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三部 第1話

 ダルデスは重いため息を吐き出しながら、カウンターに座る虎と灰猫を見ていた。

 朝食を頼むので、いつもよりも少し多めに盛ったのだが、逆効果だったようで、エルとミルは何も口にせずに水ばかりを飲んでいるのだ。

 おそらく原因は昨日の夕方の事だ。

 だが、詳細は聞く気にはなれなかったし、必要であれば教えてくれるだろう。

 今までも仲が良かった傭兵達が些細な理由で別れた現場を何度も見てきた。

 今回もそうなのだろう。

 しかし、一人は古くから知る友人であり、恩人。その仲間は最近では最も気に入った傭兵達である。

 出来ればそうならないで欲しいと思う。

 皿を拭きながら、ダルデスは思う。願わくば彼等はそうならないように、と。


 エルはフォークで肉を突きながら口に運ぼうとせず、数回刺して水を含み、また数回刺して水を含む……。

 視線は皿に乗った肉を見ているようだが、意識はまったく違う事に向けられているのがありありと見て取れる。

 相棒はと言うと、カウンターの上で脚を伸ばして座り、同じ料理に添えられた豆を突こうとしたが、フォークの丸みを帯びた刃から身をよじるように転がり、刺さらない。一息入れているのか水を含むと再度フォークを豆に向かって突いた。思い通りにいかない事に苛立たしいのだろう。何度も何度も繰り返している。

 悩みとは無縁のようだ。

 エルは少しだけ後悔していた。

 九十九に話した事では無く、もっと根本的な事で。

 あれほど仲が良かった九十九とレミュクリュを引き裂く事に手を貸してしまったのかもしれないのだ。

 あの時、底抜けに明るいミルですら重い空気に耐えられず、部屋に戻ってからも二人が心配で何か出来ないかとエルに相談を持ちかけたのだ。

 しかし、扉の前で九十九と別れる時に互いに視線を交わした事で理解出来た。エルやミルが口を挟む事では無いだろうと。

 いつかは知る事だ。だが、それをあの時に言わなければ良かったかもしれない。

 いや、後に残せばもっと酷い結果になったかもしれない。

 考えれば考えるほどに陰鬱になっていくのだ。

 じっと皿を見ながら悩むエルに、相棒が口を開いた。

「エルー……。他の街に行こうかー……」

 エルは驚いていた。長年連れ添った相棒の事を見誤っていたのだ。

 ミルの弱気な発言、飯が喉を通らなくなるほど九十九達を気にしていた事に驚いた。

 それに気づくと目の前に座るミルの行動には別の意味が見て取れる。食べ物で遊んでいたわけでは無かったのだ。エルと同じ理由で皿に乗った食べ物に八つ当たりしていたのだった。

