表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/34

二部 第4話



 数日後。

 まだまだ付き合いは浅いが、寝食を共にすれば気心も知れるというもの。

 胡坐をかいて瞑想するエルの背中に九十九はもたれていた。大きな背中はとても暖かく、基本的に上着を着ていないエルの毛皮は触り放題である。背中に抱き付き、頬ずり。幸せの一時。

 レミュクリュもまたエルの後頭部に抱き付いて全身で毛皮を堪能していた。

 瞑想の邪魔しかしていないが、本人は何も言わず、ただ黙するのみ。

 慣れ過ぎて失礼だと思う行為ではあるが、互いに納得しているのであれば問題は無いだろう。

 親しき中にも礼儀あり、という言葉はある。今の九十九達にはまったく頭に無い言葉のようだ。

 ちなみに、ミルは御者台に座って手綱を握っていた。

 調子に乗ってあっちこっちに手綱を引っ張っているが、灰猫の力で方向を返るような非力な馬では無く、己で思考が出来る魔獣ゴウバは疲れを感じさせない足取りで着実に進んでいた。時々、ミルと手綱で綱引きのように力比べをしているようだが、ゴウバにとってもミルは可愛い主人としか思っていないのかもしれない。

 頭の良いゴウバは灰猫をそれなりに相手しながら振り回される事無く、目的地に向かってまっしぐらであった。


 次の日の朝に目的地であるレジャムの森へ到着した。

 そこは大きな外壁が森をぐるりと囲んでおり、地を這う魔物であれば逃げ出せない要塞である。

 出入り口は人間用の大きさの扉が一つのみ。出入り口付近には数戸の建物があり、ギルドの管理者が住む家と簡単な食料品などを売る店など必要最低限生活するための施設が固まった場所だった。

 陣地を示すようにその施設群を柵で囲ってあるが、跨げば越えられる程度の高さで土地を主張するためだけにあるような感じだった。

 馬車から降りた九十九は広がる世界とそれを切り取るように立てられた柵を見て、緊急時の絶対防衛ラインにも見えた。

 が、今はどうでも良い話である。

「ツクモ行くぞ」

 エルの声で我に返り、駆け足で向かう。

 目的の場所は小さな出入り口の一番近くにある建物。ギルド管理者の建物であった。

 中に入ると小さなカウンターがあり、仕事用と思われる机は使われた形跡は少ない。小さな事務所である。

「今回の傭兵かね?」

 ソファーに座り、お茶を啜っているのは年月によって色素が抜け切った白髪白髭の老人だった。着物のようにゆったりとした服装で、縁側で猫を抱いているとしっくりくるような雰囲気。

 柔和な表情だが、歴戦の戦士らしく顔には眉間から頬へ走る傷がある。だが、それでも厳つさは無く、見た目は優しそうな老人である。

 そして、見た目の雰囲気に反して身体が分厚い。ボディビルダーの身体に老人の頭が乗っているようなものだ。

 重そうに腰を上げてカウンターに来るとエルが一枚の紙を渡す。

 目を通すと机の上にある辞典のように分厚い本を取り出して何か書き、しばらくじっと待つと何かに納得したように頷いた。

「何やってるか解るか?」

 エルの肩に乗るミルが胸を張って自慢げに答える。

「魔道書の一種で通信用の本なんだよー。王都ブリューラドにある傭兵ギルドにも同じ本があってねー。それに書くとあっちにも同じ文字が浮かぶんだよー。べんりだよねー」

(メール……いや、チャットみたいなもんか)

 九十九は一番理解しやすい事に変換して覚える。

 何かの確認事をしたようで、老人がこちらを向いた。

「今回はちょっと数が多くてな。何日かかっても良いので、とりあえずおぬし達で五十体ほど狩ってもらう。余裕があればそれ以上頼む。それと……」

 頬を掻いて言い辛そうに口を開いた。

「飛び込みでもう一組中に居る。仲良くやってくれ」

 その言葉を聞いて目を丸くしたのはエルだ。

「どったの?」

「基本的にこの仕事は一組だけにしか頼まないのだ。だからこそ競争率が高い仕事なのだが、二組同時にというのはよほどの理由なのか?」

 後半の言葉は老人への問い掛けである。それに対してどうにも口にしたくないような態度を取っていたが、しょうがないとばかりにため息を付いて答えた。

「旅の者達で食料を欲してきたのだ。個人的にもギルド的にも数日分くらいならばあげても良いのだが、お礼に少し手伝いをしたいと言われてな。まぁ今回はいつもよりも数多く発生しておるし、換金部位はいらないとまで言われて、ついつい頷いてしまったのじゃよ」

