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二部 第3話


 数日経ったある日。

 四種族を乗せた馬車が道の脇に寄せられていた。

 すぐそばには森があり、森の先には小川がある。森以外にはまばらに木が生え、ちょっとした丘などしか無く、魔獣や妖魔なども出る事がある道中では警戒する必要がある。ここは見つかりやすいかもしれないが、回避しやすい場所でもあり、守り易い地形だった。

 実際、そこらには何かを燃やした後が転々とあり、過去にも旅人がこの場所で一夜を過ごしているようだ。

 九十九は馬車での生活に慣れ始め、毎日がキャンプ生活なので若干テンションが上がり気味だ。

 夕食後の鍛錬にはいつも以上に熱が入っている。

 横ではエルが身体を動かし、ミルとレミュクリュは焚き火の周りで談笑している。

「あと、どのくらいだっけ?」

「そうだな。ゴウバのおかげで半分ほどきたと思うが……」

 何気に会話しながら、鋼棍を横へ薙ぐ。エルは当然のように屈んで躱すと、愛用するグレートソードが脚を刈るように振るわれる。

 跳ねて躱す。大振りな反撃。

 鋼棍が虎の毛皮に触れそうなほど近づいて停止。

 屈んで躱す。小振りの反撃。

 グレートソードの刃が首筋の皮膚に触れそうなほど近づいて停止。

 バックステップで躱す。フェイントを織り混ぜた反撃。

 互いに躱し、寸止めする事を前提にゆっくりと行う。当てるつもりは当然だが一切無い。それは九十九が力加減を学ぶためと、実戦の感覚を忘れないようにと提案した鍛錬方法で、珍しい方法にエルが付き合ってくれている。

 筋力や力の流れを意識しながら動くのだ。鍛錬なので意識しながら身体を動かすのが重要で、特に力の流れを意識して損失を減らすのが一番の目的。

 実戦となれば意識せずとも身体を動かさねばならない。より強く、より早く動くには無駄な力や余分な力の損失を減らす事が必要なのだ。逆にわざと力を散らせられるようになれば加減も容易に出来るようになる。

 二人で仲良く踊っているようにも見えて、他人の目からは滑稽に見えるかもしれない。だが、実戦的な鍛錬なのだ。

 しばらく二人で身体を動かし、エルは日課の鍛錬を終了。そこからもう少しだけ九十九は身体を動かす。

 地面に座り、タオルで汗を拭くエルに九十九が思い出したように声を掛けた。

「そういえば、聞きたい事あるんだけど」

 九十九は鋼棍を素早く突く。身体から湯気が立つエルが視線を向けて先を促す。

「俺が最初にやった仕事なんだけど、あれって試験みたいなもんだよね?」

「中身は聞いてなかったな。どのような仕事だったんだ?」

 鋼棍が風を切り、独特なステップで鋼棍を振る九十九。エルが楽しそうに眺めている。

 鋼棍を振りながら九十九は仕事を請けたところから事細かに話すと、ふむ、とエルが頷く。それは九十九の考えが当たっているという事なのだろうか。

「それで、試験だと思ったのはなぜだ?」

 返答を保留にして、質問に質問で返した。なぜ、そう思ったのか聞きたかったのだろう、と思った九十九が素直に答えた。

「全部が怪しいってのが一番の理由なんだけどね。王都ブリューラドから二日ほどの距離であれほど荒れ果てるってのはありえないかな。さらに会う人が全員飯食って無いって感じで弱ってたけど、ギルドに頼む前に王都が近いんだから陳情を上げた方が金もかからないんじゃないかと。それに一番の理由は子供が一人も居なかったから、作られた街だな~と思ったかな」

「ま、だいたい合ってるな。あそこの街は色々な理由で引退した元傭兵が新人のために作った街なのだ。傭兵ギルドがある都市の周囲には同じ理由でいくつか街が作られているのだよ。新人教育が基本的な仕事だな。

