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第11話


 ──聞きなれた声を耳にした気がした。

「こらぁ〜。馬鹿息子起きろ〜」

 聞き慣れたまったりヴォイスは生まれた頃より聞いてきた母親の声だ。そして、最後通告でもある。

 眠い目を擦り、伸びをする。

「うぃ〜……。マダ〜ム……」

 とりあえず返事は返さねばならない。返さなければ何をされるか解らない。生まれてから十数年、二度寝は死を意味すると教えられた。身体の芯に刻みつけられたと言った方が良いかもしれない。

 それには理由がある。ある時は笑顔でボディプレスにて肋骨骨折。ある時は間延びする掛け声と共に跳び後ろ回しかかと落としにてベッドと共に二つに折れた。

 担任は九十九の家から電話が来ると、風邪か入院かの報告を聞く事になる。

 家庭内暴力に発展しないだけ稀有な家族という認識なのかもしれない。

 それはさておき。

 九十九は頭を振る。痛いわけでも無く、重いわけでもない。靄がかかったように思考能力が衰えているのだ。

 ぬぼぉ〜っと部屋を見渡して考える。

 どうにも判然としない。ふと昨日何をしていたか考えたが、まったく記憶にない。

(なぁ〜んかあったよう〜…………な?)

 首を右へ左へと傾げて考える。この時点で何を考えていたのかを忘れている。

「ま、いいか」

 とりあえず、カーテンを開けようとして……。

 出来なかった。

 頭の上に疑問符を三つほど付け、もう一度試みる。だが、九十九の意思に身体が従ってくれない。

 そして、声も出なくなっていた。動かせるのは目だけに。自分の呼吸音を聞き取る耳は無事のようだ。

 状況が解らず、キョロキョロと自分の部屋を見渡す。違和感が無い違和感。何が……それが解れば苦労はしない。

 焦る九十九の耳に全身が粟立つ。

 トントン。

 階段を踏む足音が聞こえる。眠る者に恐怖と衝撃を与える猛者が近づくのが解る。

(洒落ならんッ!)