 珍しい話ではあるのだろう。だが、恩に報いたいと言う旅の者達に手伝ってもらっただけの話だ。

 本来ならば問題になるような話なのかもしれないが、九十九達はそれを罪だと言うほど傭兵ギルドのルールを厳守するつもりはまったく無い。

 自分達に迷惑がかからなければどうでも良いとさえ思っている。

「了解した。さっそく取り掛かる」

「気を付けてな」

 安心したような声色で送り出す老人に手を振る。

 九十九は首の骨を鳴らし、レミュクリュの身体を左右に傾け、屈伸など柔軟をし、レミュクリュを上下左右、前後へと動かす。

 離れれば良いのに意地でも後頭部を掴んだレミュクリュから抗議の意味を多分に含んだ爪攻撃を受けながら、鋼棍を握り閉めて扉をくぐり抜けた。


 外壁の中は背の高い巨木の森だった。

 エルの分厚い身体が三人分ほど余裕で収まる巨木が乱立している。左右を見て、その巨木さえも取り囲む縦にも横にも大きい外壁を眺める。異様な光景に驚いていたのだ。

 奥行きはどんなに目をこらしても終わりが見えず、巨木の生い茂る葉が光を遮り、これから昼となってさらに明るくなると言うのに夕暮れ並に薄暗くなっている。

「そういえば、どんな妖魔が居るのか聞いて無かったんだけど?」

「そうだったか? ここに居るのはランクCの《ガラド》とランクDの《ヴェルテグ》だ。特徴は……」


《妖魔ガラド》

 地上数センチ上を浮遊する妖魔である。頭部はタコのような姿をしており、胴体は手足が退化して小さくなったような赤ん坊のような身体、尾はひょろ長いロープのようで、先に爪が付いた姿をしている。赤ん坊の頭部にタコ頭があると取るか、タコ頭に赤ん坊の身体が生えていると取るかは傭兵次第である。ちなみにタコ頭であるが、色はイカのような乳白色で身体は赤い。

 魔力のためなのか、体組織によるものか、軟体生物のような柔らかさがあり、剣での攻撃ではダメージを与えるのが難しい。魔法などで倒すのが定石となる。

 攻撃方法は喉元付近に垂れ下がっている触手を伸ばして獲物を捕捉。獲物の内臓から骨を異常なほどの吸引力で全てを吸いとる。犠牲者は皮と装備品しか残らない無残な姿になってしまう。

 換金部位はタコ頭に生える小さな羽のような部分。魔術触媒として魔術師ギルドが欲しているのはロープのような尾と体液である。

 理想は体組織を破壊せずに絶命させ、そのままの状態で運び出すのがベスト。


《妖魔ヴェルテグ》

 岩のような姿をしている妖魔である。

 一見すると大きな岩にしか見えないが、割れ目には眼が隠されており、最少五個から最大で八個の眼を持つ。個体によって数は異なる。

 魔力で押し固めているのか、表面を覆う岩はとても硬く、斬撃、打撃等ではダメージを与えるのは難しい。この妖魔も魔法で倒すのが定石である。

 攻撃方法は巨体を転がしての突撃のみ。犠牲者は落石の被害者と同等の姿となるため、山岳地帯では落石かヴェルテグによるものなのか、判別が付けられない。

 妖魔と冠するが、攻撃方法は魔獣と大して変わらない珍しい肉弾戦タイプである。

 換金部位は身体のどこかに生えている草のような触覚。まるで岩に根を下ろした植物に見えるが、感覚器官である。魔術触媒として換金出来るのは複数ある眼。八個ある個体は『豊作体』などと傭兵の間で言われている。

 そして、表面を覆う岩は持ち運びに困る重量ではあるが、建築資材としては上質の部類に入り、人気の一品だ。


「……と、言った所か」

「なるほど。魔法なら楽に倒せると……」

「今回は俺とツクモで足止めし、ミルが止めを刺すのが良いだろう」

 ふむ、と頷きながらも何か思案する九十九に全員の視線が刺さった。

「それぞれ俺だけでやってみたいんだけど……ダメ?」

「構わんぞ?」

 エルは最初にリハビリも兼ねてと言っていたように見守るつもりのようだ。ミルは興味深げに九十九を見て、レミュは邪魔にならないようにエルの後頭部に移動した。目を細めて毛皮を堪能している姿にちょっとだけ嫉妬した九十九だった。

 薄暗い森の中を歩く事数分。さっそく妖魔が二体徘徊していた。

 大きさはレミュクリュやミルくらい。ぷかぷか、と言う表現が一番適切だと思う。

 ガラド達は九十九を認識したのか、ゆっくりと漂いながら近づいてくる。

 鋼棍を構え、足に力を溜めるように撓める。手を出さないと言っていた三者は数歩下がって距離を取った。

 十数歩の距離でそろそろ攻めようかと警戒を一層強くした瞬間。

 喉元らしき場所から生えていたタコ足のような触手が唸りを上げて迫ってきた。

「なっ!」

 タイミングを逸したのもそうだが、触手の速度は予想を遥かに越え、空気を引き裂き唸る事から、捕獲だけにしか使えない器官では無い。鞭のように撓りがあるのが音で解る。

 エルが淡々と話したので、それほど強く無いようなイメージを持っていたが、オールレンジで撓る触手は脅威である。

 首を傾げるように躱す。

 が、目の前で触手が揺れ、軌道がずれる。


 パン!