 ミルに対する返答は、頭を撫でるだけにした。

 もし、ミルの言う通りに九十九を残し、他の街へ移動したとしても、必ずシコリが残る。

 手伝うと約束した事。

 頭虎族としての誇りにも関係する。

 友達だと言った事だってある。

 他にも様々な事がシコリとして心に重く圧し掛かるだろう。

 それから逃げる事をエルとミルは良しとは思わない。

 それに、喧嘩別れすると決まったわけでは無い。

 状況から甚だ心許ない気がしないでもないが……。

「まぁ、まずは飯を食おう」

「うんー……。そだねー。だるですー。濃いエールくれー」

 いつもの調子とまではいかないが、気付けとしてはちょうど良いのかもしれない。

「俺にもくれ」

「珍しいな。エルの旦那が朝っぱらから一杯やるのは」

 苦笑しながら、ダルデスが二人の前にジョッキを置いた。

 ミルは苦いままに、エルは釣られるように苦笑を浮かべて煽ったのだった。




 気落ちしていたが、アルコールが食欲を刺激したようで、ただ刺すだけだった肉や野菜を口に運べるようになった。

 ミルも少し気を持ち直したらしく、ジョッキを掲げて三杯目のおかわり。

 そこで、ミルとエルの耳が片方だけぴくりと動いた。

 普通の人間では聞き取れない音を耳にしたのだ。

 ダルデスは二人の表情から何が起こったのか察する。

 しばらくすると予想通りに上の廊下を歩く音が聞こえてきたのだ。


 やっと少しだけ明るくなった店内が、ずっしりと重く暗くなった。

 足音は一人分だけ。どちらかは部屋に居るのだろう。

 虎と灰猫が、足音が大きくなるに連れて表情を暗くしていくのだ。

 恐る恐るといった感じで二人の視線が階段へ向けられ……。

 口を開けて止まった。


 エルは咀嚼途中である野菜と肉だったモノを見せ付けるように大口を開け、ミルにいたってはエールを飲む途中であったために口の端から垂らし、自慢の毛を汚した。

 ダルデスもまた皿を拭いていたのだが、いつもは鮮やかに拭き取る腕が止まり、おぼつかない動きで同じ場所を拭う体たらく。

 三人が目にして止まった理由は、いつもよりも少し遅く起きてきた仲間の姿を見たからだ。

 まだまだ疲労が溜まっているとしか見えない九十九が、人型のレミュクリュを背負い降りてきた。

 一見するとオンブと呼ばれる状態だろう。

 何か理由があると思うのだが、レミュクリュは九十九にぎゅっと抱き付いて、というよりも拘束でもするつもりなのか、両腕を腕と脚で固め、九十九の肩に顔を乗せて頬擦りしている。

 ものすっごく幸せそうなのだ。

 予想の斜め上に行ってしまった二人の様子に、やっと我を取り戻したエルが、ごくんと口の中のモノを胃に収め、

「……昨夜何があったのか、と聞くのは野暮だろうな……」

 ぼそりと呟くと、良い意味で裏切った二人を見て安堵のため息をついた。

 まだ呆けているような顔で同意するダルデス。

 疲労が抜けていない、と言うよりも疲労を重ねたとしか思えないのだ。

 これは黙っているのが優しさと心得たエル。

 だが、まず最初に相棒を制するのが先だと気づかされた。

「ツクモは疲れてもがんばれるんだねー。夜も人間離れなのー?」

 無邪気というか、悪意すら感じる一言。全てを無に帰す一言が放たれたのだった。

 ミルは昨夜の顛末から最悪な方向へと想像していたのだが、それが杞憂に終わった事を素直に喜んでいる。だが、心底心配した結果が朝っぱらから仲睦まじい姿を魅せ付けられる事になり、馬鹿ばかしさにイラッとしたのだ。

 気まずい雰囲気になった。

 ダルデスとエルが咳払いをして場を取り繕うとするが、すでに意味を成さない。

「ミルさん……直球な言葉をありがとう。空気読んでください。そして、残念ながら期待する事は何もありませんでしたよ……」

 エルの隣に歩み寄る九十九だが、カウンターの椅子を引っ張る腕を拘束されて困っているようなので、エルが椅子を引いてやる。

 なんとか腰を落ち着けると、やっとレミュクリュが離れた。

「で、レミュ殿の……豹変した理由を聞いても?」

 エルが言葉を選びながら問う。

「九十九が私の最愛の人だと確認したのよ」

「どう聞いても誤解される表現です。本当にありがとうございました」

 ミルが頬に手を当ててにゃ~んと喜んでいるが、触れない。

「まぁ……誤解が解けたらこうなりました」

 はしょりきった返答だが、エルは頷くだけでそれ以上踏み込んで来ない。ダルデスもまた同じ。

 ミルが何か言いそうだったが、九十九がエールを人数分注文した事でにやにやしながらも黙ってくれた。

「ふふっ、九十九を困らせてばかりでは嫌われてしまうわね」

 そう言うとレミュクリュが呟き、いつもの白竜の姿へと戻り、指をにゅっとダルデスに向けた。

 苦笑を浮かべたダルデスが生肉を皿に載せて目の前に置くと、猛然と襲い掛かるのだった。

 

「それでー、どうするのー?」

 少し、頬を赤くしたレミュクリュにちょっかい掛けながら、ミルが九十九を見上げた。

 小さな声で、レミュクリュに何があったのか聞き出そうとしていた。思い出しているのか、嬉しそうにしながらも恥ずかしがるレミュクリュを弄って遊んでいたのだ。

「そうだなぁ~……」

「あぁ、昨日お前らが部屋に戻った後にビトーの使いってのが来たが、みんな休んだと言ったら朝にまた来るって言ってたぞ」

 ダルデスが何枚目かの皿を拭きながら答えた。

「じゃ、その人が来るの待ちましょか、それか──」

「失礼します」

「噂をすれば……ってやつだね」

 頭を下げて現れたのは九十九よりも少し背の高い、年齢も三十代半ば程度の男だった。

 見た目は……どうにも印象が薄い男だ。身体的特徴は見受けられず、中肉中背としか表現のしようが無い。表情は必要最低限しか動かないように見え、仮面のようだ。髪型は整えた様子も無く、癖毛でも色が珍しいわけでもない。

