9 風の国の王3
プッツンきれた私は、びしいっと人差し指を突きつける。
「あんたよ、あんた!王様だかなんだか知らないけど、礼儀ってもんを知らないの?ヒトを召使いかなんかと間違えてるんじゃない?私はあんたの道具じゃないのよ!」
私が怒鳴りつけたのでリューンがおろおろしている。
けど、そんなの知るもんか。
「さっき化け物から助けてくれたのはお礼言うけどね、あんた達が私を呼びつけたんでしょうが!一言謝るなりお願いするなりして当然じゃない?」
「ルーラ様、落ち着かれてください」
「あんたは黙ってなさい!リューン」
迫力負けして、うぐっと声を詰まらせている。ふん、なめんじゃない。
ところが王様は別段悪びれた様子もなく、さも当たり前と言った様子で言った。
「おまえの国でもあるのだ。力を貸すのは当然ではないか」
私の国?は、冗談!
「私はあんたの国なんか知らない。私の国は日本よ。私は日本人なの」
「ルーラ様………」
リューンがおろおろと私と王様を見比べている。
どっちの味方をすれば良いのか迷ってるみたいだ。
王様は明らかに不機嫌そうな顔をしている。
でも、私は謝らないからね。
「どこで生まれたかなんて関係ない。私は向こうに両親も友達もいるし、大切なものを置いてきているの。あんた達の事情に縛られる謂れは全くないわ」
すると王様はゆっくりと両腕を組み、低く静かな声で私に問いかけた。
「では、おまえは我々の国を見捨てると?我等が死に、国が滅びても、自らに被害が及ばぬならばそれでよしとするのか?」
「そ、それは………」
強い意志を持った瞳。それが真っ直ぐ私の目を見据えている。
人を従える者の目だ。怖いくらいに気迫が伝わってくる。
「おまえには平和で安全な帰る場所があるのだろう。だが、我が国の民にはそれがない。確かに逃げ帰ろうともおまえに罪はないが、俺には国を守る責任がある」
「だから?」
「俺はリューンに言っておいた。風の乙女が見つかったならば、了解を得てから連れてこいと。おまえが来たのは我等の依頼を引き受けたからであろう?叶える意思があるからではなかったのか。おまえは一旦引き受けたことを簡単に放り出すのか?我等は切羽詰まっているのだ。残された時間は少ない。いざとなれば、リューンに命じておまえを拘束する。それなりの覚悟もあるのだぞ」
瞳に剣呑な光がやどる。こいつ、本気だ。
「私を脅迫するの?私を信用していないくせに。さんざん侮辱しといて、やれって脅すの?」
フッと王様の力がゆるむ。
「無理強いするつもりはなかった。だが、ルーンは使えぬ風の護りも持たぬ、たかが巨鳥ごときからも身を守るすべを持たぬ者に、果たしてまかせられるのか?疑問に思うのも当然だと思うが」
呆れたような揶揄する言葉にカッとなる。
「そんなの、やってみなくちゃわからないじゃない!」
「本当にできると思っているのか?」
疑いを隠さない視線。
「出来るかどうかなんて知らないわよ!でも、やらないよりマシでしょ!」
言ってしまってから、ハッと気がついた。
しまった………
王様がニヤリと笑う。
「では、決まりだな」
畜生、はめられた。こいつ、わざと私を怒らせたんだ。自分から引き受けさせるために。
拳をふるわす私を無視して、奴は固唾を飲んで見守っていた人達に笑いかけた。
「聞いた通り、引き受けてくれるそうだ」
「陛下………」
彼等は私の顔色をうかがうようにチラチラ見ながら、それでもほっとしたように笑みを浮かべている。
「では、明日も早い。各自部屋に戻って休もう」
王様はそう言ってさっさと食堂を出て行った。
私はぎりぎり唇を噛んで、その後ろ姿を見送る。
くやしー!こんなに簡単に丸め込まれるなんて。
のる私も馬鹿だけど、なんちゅう姑息な奴!結局謝罪の言葉もないじゃない!
一言ぐらい謝って行けー!
怒る私の肩をリューンが優しくたたく。
「ルーラ様、明日は早くなりますから寝ましょう」
このままじゃはらわたが煮えくりかえって寝らんないよ。ええい!
「あの………陛下は本当は良い方なのです。皆にもお優しいし、国のことを第一に考えていらして……」
あいつのどこが良い奴なの!ただの横柄な野郎じゃないか、ちくしょう!
私がそうがなり立てると、リューンはひきつった笑みを浮かべながら言う。
「ルーラ様が思っていたより普通の女性だったので心配してらっしゃるんです。はっきり申し上げて、鏡を戻すのは大変なことなのです。陛下は何度も結界を解こうとして失敗した人達を見ていますし、失敗すればただの怪我では済まないことを知っているのです。口は悪いかもしれませんが、決して悪気があるわけではないんです」
本当かねえ?私はしっかり馬鹿にされていたと思うぞ。
「ところで、具体的に私は何をすれば良いわけ?」
イスターラヤーナで聞いたのは、鏡を元に戻すことと、それが一筋縄ではいかない大変なことだということだけだ。
「ルーラ様に説明不足だったことは謝ります。僕の責任でした。おいおいお教えするつもりだったのですが」
フーッと息を吐く。
「まずはルーンを覚えてください。鏡を戻す呪文を教えます。神殿に着いたら結界を破るのですが、それは僕も手伝います。ですが、かなり危険なことだと言うことは覚えていておいてください。うかつに結界に触れて命を失った者は、両手の指では足りないくらいなのです。ですが、結界を破ることができたなら後は簡単です。ルーンで風を呼び込むだけですから。ルーラ様なら、きっと呪文は発動するはずです」
そこまで言って、リューンはその金の瞳を翳らせた。
「申し訳ありません。本当はこんな危険なことに貴女を巻き込む権利などないのに。きっとルーラ様の父君は、魔物から貴方を遠ざけるために異世界へ飛ばしたのでしょう。僕らは無理矢理それを引き戻してしまった」
あんたはいい子ねえ。
私、本気で見捨てて帰ろうなんて思っていなかった。アルファさんも風鏡がなくては無理そうに言っていたし。ただ、あの人達からそういう言葉を聞きたかっただけなんだ。
うなだれた頭をくしゃっとかき混ぜてやる。銅貨色の髪は猫の毛のように柔らかくて気持ちいい。
「ここまで来ると、なるべくしてなったとしか言えないよ。風が呼んだんでしょ?なら、リューンが迎えに来ようが来まいが、いずれはこっちに引き戻されていたと思うよ」
そう、今は見えないし聞こえないけど、あの時私は声を聞いた。
『目覚めよ』って。
憎ったらしい王様はこの際わきにおいといて、願いを聞いてやらないと、変な時に竜の翼が出てきたら大変だよ。
「あー、疲れた。寝よう、リューン」
リューンが私をみて嬉しそうに笑った。
ほんと、可愛い。
こんな弟欲しかったな。
まあ、とりあえず、その日はそうやって更けていったのだった。
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