8 風の国の王2
誰かが私を抱き抱えてくれている。
誰?
何度か瞬きを繰り返した後、ぼやけていた目の焦点がようやく合って、私は助けてくれた人の顔を見ることができた。
(っきゃぁー!!!)
目の前に美青年のドアップ。
ぶったまげた私はもう少しで彼の顔をはり倒すところだった。
そうしないですんだのは、まだ貧血の余韻を引きずっていたからだ。
ううっ、私ってば免疫がないから………
「怪我もしていないし、どうやら大丈夫のようだな」
うっすら笑みを浮かべて私を立たせる。
「あ、ありがとう」
私はクラクラする頭でなんとかお礼を言った。
うーむ、なんちゅう男前だ。こりゃあアルファさんに負けず劣らずだな。
綺麗な黒の短髪で、孔雀石色の瞳。
ちょっとこっちの方が線が太くてがっしりしているが、長身で均整がとれているから細身に見えるくらい。
アルファさんが優美な感じなのに対して、精悍な感じと言えばいいのかな。
気がつくと、魔鳥たちは幾人もの武装した男達によって追い払われていく。
凄い。人よりずっと大きいのに、怯むことなく斬りつけている。怖くないのかな。
そのうちの一人が懐から丸い玉のようなものを取り出して、鳥たちに向かって投げつけた。
するとそれは地面にぶつかって破裂し、盛大に白い煙を噴き出した。
なぜだか鳥たちはその煙にひどく慄いた様子を見せ、男達は動きの鈍ったそれらにいっそう激しく斬りつける。
敵わないと思ったのか、とうとう魔鳥たちは逃げていった。
よかったー。ふーっとため息と共に全身から力が抜けた。
「ルーラ様」
リューンの声がして、小走りで駆け寄ってくる彼の姿が見えた。
彼はいくつか浅い怪我をしていたけれど、なんとか無事のようだった。
でもなんだか様子がおかしい。
すごく驚いているような、怒っているような………
「陛下!何故このようなところに?」
『陛下』?なにそれ。
私の頭の上にクエスチョンマークが三つほど浮かぶ。
リューンの視線をたどると、私が抱きついている人にぶち当たった。
ーーーするってーと、この人は………
私の頭からスーッと音をたてて血が引いていった。
「もしかしてっ、ビスラの王様ぁーっ?」
そんな人に私ってば抱きついていたの?
ズササッと後じさった私を王様は不思議そうに見る。
その手を伸ばして私の腕を掴んだ。
「何故逃げる?」
ひょええええーっ!おそれおおい。
私は根っから庶民なの。触んないでよ、固まっちゃうじゃない。
けれども、王様は私の腕を掴んだまま、リューンに向かって頷く。
「リューン、遅くなったな」
王様はどことなく厳しい顔つきで言った。
***
「また襲われたですって!」
宿中に轟かんばかりの大声でリューンが怒鳴る。
いまにもかぶりつかんばかりの形相だ。
「またって、お前………」
王様はリューンの迫力に押されてタジタジの様子だ。
もう外は夜。
私達は化け物を追い払ったということで、街で一番大きい宿に歓迎されていた。
料理もなかなかで、お腹の満足した私としては、このまま部屋に行って寝たいくらいなのだがそうはいかない。
食堂を人払いしてもらって話している。
「聞きましたよ。怪我して寝込んでいたんじゃないんですか?もしやとは思っていましたが、どうして来るんです!」
リューンは完全に説教モードに入っちゃって、どっちが年上かわかんない。
「あんなのはかすり傷だ。傷のうちにも入らん」
「そうやって軽く見ているから後で困るんですよ。いつもいつも、軽々しく出かけていっては怪我をして帰ってくるんですから。あなた方も、どうして陛下の無茶を止められないんですか!」
矛先を向けられた男の人達も申し訳なさそうにうつむいている。
「そう責めるな。城にいようと外にいようと、もう変わらぬのだ」
唇の端にわずかな苦笑いをのせる。
「とうとう王宮まで………」
リューンが息を飲んだ。
「では、ゼリーネ様は?ご無事なんでしょうか」
「母上は大丈夫だ。後宮の警護はかたい。俺のかわりに政務をとってくれている」
「あのー」
私はおそるおそる口を挟んだ。
いまいち私には話が見えないんだけどね。
「ああ、すいません、ルーラ様。ご紹介がまだでしたね」