 街ですれ違っても確実に印象が残らない。隣に子供が居れば親子に見え、女性が居れば若い夫婦にも兄妹にも見えるが、目に映っていても風景と同化する。それほど印象が無いのだ。

「頭虎族のエル様でしょうか」

「そうだが?」

「このブリューラドで情報の売買を統括しております。クランドルです。クランとお呼びください。九十九様は……」

「俺が九十九です。こっちがレミュクリュ、ミルにエルです。それと敬語は背中が痒くなるので──」

「いえ、私個人が尊敬しているのもありますが、我が盗賊ギルド『血の八席』のブリューラド支部からも敬意を持って接しろとの命令があります。申し訳ございませんが命令には逆らえませんので」

 どこか人形臭い男──クランドルが答えた。

 話をしている間でも、表情が変わらない男だった。愛嬌が欲しいとは言わないが、正直九十九は気持ち悪いと言う印象を受けた。仮面を付けているかのようにのっぺりとしているのだ。

「さっそくですが、店主。部屋を貸してもらえますか?」

 部屋とは泊まるための部屋では無い。情報の交換や商談のために盗み聞きが出来ないように作られた部屋が大きな酒場や人の出入りが多い店にはあるのだ。特に傭兵や盗賊、商人が訪れる場所には必ずある。

 逆に無い場合はそういう類の連中はあまり来なくなるのだ。

 ダルデスが私室へ向かう扉へと全員を案内し、細い通路にある一つの部屋へ通した。

 そこは窓が無く、装飾や調度品が一切無い無骨な部屋だった。

 六脚の椅子に長方形のテーブル。テーブルの上には数枚の質が悪い紙にインク。

 クランドルはテーブルの奥へ座り、残りを出入り口側へ座らせた。

 九十九の知識では出入り口から遠い場所を上座と言い、客や目上の人を座らせる席なのだが、クランドル──と言うよりもこういう情報をやり取りする場合は異なるらしい。

 情報を提供する側は奥の逃げ場の無い場所へ座るのが礼儀とされている。入り口側に座る、奥に座る事を断るという行為はそのまま情報の信用を下げる事に繋がるのだ。

 エルが何も言わず座ったので、九十九も座り、テーブルにミルとレミュクリュを置く。

「それでは──」

「その前にビトーがどうなったか教えてもらっていいですか?」

 九十九の言葉にクランドルは表情には出ないが戸惑っている様子だった。

 数瞬、息を呑んでいたかのように時を置いて、クランドルが手を組んで口元を隠すようにしながら、

「どのような意図でお聞きになったのですか?」

 少しだけ気配が変わった気がした。殺気や殺意、敵意は無い。そう──どこか値踏みしているというのが正しいかもしれない。

 鼻を掻きながら、九十九が仲間へ視線を送るが、仲間も九十九の発言に疑問を持っているようだった。

「経緯はともかくとして、俺の行動でビトーがどうなったのか気になっただけだよ。特にそっちとしては舐められたも同然だろうしね。その……俺が考えた状況よりも悪かったら、後味が悪いからね?」

「正直、想定外の質問で戸惑っております。その状況を作り出した御本人が言う言葉ではないでしょう?」

「細かいところまで聞いているでしょうけど、俺の信念は都合が良いとは知りながら、不殺を掲げています。出来うる限りそれを厳守していくつもりですよ。

 特に今回は意見の相違が原因だと思っています。敵視していたわけではありませんし、敵対していたわけでもありませんでした。だから、というわけではありません。これから先も過程はどうあれ、俺の行動後の結果が不殺に繋がるようにしていきたいと願っていますし、そうする努力はしていきます。まぁ、対話が出来る相手であればですけどね」

