牽引ってまさかの。
外を眺めていた看護師が、ふと一点を指差す。
「あ、あれですね。クロウはコンテナの回収にまわってるみたい……息巻いてましたからねぇ」
特殊小型挺が飛散物をネットで集めて収容し、事故機本体はイージスに物理接続する作業。慣性に遊ばれないよう、二次災害が起きないように、水中作業のようにゆっくりとした活動だ。
だが、一機だけ動きがおかしい。
ネットを広げたままスイスイと動き回り、飛散物が吸い寄せられるように付着する。ネットにある程度集まると、纏めてイージスに収容して、また素早く飛んでいく。
まるでネットが磁石みたいだ。
小型挺でコンテナを牽引してたときも、こういう働きを使ってたのか。
「あれがクロウ=シュライサーの《牽引》です。便利ですが、彼にしか出来ない、いわゆる超能力ですね」
「「超能力・・・」」
アイフォと声が被った。
フィクションでしか存在しない筈の単語をこんな時に真面目な顔で言われたら、ぽかんとオウム返しするしかないよな。
「本当に、その人にしか使えないんですか?」
アイフォが真面目に質問する。
俺はどう反応したらいいんだ。
「今使えるのはクロウだけです。というか、クロウが勝手に自分の特技を仕事に使っているんです。スキャナーでは解析できないし、研究所の解析待ち状態です。もう4年ぐらい待たされてるから、あと1年で解析できるのかは疑わしいですけどね」
あと1年――。
アイフォの白い翼がぎゅっと畳まれて、彼女の小さな背中にぴったりはりつく。
……緊張してるんだろうか。それは超能力にか、あの声明にだろうか。
そっと、白い翼をのせた背中をぽんと叩いた。
クロウのような超能力は持って無いんだから、手の届く範囲の人間の緊張ぐらいは、解いてやらないとな。
「超能力なんてリアルで初めて聞いたよ。普段なら笑い飛ばしてるんだけど、実際に役立ってるんじゃ、ただビックリするしかないな。だけどもっと目立つし金になる方法もあったんじゃないか? なんで救急隊員なんだか」
驚いたように顔をあげたアイフォも、それに小さく頷く。
「それは本人に聞いてみるしかないですね。私達は助かっているので異論はありません。作業効率が、彼のいる時といない時では全然違います。……もう貨物船の作業が終了したみたいですね。普通3時間はかかるんですが。シャトルもクロウが手伝ってくれれば、すぐにでも衛星大陸に向かえるでしょう」
それは助かってるとかいう問題じゃない。主戦力じゃないか?
そんな力を持ってる人間がいるなら、月を破壊するという彗星もどうにかできるんじゃないかという気がしてくる。
この船は災害救助艦だ。クロウを中心に同じような超能力を持つ人間を集める事が出来るとしたら、それは夢物語で終わらせるには惜しい。
……クロウのあの声明を聞いた時の独り言は、そういうことだったのかもしれない。
飛散物を回収し終えると、事故機本体の物理接続を終えたイージスが低速から通常航行の速度に移行して衛星大陸へと移動を開始する。
特殊小型艇から帰投したクロウは、飛散物の中から事故原因を拾って来た。
シャトルに穴をあけたのは、小さなデブリだ。
150年前の実験機のラベルが真空保存状態で見つかった。
あとは貨物船の事故原因だが、シャトルのような不慮の事故ではなさそうだ。なにしろ船がネジの不具合ひとつで全て[分解]する筈がない。解析シュミレーションも、一部分の穴がひろがって分解したのではなくて、一気に機体全体が[分解]した映像を生成していた。
民間機である貨物船はG社のgurandsystemで運用されている。
systemの穴だとしたら、致命的だ。だけど前例がない。アップデート情報も最近のものは無いから不具合じゃないのは確かだ。
つまり、誰かが意図的にsystemをいじって航行中の貨物船をバラしたということになる。
――あの声明をlive放送している時にだ。
よう、と戻って来た船員姿のクロウは、解析結果に唇を尖らせていた。