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第12話



 九十九はベッドの上に寝転がっていた。ふと気づくとすでに外は暗く、窓から見える建物には灯りが点いている。少しばかり寝入っていたようだ。階下の酒場からは陽気な声と怒号が聞こえ、いつもどおりの日常だ。

 だが、九十九の日常とは異なる。

 生々しい映像で人の死を見せ付けられた。鉄臭さが身体に染み付いているようで不快だった。

 数日前までは夢のような出来事で喜びに打ち震え、“冒険”という言葉に心躍らせていた。

 確かに魔獣を倒した。生々しい感覚、骨を砕く、命を奪う一撃を与えた。その時は殺さなければ、殺されると思う防衛本能だけでは無く、魔獣であると認識していたために罪悪感が薄かったのだ。

 しかし、昨夜の出来事は……。

 見たいものだけで全てが終わるわけでは無い。見たくないものも当然あるのだ。

 無性に帰りたいと願うようになった。数日前までは帰る事よりも次はどんな出来事があるかを想像し、楽しみにしていたのに。

 母親の料理が食べたいと思った。特に会いたくないと思っていた父親の顔が頭に浮かんだ。

 ふっと心が温まる瞬間があったが、目の前にある天井を見て、喪失感に襲われた。

 身体を丸め、心の寒さを温めるようにうずくまる。

 元の世界に居た頃、当たり前のように寝ていたベッド、定期的に交換してもらえたシーツ、干されて温もりがある匂いが付いた毛布。

 それがとても懐かしかった。今では戻れるかどうか分からない。

 藁の上に敷いたシーツはごわごわしており、枕も藁を束ねたものに布で巻いた簡易的なもの。当然だと思っていたものが一番贅沢だとやっと思い知る。

 帰りたいと願い、思い馳せて横になる九十九の耳に優しい音楽が聞こえてきた。

 酒場に吟遊詩人でも訪れたのだろう。騒がしかった階下が静かになり、弦を爪弾く音色が聞こえてきたのだ。

 聞き慣れた音楽では無い。ジャズでもロックでも、クラシックでも無い。

 悠久の時を伝えて来たのだろう。この世界に住む彼等に伝わる伝統の音。十二本の弦を響かせる音は郷愁を思い起こさせ、下卑た声で騒ぐ声では無く、太く、心強い言葉が音色と共に優しく耳に届く。