 苦笑を浮かべた最後の冗談にもクランドルは手で表情を隠したまま、じっと九十九を見ていた。言葉を吟味するように長い間を空けて。

 そして、クランドルはまったく表情を変えない。だが、

「……なるほど、やはり聞いただけでは理解出来ない情報はありますね」

 少し楽しそうに答えたような気がしたが、手をテーブルに置いた時には元の能面のような無表情だった。

かしら──ビトーは健在です。今も前と同じように盗賊ギルドの建物で統括業務をしております。

 我々の盗賊ギルド『血の八席』は他のギルドとは違って裏の世界なりに矜持を重んじたギルドです。それのために牙を剥きました。そして、九十九様は反撃をなさいました。それだけであれば我々は第二、第三の刺客を送ります。必要であればギルドの総力を結集させてでも、です。

 しかし、九十九様が言われたように侮ったわけでもなく、ただの反撃をしたわけでは無い、と上は判断しました。それはビトーがギルドの矜持と己の矜持を持って刃を振るった事に対して、九十九様も信念を武器に不殺を貫いたからです。

 舐められたら我々は命を賭して首を取りにいきますが、互いに認め合った上で、最後には納得した形で収まりましたのでお咎めは一切ありません。

 逆に我々もですが、上の方々も九十九様は敬意を払うべき傭兵であると判断されたために私を使いに出したのです。ちなみにあの場で倒れた者全員、命は無事です。今まで通りの仕事が出来なくなった者も居ますが、他の仕事へと回しました。

 御理解していただけましたでしょうか?」

「は、はい……どうも……」

 本当はビトーのその後と、倒した男達の安否だけが聞きたかったのだが、予想だにしない褒め殺しに頬を掻いてそっぽを向くしかなかった。とりあえず良かったと思う。

 そして、少し九十九の中でイメージが変わった。

 盗賊ギルドに居た人達もそうだったが、荒々しく、粗暴な者の集まりで人の命や財産を傍若無人に奪うだけの集団だと思っていた。

 もちろん、それは間違いでは無いだろう。弱い者を虐げて利となしているはずだ。

 だが、ビトーが所属しているギルドはそれだけでは無く、その世界に身を置く上で理解され難いだろうが、理解されなくても確固たるモノを心に持っているようだ。彼等はそれを矜持と言い、九十九の言葉では信念と表せるモノなのだろう。

 義賊という言葉が頭に浮かんだ。

 九十九の中ではそれが一番の収穫なのかもしれないと思う。

 勧善懲悪とはさすがに考えたりはしていなかったが、身をもってそれぞれに譲れないモノがあると知ったのだ。

 少し、鼓動を落ち着けるだけ呼吸をすると、クランドルへ視線を送る。

「では、ご要望のあった情報です。

 まずはベサイアの今の飼い主はこの国の貴族でヨーモル・デラン・ギード子爵です。建国時から連なる名家の一つで、政務の要職に就いております。

 そして、前の飼い主は隣国の商業連合の一角で流水の国ファーフでの豪商であり、貴族位を持つランツ・バルトガ・エルツ子爵です。子爵なのですが、金で貴族位を買ったようなもので、他国ではまったく貴族として扱われる事はありませんし、自国でも敬意を払ってもらえていないですね。

 この二つの貴族は表向き敵対していますが、裏では手を組んで色々やっております。

 ベサイアは二人が共有する駒の一つという扱いですね。必要となれば呼び寄せて仕事をさせるという形を取っているようですが、実際は直属の手下を護衛するという形です。彼女も嫌々顔を出しているだけで、実際に手を出す事はありませんでした。

 噂の真相は聞いたと思いますが、それ以外は全て嘘です。噂に聞くような事は一切ありません。ですが、脅しと手綱の意味を含めて普通の仕事が出来ないように情報を弄っていますね。

 ただし、彼女の実力は噂通りです。憂さ晴らしのように危険な仕事をこなしているので、Sランク間近というのも真実でしょうね。

 ちなみに、貴族二人は金のためならば何でもやります。我々の手の者も何度か借り出されておりますが、余りにも酷い扱いを受けたので基本的には依頼は受けておりません。通常の五倍ほどの依頼料を先払いした時だけは手を貸しているようです」

「なるほど……。それでベサイアが窮地に立っている状況は?」

「はい。エルツ子爵と国の方針で争っている方が居るのですが、その方の暗殺をエルツ子爵は命じたようです。よほど邪魔なのか、かなり強硬に命じたようですね。そして、それが失敗に終わり、逆に窮地に立たされたようです。昨日の時点でかなり金をばら撒いて裏工作しているようですが、発言力は完全に失い、最悪没落する可能性がありますね。

