危なかったそのあと
「いやー、災難だったな。俺もまさかシャトルが墜ちるとは思わなかった。 な! 人助けって良いことあるな!」
男はずっと高いテンションのままだ。
「はは…… シャトルに乗ってた人達を思うと、全然笑えませんがね……」
救助隊に抱えられ救護室のシートに座ってから、軽く吐いた。そんな俺の背中を叩くとは、もっと吐けって?
「それより……コンテナの生存者はどうなってるんですか?」
同時に回収されたのは見届けたけど、この救護室にはまだ他の救護者は来ていない。
「宇宙空間に放出しても大丈夫な位のコンテナだからな。解錠に手間取ってるか、抉じ開けてるか……。この事故の原因を知ってるかも知れない人間だから俺達との立場上、別室に保護されてるかも知れない」
「そうですか。それにしても詳しいんですね。」
「あ、俺、災害救助隊だから。休暇中だったんだけどなー」
それはびっくりだな。
「あれ、でも運航免許……」
「作業要員なんだよ。救助に専念するために免許は持ってない。いやー君がいてくれて本当助かった。俺はクロウ=シュライサー。君の名前は? 」
いきなり差し出された手を、そっと握り返す。煩いけど、公務員か。
「エイト=ウサカミ。……学生です」
「学生で運航免許か。操縦慣れてるみたいだし凄いな」
「いえ、学費を稼ぐのに必要だっただけです」
謙遜じゃない。運航免許取得の費用が会社持ちの求人に食い付いただけだ。
会社として元が取れるくらい働いた自信はあるけど。
「俺達は無傷で保護されたから、これから事故の原因究明に付き合わされるぞ。保証の申請も忘れんなよ。まぁあの声明の後で、世の中が通常営業してればの話だけどな」
シュ、とドアが開いて白衣の看護師が入ってきた。
「クロウ=シュライサー。こんな事故なんですから、休んでないで手伝いなさい」
「えー! 休暇だぜ! もう生きてる奴はいねぇよ! いれば動くけどさー」
彼女がかざしてきたスキャナーが小さくピッと音を立てて、健康状態に問題がないことを知らせる。
「災難だったわね。さ、働くことに問題はないわよ。行ってらっしゃい」
「誰だよ俺の休暇を潰したのは。くそ、原因回収してやる! エイト、またあとでな」
クロウがいなくなると一気に静かになった。本来救護室はこういう雰囲気だったと思う。
「クロウと、知り合いなの?」
それはこっちの台詞だ。彼女のスキャナーがこっちに向いて、ピ、と鳴る。
「シャトルで隣に乗っていただけです。ここは彼の仕事先だったんですね」
「そうよ。不運というか幸運というか……シャトルは残念だったけど、貴方も彼女も助かって良かったわ。エイト=ウサカミ。メンタルヘルスカウンセリングは必要かしら?」
スキャナーは健康状態の他にフルネームも検出するのか。喋れない患者には有効な機能だな。
「いえ、大丈夫です。それより、彼女って……もしかして、コンテナの?」
「要救護者は彼女だけだったわね。……気になる?」
看護師の小さな笑顔に、戸惑った。そもそも本当に要救助者がいたことに驚かされているところだ。
「沢山の犠牲者が出た今回の事故。そのなかで、貴方がいてくれたことで助かった命がある。それは素晴らしい事だわ」
頼んでないのにメンタルヘルスカウンセリングが始まってないか?
「要救護って言ってたようですけど、大丈夫なんですか?」
「大きな怪我は無かったわ。昏倒してたけどね。さて、この船はこれから事故機体を牽引しながら衛星大陸に着艦します。それまで時間がかかるから、身内への安否連絡とか保証申請とかやっておいてね。事故証明はさっきのスキャナーでMicroPCに送信しておいたわ」
表示をOFFにしていたMicroPCをONにする。受信通知が視界の端で薄く明滅していた。
これは助かる。
申請なんてしたことがないから、まずは保証会社にアクセスして確認しなきゃな。
「時間的にどのくらいで衛星大陸に着きそうですか?」
「んー、事故機が2機あるから結構かかるかも。半日はみたほうが良いかも知れなないわ。船内は自由にしていて。災害救助隊の船といっても、救護者エリアは普通の船とあんまり変わらないからね」
そうすると、かなりの時間をもて余すのか。
もともとシャトルで衛星大陸まであと3時間位だったし、地球からは既に21時間も旅をしてきた。
大体寝てたけど。
必要な連絡だけしたら、さっきの声明について、皆がどう反応してるのか改めて見てみよう。それで充分時間は潰せそうだ。
「じゃ、私はもう一度コンテナの人を看てくるから、何かあったらここのコールパネルを使ってね」
シュ、とドアの向こうに消えた看護師の白衣を見送ってから、改めてMicroPCのパーソナルディスプレイを何枚か展開する。事故証明は初めて見るけど、遅延証明に似てる。
――――災害救助艦イージスNo.09
証明欄の名前が気になった。この船、イージスっていうのか。
ナンバリングされてるってことは、他の場所にも同じ機体があるのか、バージョン情報だろうか。
それよりも声明の反応だ。
さっきの看護師の様子からしてみても、それほど世の中に混乱は無さそうだ。たった今事故ったばかりの自分でもこういう態度なんだし、皆同じようなもんだろう。
G社、イオウス=グラディウス。
このMicroPCも、シャトルも、スキャナーも、最近皆が触れているソフトウェアはG社の開発によるものだ。
G社が連邦事業にまで手を出さなかったのは、きっと、この一大事を控えていたからだろうな。
人類存亡の危機さえビジネスに捉えるそのスタンスは、正直、凄いと思う。
例えば俺なら何ができる?
現実逃避してネットワーク上の意見に乗っかるだけで満足してる俺に、G社に意見を言う資格はない。
悪態をつきながら人助けしてるクロウの方が、まだマシかもな。
複数展開したパーソナルディスプレイには、ネットワーク上に拡がった驚きの声と、現段階でのインフラの混乱はまだ無いというレポートがなされいてる。
いつもの世界風景。これがあと一年。
そのあとは、どんな世界になるんだ?
G社が用意した5の選択肢。
先ずは自分で生死を選ぶ。そして選ぶのは冒険か待機か、現状維持への挑戦か――。
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