表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/34

二部 第10話




 家出し、お世話になった老傭兵にも迷惑をかけたが、小さい頃のベサイアは老傭兵の教えをしっかりと刻み付けていた。自分が楽しんだ行為を暴力と言われた力は人のために使う事が出来ると知ったのだ。

 知ったために一人でその力を使おう、これ以上誰にも迷惑を掛けたくない、そう考えた。

 そして、老傭兵の元から抜け出したベサイアは幸運な事に、とある貴族の元に身を寄せる事ができた。

 最初は少女の傭兵が珍しいために、社交場の見世物として雇ったようだ。だが、実力もあると知った貴族が仕事を任せるようになる。

 小さい女の子が傭兵という血生臭い世界で生きていくには、相応の覚悟も必要だが、後ろ盾が必須であった。

 特に傭兵同士の横の繋がりを極力減らしたいと思っていたベサイアには渡りに船だっただろう。

 奇異の眼を向けられても貴族専属であれば手を出せない。出せば傭兵以上の権力と財力で潰されるからだ。

 それを享受していたために大きな首輪がベサイアを縛ったのだ。

 幸運だと思っていた境遇が、実は不幸の始まりだったと気づいたのは貴族のために働く事数年経ってからだった。


 小さな村を滅ぼした盗賊達を討伐したベサイアだったが、実際は貴族の秘密を知る村の人間を貴族が盗賊を雇って殺害し、さらに秘密保持のためにベサイアに後始末をさせたのだ。これが『一人の潜伏していた盗賊を殺害するために小さな村一つを滅ぼした。』という噂の本当の姿である。

 事実と違う噂が流れている事に気づいたベサイアは、すぐに真相を探った。

 そして、お世話になった主である貴族の本当の姿を知ったベサイアは貴族の屋敷を抜け出した。そして、悪事を表沙汰にしようと一人の証人を連れて逃げ出したのだが、ベサイアの行動を予想していた貴族は盗賊と当時ではベサイアよりもランクが高い傭兵を刺客とした。

 高ランクの傭兵と盗賊を傷だらけになりながらもなんとか退けたベサイアだったが、その戦いで証人を失った。

 これが『依頼者であり、護衛する対象を気に食わないという理由で殺害し、襲いかかった盗賊を殲滅した。』の真相である。

 ベサイアの持つ逸話は事実を捻じ曲げた噂だった。そして、悪い噂がいっぱいあるように言われているが、実際に関与したのは二つのみ。他の噂は全て、酒飲みが話の種として増やした創作か、もしくは傭兵として成功しているベサイアを嫉妬した者による嘘である。情けない事に実力で勝てない者ほど陰口を好み、貶める事でモチベーションを保つしか出来ないものだ。

 ベサイアの不幸はここにも響いた。

 酒の肴、話の種程度の胡散臭い噂は、捻じ曲げられた血生臭い二つの噂のおかげで真実味を帯びてしまったのだった。




「これが俺の知る全てだ。それと雇っていた貴族と今ベサイアに手を出してる貴族については後で人をやるから聞いてくれ」

「ありがとう。金貨二千枚って言ってたな。手持ちじゃ足りないんで分割でいいか?」

「いらね……、いや、タダはさすがに俺の残りカスになったプライドが許さねぇな……。正規の値段を付けるなら、金貨三十枚だ。そのうち持って来い」

 頭を下げた九十九に面倒臭そうにあっちいけと手を振ると、レミュクリュの肩を借りて去っていった。


 この場に残ったのは打ち捨てられた男と最後まで残った男達、そしておそらく再起不能になった男が何人か居るだろう。事の顛末を見られ、愛想を尽かした者も多いだろう。それでも後味が悪くない敗北だった。