 おそらくその腹いせにギード子爵に金を積んだ、といったところでしょう。二人とも金に対しては誠実です。仕事と対価が見合うのであれば、どのような事も確実に行いますね」

「誠実という言葉に謝って欲しいくらい面倒な奴だな……」

「九十九様が何をするのか察する事は出来ます。まず、エルツ子爵の事はまったく気にしないで大丈夫です。ですが、ギード子爵については武力だけでは対抗出来ません。権力と財力が桁外れで、我々の力も口惜しいですが及ばないでしょう……」

「貴族かぁ~……知り合いっていう知り合いは……」

 九十九が頭に手を当てて唸る事数秒……。

「あの馬鹿男爵って……えっと……」

「アルザハッド男爵ですか?」

 情報を売買するクランドルの返答は早かった。当事者であったレミュクリュは首を傾げていたし、エルも傾げていた。ミルに至っては長い話で飽きたのか、定位置であるエルの肩に乗り、耳を掴んでまどろみの中、船を漕ぐ始末だ。

「それだ。あいつってそのギードに近いとこに居るのかな?」

 クランドルが目を瞑って黙る。手を組んで指をくるくると回した。おそらく頭に入っている情報を取り出す時の癖なのだろう。しばらくすると目を開けた。豆電球が浮かんだり、チーンという音が鳴ったりする事は当然だが無い。

「そうですね……。はい、男爵はギード子爵に近いところにいますね。しかし、仲は悪いですね。この間の白竜強奪も男爵が子爵を蹴落とそうと画策した計画の一環だと我々は推測しております」

「ん~む……上手く話を持っていけば使えるかなぁ……」

 顎に手を置いて悩む九十九に、

「情報は以上です。他に何かあればお答え出来る限り致しますが」

「そだなぁ~……特には……。あぁ、そだそだ。ここ数ヶ月で魔力暴走とかそういうのあったかな? もしくは……魔術の天才現る! みたいな噂でもいんだけど……」

 手を組んで指をくるくると回し、

「確証はまったくありませんが、ギード子爵が一月半ほど前に魔法が使えるようになった、とは聞きました。しかし、特に珍しい話では無いので追求はしておりませんね」

「ん~。出来ればその情報探ってもらって良いですか?」

「はい、構いません」

 九十九はお願いしますと言うと、懐から金貨数枚を渡した。クランドルは多いですと返そうとするが、笑顔で情報よろしくと言う九十九に深々と頭を下げた。

「では、これで失礼致します」

 立ち上がり、部屋を出ようと扉に手を当て、ふと思い出したように振り返り、

「あぁ、そうでした。もし、さらに我々の力が必要であれば気軽に相談にいらしてください。よほどの事でない限り、我々は九十九様の手足となってお手伝いさせていただきます」

 深々と頭を下げて去っていった。

「盗賊ギルドの幹部に認められた傭兵ってのは聞いた事が無いな。ツクモは運が良いのか、人徳があるのか……」

 目を擦りながら、

「さすがツクモだねー。ボクも初めて見たよー。すごいすごーい」

「我ノ相棒ハ懐ガ広イノダ。自慢ノ相棒ダゾ」

 右肩に飛び乗った灰猫が頬擦りし、左肩に移動してきた白竜も負けじと頬擦り。

 とどめとばかりに虎の手が頭を撫でた。

「ちなみに何回か聞いたんだけどさ。商業連合ってどんな国なの?」

「うむ。あの国はな──」


 ──フルテナ王国の東方に商業連合国家がある。

 それぞれの国旗には四葉があしらわれ、商業連合である事と国の位置を示している。

 四葉の一つ北に位置する『鉄の国レウス』

 四葉の一つ東に位置する『華美の国アマリル』

 四葉の一つ南に位置する『美食の国ガンダ』

 四葉の一つ西に位置する『流水の国ファーフ』

 それぞれが特産物を生産、製造して大陸中に輸出して利益を上げている連合国家である。

 北東側にゼルシムという軍事国家があるために、個々では対抗できないと判断した四つの国々が同盟を結んだという経緯があり、交易で得た財力を用いて傭兵を育成する学校のような教育機関を建て、そこを卒業した若い傭兵達を雇い入れる事で軍事力としている。

