込むような、絶大なる壁で守る母性を感じる安心感。

 レミュクリュからは突き放すような、全てを貫く槍によって攻撃する父性を感じる安心感。

 見た目と反するイメージではあるが、共通するのは仲間を守るために力を発揮するところだ。

「ほほぅ……ゴホッゴホッ……私の力を見抜きました。さすがは竜族の中でも神域に近いとされる白竜種。噂に違わぬ見識ですねぇ~……」

 階段を下りきった男は興味深げに呟き、腕を広げて片足を引き、腕を下ろすのと同時に頭を下げる。

 まるで礼儀正しい貴族のような、今にも手を差し出してレミュクリュを舞踊に誘うような礼をする。

「……して、返答は?」

 しかし、返答は冷酷なまでに冷たいものだった。

 女王の言葉に道化が顔を上げた。

「そうですね……。まずは──」

 道化は途中で言葉を切ると右手をそっと挙げた。

 それは何かに対しての合図。

 何に対してなのかは解らないが、挙げた瞬間にエントランスの空気が変わった。

 濃密な血臭と共に重く張り詰める。

 空気に敏感なクランドルが腰から長めのナイフを抜き放ち、九十九は鋼棍を構え、レミュクリュは盾を背負い、両手でフランベルジュを構え、ミルが何かを呟きながらレイピアを構えた。

 目の前に居る四者の動きに道化は口元を緩め、手を振り下ろした。

 合図と共に上から、廊下の奥、階段脇の影からぞろぞろと姿を現したのは老醜漂う表情を持った小人の群れだ。

 個性的な顔をした集団だが、共通点は赤い三角帽子。ナイトキャップのように薄そうな生地で、老醜の顔と子供のような体躯、腰から抜いた二本のナイフを取り出し、ニタリと不気味な笑みを浮かべた姿は醜悪だった。


 レッドキャップ。血を好み、残虐な性格で魔に属する妖魔と勘違いする者も居るかもしれないが、立派な妖精族である。会話よりも血を求めるタイプなので、妖魔でも構わないと思うが。

 十体から二十体ほどの集団で必ず現れ、骨を絶つためではなく、肉を斬り裂くための鋭利なナイフを武器としている。

 特徴は先に述べたように小人のような体躯に醜い老人の顔。名が示すように赤いナイトキャップのような帽子だ。

 集団戦を得意としており、連携によって確実に得物を仕留めるのだが、急所を狙う暗殺技術は持っておらず、浅い傷を大量に付け、出血死で倒す事に執着を見せる。

 特に血を浴びる事に重点を置いた闘い方に戦意を失う者が多い。そして、その血を浴びて染め上げたと言われるキャップが名前の由来でもある。

 手馴れの傭兵でも油断出来ない妖精であり、厄介な相手として有名である。


 嗜虐的な笑みを浮かべながら、レッドキャップは続々と湧いてくる。正確な数は解らない。だが、途切れる様子も無く湧き出すため、ざっと見渡すだけで四十や五十では済まないだろう。

 それを向かえ討つのは武器を構えて反撃の態勢を整えている四者。

 一歩前に進んでレッドキャップと道化にしか見えない魔族を見据えたのはレミュクリュ。

 相棒の行動に横にずれた九十九はレミュクリュの左側に立つ。

 ニヤリと笑みを浮かべたミルはレミュクリュの右側で淡く光るレイピアを構える。

 三者に比べると戦闘力が格段に低いクランドルはレミュクリュの背後でショートソードを構えつつ、懐から取り出した細い投擲用のナイフを取り出して後方支援の構えを取る。

 その姿を眺めていた魔族は、少しだけ口角をあげ優しげな笑みを浮かべた。だが、九十九達は目の前に広がるレッドキャップの群れを睨みつけていたため、その魔族という種族に似合わない表情を見ることは無かった。

 九十九の前にはまるで一匹見つけたら五十匹居ると思えと言われる黒い魔物のようにレッドキャップがひしめき合っていた。

 獲物の姿を確認しようとしているのか、奥の方には肩車をしているのも居る。まるで珍しい見世物に集まってくる子供のようだ。

 全てエントランスホールに現れないと動かないのか、と思うほどにレッドキャップ達は威嚇ばかりで攻撃の意思が感じられなかった。

 九十九は何かあるのかと訝しげに思った瞬間──。

 レミュクリュがその場でターン──左足を視点にくるりと一回転。

 両手に持つフランベルジュが炎の揺らめきのように後方を振り抜く。

 余りの速さに背後に居たクランドルは反射的に首を亀のように少し下げた。前髪が剣風に撫でられ、何事かと思ったが、すぐに理由を知る事となる。

 中身が詰まった粉袋のような音と共にクランドルが背後の足元を見ると、首と胴が離れているレッドキャップが残忍な笑みを浮かべたまま転がっていた。

 前に意識を集中させて、最も弱いと思われる獲物へ強襲したのだ。

 仲間の死を前に他のレッドキャップ達は手を叩いて喜んでいる。

 強襲を退けた実力を褒めているのか、同族だとしても血を見る事に喜んでいるのか…………。後者だろう。


 その様子に九十九の心が荒れた。

 鋼棍を一歩前に踏み出して突く。眉間への衝撃により、脳震盪を起こして両眼球が白目を向いて崩れ落ちる。

 鋼棍で薙ぎ払う。近づいた小人の腹部を撫で、まともに脇腹に当たった小人は後方の仲間と一緒に壁際に吹き飛んだ。

 群がる小人を相手に九十九は淡々と鋼棍を繰り出した。

 突き、薙ぎ、叩く。

 間合いに深く踏み込まれると、鋼棍の真ん中に手を置いて、鋼棍の両端で乱打。

 中距離、近距離と隙の無い九十九を相手にしてもレッドキャップ達は怯む様子もなく命を捨てるために突撃を繰り返した。

 九十九の周りにはレッドキャップ達が山のように重なり合っていた。しかし、全て気絶、もしくは両手を鋼棍によって砕かれて戦闘不能へと陥らせている。

 見た目が子供、もしくは老人に見えるため、どうしても命を奪う事が出来なかったのだ。


 レミュクリュが横目でちらりと九十九の戦果を見て、一瞬瞳を閉じて開く。

 何かを決心したようだ。





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