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二部 第11話




 契約がある限り、九十九にもレミュクリュにも互いに居場所が分かる。

 客が居なかったとは言え、あれだけ騒いだ後では自棄酒になりそうだったし、腹も空いてなかった三人は微妙な空気に耐え切れずに部屋に戻る事にした。

 その場に居たダルデスにはまったく状況が把握出来なかった。首を傾げつつ、とりあえず四人の間で何か問題があった、と認識するだけにして片付けをする事にした。

 二階に上がるとエルとミルに、また明日、と告げ九十九は部屋に……試練に向かう。

 二人は一人にした方が良いのではと言い、ボク達の部屋に来るー? と灰猫が提案をしてくれたが、九十九は断った。

 これは九十九が腐った時と似た状況ではあったが、中身が違う気がしたのだ。

 レミュクリュが九十九を心の底から心配し、慮っていたからこその問題なのだ。だからこそ、九十九の考えを、九十九の気持ちを、まずは教えなければならない。レミュクリュが一人になって色々と考えるための前提となる基礎を伝えなければならなかったのだ。

 おそらく九十九の考える基礎とレミュクリュが考える基礎はまったく異なっているだろう。そうなると結果が間逆に出るのは誰でも想像出来る事だ。

 自分が借りている部屋の扉の前で深呼吸をして心を落ち着けて開けたのだが、驚いた。

 中はとても重苦しい空気で満たされており、ベッドで丸くなっていると思っていたレミュクリュが、扉近くの丸椅子に置物のように鎮座していたのだ。

 レミュクリュは相棒の帰宅に視線すら合わせようともしない。触れると怒り狂うとも、破裂してしまうとも想像してしまうほどに気まずい空気が充満していた。

 思わず逃げるように寝ようかと声を掛けたがレミュクリュは動かなかった。

 いつもならば九十九の腹の上で丸くなるレミュクリュも今回は椅子に座ったまま。

 声を押し殺しながら、ぐすぐすと鼻を鳴らす音を聞きながら、伝えなければ、どうしたら、どのタイミングで、と考えながらベッドに横たわったのが失敗だった。積み重ねられた疲労が九十九の瞼を閉じる事に賛同してしまったのだった。


 ふと、目が覚めた。

 何かあったわけでは無い……と思う。ただ目が覚めただけのはずだ。

 いや、予感めいたものがあったのかもしれない。

 腹の上にはいつもの重みは無い。

 まだ椅子から動かないのかと思って寝返ると、ランプに火が灯り、淡く部屋を照らす。

 そこには……。


 人型になったレミュクリュが居た。


 あれからずっと泣いていたのだろう。目を赤くし、今も頬を涙が伝う。

 九十九は起き上がってベッドの端に座る。口を開き……閉じる。色々想定して考えた。そのどれかを実践し、何か声を掛ければ良いのかもしれない。だが、どれを言えば良いのか分からなかった。

 九十九は慰めるつもりも無く、どうにかなると今も思っている。頼れる仲間が三人も居るのだ。他の方法が見つかるだろうと単純に思っているのだ。

 だが、レミュクリュにはその説明が全て慰めに感じるらしい。

 どう説明したら良いのか、今の九十九にはさっぱり分からなかった。


 互いに言いたい事があるが、言葉に出来ない。そんな感じだ。

 いたずらにただ時間だけがゆっくりと過ぎ去っていく。

 ──先に動いたのはレミュクリュだった。

 レミュクリュは、この間買った服で人型になった時用に渡した(なし崩し的に奪われた)服を着ていた。ジーンズぽいズボンに青いシャツ。足元は裸足。腰まで伸びた銀髪は後ろで纏めずに、そのままだ。

 細い指が着ている衣服に触れ、一枚一枚床へ落とす。

 最後に纏っていた下着すらも床へ落とし、何も身に付けていない全てを九十九の目に晒した。

 九十九は驚きに動けなかった。目の前の情景が脳裏に焼き付くものの、まったく頭が理解しなかったのだ。

 いや、単純に綺麗だとは思っていた。美術館で見る全裸女性の彫刻にも見えた。

 だが、違うのだ。

 泣き腫らした顔も、無垢という言葉が一番似合う銀髪も腰まで伸び、大きな双丘がわずかな動作で微震し、揺れる。簡単に折れそうなほどにほっそりとした腰、視覚だけで柔らかいと確信が持てる丸みを帯びた臀部。そして頭髪と同じ銀の繁み……。