 話を聞いた感じだと報酬とリスクの差をどうするか、というのがその街で学ぶ事なんだが、まぁ九十九の行動は余り褒められたものでは無いが、傭兵ギルドとしては腕の立つ新人が入ったと喜んでるだろうな」

 エルの返答を聞いて、九十九が力尽きたように動きを止めた。

 どうした、とエルが視線を向ける。

「遠慮しないで金貰えばよかったよ」

 苦笑と呟きにエルは楽しそうに笑ったのだった。




 雑談が終わり、最後の鍛錬に入った。

 棍術の基本の型は《受け》《払い》《突き》だ。それに体捌きを加えて様々な型へと変化していく。

基本の型を早く正確にしつこいほどに繰り返す。

 技は基本が成っていなければ成立しない。最強の技は基本なり、と言われているし、九十九もそう考えている。

 だからこそ、練習には必ず基本を行う。時間が無くても基本だけは繰り返してきたのだ。

 そして、何となくもう一度型をやっておこうと思った九十九は、呼吸を整えて鋼棍を振る。

 数十種類の型を終えようとした時、音が聞こえた。

 耳にした九十九の頭に疑問符が一つ浮かぶ。

 何か音がする。

 疑問符が二つ。

 鋼棍を掴み直し、耳を澄ますと不思議と音が聞こえない。

 疑問符を三つ浮かべたところで、仲間の方向へ向かおうとすると……。

 ひゅ~と空気が抜けた音……なのだろうか。小さな穴に風を送ったような、楽器を吹こうとしたが、鳴らなかったような音。

 首元でやられたら確実にくすぐったいだろうと思わせる音だ。

 首を傾げて回りを見渡すが、音の出所がまったく解らない。

 しょうがないとばかりに仲間を見ると、緊張感溢れた姿で三者それぞれが戦闘体勢になっていた。

 九十九の精神状態との落差に驚きながら、警戒をしながら後ずさりして合流しようとするが、何を相手にするのかまったく解らず、どうにも気の抜けた体勢ではあった。

 ふと、新たな音が耳に飛び込んだ。

 明らかな異音。空気が抜けた音は止まり、はっきりとした音。

 呻き声にも似た音だ。

 後ずさりをしつつ、九十九は音の出所を探る。

 耳元を通り抜ける音はいつの間にか消え去り、今度は背後から音が聞こえてきた。

 正確には焚き火のある方向。

 視線を横から後ろへ。

 先ほどまで焚き火を囲んでいた仲間が姿を消していた。

 そこに居るのは三体の死体。腐乱し、どす黒い体液が漏れ、喉からは信じられない事に呻き声をあげている。

 喉が渇いた。唾液を飲み込もうとするが何も喉に流れない。

 仲間の姿が消えて死体に変わったのだ。頼れる仲間だった。もう、傭兵としては生きて行けない。

 まだ生きて戻れるかどうかも解らないうちに、そんな考えが過ぎった。

 その内の一体が骨を露出した腕で身体を支えて立ち上がった。

 見ていて具合が悪くなる映像だった。

 が、完全に立ち上がった姿を見て、九十九は疑問を浮かべた。

 死体が立ち上がった。それは恐ろしくもあり、絶望を植え付けるには十分な光景ではある。

 だが、頭身がおかしい。立ち上がった姿は三頭身。細部を眺める気力はさすがに無いが、六頭身を無理やり縮めたような違和感しか無い。縦に潰れた姿だ。

 そして、残りも立ち上がった。ゆっくりとまるで見せつけるように。

 やはり違和感のある姿だった。

 一体は最初の死体と同様の三頭身。残りは十二頭身ほどもある。これは横から潰して引き伸ばしたような姿。

 大きさは九十九の仲間の大きさだろう。まるで見た目だけを取り替えたような姿で、頭の中がゆっくりと整理されていく。

 それでも目の前に広がる腐肉が重力に負けて落ちていく様子は見るに耐えられないほどリアリティがある。

「……レミュ?」

 声をかけてみる。小さな死体がこちらを見てぼろぼろの歯を見せながら呻く。生気の無い亡者の反応のみ。