 誰に聞かれても苦笑を浮かべ、笑い話として負けたと言えるだろう。

 残った男達に動けない者を運ぶように命じると、重症にしか見えない男の傍へ。

 頭の中を直接弄られる恐怖はどれほどのものなんだろうか。

 あの姿を思い起こし、久しぶりに具合が悪くなった。少年のように嘔吐してしまいそうなほどの光景だった。まるで初めて人を殺めた夜のような……。

 音を漏らし続ける男を見ていると、輪郭がぼやけた。こうならなかった事に安堵して涙でもこぼれたのかと思ったが、違う。

 男の輪郭がぼやけ、数瞬後元に戻った。

 そこには弄られる前の状態で気を失っている男が居たのだ。

「……クックックックッ……ハーッハッハッハッハッハッ」

 ビトーは腹を抱えて笑うしかなかった。


 寄り添うように肩を貸して歩く二人は宿へと向かっていた。

 必要な情報をなんとか得る事が出来た。

 そして、九十九の抱えたトラウマの大きさを知る事が出来たと考えれば有意義だったかもしれない。

 肩を貸しながら歩くレミュクリュは、隣で憔悴している相棒を見て、もう一つ懸念すべき問題があると思った。

 あの最後に退けた力は、今までの九十九とは質が違う。危険だと、そう感じた。

「……ほんと、レミュありがと……」

「かまわんさ」

 だが、今は無事に戻れる事を喜ぼう、そう思ったのだった。




 女性に肩を借りて宿へ戻った九十九を見て、エルとミル、ダルデスが驚いた。

 ダルデスの店はまだ本格的に忙しい時間帯では無く、他の客は姿が無い。様々な仕込みをしながらエルとミルを労いながら、ゆったりとした時間を楽しんでいたのだろう。

 そこに二人が帰還したのである。

 傭兵ならば怪我し、土で汚れた身体で戻ってくる事はよくある事で驚くほどの事では無い。

 だが、隣に居る女性を知る三人には明らかに大きな問題があったと考える。

 彼女は九十九がナンパしてお持ち帰りした女性では無いのだ。

 相棒とも言うべき白竜であり、数千年を生きる伝説の竜であり、滅多な事では人型にならないと断言していたのだ。

 レミュクリュがどこかで見た事がある服の上に部分鎧を、胸部や腰部、手甲など主要部分のみに白銀の鎧を身に付けて現れた。争いがあり、レミュクリュが手を貸すほどの事があったと、その場で和やかに話をしていた三人に伝えた。

「エル。悪いのだけど九十九を」

「あ、あぁ」

 駆け寄った虎が、ひょいっと九十九を抱きかかえた。女性ならば夢見るお姫様抱っこと呼ばれる状態だ。エルの身体を駆け上ったミルが、九十九の腹に飛び乗り、九十九の頬をぺたぺたと叩く。

「ツクモー、大丈夫―?」

 どこかで見た光景に九十九は疲れきった顔に苦笑を浮かべた。

 エルは意識がしっかりしている九十九を見て安堵する。当然、次に言うべき事は一つだ。

「何があったんだ?」


 二組に分かれて行動したところから、操られているのかと疑うほど様子が異なるベサイアと出会った事。その理由を知りたいと思って盗賊ギルドに出向いた事。そして、盗賊ギルドの幹部らしき男と争った事を語った。

 そして、身体を張って手に入れた情報を共有する。

「──ト、マァソンナ事ガアッテナ。ヤット戻ッタノダ」

 エルとミル、そしてダルデスもカウンター内に椅子を持ち出して座る。

 互いの目の前には生肉を齧り、ジョッキを両手で抱きかかえた、いつもの白竜の姿に戻ったレミュクリュが今までの経緯を語っていたのだ。

「しかし、よく盗賊ギルドと事を構えて無事だったな」

 ダルデスが飽きれ半分、驚き半分といった感想と共にカウンターに突っ伏した九十九に顔を向けた。

 今の九十九は酔っ払って管を巻いているようにも見えるが、身体を起こす事すら出来ないほど疲れているようなのだ。いや、危機を乗り切る事が出来て安堵した事によって気が抜けた部分もあるとは思う。