 横に転がって距離を取った九十九の頬にはくっきりと触手が撫でた跡が付いた。

 鞭のように撓るだけでは無く、変幻自在で先まで操れるようだ。大きく避けねば掴まる。

 第二、第三の触手が軌道を変え、タイミングをずらして迫る。ランクCと言うのは見た目がどうこうでは無く、完全に実力に対する評価だ。

 回転させた鋼棍が触手を打ち落とす。大げさとも思えるほど身体を反らし、屈み、巨木を利用して触手から逃れる。

 じわじわと距離を縮めながら触手を払う。二体のガラドが近づく九十九に対して執拗なまでに触手を振るう。

 突くように直線的な攻撃をしつつ、弧を描くように迫る。

 九十九が最も警戒しているのは撓りを加えて迫る触手である。

 屈んで躱し、頭上を通り過ぎた触手が巨木の幹を叩いた。破砕音と共に木屑が飛び散る。

 抉り、削り取られた巨木の幹を視界の隅で確認し、冷たい汗が流れた。

 装備しているのは硬さを売りにしていたが、なめした革鎧だ。直撃すると鎧どころか身体を破壊しかねない攻撃力である。

 躱す事で逃れていた九十九だが、心構えを変えた。無傷という括りをしたつもりは無かったが、やはり今までの経緯を考えれば甘くなっていたと自嘲するしか無い。いかなる攻撃も手持ちの技術を用いれば逃れられると慢心していると認識したのだ。

 迫る複数の触手の猛攻を鋼棍のみで打ち払う。いや、打ち払うというよりも触手に打撃を加えていた。

 身体の軸を動かさず、自分の鋼棍が届く範囲に接触した触手に攻撃をしているのだ。結果的には完璧な防御となってダメージが無いが、九十九は考え方を改めたのだ。

 前までは状況を一歩引いた目線で見るようにし、逃れつつ隙を突く闘い方だったが、今は範囲に迫る攻撃全てをより苛烈に反撃する。

 防御的な闘い方では無く、攻撃的な闘い方にシフトしたのだ。


「あれは……ツクモなのか……?」

 離れて見ていたエルの呟きにレミュクリュとミルは言葉を返さなかった。

 レミュクリュは九十九の引き出しの多さにさらに驚かされて言葉を失っており、ミルはとても嬉しそうにキャッキャ言いながら手を叩いて喜んでいる。

 一歩一歩着実に近づく九十九にガラドがより速く攻撃を繰り出していた。距離が縮まっているために攻撃への間隔が短くなっているためだ。

 だが、その攻撃にも九十九は打ち払う事で対応出来ていた。

 横顔には薄っすらと笑みがあり、九十九を知る三者にも恐れを抱かせるほど薄気味悪さを伴っていた。


 九十九は打ち払いながら力を溜めていた。本人には最後の一撃で止めを刺すつもりだったが、実際は身体に漲る魔力が循環し、鋼棍に魔力が伝わっていた。

 数度の打ち合いでガラドの触手に変化が起きていた。

 鋼棍に伝わる魔力が侵蝕して組織の崩壊を起こしていたのだ。乳白色の触手が黒ずみ、それでも攻撃を繰り出したが、とうとう鋼棍によって断ち切られた。

 緑色の体液を噴出しながら悶え、残った触手を振り回すが、痛みのためか初期の速度にまったく届かない。

 身体が揺らぎ、触手が明後日の方向へと振るわれた大きな隙に九十九の一撃が繰り出された。

 踏み込みと同時にタコ頭と身体の接合部。おそらく首の部分へと鋼棍が突き刺さった。

 だが、剣撃を弾くほどの弾力があると言われる身体にはダメージは無い。

「ハッ!」

 気合一撃。体術の震脚と鋼棍に螺旋状の捻りを加えた纏絲勁。

 篭るような声を洩らしたガラドの頭と胴体が引き千切られた。

 通常であれば剣撃すらも跳ね返すようだが、通常ではなく、異常なほどの速度と威力を加えれば目の前の状況になる。

 弾力があり、頑丈な身体でも纏絲勁の持つ一点突破の威力に抵抗空しく引き千切れるしかなかった。

 仲間がやられた事を認識出来ているのか、もう一体が触手を振るう。

 だが、二体同時でも攻撃が届かなかった相手に一体だけで対抗出来るわけが無かった。

 触手を打ち払い、触手を断ち切る。

 どれほどの痛みがあるのか攻撃する気力さえ奪う九十九の鋼棍がまた喉へと突き刺さり、千切れ飛んだ。


 二体を仕留め、一息付いて振り返った。三者共にそれぞれ反応を示すが、どれも驚いているようであった。

 苦笑を浮かべて戻ろうとした時。

 地面が震えているのを感じた。地震かとも思ったが、エルの説明が頭を過ぎる。

 落ち着けと何度も自分に言い聞かせながら、予想が外れている事を祈りつつゆっくりと振り返った。

 やはり、悪い想像は現実になると考えた方が良いのかもしれない。

 巨木の隙間を絶妙なコーナーリングを披露する岩が九十九に迫って来ていたのだ。

 頬から疲労ではない冷たい汗が流れ落ちる。一息付いていたためにテンションが若干低くなっていた九十九は臓腑が冷やされるような感覚に一瞬の戸惑いが身体を固まらせていた。

(まさか映画と同じシチュエーションを体験出来るとはッ!)