 その死体が見た目とは裏腹にしっかりとした足取りで近づいてくる。

 嫌悪感に身体を震わせ、迎撃しようと鋼棍を構えると、足取りが止まる。

 どうしようかと悩んだ。

 すると……。

『九十九! シッカリシロ!』

 念話が届く。距離や方向は解らないが頭に届くのは聞き慣れた仲間の声。

『レミュ。目の前に三体の死体が動き回ってるんだが、どうなってんだ?』

『我ダガ、シバラクソコデ待テ。原因ヲ取リ除イテカラダ』

 周りを見渡す余裕が出来た。理由はよく解らない。だが、おそらく幻覚でも見せられているのだろう。目の前に近づいた死体はレミュで、焚き火のそばに居るのがエルとミルだと予想出来る。見た目は恐ろしい姿に変えられても死体としての縮尺がまったく違うのが恐れながらも冷静な部分が残った理由だろう。

 二メートルを越える人間の死体や一メートル前後の死体が二体、突然目の前に合っても恐怖よりも疑問の方が強く残るからだ。そう思いながらも先の不安に心が潰されそうになったのも事実ではあるが。

 二メートルの死体が辺りを特に足元を重点的に見渡しながら歩き、九十九が鍛錬していた場所よりさらに奥の岩が割れて横たわる場所で足を止めた。

 割れた岩に手を入れ、力任せに何かを引っこ抜く。


 キシャァ!!


 気持ち悪くなる叫び声が響き、死体の手に何かが握られていた。

 それは草だろう。気味の悪い音を発しながら手の中で悶えるように動き……止まった。

 風が吹いた。心地良い夜の風が。

 少し強めで鍛錬中は風を切るように鋼棍を振っていたのだ。だが、耳元に囁くような風を感じてからはまったく気にならなかった。それは幻覚を受けた影響なのかもしれない。

 視界に広がる広大な草原に現れた三体の死体が歪み、虎と灰猫と白竜の姿が現れる。

 冷静に事態を見ていたと思っていたが、やはり身体に力が入っていたのだろう。三者の姿を見て安堵し、腰がくだけた。

 地面に座りこんで一息付く九十九へ、近くに居たレミュクリュがタックルをかましてきた。

「おふッ!」

 人体の急所付近へのヘッドスライディングにより、肺から強制的に排気させられる。

 何を考えた結果タックルという行為に及んだのか、さっぱりな九十九だったが、レミュクリュは腹の上で警戒を解かず、きょろきょろと見渡す。

 心配してくれているのだろう。頭を撫でて落ち着かせた。

「それで……あれは何ですのん?」

 九十九の問いにレミュクリュは答えない。撫でられるのを堪能しているようで、目を細めているだけだ。

 そこへミルが走り寄り、数歩の距離で飛び跳ね……腹部へ着地。

「おふッッ!!」

 短時間で二度に及ぶ腹部への攻撃は辛い。

 が、そんな九十九に気を配ること無く、ミルは九十九の頬を肉球でぺちぺち叩く。

「《消え去り草》という魔植物だよー。空気を耳元へ飛ばして暗示状態にして、幻惑させるんだよー。そして、消え去り草の近くで倒されて、肥やしになっちゃうんだよねー。寄生生物の一種で傭兵ギルドは即時殲滅させる義務があるのだー。

 ちなみに引っこ抜けば倒せるんだよー。幻惑能力しか攻撃手段が無いから、ランクFなのだー」

「……そーですか」

 答えてくれるために来たようだ。着地の位置をもう少し考えて欲しかったのだが、ミルなりに気を使ってくれているのかもしれない。

 ……たぶん。そう思いたい……。

 とりあえず、お礼を兼ねて喉をくすぐっておく。ケット・シー族とは言うが、見た目は猫そのものである。ミルが目を蕩けさせ、喉を鳴らす。嬉しいようだ。

「とりあえず、飯にしようぜ。腹がいた……減ったよ」

 ちょっとしたトラブルではあったが、無事に食事は取れそうだった。





次回は九十九、エル、ミルのバトルです。

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