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三部 第7話




 クランドルの案内で訪れた場所は正直異常な場所だった。バカ男爵の敷地を軽く倍にしたほどの大きさ。それに合わせて屋敷もまた横に倍ほど大きい。奥行きは解らないが、数千人ほど宿泊出来る大規模なホテルと言っても良いほど。

 だが、その屋敷を目の前にして泊まろうと考える人は居ないだろう。

 ホテルと見間違うほど大きく、豪華な建物なのだが、人の気配が無いのだ。

 いや、無いのは人の気配だけだ。

 建物からは嫌な気配が漏れている。瘴気とも言うべき気配。

 どれほど平和ボケしていても気づかないわけが無いほど不穏な空気に満たされた建物。

「子爵ともなると、身に纏うのが威厳だけじゃないみたいだね」

 九十九が呟きながら鼻を摘まむ。人間よりも嗅覚がするどいレミュクリュとミルは鼻に皺を寄せている。臭いの元凶に気づいているのだろう。

 それが人を遠ざける一番の要因だった。

 貴族の屋敷とは思えないほど、強い獣の臭い。

 それも、旅慣れた者であれば誰でも経験する魔獣臭と言われる独特な臭い。

 門の前で四者はじっと立ち止まり、屋敷の様子を眺めていたが、九十九が意を決して門へ手をかけた。

 鍵が掛かっていたり、罠があったりと考えたが、その予想を裏切るように門が開いた。

 一歩踏み出して止まった。

 左右から門衛が現れたからだ。

「何者ダ。用がナイならデていケ」

 不明瞭な言葉遣いだ。口にモノを入れているようなモゴモゴとした……。

 見た目は人間だった。しかし、先ほど感じたように人の気配は無い。視線はあちらこちらと動き定まらない上に直立が苦手なのか、身体がゆらゆらと揺れているのだ。その情報を統合すると漠然とした答えが導き出される。

 つまり……。

 九十九が右に居る門衛の腹に鋼棍で突いて数歩下がらせ、その反動を利用して鋼棍の逆端で左の門衛を突き離した。

 人間であれば腹を抱えてうずくまるか、内臓への衝撃で胃の内容物を吐き出すのに十分な威力を込めた一撃だった。

 だが、門衛達は数歩下がりつつも何事も無かったように元の位置へと戻り、

「何者ダ。用がナイならデていケ」

 同じ言葉を繰り返したのだった。

「珍しいね~。こいつらドッペルゲンガーだよー」


 ドッペルゲンガー。

 見た目は雑で歪な作りの木製人形だ。動きは絡まった糸で無理やり歩かされているかのように鈍く知能も低い。

 能力は『姿写し』と呼ばれる唯一の魔法であり、最も厄介なもの。

 能力を使う前の木製人形であればランクFの傭兵に討伐依頼が出るほどに弱い。魔力も膂力も少し体術を習った程度の駆け出し傭兵でも十分に倒せるくらいしかなく、当たり所さえよければちょっと力自慢のおっさんやおばさんですら倒せるだろう。

 しかし、『姿写し』を使ったドッペルゲンガーは状況次第で変わるが、討伐ランクが跳ね上がるのは確実である。

 跳ね上がる理由は二つ。一つは魔法を行使してからの期間。もう一つは変身した相手だ。

 前者は使用してから一年以内は目の前に居たモノと同じように人間性が薄く、魔物としての性質も残っており、判別が可能である。だが、討伐されずに一年以上生き残ると厄介になる。まず、見た目、行動、言動全てが姿を写された者と同じになってしまうのだ。

 後者は前者の理由と被るが、姿を写された者と同じになる、と言う事は高ランクの傭兵になっていれば討伐するランクはそれに合わせて高くなるわけだ。最も厄介なのは貴族や王族になっていたら、傭兵ギルドとしては手が出せなくなる可能性すらある。