 しかし、いざ戦争となると敵国の要人、兵力となる騎士、敵側に雇われた傭兵を金にモノを言わせて懐柔する事で戦う力を削ぐという荒業を行使する。

 莫大な資金が商業連合国家最大最強の武器と言えるだろう。

 ちなみに、商業連合は戦争になると傭兵を雇う事になるが、平時には余分に支出する厄介な負債になるために、個々で生活能力がある傭兵を必要な時に必要な分だけ雇う形にして出費を抑えている。

 傭兵の中には本業がギルドの仕事で、時間と余裕がある時に戦争があれば小遣い稼ぎに参加するアルバイト、という位置付けなのだ。


「──でな、一国に三人の代表者が居て、十二人で国の方針を決めるらしいな。まぁ本当に珍しい国家だ」

 学級会みたいなもんかな? と自分の知識で最も分かりやすい形にして照らし合わせておいた。規模がまったく違う事は考えない。

 四者は話をしながら部屋から出て酒場に戻ってくる。

 何か注文でも取ろうとしたのか、ダルデスが視線を向けたが、まったく気が付かずに前を通り過ぎ、当然のようにカウンター脇の棚から裏の鍛練場の鍵を取り出すと、外へ出ていった。

 ダルデスが九十九の行動に苦い表情で見送る。鍛練場は店主の許可を得て使用出来る場所であり、食い逃げされないように気を使った場所なのだ。鍵の在り処が分かっているからと勝手に持ち出されては困るのだが、持ち出した本人はまったくそれを気にした様子が無い。

 エルという信頼する者が居るから何も言わないが、苦言の一つでも言おうかどうか、カウンターでグラスを磨きながら悩むしかなかった。


 鍛練場でいつも通り身体を動かし、沸かしてもらった湯で身体を拭いた。

 一人でやると言ったが、レミュクリュが白竜の姿のままタオルで九十九の背中を拭いてくれた。

 切り株に座り、膝の上にミルを乗せ、背中を白竜が撫でるように拭いている間、九十九は恥ずかしげにしながらも顎に手をやって悩んでいた。

「ツクモ。何かあったのか?」

 エルが風呂上りのように身体から湯気を出している。ビュンとグレートソードが振られ、地面に突き立てられた人形の手前で止める。

 エルの膂力では一撃で粉砕してしまうために、寸止めにせざるを得ないのだ。

 強過ぎるのも色々と大変だな、と思いながら、

「ギード子爵が魔法を使えるようになった時期と俺がこの世界に来た時期が重なるかな~とね」

「……ふむ。確かに言われて見ればそうだな」

「でもさー。魔術師ギルドのジジイが言ってたけどー、召喚とか言う能力があるなら自慢するんじゃないのー?」 

 ミルが可愛く九十九を見上げ、コテンと首を傾げた。

「自己顕示欲があればそうかもなぁ~……」

 思わず喉を撫でて触り心地を堪能するが、気分が晴れない。

「名声ガ欲シイト思ウノデアレバ自慢シタクナルノガ人間ダロウ。ソレニ、ソレダケ珍シイ能力ナラバ、二ヶ月モアレバ盗賊ぎるどデ噂ニナルノデハナイカト思ウノダガ……」

「それもそうかもねぇ~……」

 湯で拭かれ、身体をくすぐる風が体温を一気に下げ、ひんやりとしていると、その背中にぴとっと冷たい感触が一部分に広がった。やはり、爬虫類に分類されるのか、白竜の姿になっているレミュクリュの体温は低い。

 隆起の無いつるつるとした鱗の感触に、人型になってくれれば幸せなのかな、などと考えつつ腑に落ちないといった表情の九十九。考え過ぎと言われてもしょうがないかもしれない。だが、考えずにはいられない。

 何か理由があって自慢しない、子爵という権力を使って厳しく緘口令が布かれている、という可能性も捨て切れないのだから……。


 夜。一日の終わりを締め括るためにアルコールを浴びるように飲む傭兵達が、わんさかと大挙してダルデスの酒場に集まって来る。

 数人の傭兵とは顔を合わせると挨拶程度はするようになり、顔見知りが増えた。だから少し、本当に少しだけだが、この世界に居てもいいかな、そう思える瞬間がある。

 前の生活ではありえないスリルと冒険の生活だ。楽しくないわけではない。

 前回請けた森での仕事も無事に終わり、休息のために数日休んでいる最中だ。カウンターに座り仲間と一緒に食べて飲み、目の前のカウンター上では、灰猫と白竜の飲み比べが始まっている。