 焦りに焦りを重ね。唸り、起きている事を何としても伝えねばならない。

 扉が開く音がして、布団にトンと載せられた。

「にゃ〜」

 三毛猫のヨシイ君だった。

 じっと九十九の顔を眺めて小首を傾げる。

「まだ眠るの?」

 ヨシイ君が口にする。九十九を気遣う優しい女性の声。

 苦笑を浮かべようとして、世界が暗転した……。


「──」

「────。──」

 声が聞こえた。会話しているようだが、内容は聞き取れない。胸を軽く圧迫するのはヨシイ君が乗っているせいなのか……。

「──たよ」

 目の前で発した言葉。やっと耳が正確な音を拾い始めた。

「九十九……。大丈夫か?」

 頬を撫でられる。細く、白い手が壊れた物に触れるようにそっと。

「ん……。母さん?」

 焦点が合わない、歪んだ景色がやっと元に戻るとレミュクリュが居た。

「あ、そうか……」

 口にした言葉に頬を赤らめ、視線を外す。そして驚いた。目の前には灰猫が座って居た。鼻を鳴らし、三対の頬ヒゲを揺らしながら。

「やぁ、ツクモ。倒れたって聞いてビックリしたよ〜」

 どこか楽しそうなケット・シー族のミルが九十九のおでこをぺちぺちと叩く。

「ツクモ。大丈夫か?」

 太くどっしりとした声が頭上から。視線を向けると虎が居た。エルだ。

「あぁ、俺は一体……」

 頭を振りながら、身体を起こした。揺れる身体をレミュクリュがそっと支える。

「倒れたのだ。その後に二人が宿に戻ってきたので、九十九を部屋まで運んで貰ったのだよ」

 見渡すと長期契約した部屋だ。隅には昨日購入した洋服が転がっている。

 九十九は倒れた理由を考えようとして、口を押さえた。

 エルが背を撫で、レミュクリュが桶を引き寄せ、ミルが頬を撫でた。

 虎と猫と竜による完全介護に自嘲気味に笑みを浮かべ、心を落ち着かせる。

「ツクモ、お前の状況はレミュ殿から聞いた。我らも手伝おう」

「異世界の住人なんて面白そうだからね」

 二人の言葉に確認するようにレミュクリュへと視線を向けると、申し訳無さそうに目を伏せ、ごめんなさい、と呟いた。

 九十九はレミュクリュの肩に手を置いた。

 恐る恐るといった感じで視線を合わせてきたレミュクリュに九十九は苦笑を浮かべて頷いた。

 元より絶対に誰にも言わないと約束したわけでは無いのだ。大っぴらにする事でもなく、必要ならば個人の判断で話せば良いとすら思っていた。

 今のベッドに寝転んだ自分の状況を考えれば責める事は出来ない。責めるわけがない。

 むしろ、信じ難い特殊な話を聞いて尚、笑顔で心配してくれるエルとミルの言葉はとてもありがたかった。

「そこで、ツクモ……」

 虎が深刻そうな声色で話し掛けてきた。視線を向けるが、表情は威嚇しているような気がして落ち着かない。

 慣れれば解るようになるのだろうか。

「人間の死体を見るのは初めてなのでは無いか?」

 その質問は落ち着かせた心を動揺させるのに十分な言葉だった。フラッシュバックする景色は赤く染まるダルデスの酒場。

 そうなのだ。前の世界で惨殺死体を目の当たりにするのは稀有だ。特に自分が居た国では。

 写真や映画ではあっても、ある程度ぼやかした表現がほとんど。

 どこぞの名探偵でも、あの光景は目にした事は無いだろう。

 現実離れした現実。トラウマになる光景なのだ。

 だが、状況分析が出来るだけまだマシだろう。

「すまぬ……。私が安易に傭兵家業を薦めたために……。九十九の事を考えなかったばかりに……」

 翡翠の瞳に涙を溜めたレミュクリュがツクモの手を握り謝る。

 すごく申し訳なかった。誰も悪くは無いのだ。だが、ここに居る異種族が九十九のために心配してくれるのだ。改めて心の底からありがたく思う。

「……大丈夫。レミュが悪いんじゃないよ。提案はしてくれたけど、決めたのは俺の意思だよ。それに一角狼を倒した時に言っただろ?

 期待と不安だけじゃ生きていけないってさ。あの時に覚悟したつもりだったんだ。魔物退治だけをやれば問題は無いかもしれない。けど、それだけやれるとは思って無かったしね。傭兵を続ける限り、どこかで人間を相手にして……殺し合いになる……そんな状況になるとは考えていたし、想像もしてた。