 作り物ではあり得ない美しさがあった。全てが綺麗だった。余りにも綺麗で邪まな気持ちは湧かない。

 ゆっくりと歩み寄るレミュクリュが、九十九の目の前で片膝を付いてかしずくように頭を下げてから立ち上がると、腕を広げてそっと優しく九十九に抱きついた。

 か細く謝罪を口にしながらの抱擁。

 九十九は男だ。ここまでされて何もしないという選択は無い。

 そう思っていた。

 そして、偶像崇拝アイドルはこういう行為とは無縁だ、こうあるべきだ、などと古臭い偏見があるわけでもない。

 だが、今のレミュクリュを抱くのは反則だと理解していた。

 レミュクリュは罰して欲しいのだと痛いほどに伝わっている。

 殴ってくれない。己を傷付ける事も止められるだろう。ならば、慰み者になってでも、とでも考えたのだろう。

 自暴自棄になっているのが、手に取るように分かった。

 だから、九十九はレミュクリュの肩を掴むとそっと引き剥がした。

 レミュクリュの美しい顔が目の前にあった。

 身体を差し出したのを拒否されたと思ったのか、目元の涙を優しく親指で拭ってやるが、溢れ出る涙は止まる様子が無い。

「これも拒否されたら、我は……私は九十九に何をしてあげられる……の? どうしたら良いの……? もう……命を断つより謝罪のしようがないじゃない……」

 痛々しい笑みを浮かべる。死ぬ事が怖いのでは無かった。ただ、人よりも長く生きて悟っていたのだ。

 知識も知恵もあるレミュクリュは死が謝罪と成り得ない事がある、と知っているだけに断てないのだ。

「一つ聞いてくれるか?」

 九十九が両手で顔を挟み込むように包んだ。顔を背ける事が出来ないように。

 視線を少し外しながら、レミュクリュは小さく頷く。

「もし、あの時に出会わなくて、あの場所で寂しさの余りに元の世界に帰りたいと願ったとしてだ。本当に成功すると思う?」

 レミュクリュがじっと聞いている。当然成功すると思っているのだろう。だから自棄になるほど落ち込んでいる。

「すでに過去の事だから、今何を言っても意味が無いんだけどね。

 可能性としては確かに元の世界に帰れたかもしれない。けど、あの状況だったら元の世界に帰りたいと思う前に他の事を考えて強く願ってしまうと思う。今とは別の能力を発現させるかもしれないだろ?

 明かりが欲しいと強く願うかもしれない。腹が減ったから食べ物が欲しいと願うかもしれない。今とは別の、そしてあの場所から抜け出せない能力を発現させて、絶望で発狂しちゃう可能性の方が高いと思うんだよ。

 だから、レミュに出会えて俺は幸運なんだよ。

 あの洞窟から抜け出せる力を得た。

 この世界の情報も得た。

 この世界で使える言葉を覚えた。

 傭兵という生活の糧を得た。

 エルという頼れる仲間を得た。

 ミルという可愛い仲間を得た。

 そして、その全てをくれたのがレミュなんだよ。その恩人を何で恨める? 何で憎める? 何で殴れる? 俺を助けてくれるんだろ? なら諦めないでくれよ。俺が諦めてないんだからさ」