 洞窟の中では無く、森だという事に若干の落胆を見せ、思考が逃避する。そして、喜ぶ事でも無い。

 地面の揺れと目の前に迫る脅威。転がっている岩は直線的な動きのみでは無く、側面を巨木に擦る事で曲がる事が可能になっているようだ。

 そして、転がる勢いは強く、手や鋼棍が触れれば巻き込むだろう。

(扇風機に手を突っ込むのとは違うだろうな……)

 どうでも良い思考が過ぎったが、いつまでも逃げてられない。思考を現実に戻した。

 鋼棍を構え、岩との距離を見て……走った。

 横や後ろへ走るという選択肢があるはずだが、九十九は迫る岩に向かって走った。

 暴挙とも取れる行動に背後に居る仲間が何か声を上げたようだが、聞き直す必要は無い。

 十数歩の距離しか離れておらず、方向転換しても間に合わないかもしれないという間合い。

 九十九は隣接する巨木の幹を蹴り付けて、三角飛び。どこぞのキーパーは確実に球を掴むであろうが、九十九の目的とはまったく異なる。迫る岩を飛び越えたいのだ。

 最初は普通に飛び越えようとしていたのだ。本気で跳ねれば二メートルは行けると思っていたからだが、目の前まで来ると岩は予想を越えて倍ほどの大きさだった。だから、一瞬で三角飛びに変更した。

 棒高跳びの要領で行けるかとも考えたのだが、鋼棍はそれほど撓るとも思えず、長さも足りない。

 やはり一度は色々なシミュレーションをしなければならないだろう。

 イケルッ! と思っての行動だったが、高さがちょっとだけ足りず、このままでは勢いよく岩へ体辺りをかける馬鹿にしかならない。

 轟音と共に破砕する音も加わる回転岩に自分も巻き込まれてぺしゃんこになる想像が浮かび、頭を振る。現実逃避して遊ぶ余裕などありはしない。

 両手に最大限の力を込めて構えた鋼棍を身体を回す事で岩へ叩きつけ、反動を利用し、巻き込まれる勢いを自ら回転させる事で相殺した。もう少しだけ判断が遅ければ巻き込まれていただろう。

 ぎりぎり岩を越える事が出来た。

 着地し、振り返る九十九。

 一際大きな音が響き渡った。自らの回転を無理やり止めた反動によるもの。

 岩は完全に九十九を敵視しているようだ。

 それは首が無い亀のようなイキモノだった。ランクDのヴェルテグである。

 甲羅に似た部分から三対の脚が生えている。だが、顔は無い。岩の隙間にぎょろりとした眼があり、九十九から確認出来るだけで三個。位置に規則性は無い。無数にある隙間から覗き込んでいるような、成長したらこの位置になったとしか思えない場所に眼があった。

(正面って……どこなんだろなぁ……)

 九十九の気持ちを考えてはくれない。ズズズン、と踏み出す。歩幅はそれほど大きく無いが、三対の脚が細かく前進し滑らかに向かってくるが、重量があるために地が揺れた。

 転がって押し潰すのでは無く、踏み潰すという選択をしたようだ。

 転がられるとどうにも対抗が出来ない攻撃方法だが、止めてしまえばなんて事無い。

 全力で離れれば追い掛けられるほどの速度も無く、見た目通りの鈍重な姿。

 九十九が突き、薙ぎ、振り下ろしと鋼棍を振るうが、体表が全て弾き、手に残るのは硬い物を殴った後に残る痺れのみ。弱点らしき部分は岩との間にある眼だが、換金目的があるために手は出せない。

「と、なるとだ……」

 呟きを洩らした九十九が踏み潰そうと迫る脚を躱して掌底を岩肌へ叩き付けた。ダメージを受けた様子も無く、愚直な前進は止まる様子が無い。九十九はそれを気にした様子が無く、横へ飛ぶように移動し、再度距離を詰めて掌底を当てた。