 ただ……、現実の攻撃力が予想以上だっただけだよ」

 苦笑を浮かべ、レミュクリュの銀髪を撫でた。

 何度も撫でながら、自分が口にした言葉を何度も頭の中に巡らせる。

 言葉にするのは簡単だ。だが、現実は言葉にしただけで乗り越えられるものでは無い。

 解っているのだ。

 レミュクリュへの慰めと己の考えを明確にするように出した言葉。それは今後の事を考えるに必要なもの。

「どうする? このままならば傭兵家業は無理だろう。これからは別の生き方を模索した方が良いのではと思うが。

 必要な情報ならば俺やミルが集めてくれば良いのだからな」

 エルの提案に腹の上に座るミルがウィンクする。

「ありがとう……」

 ちょっと無理な姿勢だったが、深く、少しでも伝わるように深く頭を下げ、目の前の灰猫を抱き寄せ、傍らに居るレミュクリュも抱き寄せた。ちょっと離れた虎の腕を掴む。


 その心遣いはとても嬉しかった。正直、素敵な提案だ。

 新たに仕事を探し、自分だけでも生活出来るようにさえすれば、エルとミルが情報を集めて来てくれる。

 金は例の出来事で手に入れた金貨二千枚がある。報酬としては十分だろう。先の見えない仕事だが。

 そんな事を考えながら、はらわたがグツグツと煮えていた。自分の考えにどうしようも無い怒りが湧き起こっているのだ。

 確かにエルとミルに金貨二千枚を支払えば仕事としてやってくれるだろう。レミュクリュは自分に付いてくるか、エルとミルに混ざって動いてくれるだろう。

 だが、それで良しとするわけが無いのだ。

 彼等は報酬が目的なのでは無い。

 九十九の境遇を不憫に思い、心意気で手伝うと申し出てくれたのだ。申し訳ないと涙を流して謝罪してくれたのだ。


 それを金で解決しようと考える事が間違っている。


「……けど」

 それぞれを解放して九十九がまっすぐと全員に視線を送る。

「これは俺の運命だよ。他人に任せて平和で安全な場所で結果を待つなんて、俺は出来ない……」

 エルの顔模様がぴくりと動き、ひくひくとミルのヒゲが動き、レミュクリュの美しい顔が怪訝そうに歪む。

「でも、一人でどうにか出来るとも思わない。今までだってレミュが居ないと死んでると思うしね」

 冗談めかして微笑む。レミュクリュも笑顔を見せた。

「だから、傭兵を続ける。手伝ってください」

 九十九の決意とお願いの言葉。少しだけ恥ずかしげに。

「任せてよ」

 ミルが親指を立てた。

「これからも頼む。九十九」

 レミュクリュが頭を下げた。

「久々に楽しめそうな仕事だ」

 腕組みをし、うむうむと頷くエル。

 今日はもう休め、と言われ大きな虎の手が頭にぽんと置かれる。そうする、と答えて頷く九十九。

 三者が個々に手を挙げて部屋を出て行こうとすると、エルがふと気づいたように歩みを止め、振り返った。

「せっかくだからクラスに登録するか? それならば登録名が必要になるが……」

「それも良いかもねー。なら、ツクモが決めてよ」

 エルの肩で足を組み替えたミルが笑顔で目を細めた。

 レミュクリュもまた微笑む。

「登録はしなくても良いけど、せっかくだから名前付けるのもいいね……」


 腕組みをして頭を捻る九十九がぼそっと呟いた。

「虎と猫と竜と俺」

 言った後でセンス無いなと苦笑するしか出来なかった。

 格好良い字面もあるだろう。

 心地良い響きもあるだろう。

 だが、ふと思い付いたのだ。不思議と悪い気はしてない。こちらを見ている三者の反応を別にしたらだが。

 美しい女性が苦笑を浮かべ、可愛い猫が落胆の表情を浮かべ、

「センス無いな九十九……」

「もうちょっとボクの心に響く名前無かったの?」

 当然と言えば当然の反論だ。しかし、エルは違った。

「まぁ、唯一無二の名前ではあるな。これほど所属している人物を的確に表している名前も珍しいと思うぞ?」

 頬を掻き、苦笑気味の反応だが、それほど嫌ってはいないようだ。

「ツクモに任せたのが失敗だったー。でも、ボクはそれで良いよ」

「九十九が普通の人間と違うとは解っている。私は何も言わない」

 褒めているわけでは無い。だが、諦めと同時に了承してくれたのだった。




 九十九が愛用する鋼棍を構え、日課の型を行う。時に激しく、時に緩やかに。洗練された動きにエルとミルが感心した様子で眺めている。

 が、レミュクリュだけはそれを見て落胆と共に深刻そうな表情を浮かべて眺めていた。

 一通り型を終えた九十九が悔しそうに唇を噛んで立ち尽くす。

「レミュ殿。これでも目を瞠るものがあるが、落ちているのか?」

 丸太に座るエルが問う。身体を支えるために虎の頭に手を置いたミルも視線を向ける。

「実戦を数回、今の型も何度か見ているが雲泥の差がある……」

 悔しそうに呟く。九十九もまた同じ感想なのか、己の手を見て、開いたり閉じたりして感触を確かめているようだが、不満というよりも情け無いという気持ちが強いのかもしれない。

 鋼棍を構え、また一から型を開始した。

 もう少し身体を休めた方が、と提案はされたが、我慢出来なかった。いや、心配だったのかもしれない。

 そして、その心配は的中していたのだ。

 少しでも元に戻そうとしているのだろう。一度目に比べて力強い。だが、それはレミュクリュからすると力み過ぎているとしか思えない。

 九十九の技術は力任せなものでは無いのだ。必要に応じて、必要な分だけ力を込め、闘いの中で流れを作り、その流れに沿って動く。能動的でもあり、受動的でもある。

 敵の一動作に対して、それ以上の力で叩き伏せる一撃を繰り出すものでは無く、幾通りもの攻撃手段を持ち、状況に応じて最善の一手を選び取る技術なのだ。

 目の前で苦しそうに棒を振り回すものでは無い。

 鋼棍を手足の延長として巧みに使う戦技だ。

 二度、三度と繰り返す九十九の動きは段々と目に見えて悪くなっていく。六度目となると鋼棍に振り回されて身体が持っていかれもした。九度目には鋼棍を取り落とし、身体を震わせて目を伏せる。

 エルが頬の髭を撫でながら、ふむと頷く。

「ツクモ。手合わせしてみようか」

 ミルの首を掴んでレミュクリュの膝の上に下ろしたエルが立ち上がった。

 エルの攻撃手段は剣である。人間であれば両手で振り回し、鎧を叩き割るグレートソードと言われる重量武器だ。それを片手で振るう。頭虎族の身体能力は人間を遥かに凌駕しているのだ。