 今の自分があるために手に入れたかけがえの無いものを列挙した。そして改めて認識した。どれほど恵まれていたのかを。

 冗談のように明るく言った。そして、優しく微笑み、愛しく長い髪を梳いた。

 レミュクリュが美しい顔を歪め、両手で顔を覆うと声を押し殺した。嗚咽を漏らすレミュクリュを九十九はそっと絹のように滑らかな背中を撫で、髪を梳く。

 身体が触れている部分は柔らかく暖かい。だが、背中や脚が少し冷えていた。

 九十九はレミュクリュをあやすように抱き寄せ、背中をぽんぽんと叩きながら、一枚の毛布に二人で包まった。

 そして、甘い香りがするレミュクリュの髪に顔をうずめるようにしながら、この時間を過ごす事にした。


 ──どれほど抱き合ったままだったのだろう。数十分なのかもしれないし、数時間なのかもしれない。

 耳元に聞こえる嗚咽は小さくなり、鼻をすんすんしながら顔を上げた。

 間近で見るレミュクリュは本当に綺麗だ。

 澄んだ瞳も綺麗だ。

 じっと飽きる事無く眺める九十九。レミュクリュは目元を拭いながら頬を赤らめ、視線を外した。

「取り乱してごめんなさい……」

「それだけ俺の事を本気で考えてくれてるんでしょ? 本当なら俺がお礼言わないとね。ありがとう。レミュ」

 九十九の言葉にまたも涙が溢れそうになるが、堪えて誤魔化すように強く抱き付く。

そして、耳元で呟くように、

「九十九に逢えて本当によかった……」

「俺もだよ……」

 二人は体温を交換するように抱き合った。強過ぎず、弱過ぎず、互いに優しく背を撫でながら……。


 強く求め合った。


 心を繋げようとしたのかもしれない。


 魂の繋がりを求めたのかもしれない。


 契約によるものとも違う繋がりを欲したのかもしれない。


 少し、ぎこちなく身体を動かす九十九と、何か気づいたレミュクリュ。

「……その……なんだ……」

「……うん……私は別に……」

 色々な方向にテンションやら気持ちやらが行っていた時は何ともなかったのだが、少し意識してしまうと、もうソレにしか気持ちが向かなくなってしまうものだ。

「……まぁ隠してもしょうがないから、正直に言うんだけどね。思いっきりこのまま……とも思うんだけど、タイミングがさ……納得いかないような気がしてさ……」

「……そう、ね……気持ちは、分かる……かな」

 もぞもぞと落ち着かない二人。

「……やっぱり、ちょっとだけ……時間置かないか……」

「う、うん……」

 ちょっとだけ残念そうな声色を出すレミュクリュ。その声は九十九の心の中で大きな衝撃を与えた。

 背中に『理性』と書かれたミニ九十九が正座して乗る柱がぐらりと揺れ、小部屋から現れた背中に『漢』おとこと書かれた筋肉ムキムキのミニ九十九が気合を入れて支柱をがっしりと抱いて支えた。

「なら……九十九。約束しない……?」

 頬を赤く染め、涙に濡れた瞳で見つめる。

「な──」

 なにを、とは言わせてもらえなかった。

 瞳を閉じたレミュクリュが目の前数センチの場所に居た。

 唇が塞がれた。

 柔らかく、甘い、ちょっとだけ生肉とアルコールの匂いがする唇が触れたのだ。

 ゆっくりと、名残惜しげに離れると、そのまま毛布を引っ手繰ってベッドにころんと寝転んだ。

 レミュクリュの耳が赤い。恥ずかしかったのだろう。いや、九十九の耳も真っ赤だが。

 不意打ちにミニ九十九が乗る柱が揺れに揺れた。マグニチュード九は叩き出す勢いだ。そこへ小部屋からわらわらと緊急出動する集団の筋肉ムキムキのミニ九十九ががっちりスクラムを組んで支える。

 崩壊には至らないが、しばらく収まりそうも無い心の揺れに悶々としながら、レミュクリュの隣に背を向けながら寝転び、目を閉じるしかなかった。



 この世界に来て、初めて安らいだ気がした。誰か一緒に同じベッドで眠るとは想像していなかったが、これほど気が楽になるとは思わなかった。

 背中を合わせて互いに体温を感じる。

 全ての疲れが吹き飛ぶような気がした。

 ふと、まだ小さかった頃の両親と共に眠っていた時の気持ちなのか、とも思った。

 無邪気とも言える信用。無警戒とも取れる信頼。

 そんな安らぎを手に入れたのだ……。


 ……だが、九十九が眠れなかったのは言うまでもないだろう。


























 拙い作品で恥を晒しております。

 二部終了でございます。

 ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。


 現在、第三部執筆中でございます。活動報告にも書いておりますが、スランプ気味でして、流れは作り終えているのですが、中々気分が乗らず停滞しております。


 次はおそらく気分転換で書いているトラの外伝ー2ーになるかと思います。

 何とか今年中に三部を投稿出来れば良いのですが、もしかしたら来年になるかもしれません。

 楽しみにしていただいている方には申し訳ありませんが、少しだけ時間をいただければ嬉しいです。


 最後に読んでいただいている方々に感謝を。

 感想、指摘、質問等は受け付けておりますので、気軽にどうぞ。


 これからもよろしくお願い致します。

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