 九十九はぐっと毛布を手繰り寄せ、声を殺して泣いた。


 ──見慣れているような、初めて訪れたような場所だった。

 コンクリートに覆われ、規則正しく配置された扉を開ければ三十ほどの机と椅子があった。

 学校。酷く懐かしく思えて一歩踏み出して入ろうとすると、腕を強く引かれた。

 少年が手を握って引っ張っていた。振り向かせようとしているのではなく、中に入る事を拒否するように、何かに急がされるように力強く。

 九十九は逆らう事無く従って付いていくと、そこは校舎でも一番端っこにある教室だ。

 中には数人の少年少女が居た。全員何かに怯えるように体を寄せ合い、震えている。

 九十九を引っ張っていた少年はそれを哀しそうに見つめ、九十九の手にハンマーを渡した。

 そして、懇願するように見つめるのだ。

 九十九はハンマーの重さを確かめるように握ると頷いた。

 少年は口を開いた。何か言っている。そして哀しさを滲ませた微笑を浮かべたのだ。

 九十九は黙ってハンマーを振り上げ、少年の頭に振り落とした。

 手に衝撃が響く。

 九十九は一撃で終わらせようと思っていたが、頭蓋骨の丸みがハンマーの鉄塊を滑らせた。

 毛細血管が破れ、血が飛び散るが、九十九は唇を噛んで二度、三度と振り下ろす。

 少年は床に倒れ付していた。辺りに広がっていく赤い染み。

 それは床一面に広がり、教室全部を包んだ。

 なぜこんな事をしたのだろう。今になって九十九は握っていたハンマーに目を向けた。

 やっと自分が何をしたのかを悟り、投げ捨て、喉が裂けるまで叫んだ……。


 ──目を開けると窓から明かりが差していた。

 体中にまとわり付く不快な汗。手に残るハンマーの重さ、人の頭を力任せに殴った衝撃が残っているようだった。

 喉が渇き、声が出せなかった。

 夢だと分かり、安堵した。だが、夢のはずなのに手に残る感覚が生々しく残っていた。喉を鳴らして唾液を飲み込むと酸味が広がる。嘔吐感が強くなった。

「くそっ……」

 サイドテーブルに水差しが置かれていたので、コップに注ぐ事無く口を付けて飲む。口内に残っていた酸味とは異なる爽やかな果実の甘みがした。

 なんとか落ち着きを取り戻すと、身体を起こした。

 すでに商工業に関係している者は起きている時間だが、一般家庭ではまだ寝ている。そんな時間だ。

 九十九の上には今まで乗っていた白竜の姿は無く、部屋を見渡してもどこにもいなかった。

 そういえばと。

 あのまま寝てしまったのだが、誰も部屋には来なかったようだ。レミュクリュの念話も無い。

 九十九の事を考えて一人にしてくれたのだろう。

 階下に降りるとテーブルやカウンターの上に椅子が引っくり返して置かれ、まだダルデスは起きていない。遅くまで営業している酒場だ。今頃寝ているだろう。

 すでに鍛錬場の鍵がある場所を知っている九十九は勝手に開けて出た。


 お世辞にも綺麗だと言えない鍛錬場の真ん中に立つ。

 昨日はエルによって九十九の精神状態を説明された。

 人を殺してしまう事にも悩んでいるようだが、人を殺せる自分の力に恐れていると。

 たぶん、合っている。人を殺す事も悩みの一つではあるが、今は自分の力に対する悩みの方が深刻だ。

 自分ではどう考え、どう思って倒れたのか解らない。原因は理解しているが、それがどの感情だったのかが解らなかったのだ。

 エルに指摘され、横になり、寝ながら考えたのだ。そして悪夢を見た。

 確かに武器を手に取る事に嫌悪感は無い。鋼棍も振るえる。だが、敵に当たる瞬間に身体が拒絶するのだ。

 指摘された言葉を、思考を、悪夢を、ゆっくりと身体に巡らせる。

 どれか一つが答えでは無い。すべてを合わせ、その上で答えを出さなければならないだろう。

 手に握る鋼棍の重みを確かめながら、コップに一滴づつ水を垂らすようにゆっくりと想い巡らせた。


 曲がっていた鋼棍はエルが力任せに直してくれていた。螺旋ねじくれているが、一応は真っ直ぐになっている。

 九十九は鋼棍を構えた。身体を解すように動かし、いつも通りに型をこなす。

 だが、昨日のように無様にはならない。

 深く、広く、何度も考えたのだ。

 能力が底上げされた。それにより一角狼を無傷で退けた。Cランクのカウルドベアも無傷で退けた。十人の兵士相手に無傷で退けた。

 大人を手玉に取った事で、九十九は慢心していた。

 九十九はレミュクリュとの契約によって力が増していた。それは十から百になっていたのに、百のまま行動していたのだ。百の力を十に戻す努力も考えも無く、百になったという事実だけを受け止め、そこで思考を止めた。

 エルはあれほどの力がありながら、自分を律していた。九十九の頭を撫でる時は優しく、ミルを持ち上げる時は痛みを感じさせないように。明らかに九十九よりも腕力が上の者が九十九以上に力加減に慣れている。

 九十九はその事実に思い至り、恥ずかしくなった。

 簡単に言うと調子に乗っていたのだ。

 彼等には力が付いたと自慢しているように思わせたかもしれない。自制も出来ないままにはしゃぐ子供だったのだ。

 顔が赤くなりながらも鋼棍を振っていた。

 初心に戻らなくてはならない。

 九十九が学んだ拳法は敵を倒すためだけの技では無い。

 己を守り、他人を守り、敵を制し、己を制御するための技術であり、人の生きる道を加え、総称して武道と呼ぶまでに昇華させた技術なのだ。

 戈を止めると書いて『武』、そのための技術。

 レミュクリュやエル、ミルは種族も違えば根底に流れる常識、良識が異なる。

 異世界に来たのだ。

 だが、自分の常識がこの世界でもまかり通り、当たり前の事だと無意識に考えていたのがそもそもの間違い。

 これからも似た出来事があるだろう。だからこそ、この世界に合わせなければならない事と、合わせられない事を見極め、己の持つ信条と照らし合わせ、そして選ばなければならない。

