専門用語飛び交う館内ツアー
天使みたいな姿は、遺伝子操作のオーダーオプションだろう。
目立つのを避けるなら旅客機のプライベートクラスに乗ればいい。オーダーオプションは安くない。
そのくらいの経済力はあるはずだ。
「家族……」
どうしてか、彼女はぽかんとした顔で呟いた。まさか貨物船に乗ってたとか言われたら地雷だな。
「そっか、そうね。先ずは報告しなきゃ」
彼女のMicroPCがパッと起動してパーソナルディスプレイが複数表示される。
ささっとショートメールを送信して、他のディスプレイを閉じた。すぐに返信があったようで、彼女の顔が小さく綻ぶ。
「どうして貨物船に? 働いてた訳じゃないと思うんだけど」
「え、あ、うーんと……笑わないでね」
笑うような原因があるのか。
「追いかけられて逃げ込んだのが、たまたま貨物船で、そのまま出挺して出られなくなっちゃったの」
まじか。かくれんぼしてて事件に巻き込まれるとかそういうやつか?
本当ならドジっ子もいいとこだ。
「だけど、どうして貨物船は[分解]してたんだ? まさか整備不良とかじゃないもんな」
「それは……」
最初からコンテナに隠れていたなら知らない事かもしれないけど――。
「探しましたよ、アトューエルさん」
看護師の声と共にドアが開く。一瞬アイフォの肩が震えたように見えた。
「昏倒していたのに、また勝手に出歩いて頭をぶつけたらどうするんです。コールパネルがあったでしょう」
「あ……ごめんなさい。コールパネルとか、初めてで……」
アイフォが決まり悪そうに下を向く。
くそ、可愛いな。
自分が働き始めた頃の拙い気持ちを思い出す。役立たずだけど、そのぶん必死。
仕事の後輩は持ったことがあるけど、こう、可愛い訳じゃなかった。
「その翼は大丈夫ですか? 神経系に異常値はありませんが、傷付きやすいと聞いています」
「それは、大丈夫です。きつく畳んでましたから」
コンテナの中で、か。そもそも何に追いかけられて逃げ込んだんだ。
「結構です。それでは展望室へ一緒に行きましょう。救助隊員の仕事が見れますよ」
おい、それ俺には誘わなかったよな。 事故現場を見せるって事か。
アイフォも困惑した顔で口をつぐんだ。事故原因について聞き出すのだろうか。この子にわかるのか?
誘導尋問には、俺は邪魔になるだろうが――
「俺も一緒に行ってもいいですか?」
やっぱり、看護師が僅かに眉を寄せた。ここは気付かない振りだ。
「折角なので、クロウの仕事ぶりを見ておきたいんです。彼の《牽引》についても、さっきはよく分からなかったので」
「《牽引》……そうね。不思議に見えたでしょう。わかりました。それでは、災害救助艦イージスの見学ツアーにご案内しましょう」
災害救助艦イージスNo.09
地球連邦 3th衛星大陸 災害救助隊宇宙部隊
稼働歴5年 救助隊員30人 収容限度3000人
特殊小型機15機
大型の災害救助艦なんて初めてだ。運航には連邦共通のAndroidsystemを利用している。
systemが一斉ダウンした場合に備えて、敢えてG社のGrandsystemを採用していない、という話を聞いたことがある。
……つい機体スペックと運航systemに目が行ってしまうが、クロウの仕事を見物しに来たんだった。
看護師の簡単な館内ツアーの終点は、広々とした展望室。
高透明度の隔壁が180度の視界を実現している。ただの展望室の筈なのに、広いというだけでかなりの迫力がある。
しかしその外は事故現場だ。シャトルと貨物船の残骸が漂い、時々宇宙に放出された人の姿まではっきり見える。これはアイフォぐらいの女の子にはきつすぎるんじゃないか?
アイフォは視界にひろがった外の状態に、眉を寄せて静かに声をおとした。
「これ……貨物船と旅客機ですか?」
「そうです。既にどちらにも生命反応がないようなので、機体を牽引しながら遺体を収容しています。生命反応探査には艦装備のワイドスキャナーと隊員個別端末を併用。個別端末は生命反応を消失したMicroPCも探知します」
「それは、生体電力の消失記録を判別してるんですか?」
「よくご存知ですね。パーソナルデータは読み込めないぶん、スキャナーの性能より劣りますけど、人間の捜索には有効です。MicroPCを身に付けていないのは、単独行動しない赤ちゃんくらいですから」
「生体電源は……ああ、緊急救命にsystem元を気にしている場合じゃないですね」
アイフォの様子が館内ツアーの延長のような雰囲気で、少しだけほっとする。深刻な事故を前にして泣き出すような事が無くて良かった。
だけど俺よりsystemについて詳しそうな会話だ。技術系の学科目でも専攻してるんだろうか。