 仲間が心配してくれる気持ちに少しむず痒さを感じながら、顔だけをダルデスに向けて力ない笑みを浮かべる。

「まぁ、予想通りトラウマを抱えたようだが、とりあえず怪我が無いようで良かった」

 説明を聞いて、良かったと言うエルだが、表情は重い。

 そっとレミュクリュに確認するように視線を向けると、レミュクリュも同様に話の一部に最も気にかかる部分があったのか、微かに頷いた。

「ほんと、ツクモは元気一杯だねー。ボクも負けないぞー」

 ミルが突っ伏した九十九の頭や頬をぺたぺた叩く。

「いえ、負けでいいです……」

「謙遜すんなよー。これをおくゆかいって言うんだっけ?」

「ミルさん。奥ゆかしいと言いたいのでしょうけど、使い所もたぶん違います……」

「細かい事は気にすんなー。男だろー」

 自分の身体ほどのジョッキを片手で持つとぐいっと飲み、九十九の頭をぺちぺちと叩く。若干、労わりが無く、容赦も無い行為に見えるが、膂力は見た目に比例しているためにまったく問題は無い。むしろ肉球が柔らかく幸せだったりする。

 そして酔っているのではない。ミルは元々こんなテンションだ。

「しかし、ベサイアに関わるとなれば話を聞く限り貴族と盛大に揉めそうだな。今よりもっと大変な事になるかもしれんぞ?」

 ちびりと酒を舐めるように飲む。

 頭をぺたぺた叩かれ続けている九十九が、カウンターに貼り付けられたように微動だにせず、口だけを動かした。

「若干、巻き込まれた感はあるけどね。ベサイアの仕事を邪魔したって人に心当たりあるから、あの人だったとしたら手助けでもしようかと思ったんだけど、さっきの情報でベサイアも巻き込まれた方だと思うんだよ。

 だから、出来る限りの事をしようかと思うんだけど……だめ?」

「ボクは面倒なのが嫌いだよー」

「そうだな。単純に興味本位という理由だけで混ざろうとしていたなら反対するが……、ベサイアが保護している子供達のためになると言うならば、俺は手伝っても良い」

 エルの返答にミルが頬を膨らませて抗議するが、取り合おうともしない。じっと九十九の気持ちを探ろうと視線を向ける。

「それじゃ──」

「だが、その子供を助けたからと言って、子供達が確実に幸せになるわけでは無いぞ。さらに似た境遇の子供はもっと居るのだ。それをすべ──」

「言いたい事は分かってる。俺の自己満足だって事も分かってるさ。世界中の子供に幸せを配るつもりは無いし、気にかけるつもりも無いよ。深い森の道でしゃがみ込んでいた子供達を見つけたから、一緒に出口に連れて行くだけさ。

 そっから先は子供達の努力次第だよ。俺は出口で別れるつもりだからね。街まで仲間を作って帰るか、誰か連れて行ってくれる人を探すか、それとも森へ引き返すのか……。

 ベサイアが街まで連れて行く覚悟がある、とは言ってたけどね」

「ならば何も言わんよ」

 エルが頬を膨らませたミルの喉を撫で、ご機嫌を伺った。

 ぷしゅ~と空気が抜け、笑顔でジョッキを傾ける。

 エルは機嫌が直った様子に微笑むとジョッキを傾けようとして、止まった。

 じっと中身を見つめ……。

「ドウシタノダ?」

 気になったレミュクリュが話しかける。

 が、返事は無かった。

 首を動かせず、ずっとエルが見える位置に居た九十九が、

「そっちも何かあったの?」

「…………ん、あぁ、そうだな。正直悩んでいるのだよ。この場で言うのもかまわんが、それが九十九のためになるかどうかが分からんのだ。

 いや、九十九のためにはなるし、指針にもなるのだが、なんと言うかな……」

 なんとも歯切れの悪い話の切り出しだった。豪放磊落といった雰囲気である武人が頬を指先で掻きながら、ちらりとレミュクリュを盗み見るような視線を送った気がする。

 死の五秒前といった感じでカウンターにもたれていたが、果汁たっぷりの水を飲み、時々ミルがにゅっと口元に差し出す酒の肴を食し、だいぶ気が楽になっていた。嘔吐したために胃が荒れているようだが、少しものを入れたので楽になってきたのだ。