 レミュクリュが、エルが、ミルが、仲間が人を殺めたからといって、九十九も殺める必要があるわけでは無い。

 自分の理想を体現していけば良いと考えた。自己中心的な考えだとも理解している。

 身体を動かし、思考を巡らせ、やっと今現在の結論を導き出した。乱暴な答えかもしれないが。


 鋼棍が鋭く、空気を斬り裂く。突き、払い、受け止め、軸として、回転させる。上から見ると大勢に囲まれ、それでも果敢に挑んでいるようだ。

 九十九の劇的な変化を二階の窓から見下ろす姿があった。

 エルが窓から乗り出すように。ミルが右肩に座り、白竜の姿に戻ったレミュクリュが左肩に座って。

「ほぉ……。迷いが薄れたのかな? レミュ殿の言う通り昨日のとは格段に違うな」

「ツクモすごぉ〜い。エルとどっちが強いかな〜?」

 虎の髭をひっぱり、けしかけ様とするミルだが、苦笑を浮かべた虎が頬杖を付いて呟く。

「身体能力だけは負ける気はしないが、勝てるかと言われたらすぐに頷けないな」

 頭虎族の高評価に不機嫌そうにレミュクリュが口を開いた。

「コノ場限リノ勢イニナラナケレバ良イノダガ…………」

 言葉は不機嫌そのもの。苦言を洩らす。

 だが、その尾は残像を残すほど左右へ動き、エルの後頭部を何度もぺしぺし叩いている。動かしている本人はまったく気づいていない。

 若干、鬱陶しそうなエルだったが、それを止めようとは思わない。

 心情の機微を感じ取れる紳士な虎さん。それがエルという男なのだ。


 一通り身体を動かし、笑顔と余裕を取り戻した九十九が部屋に戻り、着替えた。

 学校の制服は自分が異世界の人間だと証明する手段でもあるが、傭兵という職業にはまったく合わない。

 黒いカンフーパンツに似たズボンに白いシャツ。その上から武器屋で購入した鋼の脚甲と黒い皮鎧を動きに支障が出ないように関節部以外に付ける。そして革のジャケットを羽織った。

 とある理由から頭には装備をしない。必要が無いでは無く、装備出来ないと言った方が正確だ。相棒の席になっているのだから。

 新装備で防御面を大幅にカバーした九十九が階下に降りると、すでに三者がカウンターで朝食を取っていた。

 コーヒーにも似た黒い液体の香りを楽しみ啜るエル。

 右肩で朝っぱらからジョッキで酒を煽るミル。

 左肩で生肉をしっかりと握り、噛み締めるレミュクリュ。

 何と言うかすごい光景である。

「エル……いつからキマイラに?」

「うむ。取り外し可能なキマイラには今日の朝からなったようだ。私も少々驚いているのだよ」

 言葉とは裏腹にまったく驚いた様子も無く肩を竦める。それに合わせて上下する二つの物体。慣れた様子で酒を飲み続ける灰猫と我関せずとばかりに咀嚼し続ける白竜である。

「デ、モウ大丈夫ナノカ?」

 何枚目か解らない生肉を飲み込んだレミュクリュが話し掛けた。

「あぁ、今朝も上から見てたろ? 何とかなるさ。まだ不安は残るけどな」

 九十九の軽口にレミュクリュが飛び、九十九の後頭部へ。頭をぺしぺしと叩きながら定位置に落ち着いた。

「エル。ツクモは凄いねー。あれだけ動いてたのにボク達が見ていたのに気づいてたんだよー?」

 おかわりを要求しながら感心するミルに、エルが曖昧に返事をしておいた。

 確かにあれだけ激しい動きをしながら回りを見ていたとなれば凄い事かもしれない。だが、窓から虎や猫や竜が覗いていれば誰でも気づくのでは……。特に隠れようと思っていたわけでも無い。

 相棒のちょっとしたズレにいちいち反応しない優しさを持つ虎さん。それがエルという男だ。


 カウンターに四人が座り、ダルデスが前に立つ。

「昨日の顛末を言っておく。エルの指示で主犯は解らないと伝えておいた。襲ってきた奴も解らない。エルとミルが攻撃されたので反撃したという形で騎士には報告してある」

 ふむ、とレミュクリュが頷き、エルとミルも頷き、九十九へ視線を送る。良いのかと聞いているのかもしれないが、事後承諾で否定しても意味は無い。九十九も頷く事で返答とした。