 以上の理由から、判別出来たら即時殲滅する。これが傭兵としてのルールとなっている。


 ──しげしげと左右の門衛を眺めたミルがレイピアを抜いて構えた。声は少し物珍しげだ。

 ミルの表情が気になった九十九は視線を動かそうとして、止めた。九十九の耳に意味不明の音が響いてきたのだ。何度か耳にした音──呪文であった。

 構えたレイピアに纏うモヤが瞬きする間に劇的な変化を遂げた。

 青白い発光と共に零れ落ちるのは白い結晶。

 振り抜いた瞬間に左右のドッペルゲンガーに劇的な変化が起こった。

 酩酊していると言われて納得出来るほど、揺れていた二体が時を止められたように不動になった。

 不審に思った九十九が手で触れようとした瞬間。

「触っちゃダメー」

 緊迫感が無い言動は変わらないが、言葉に焦りが滲んでいた。さらに止めるために九十九の右耳を引っ張っている。

「……危ないよ~。この魔法は水分を凍結させる魔法なんだけどー。接触したものにも伝播しちゃうんだよー」


 四大魔術の水に属する魔術で、『氷女の抱擁』という魔法である。

 射程距離が短く、範囲も狭いが対象物を凍らせる魔法なのだ。高い魔力を持つ熟練者が使えば痛みを一切感じさせずに凍結させる事も可能である。

 この魔法の特徴は込めた魔力の強弱で効果が持続するところだ。そのため効果範囲に接触すると接触部から効果が侵食し、罠としても機能するところがある。

 どの魔法にも共通するが、魔術防御に優れていれば対抗する事は出来る。それによって症状は軽くなり、反属性である火属性の魔法で一命を取り留める事が可能である。


「ん~。つまり凍ってるなら……」

 鋼棍をぎゅっと握る。

「ツク──」

 レミュクリュが声をかけようとした瞬間、鋼棍を脇に挟んだ状態で九十九が左右に叩き付けた。

 右側の氷像に一撃を入れ、反動を利用して左側の氷像に一撃。余りの速さに鋼の塊りである鋼棍が撓り、二撃放った音が一撃にしか聞こえない。

 氷像の腹部が衝撃でひび割れ、止まる事もなく全身を包むと…………砕け散った。

 一瞬、九十九はスプラッタな光景を想像しかけたが、砕け散ったと同時に肉片では無く、木片となったのを眼にして安堵していた。

 鋼棍が触れたはずだが凍らなかった。

 魔族に匹敵するほどの魔力を持つと言われるケット・シー族の魔法であれば刹那だろうが、一瞬だろうが、触れたという事実があれば効果が伝播しそうなものだが、九十九は平然としていた。

 むしろ、二体同時に砕けた事に満足気である。灰猫と白竜の認識とは違い、一瞬触れる程度ならば大丈夫だろうという楽観的な考えでの行動だった。

 それをミルは驚きをもって鋼棍と隣にある横顔を見比べ、レミュクリュはじっと鋼棍を見ていた。

 九十九の持つ鋼棍の先から黒いもやが出て、霧散していった。

 本人はまったく気づいていないようだが、攻撃すると意識した瞬間に鋼棍へ魔力が込められたようなのだ。

 それだけならば別段気にかける事でもない。武器に魔力を込めるのは付与魔術などもあり、特別な技術では無いからだ。

 なのだが、その込められた魔力がミルの魔力に対抗出来るだけの威力を持っている事が異常なのだ。

 レミュクリュとミルがじっと九十九を見ている。

「ん……。なんか不味かった?」

「「ベツニ……」」

 驚愕を通り越して呆れた二者は硬い返答だけをしただけだった。


「……で、どうしますか?」

 クランドルは三者が一区切り付けたと感じた瞬間に何とか言葉を振り絞った。

 正直、驚き過ぎて思考が止まっていた。

 目の前で繰り広げられた異常とその異常を前に普段通りの三者を後ろから見ていて、何に驚いたらいいのか解らなかったのだ。

 王都の中で魔物に出会うという異常。

 さらにその場所が国政の一角を担う子爵邸の敷地内という異常。

 目の前で見せ付けられた少年の力の異常。魔術に疎いクランドルですら、ケット・シー族の力の恐ろしさは知っている。だからこそ人間であり少年でもある目の前の人物が異常なのだ。

 搾り出した言葉が届いたのか、九十九が振り返って、にっこりと笑みを浮かべる。

「当然、お話を伺いに行くんだけど、クランドルさんは戻っても──」

「──いいえ、何が出来るか解りませんが、付いていきます」

 九十九の気遣いをクランドルは一蹴した。少年と白竜、そしてケット・シー族の三者の傍に居て改めて思う。過去にある程度の荒事を経験してきたのだが、戦闘力という点ではまったく敵わないだろう。おそらく援護すら邪魔にしかならない。

 それでも、戦闘力以外で手助け出来る事があるのかもしれないと考えていた。

 じっと視線を交わし、九十九がクランドルの意思が変わらない事を確信すると、苦笑を浮かべた。

「んじゃ、行きますか」

 目の前には少年の背中がある。まだまだ成長途中の背の低い少年の背中が。

 だが、今まで見た誰よりも広く、大きく見えたのだった。





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