 だが、今は素手である。指の骨を鳴らし、首の骨を鳴らし、間接を伸ばして準備運動。

 九十九が虎の手を見て、目を見る。本当に素手で良いのか確認しているようでもあった。

「頭虎族は元々素手の格闘術が武器なのだ。爪は魔法剣と対等に戦えるほどのものなのだから、当然格闘術が基本になるのだ。ただ、俺は異端でね。武器を選んだ。理由は……まぁいつか語る時が来るだろう」

 苦笑を浮かべて腰を落とし、構える。拳を握るのでは無く、手刀だ。言葉通り爪を武器にする格闘術を修めているという事だ。

 見様見真似の構えでは無い。しっかりと基本を修めた者の構え。

 ならばと、九十九は鋼棍を構えた。


 虎の拳がブレて迫る。ただ突き出しただけの一撃だが、目で追うのが困難というのがすごい。

 爪の攻撃力と特殊能力を強調した格闘術とは言うものの、実際は豪腕を扱う筋力もまた尋常では無く、両立しているからこその格闘術なのだろう。

 咄嗟の判断で鋼棍を回転させて受け流そうと試みるが、丸太よりも太くしなやかな豪腕を回転程度でいなせるわけが無く、逆に鋼棍が弾かれる。

 危険を察知した身体が考えるよりも早く動いた。九十九は首を傾げ、側転して逃れる。手刀を躱すために首を傾げたが、鋼棍で攻撃するには距離を取る必要がある。側転によってその距離を稼いだと思ったのだが、当てが外れた。

 地に脚を付け、構え直そうとしたが、エルがすでに目の前に居た。

 通常の攻撃は全て弾かれると考えた方が良い。

 九十九は纏絲勁で反撃を試みる。分厚い筋肉にダメージを与えられる攻撃はそれだけだ。浸透勁は殺傷力が高すぎて使い辛い。加減がまだできないのだ。

 太く黄色と黒色で斑模様が付いた丸太が迫る。左のフックを屈んで躱し、頭部を狙った膝蹴りを横にした鋼棍で押さえ、威力を殺すのでは無く、膝蹴りの威力に抗わず、力に乗るように後ろへ飛ぶ。

 空中で姿勢を直す九十九に虎が肉薄した。距離を縮めたエルの豪腕が硬く握った拳を突き出し、唸りを上げる。右のストレート。主武器が爪だと言うからには手加減しているという事だ。

 九十九は鋼棍を拳の横へ。力任せに叩いて逸らせないならば、力と技術を併用して逸らす。

 纏絲勁の回転を防御へと転じた。化勁と言う技だ。

 化勁とは腕を回転させ、その回転に相手を巻き込む事で小さな力で大きな力をいなす技術。

 普通の素手による物理攻撃ならばいなせないものは無い。

 宙に浮いている状態では完璧では無いが、九十九の膂力と纏絲勁によってエルの拳がわずかに軌道をずらす事に成功した。

 数瞬の驚きに動きを停滞させたのは絶好の機会。地に降り立った九十九は引いた鋼棍の先をエルの腹部へ。

 が、腹部へ先が接触した瞬間に九十九の身体がびくりと震え、躊躇してしまった。

 エルが鋼棍を叩き、一歩踏み込んで横殴りの一撃。

 コンマ何秒の世界で止まっていた九十九は意識を戻すと咄嗟に鋼棍を盾にする。金属のひしゃげる悲鳴が響き、九十九が壁際まで吹き飛んだ。

 鋼棍だけでは受けきれないと判断し、身体を浮かせて威力に逆らわない。それでも壁まで吹き飛ばすほどの豪腕。本気では無いために壁に激突はしないが、十分にその隠された膂力を感じさせた。

 鋼棍の先が歪み、とても長いバールのような状態になっている。鋼棍としては使いにくいが、凶器としては十分な気がするが、愛用の武器を見た九十九の身体が震え、目を伏せる。

 壁に向きを変えて鋼棍を手放した。


 落ち込む九十九を見て、やりきれない思いがあったのか、エルが頬を掻いた。ちょっとやり過ぎたと思ったのかもしれない。

「ツクモを虐めんな〜〜」

 ミルが拳を振り上げて叫んだ。抗議の意味を含めて地を強く踏む。ミルにとっての地だが、今はレミュクリュの膝の上である。何度もやられてはレミュクリュが痛い思いをするので、首根っこを掴んで宙に持ち上げると、脚をじたばた動かした。離せという意味では無く、もはや空中地団駄である。

 体裁の悪いエルが九十九の肩に手を置く。

「ツクモは自分の力を知り、その結果がどうなるかを理解している。だからこそ、悪い想像をしてしまう。武器を持つ事自体を嫌悪するかと思ったが、そうでもないようだ。恐らく自分の力に怯えているのではないか?