「おっちゃん。レミュの事はこれからも秘密にしといてくれれば嬉しい」

 ダルデスは目を丸くし、今もカウンターで生肉に奮闘している白竜を見下ろす。

「別にかまわんが……理由を聞いても良いか?」

「白竜ってだけでも噂が流れてるのに、さらに魔法も使って変身もするなんて噂が追加されたら面倒に絶対巻き込まれるでしょ。話しか聞いた事ねぇけど、竜信仰もあるって話だし、宗教は歪むと洒落にならんから嫌いなんだよ」

「そうか……。解った。しかし、竜信仰が歪む事ってあるんかね?」

 ダルデスが首を傾げ、食後の飲み物に口を付けている三者も九十九に視線を向ける。

「ん〜。俺の国でもそういう連中が居るからね。可能性はあるんじゃないかな?

 例えば、神と崇める白竜が子供に飼われてるのはおかしいってなれば、武力で奪還しにくるかもしれないでしょ。昨日の馬鹿男爵みたいに。俺からすると強奪でしかねぇし。

 他にも身体の一部を所持出来れば幸運になるなんて考えたら、レミュの鱗欲しさに集まるかもしれない。

 極端に言うと白竜を食べれば永遠の命が手に入るなんて噂になったら、エルとミルに人間を滅ぼしてもらう事になりかねないでしょ」

 苦笑を浮かべる九十九の答えにエルも苦笑で答え、ミルが若干危険な笑みを浮かべる。レミュクリュは自らの身体を抱き、震えている。ちょっと極端に言い過ぎたかもしれない。

 そっと頭を撫でて落ち着かせ、ダルデスを見る。

「秘密にしとけば世は事もなし、か」

 納得した様子で頷いた。

「ツクモの国ってどこなんだ?」

 レミュクリュに視線を向けると首を振った。エルとミルには伝えたが、ダルデスには言わなかったようだ。

 言っても問題は無いだろう。だが、秘密を共有する場合は人が少ない方が良いと九十九は考えている。特に傭兵が出入りする酒場の主人となれば情報を売り買いするのも仕事のうちだ。

「遠い東の国だよ」

 無難な答え。

「ほぉ〜。そうなるとヤタ国出身なのか? そりゃ変わった武器使うわけだ。あそこの奴等は色々と特殊だからなぁ」

 全て納得がいったとばかりに何度も頷く。

「ヤタ?」

「ん。違うのか?」

「東にある小さな村だからね」

 そうかと答えたダルデスはそのまま色々と特色を語りだす。

「まぁ珍しいところだよ。食文化も乾物やら植物の実とか使う料理が多いし、傭兵なら知ってると思うが、最強と名高い傭兵団に暗殺集団が居るしな。内戦が収まる様子は無いし、何から何まで規格外ってとこだな」

「怖いとこみたいだけど、いつか行って見たいねぇ……」

 まだまだしゃべり足りないダルデスを無理やり遮り、九十九が立ち上がる。

 エルもそれに合わせ、互いに相棒を肩と後頭部に配置すると手を挙げて後にした。


 扉を抜け、傭兵ギルドへと足を向ける。

「さて、『虎と猫と竜と俺』の初仕事に向かいますか」

「なんだか、ボクは力が抜けるよ」

「ソウダナ」

「まぁ、無事に戻ってこれるように頑張らないとな……。ツクモはどんな仕事を探すつもりだ?」

「そうだなぁ……」

 元の世界に帰れるのか、という不安はあった。

 だが、この頼れる仲間が居るならば、いつか叶う。

 そんな予感が九十九にはあった。




 ぐだぐだな終わり方かもしれませんが、第一部終了でごじゃいます。


 感想、誤字脱字文法ミスなどの報告、疑問とかあればコメントよろしくお願いします。


 次は第二部です。

 二部終了まで道筋作ってから肉付けするという書き方をしているので、ちょっと時間が空くかもしれませんが、必ず続きを書いて行きますので、よろしくお願いします。

 次回からはメイン四者が揃ったので本格的に話がすす……進む……のかな?

 いや、進むはず……です……orz。

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