 一撃離脱。


 着実に当てているが、ヴェルテグにダメージがあるとは思えなかった。地味な攻防に三者がそれぞれの感想を洩らしていた。

「確実ではあるが、ダメージは無いだろう。あれでは倒せんだろうな……」

 鋼棍による攻撃を捨て、素手のみで戦う様子に頬を掻いて苦笑いを浮かべる虎は落胆の表情を浮かべた。

「まぁ、得手不得手は誰だってあるもんねー」

 頬杖を付いた灰猫もまた先ほどとは打って変わって飽きたようにため息をつく。

 ただ、九十九の能力を多く知り得ているレミュクリュの反応は違う。

「ヤハリ、一撃デハ無理ナノカ……」

 虎頭から突き出た耳を掴んだ手に少しだけ力が加わった。


 掌底を繰り出す事八回。

 一撃ごとに動きが鈍くなっていたのだが、ヴェルテグには声を出す器官は無く、元々鈍重のために三者には伝わっていなかった。

 九十九は腹腔に力を溜め、魔力を、九十九のイメージでは〝氣〟を循環させる。

 今までの掌底には少しづつ込める魔力量を変えて打ち込んでいた。

 あまり想像はしたくは無いが、致死量と言うか一撃死させるにはどのくらい必要かを試していたのだ。

 イメージとして、最初はピンポン玉ほど。次は野球ボールほど。そして、テニスボールだったり、軟球だったりと質を変えたイメージではどうなるか、など色々試していたのだ。

 だが、どれもヴェルテグには微弱なダメージしか無いようで、劇的な変化は無かった。

 そこで次の攻撃にはバスケットボールほどの大きさにして打ち込もう、そう思って力を溜めていたのだ。

 脚を躱し、懐に潜り込む。

「ハッ!」

 腹部に溜めた〝氣〟を掌底に乗せて打つ。

 即座にバックステップで距離を取ると、ヴェルテグの身体が震え、足を折って座りこんだ。

 びくびくと足を動かし、立ち上がろうとしたようだが、そのまま力を失ったように沈黙した。


「ふぃ~……こんなもんかぁ」

 カウルドベアとは違って正直大変だった。ランクが下がっていても攻撃方法や生態が違うとこうも面倒になるとは想像していなかったのだ。

 傍らに転がるガラドはヴェルテグが動きまわり、踏み潰されている。換金部位はもう影も形も無い。

唯一完璧な姿で残ったのは目の前にある岩の如き巨躯。

 倒せても金にならないというのは少し問題があるだろう。

 頭を掻いて悩む九十九に仲間が歩み寄ってきた。

「ツ、ツクモ。何をやったらこうなるんだ……?」

 若干狼狽気味のエルは見知らぬ生物に対する問い掛けのようだった。

「ん~とね。実は……」

「ツクモーッ。すごいすごーい。強いんだねー」

 説明しようと口を開くと、顔を覆うように灰猫が飛びついてきた。がっちりと全身で掴まれた顔は気持ちの良い灰色の毛皮で覆われ、心地良さと共に息苦しさも味わう。ついでに口の中には灰色の毛が残り、ちくちくとして気持ち悪い。

 首根っこを掴んで離そうとする九十九の後頭部に慣れた重さがずっしりと乗る。

「サスガ九十九。強カッタゾ」

 お褒めの言葉を賜ったが、今はそれに返事が出来なかった。

 白竜と灰猫によるサンドイッチはさすがに辛い。呼吸もままならないし。

 エルが何か言いたそうに口を開くが、頭部をナマモノで覆われた人間が苦しそうに悶えている姿に苦笑を浮かべる。それぞれが大小あるが心配していたのだ。そしてそれが杞憂に終わった事が嬉しい、そういう事なのだ。

 とりあえず、はしゃぐミルの首根っこを捕まえたエルが九十九の背を撫でて落ち着かせる。

 九十九もまた、口に残った毛を吐き出しながら呼吸を整えた。

「説明は……レミュしといて……」


 レミュクリュによる説明を耳にしたエルは実験動物を眺めるように、ミルは九十九の頬を突いていた。

 纏絲勁、偽・浸透勁と命名した、聞き慣れない単語では実感出来ないだろうし、説明をされてもいまいち理解しにくいだろう。特に詠唱も必要とせず、魔力そのものを操る人間というのは。

 それも自らの身体から精製するのでは無く、外から取り入れるなどと説明されては眉唾ものだ。

 実は魔族で人間の振りをしているとも考えられたが、そこまでする利点は無く、レミュクリュの寝所に突然現れた事を説明し、人間であると改めて納得させた。魔族だとか、邪悪な意思を感じていればレミュクリュが滅ぼしていると言った事が一番納得させる言葉だったのかもしれない。

 九十九の世界での話しが荒唐無稽ではあるものの、妄想では片付けられない異質な表現や物質の説明があり、学生服というこの世界ではありえない素材も目の当たりにしている。

 それに対する九十九の答えもまた簡単なものだ。


「どうもこうもそうらしいよ?」


 本人に珍しいという自覚が無ければ反応はこんなものだろう。

「異世界の者だからなのか、ツクモだからなのか……興味は尽きないな」

「ツクモは不思議っ子だねー」

 話を聞いたそれぞれの反応も九十九だからと言う理由で最終的に納得出来たようだ。実際、詳しく聞かれてもまったく答えられない。全てが推測と憶測のみになる。

「では、ついでだから我々の個人技を見せておこうか」

 虎の目が森の奥へ向けられた。

「ボクだけで十分なんだけどねー」

 不敵な笑みをこぼしたミルがエルの肩から九十九の肩へと飛び移る。


 妖魔を三体退けたが、騒ぎを嗅ぎ付けたのか説明している間に集まりつつあった。連携が取れているのか、ガラドニ体とヴェルテグが一体で一個小隊とすると、見回すだけで五小隊は近づいて来ている。