 己の実力を把握していると取れば、武人としては誇れる事かもしれん」

 エルが苦笑する。だが、すぐに目を細めて威嚇するように睨んだ。

「だが、今の状態は恐ろしく危険だ。

 心に余裕が無い。だから力加減に迷いが出る。そして、最悪の事を想像するために身体が動かなくなってしまうのだろう。

 武器に嫌悪するのであれば普通の生活を勧めるが、自分の力に怯えるのであれば問題だ。

 何かの拍子にその心の枷が外れる事になれば、その力は回りに居る身近な者だけでなく、自らも滅ぼすかもしれん。それもレミュ殿の力が加わっているのであれば、より最悪の方向に」

 手合わせと九十九の性格を加味した言葉だった。

 背を向けていながらも、エルの言葉に何か思う部分があるのだろう。ぐっと拳に力が入る。

「あの現場のイメージがこびりついて動けないなら、ボクが昨日の記憶消してあげようか?」

 レミュクリュに掴まれた首を振り解くと定位置であるエルの肩に跳び乗る。

「それは止めた方が良いな。今はそれで解決したとしても後々同じ事が起きるだろう。今乗り越えねばこの先傭兵としては生きていけないと考えた方が良い。その場限りの解決方法ではツクモのためにならんよ」

「……それに心に宿る精霊に関与して九十九の性格が変貌でもされては困る」

 レミュクリュが苦言を呈しながらも驚いてミルを見ていた。ケット・シー族は様々にある種族の中でも魔力の扱いでは群を抜いて上位にいる種族だ。卓越した者だと魔族にも引けを取らないほどに。だが、レミュクリュの記憶ではケット・シー族は四大魔術を得意としていた種族で、精霊魔術を使う話は無かったはずなのだが。

 魔術は大きく分けると四種類に分類される。

 地、水、火、風の四大元素を操る四大魔術。

 神々に祈りを捧げて奇跡を起こす神聖魔術。

 逆に暗黒の神々に祈りを捧げ、呪いをかける暗黒魔術。

 そして、万物に宿る精霊の力を解放する精霊魔術というのがある。

 細かく言うと、レミュクリュの扱う竜言語魔術や辺境部族に代々伝わる特殊言語魔術もある。特殊音源魔術などと言われる魔術体系も確認されている。されているのだが、一部地域、一種族のみなどという制約があるために分類上はその他となる。

 その中でミルが使えるのが四大魔術と精霊魔術のようだ。

 万物、様々なものに精霊は宿る。木や草、水に土は当然として、自然物に限らずに年月を経た人工物でさえ精霊が宿る事があるのだ。そして、生物の心にもたくさんの精霊が宿っている。喜怒哀楽にも精霊が関与しているのだ。

 その精霊の力を解放し、操る力を持ち、どれほどの実力を持てば可能なのか解らないが、確かに精神に宿る精霊を操る事は可能らしい。だが、生物に宿る精霊は複雑に絡み合って感情が形成されており、下手に弄ると精神を破壊し、人格を崩壊させてしまう。

 そのため、精霊魔術を使う人間達は禁呪として扱っている。

 ミルはその精霊魔術の使い手らしいのだ。

「ぶぅ〜。ボクなりに考えたのにぃ〜」

 エルとレミュクリュによる反対に頬を膨らませてミルがそっぽ向いた。苦笑を浮かべる虎が慰めるように灰猫の頭を撫でる。

「……ふぅ〜……」

 壁際族だった九十九が大きく息を吐き出すと、足元に転がる曲がった鋼棍を手に取り、戻ってきた。

 目は赤く充血していたが、それには触れない。

「焦ってもろくな事が無いって事だね。心の整理が出来たら、もう一回手合わせ頼むよ。エル。

それに気持ちだけは十分伝わってるよ。ミル。

 レミュ。本人以上に深刻そうな顔されたら、どうしたら良いかわかんねぇよ」

 空元気としか思えない力の無い笑みだが、少しづつ落ち着きが出ている。

 エルの分厚い胸をぽんと叩き、頬をげっ歯類並に膨らませたミルの喉を撫で、レミュクリュの頭を撫でて店に戻っていく。

 三者三様に九十九の背中を見送った。

「しばらくそっとして置いた方が良さそうだな」

「そだね〜」

「……うむ」

 エルの提案に頷くしか出来なかった。





次話で第一部終了です。

すでに第二部も執筆開始しております。

少しでも良い話と、そして何度でも読み直せる作品と言われるように努力していきますので、よろしくお願い致します。

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