そう言ってリューンは王様を示した。
「こちらの方が我々のビスラ国王、レンディルム・イル・ビスラ陛下です。陛下、こちらが風の乙女のルーラ様です」
王様は無表情で頷く。
「では、これがルジェンの娘か」
私はちょっとムッとした。
コレ呼ばわりしたな。私は物じゃないぞ。
「ルーラ様、少々事態が切迫してきているようです。急がなくてはなりません」
「どうしたの?」
「ビスラの王宮にまで魔物が現れるようになったのです。王宮は太古の精霊の護りの最も強い場所に建っているのですが、それすらも魔物に蹂躙されるとは………」
リューンの肩が小さくふるえている。よっぽどショックだったんだ。
「早く精霊の守護を取り戻さねば。国が魔物に飲まれてしまえば終わりだ」
王様の言葉は重い。
「ええ」
リューンがため息をつく。
「ねえ、飲まれちゃったらどうなるの?」
こちらの事情を知らない私としては、ごくごく素朴な疑問だと思うんだけど、王様はめちゃくちゃ冷たい視線をくれた。
「おまえ馬鹿か?」
おのれ………一瞬頭に血が上りかけたけど、我慢我慢。相手は国王陛下だ、命の恩人だ。
可愛いリューンが代わりに説明してくれる。
「ビスラは魔物の巣となり、人の存在しない土地になってしまいます。下手をすればワルファラーン全土が危険にさらされてしまう。それだけは絶対にさけなければ」
魔物………あんな化け物ばかりになってしまうの?この国の人たち、どうするんだろう。他の国に逃げるんだろうか。
王様が周囲の従者の人達を見渡す。総勢九人。
比較的みんな若い。
彼らは王様の近衛の騎士なのだそうだ。
「ここから都までは馬でも五日。明日の朝にはここをたとうと思う」
騎士達は真剣な面持ちで頷いた。
「リューン殿」
一人の騎士が私をチラリと見て、リューンに話しかける。
「あの、本当にこの方が風の乙女なのでしょうか?」
「?」
リューンが首を傾げる。
「風の乙女はいかなる地においても精霊の守護を得、その身には常に風を纏うと聞いております。が、おそれながら拝見したところそのような兆しは………」
この人は私が化け物に襲われた時のことを言っているのかな。
確かに、私死にかけたけど、一体なに?その恥ずかしいイメージ。
ところがリューンはたじろぐことなく、にっこり笑って答えた。
「大袈裟な噂が流れているようですね。風の乙女も人であることには変わりありません。精霊との結びつきは強いかもしれませんが、それでもルーンが使えなければ風を操ることは出来ません。ルーラ様は残念なことに異世界で育たれたため、まだ精霊と対話するすべを知らないのです」
騎士達は互いに顔を見合わせている。どことなく嫌な感じ。
なんだかなー、どうも私が彼らの思っていたのと、だいぶん違っていたんで戸惑っているよーだ。
悪かったな、期待してたのと違ってて。
「間違いないのだな」
王様の問いにリューンはしっかり頷いた。
「はい、それに彼女は背に翼を持っています」
「翼っ?」
王様が信じられないというような目で私を凝視する。
その目つきがあんまり鋭かったので、私は小さく身震いした。
ちょっと怖いわよ、あんた。
「この特徴もない平凡な者にか?」
むむむっ、平凡で悪かったな!
なんなのよ、こいつ!いくら王様だからって、この態度どーにかなんないの?ルイリーン陛下と大違い!
「とはいえ、本当にこんな小娘に鏡を元に戻せるのか?あまり信用できんが」
さすがにこれにはカチンときた。
スーッと大きく息を吸う。
「やーめた!リューン、私帰る!アルファさんのところへ連れてって」
リューンがギョッとして私を振り返った。
「ルーラ様、何を………」
「信用できないんでしょ?だから帰るの。私を家に帰して。それで他をあたるのね」
「そんな」
「私はねえ、どうすりゃいいかなんて知らないし、出来るかどうかだってわからないのに、ほとんど勝手にこっちへ連れてきておいてその態度は何?それが人にモノを頼む態度なの?」
冗談じゃないわ。
王様は私が怒っている理由がわからないのか、キョトンとしている。
「なんだ、この娘は」
その言葉を聞いた時、私はキレた。
やっとヒーロー登場です。
長かったです。