「では、まずは俺から」

 背にあるグレートソードを抜く。重量武器を片手で持つ。

 九十九はただため息を付いて力を抜いてしまった。エルは二つの動作だけしかしていないというのに、緊張を和らげた。危険な状況であるにも関わらずだ。

 大きな背中の筋肉が盛り上がり、全てを相手にしそうなほど大きな構え。エルの身体を考えればグレートソードもロングソードくらいにしか見えない。


 グルルル……。


 エルが喉を鳴らす。敵意を顕にしていた。獣らしい威嚇だと思う。普段は威厳があり誇りを重んじる戦士。だが、実戦に立つとなれば威厳や誇りは必要としない。力のみが戦士に必要なものだからだ。

 身体の筋肉を撓め、腕や足が普段よりも膨れ上がる。そのままにしておけば破裂するような気がするほどに。

 大きく息を吸い、そして──。


 咆哮。


 単純に言うと大声だ。だが、質が違う。子供の癇癪による泣き声はイライラさせるほど甲高い。だが、エルの腹の底から放つ咆哮は聞く者の芯を震わせる。竦ませ、怯えさせるに十分な音量だ。それもエルの戦気を含ませているようで頭の中を真っ白にする。目の前に居るエルが放ったと知っている九十九ですら腰が砕けそうなほどだったのだ。

 耳という器官があるか疑わしい妖魔ではあったが、足を止めた。どこに反応しているか解らないが、咆哮で前進を止めたのだ。

 そして、エルが一番左側の小隊へ向けて走る。しなやかな筋肉による動きは滑らかだった。重量を感じさせない動きはまさに猫科の動物そのもの。ガラドの放つ触手を跳ねて躱す。それも巨木の幹から幹へと九十九よりも簡単そうに、九十九よりも素早く、九十九よりも高く跳ねて猛進する。

 幹を踏み台にして三次元の動きにガラドの触手の動きに精彩さは無い。戸惑いがあるようなのだ。

 九十九の場合は見ている者に心配させるような闘いぶりだったが、エルは違う。

 幹を踏み台にガラドを飛び越えて背後を取ると、九十九同様に首を狙ってグレートソードが薙ぐ。

 断ち切れはしなかった。だが、ガラドの身体が輪ゴムを最大限伸ばしたように引き伸ばされ、弓を撓らせ矢を放つように頭と胴体が遅れて追いかけた。隣に居た二体目を巻き込んで。

 九十九の頭の中ではネコとネズミが毎回争う外国アニメが思い浮かんだ。遅れて身体が追いかけるという現象はアニメだけのものだと思っていたのだが、実際に目の当たりにするとまったく笑えない。

 放たれたガラドの身体は巨木に叩き付けられ、折り重なるように倒れ、ぴくりとも動かなくなる。衝撃に強いと言われる妖魔を衝撃で倒すという事をやってのけるエルの膂力は予想以上だ。

 九十九を見ていた時に呆然と三者が見ていたが、エルの闘いぶりを見ても同様に唖然とするしか出来ない。

 闘いの質は違うが、異常な戦闘力という点では同じようだ。

 ヴェルテグは鈍重ながらも仲間を助けようとしているのか、重い足を持ち上げ、振り下ろす。だが、エルがそれを躱せないわけがない。踏み下ろした時点でエルは一個の眼の前に居た。他の足で攻撃しようとしていたのかもしれないが、それを漫然と許すわけも無く、エルのグレートソードの切っ先が眼を穿ち鍔元まで突き刺した。

 身震いするヴェルテグにエルは剣を捻って引き抜いた。

 そのまま引き抜くよりも力任せに捻られると内臓を引き千切る事となる。

 大剣が作り出した孔から体液が吹き出た。痛みによじるように身体を動かすヴェルテグだが、しばらくすると転ぶように地に沈んだ。

 三体が動かなくなってからも大剣を構えてしばらく待つ……残心と呼ばれる行為である。倒したと思い込んで振り返り、背後から反撃を受けてしまう事を防ぐ行為。

 フッと短めの呼気を吐き、剣を納めて悠然と戻ってくる。

 まだ敵が竦んでいるが、徐々に動き始めた妖魔も居る。

 ミルが九十九の肩で立ち上がり、エルとハイタッチした。交代という事だろう。

 ミルは地に降り、帽子の位置を直し、マントを翻して腰に下げたレイピアを抜く。

 剣先で宙に十字を描き、柄を額に当て、なにか呟く。

 見た目は二足歩行の猫だが、その仕草はどこよりも騎士然としており、洗練された動きだった。

 残り四小隊居るが、どれか一つ選ぶのだろうか。

 ミルは帽子が飛ばないように片手で押さえて駆け出した。

 小柄ながらもエル同様に猫科の動物らしく、飛ぶように駆け、わずかな時間で四小隊が見渡せる場所まで辿り着くと脚を止め、対峙する。


 九十九は苦手なタイプであったが、一小隊だけを相手にし、エルもまた見せつけるためだけに一小隊のみを相手にした。

 だが、どうやらミルは四小隊を相手にするようだ。

 九十九が手助けに走ろうとしたが、エルが肩を押さえて止めた。視線を向けると大丈夫だとばかりにウィンクを返された。

「ケット・シー族は見た目と性格が相まって人間世界に馴染んでいる者が多い。だが、それは決して弱い者が群れるための防衛行為では無い。純粋な高位魔術師の種族なのだ。特にミルは四大魔術だけでは無く、精霊魔術すらも身に付けた天才なのだよ」