 徐々に身体に力が入るようになったので身体を起こす。

 その間は時間にすると数分も無いだろう。その数分で九十九はエルが言い辛そうにする状況を色々と考えた。

「俺は大丈夫だから言ってくれ。何があっても何とかするしか無いんだからさ。それが早いか遅いかの違いしか無いんでしょ?」

 九十九の言葉にエルが不承不承頷いた。

「そうだな……。二人と別れた後に、ついでだから魔術師ギルドへ向かったのだ。どうしても気に食わなければ合流したら良い程度に考えてな。だが、想像していたよりもマシだったのでな……。

 そこで──」


 エルが魔術師ギルドでの話を九十九に伝えた。少し躊躇する様子に訝しげに思った九十九だったが、先ほどと逆に話し終えたエルに視線を向けると、虎が微かに頷いて返答した。

 聞き終わると一言だけ、

「そっか……」

 と呟いた。話の途中から九十九の表情に陰りが出来てきたのだ。理由は……。

「ソノ話ガ事実デアレバ……我ハ何トイウ事ヲシタノダ……。ナントイウコトヲ……」

 生肉を取り落とし、ジョッキも落としてカウンターを汚す。

 嘆くレミュクリュに掛ける言葉が無かった。

 召喚されて洞窟に現れ、何も無い暗い場所に居れば、当然元の世界に帰りたいと思うだろう。時間が経てば強く願うだろう。その時に能力が発現出来れば帰れたかもしれないのだ。

 レミュクリュと出会わなければ九十九は帰れたかもしれない。

 しかし、出会ってしまったのだ。

 いわゆる、『もしも』でしかすでにない過去の事なのだが、その『もしも』とされる部分がレミュクリュの心を抉ったようなのだ。

「我ハ……我ハ……」

「まぁ、とりあえず落ち着こう。レミュ」

「落チ着ケダトッ!? 今ノ状況ヲ作ッタノハ誰ガ聞イテモ我デハナイカッ! ヨモヤ九十九ガソレニ気ヅイテイナイトデモ言ウノデハナイダロウナッ!!」

「いやいや、落ち着けってば、大丈夫だって……」

「ドコガ大丈夫ナノダッ! 慰メルナッ! ナゼ我ヲ怒ラナイッ! 憎イデアロウ? 九十九ヲコノ世界ニ縛リ付ケタノハ我ダッ! 甘言デ騙シ、親カラ引キ離シタノハ我ナノダッ!

 サァ我ヲ殴レッ! 九十九ノ気ガ済ムマデ殴レッ!」

「だから、落ち着けって……」

 九十九は意外に落ち着いていた。目の前に取り乱す相棒が居るから余計に冷静になれたのだろう。それに、エルが言い辛そうにレミュクリュを見た事を思考の一部に組み込んだ時に、たまたま想像出来た事の一つだったのだ。

 言葉にならないのか、鋭い牙が生えた口を開閉しながら、九十九のジャケットを引き千切らんばかりに掴みかかるレミュクリュ。相棒を抱え直そうと両手で掴むが、いやいやしながら、九十九の手から逃れようと暴れた。

 期待を込めて何とか掴んだレミュクリュをエルにひょいっと投げた。

 意図を知ったエルが受け取って頭を撫でた。いつもならば目を細めて落ち着くのだが、やはり今回はまったく効力が無い。本人が受け入れようとしないのだ。余裕が無いとも言うかもしれない。

 エルが戸惑う隙に虎の手から逃れ、二階へと飛んでいく。部屋へ戻る事にしたようだ。

 いつものふわりふわりとした飛び方ではなく、どこか危なかしい飛び方で上がっていく。

 一人になりたい、そういう事なのだろう。前回は九十九が同じ精神状態だったので気持ちは分かる。

 だが、得てしてその状態で一人悩んでも後ろ向きな考えしか浮かばないものだ。

 九十九はそう思いながらも呼び止められなかった。経験豊富に見えるエルとミルでさえも躊躇するしかなかった。


 小さい手で扉を開け、ベッドへ向かおうとしてすぐ真下にあった丸椅子に降り立った。

 なぜか、ベッドまで飛ぶ気力が一気に霧散してしまったのだ。

「我ハドウスレバ良イノダ……」

 うな垂れ、深く嘆き悲しむ白竜が呟いたのだった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