牽引
「では、出ます」
パネルスクリーンは脱出用の小型挺だからロックが掛かっていない。非常パネルで勝手に開けたシャトルの脱出口から、速やかに発艦する。
『おい、誰だ、勝手に脱出艇を出したのは!』
本艇から戸惑いの叱責が飛んできた。それはそうだ。
『念のためです。すぐに戻ります』
一言だけ回答して通信を切った。
発艦直後で、しかも回避物が多いのに、会話に集中力を奪われたくない。
シャトルの傍を流れていく漂流物から距離を取って、改めて周囲の様子をみる。
漂っているのは、貨物船の中身みたいだ。少し離れた位置で貨物船本体が静かに[分解]されたような状態で漂っている。
……航行中に宇宙船がバラバラになるなんて、聞いた事が無い。
事故で爆発したりするならわかるけど、どうして、無傷のまま[分解]状態に……?
「あのバラバラの本体に近付いてくれ」
は? 危ないから逃げるんじゃなかったのか?
「不用意に近付くと危険です。本体の何処かが不意に爆発を起こす危険も……」
「なんか知らんが無傷そうだから、それは大丈夫だろ。それより急いでくれ。生存者を回収する」
「はぁ?!」
こいつ何言ってやがる。
たかが小型の脱出挺に作業機能なんて付いてないし、生存者を拾ったとして、真空の中でハッチを開ければ酸素がなくなるだろ。
宇宙服着てる訳じゃ無いんだぞ? ここを地球上の環境と勘違いしてる訳じゃないよな?
「無理ですよ。災害救助隊に通報を……」
「あそこだ。あのコンテナ。いいから急げって!」
聞いてない。
事故現場なんて見たくないが、どうせ何もできずに戻るだけになるだろう。
ため息をつきながら、男が指差したコンテナに接近する。
辺りには船内で使われていたらしい品が無秩序に漂っている。
「……っ!」
思わず息をのんだ。生身の人間も、漂っている。
勿論、明らかに、死体だ。
「吐くなよ。大惨事になるぞ」
「もう通報して戻りましょうよ……」
「人ひとりぐらい、助けさせろ」
何格好良い事言ってんだ、こいつ。
「よし、このコンテナだ。ぴったり付けろ。そしてゆっくりシャトルに戻れ。俺が、牽引する」
「は……?」
牽引?
小型挺とコンテナを繋ぐものは何もない。
しかし、一方的に指示したと思ったら急に黙りこんだ男は、こっちの反応は無視だ。
仕方無く、低速でシャトルへ向かう。
無軌道に浮いていたコンテナが、ピタリと小型挺に付いてくる。磁力でくっついているような動きだ。
どうなってるんだ?
『脱出挺、帰投・着艦します。お騒がせしました』
『了承した』
帰りの通信に本艇からの叱責がないのが、逆に怖い。……今は安全に着艦することだけ考えよう。
パネルのオート着艦を選択して、速度を維持したままシャトルに接近していく。
「――止まれ!」
突然男が叫んだ。
びっくりしたな。今度は何だ?