 だから、安心してみていれば良いと言われ、視線をミルに向ける。だが、普段の陽気な姿しか見ていない九十九にはどうにも心配だった。


「それじゃ、次はボクとあそぼー」

 いつもの軽い調子。気負いなどという言葉が一番似合わない。

 だが、普段はニコニコと細めて笑う瞳が一杯に開かれ、力が込められた。

 柄を額に当て、呟くとレイピアの刀身が淡く光る。魔力が注がれて発光したのだ。

 発光したレイピアが宙に文様を描く。三重の真円を基準に見た事も無い細かい記号を描く。魔法陣である。


 四小隊の妖魔部隊はころころ相手が変わる事に戸惑いは無いようで、目の前に居る敵に殺到するようだ。

 すでに全ての妖魔はエルの咆哮による衝撃から脱しており、統率された軍隊のように着実にミルを目標に進んでいる。


 近寄る妖魔をまったく考えていないのか、淡々と細かく文様を描き続け、ミルの身体よりも大きな魔法陣になっている。

 そして、九十九にはまったく理解出来ない音。ミルが呟くのは魔法言語による詠唱。

 音の羅列のようにしか思えない魔法言語だが、ミルとレミュクリュが使う魔法言語が違うという事は解った。

 言葉を知る者ならばすぐに気づくのであろうが、九十九にはそこで気づけない。

 気づけたのは質……と言えば良いだろうか。ミルとレミュクリュでは使う楽器が違うと言えば良いかもしれない。

 描き続けながら、ミルは口を動かしていた。

 長く詠うように。

 歌うような抑揚を付けて。


 その間にも妖魔達は接近している。ガラドの触手が蠢き、射程の範囲に近づいている事を知らせている。ヴェルテグもまた脚で地を掻く様に動かし、攻撃準備を進めているようだ。さながらテンションが上がった闘牛のようでもある。


 数歩も距離が縮まれば一溜まりも無い状況で、ミルは最後の一筆を描き完成させる。淡く点滅していた魔法陣が一際強く発光し、姿が消え去った。

 失敗したのかと九十九は焦ったが、ミルの持つレイピアに変化があった。

 淡く発光していたレイピアに黒いモヤが纏わり付いていたのだ。まるで棒の先にアフロを付けたような、ちょっとコミカルな絵だ。ミルの見た目と相まって可愛いとさえ思っていた。

 だが、その後は可愛いという表現が間違っていた事を実感させた。

 レイピアを振り上げるとそれを合図にしていたように妖魔達が勢いよく飛び出す。

 触手が迫り、身体を丸めて転がり始めた。

 ミルは邪悪だと思わせるほどの笑みを浮かべ、振り下ろした。

 レイピアの先にあるアフロが放たれる。黒い塊が迫る妖魔達の中心部に届くと、爆発するように広がった。

 九十九の目の前には火事現場のように黒い煙に覆われた景色。

 効果が及ばないのか、ガラドもヴェルテグも攻撃の手が緩む事は無い。

 だが、それも一瞬の事。触手は途中で力尽きたように地面に落ち、ヴェルテグもまた数回だけ身体を回転させると仰向けに引っ繰り返ったまま動かない。でんぐり返しに失敗したと言われれば納得の姿だった。

「ふむ。あれは《デス・クラウド》という魔法だ。四大魔術の三要素を折り混ぜた上級魔術だ。肌に触れるだけで死をもたらす魔術で、人間世界では禁呪指定された必殺の魔術だな」

 顎を撫でながら、普通に説明してくれた。だが、聞き捨てならない単語が耳に残る。

「禁呪指定って不味いんじゃないの?」

「指定シテイルノハ人間ダケダ。我々ガ人間ノるーるニ縛ラレル必要ハ無イデアロウ?」

 頭に乗るレミュクリュが答えてくれる。

「だが、俺もミルも人間社会に触れているのも事実。場所は考えて使っている。それほど心配しなくても良い」

 ポンと背中を叩く。言われてみればそうなのかもしれないと考える。

 九十九の居た世界では人間と同等かそれ以上の知能があり、コミュニケーションが取れる異種族はいない。人間種族のみが一番上に君臨している世界だ。だから、人間のルールで事足りる。

 だが、今居る世界はコミュニケーションが取れる異種族が多数存在している。個体数としては人間が一番多いために主だった部分に関しては人間のルールが適用されているようだが、当然、それぞれ独自の文化や常識、良識があるだろう。