 今の時間がとても大事だと思える。

 隣では傭兵の生活リズムを知る先輩である虎が、膝に片手を乗せ、背筋を伸ばし、オチョコらしき小さな器にアルコール濃度が高い透明の液体を入れて、ちびり……と味わうように口に運ぶ。

 すぐに飲み込まず、ゆっくりと舌の上で転がし、鼻で呼吸して香りを堪能すると、ふっと微笑む。

 ダルデスが仕入れた遠い東の国から仕入れた酒らしい。時代劇で見る酒瓶から透明の液体が小さな器に流れ、虎の口へと消える。

 もっと荒々しく大きな肉の塊りに齧り付いた食事風景でも違和感が無いのだが、今の酒一杯に集中している姿も絵になっている。

 それこそ酒の味が解る〝武士〟もののふのようだ。

 自分の母親もそうだったが、どれほどゆったり、もしくは気を抜いているように見えても周りの状況を感じて、聞いている。今も虎の耳が背後で飲み食いしている傭兵達の罵声や怒鳴り声、笑い声に反応してぴくぴくと動き、収集しているようだ。

 九十九は酒瓶を手に取り、撫で回す。陶器という文化はこの世界に来てからもたびたび目にしている。今も店の一階の壁にはレンガが使われ、花瓶も飾られている。一般的な技術である。

 だが、酒瓶はこの辺りで作られた物では無いだろう。聞きかじった知識であるが、ゆうやく釉薬といわれるものを掛けて焼いた物に見える。塗った先から垂れた様子が焼き付けられ、整えた美しさよりも、自然に流れ作られた文様を美しさとしている、と思う。懐かしさを感じた。

 まじまじと眺めていると、虎が頬を緩ませ、

「珍しいだろ。その入れ物もそれなりな値段が付けられていてな。俺のお気に入りなのだよ」

 中身もとても気に入っている酒らしく、仕入れ先までの距離と製造量の理由からかなり高価なのだそうだ。それが手に入ると優先的に売ってもらえるようにダルデスに頼んでいるらしい。

 ダルデスもまた入手が困難でどれほど大変なのかを説明しているが、顔がとても嬉しそうなのだ。店にとっての利益よりも、エルが喜ぶ姿が嬉しい。そう言っているようにしか聞こえない。

 説明を聞きながら、少し気になっていた。酒の入れ物からどうにも元の世界、それも自分が居た国の文化を思い起こさせる。虎を武士だと思ったのも酒から連想したからだ。こちらの世界にも同じような文化が形成されている、そういう事なのだろうか……。

 それとも……。

 横目でダルデスと虎を眺めていると……。

 頭をがくんと垂れ、持っていたオチョコが宙を舞う。

 理由は一目瞭然。

 酔っ払った陽気な灰猫がカウンターから虎の肩に跳び乗り、頭をぺたぺた叩いたのだ。

 殺意や敵意に敏感な虎も陽気な相棒にはまったく反応出来ないようだ。

「こ、こら、ミルっ」

「ボークーにーもーのーまーせーろー」

 耳を掴まれ、駄々をこねる灰猫。

「…………」

 そして、カウンターには少し目が据わりじっと見上げる白竜が両手を広げてオチョコを持っている。明らかに拾ってくれたのでは無く、私にもよこせという意思表示だ。

 虎は怯みつつ、諦めたように苦笑を浮かべ新たな器を二つ、ダルデスに持ってくるように頼むしかなかった。
























 お久しぶりです。

 仕事が変わり、執筆の時間が減ってしまい、予定をかなりオーバーしております。

 新たな仕事のため、覚える事も多く、執筆に時間が割けない状況です。


 三部は今現在50%ほどしか完成しておらず、週に一回更新は出来ない状態でして、少しでも楽しみにしてくださっている方々にはやきもきさせてしまうかもしれませんが、気長にお待ちいただけると嬉しいです。


 誤字、脱字、文法ミス、質問等があればいつでもどうぞ。答えられるだけお答えします。

 これからもよろしくお願いします。


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