 四小隊が完全に沈黙し、死屍累々となって横たわっている。魔術に寄る即死魔法で遺体に損傷が無い。これならば今回の仕事で引き渡せば、十分報酬が支払われる形になるだろう。

 ミルに駆け寄ろうとした九十九だが、一向に黒い霧が消える様子が無く、近寄れるのか解らずに躊躇していた。

 すると、両手を挙げたミルがまたも呟く。

 四大魔術で詠唱されていた魔法言語とはまた趣が異なる魔法言語だった。

 前者をギターだとすると今度はフルートのような高く、柔らかい言語だった。

 変化はすぐに訪れる。

 詠唱後数秒もするとミルの目の前に同じくらいの背丈の少女が現れたのだ。

 浮遊する少女はミルの真上に浮かび、詠い始めた。

 子守唄のように優しい歌声は聞いていて安らげるほど。

 ミルの行動にまったく理解が追いつかない九十九が隣に立つエルに説明を求めようとするが、虎はじっと目の前の光景に目を奪われたように動かず、腕組みをしたまま直立不動となっていた。

「失敗シタノダロウカ……ドコカ焦リガアルヨウニ見エルガ…………ン?」

 レミュクリュの言葉は言外に信じられないと言わんばかりだが、何かを見つけたようだ。

 レミュクリュやエル、ミルの視線の先に動く影が見えた。黒い霧が徐々に薄れ、少しばかり視界が晴れる。

 カチャカチャと音が聞こえ、鎧を着た者でも居るのかと思い巡らせる。

 そう言えばと、一つ思い当たる事があった。

「守衛の爺さんがもう一組入れたとか言ってなかったっけ?」

 九十九の言葉にエルが失念していたと呟いて狭い額を撫で、レミュクリュはポンと九十九の頭に手を置く。

 九十九の言葉が聞こえたらしく、ミルの肩がびくりと震えると、頭上の少女に何かを伝えた。柔らかい歌声が止まって姿を消した。

 わたわたとレイピアを振るとゆっくりと空気にまぎれようとしていた黒い霧が一気に消え去る。

 正体不明の相手が近づいていた事に気づいたミルは精霊を呼び出して迎撃準備をし、黒い霧を防衛ラインとして警戒していたのだろう。


 視界が晴れた先、横たわるヴェルテグの影から黒尽くめの者が二人、姿を現した。

 一人は黒髪黒瞳、黒革のジャケットにズボンと黒尽くし。腰に下がっているのは白鞘の長剣。もう一人は隣の男と同じくらいの背丈で、全身をローブですっぽりと覆われ、顔すら出さないために性別はおろか、種族すらも解らない。

 散歩しにいってきたと思うほど汚れの無い黒尽くめの男が肩に担いでいるのはガラド一体。だが、背後には十体以上は連なっている。触手を使って結び、一体だけを背負ってあとは数珠繋ぎに引き摺ってきているようなのだ。

「ふむ……珍しい集団だな」

 男がキョトンと九十九達を見て呟いた。

 だが、それだけを口にしたあと、九十九達の目の前を悠々と歩き去った。

 特に何かあるわけでもない。ただ通り過ぎるだけだ。

 だが、九十九は目の前を歩き去った男がなぜか気になり、斜め後ろを追従するような黒ローブの人物が通り過ぎた時にはエル、ミル、レミュクリュ三者が首を傾げた。何かを感じたようなのだが、それが何なのか解らないといった表情だった。


 他人を殺めそうだった事はともかく。気を取り直して、最初の目的であった三人での連携を行う事にした。

 実戦方式なので、最初はタイミングがずれて危ない場面もちらほらあったのだが、基本的には個々で退ける力があるために大事には至らない。

 ともかく、この森ではエルと九十九が前衛として妖魔の動きを押さえ、ミルが止めを刺す形が一番しっくり来るようだ。倒した妖魔の全体が金になるとなれば無傷で仕留められるのが一番良いからだ。

 日が沈み、囲む外壁と巨木の森によって暗闇はどんどん濃くなっていく。練習とは言うが、すでにどれほどの数を退けたのかは九十九には数えられない。

 それに最初の頃は群がるように集まって来た妖魔が、徐々に数が減り、今は見渡しても妖魔の姿が無い。

 同様に見渡していたエルは数の減少と練習としては十分だと判断したようで、終了するかと声を掛けた。

「そうだね。他の場合でも今の形が基本隊形だろうしね」

 九十九は頷くと回りに鎮座する巨石のようなヴェルテグと力尽きたタコ頭のガラドを見て呼気を吐き出す。

 やはり、人間の死体と妖魔などの死体では精神的負担が小さく、特に戦闘に支障は無かった。

 今回のような妖魔、魔獣などが相手ならば気にする必要は無いかもしれない。

 問題は対人戦のみだろう。今はそれでも通常通り相手出来るはずだとは思うが、実際にその場面になればどうなるか解らないとも今は思っていた。

 四者が和気藹々と守衛門に近づき、小窓を開いて開けてもらうよう伝えた。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