7 風の国の王1
「ちょっとー、迎えはどうなってんのよ」
鬱蒼と茂る森の入り口で、私はでっかい声をはりあげた。
「おかしいですねえ。ここで待っているはずなんですが」
ドガッ
首を傾げるリューンの後ろ頭をどつきたおす。
(リューンは私より頭半分低いんで、どつきやすいのだ)
「どこにいるってーのよ!」
「痛いじゃないですかっ!」
「うるさいっ!いつまで待たせる気よ。もう夕方じゃないの!」
我儘というなかれ。
朝から延々立ちんぼよ。キレるの当たり前じゃないか。
あれから私たちはイスターラヤーナのお城で一週間を過ごし、それはそれは豪華なもてなしを受けた。言い連ねていけばキリがないから省略するけど、その次の日の今日、アルファさんが水鏡でこの国境の森の前に飛ばしてくれたのだ。
まるでテレポーテーションみたいなの。
どうせならビスラの都まで送ってくれればいいんだけど、ビスラとイスターラヤーナでは精霊の守護域が違うとかで、さすがの彼でも出来ないのだそうだ。
目の前には細い街道が森の中へずーっと続いている。
この森を抜けるとビスラの街があるらしい。
そんでもってそのままこの道を延々と進むとビスラの首都に着くそうだ。
でも、私たちを迎えに来るというビスラの王様の使いの人は、いつまで待っても来なかった。
「おかしいなー。もう国境の森に入ったって連絡が来ていたのに」
リューンが後頭部をさすりさすり、小さく何かを呟く。
途端に小さな風が私の顔を撫でて吹き抜けて行った。
「なあに?」
「風に遠見をさせています」
「そんな便利な事ができるんなら、どーしてもっと早くやらないの!」
「ここはもうビスラとの国境です。探索できる範囲は限られていますし、精霊が魔物の結界に触れると僕たちも危ないんです。襲われたら困るでしょう?」
ビスラ国内は魔物の結界が網のように張り巡らされているんですから、とリューンが渋い顔をする。
「げっ」
やだよ、そんなの。
間もなく風の精霊が戻ってきたらしい。
(私の目には何も見えないからよくわからないけど)
リューンは難しい表情を浮かべて、軽く唸った。
「どうかしたの?」
「いません」
簡潔な答え。
金色の瞳に鋭い光が灯っている。
「いない?」
「はい、確かにこの森の周囲に気配は残っているのですが、見つからないそうです。気配をたどっても何かに阻まれるようで」
「どういう事なの?」
「結界が張られているのかも。魔物の干渉は感じませんが、でも、神官以外にそんな事………まさかあの人がいるはずないし」
半分独り言のように呟いた。
「仕方ありませんね。街で宿を探しましょう」
「宿?」
「この街道を戻るとすぐ街があります。旅人用の宿がたくさんあるはずですから」
そう言って、くるりときびすを返して歩き出す。
その後を私は急いで追いかけた。
リューンの言っていた国境の街はすぐ近くで、私たちは十五分ほど歩いて着いた。
「うわー!」
街に一歩踏み込んだ時の私の感想は、はっきり言って驚き以外の何物でもなかった。
「凄い!」
夕暮れの太陽に照らされた街は、なんとも言えない異国情緒がたっぷり。懐かしくも素朴な風景が広がっていた。
建物の壁は全て煉瓦と石でできている。
石造りの壁には無数のひっかき傷。
窓には手作りならではの表面の波打ったガラスがはまっていた。
歪んだそれを通して、家の中からランプの明かりがもれている。
行き交う人は賑やかに、そろそろ家路につく頃ながら、まだまだ店々を渡り歩いていたりする。彼らの着ている服はもちろん見たことないような形だ。よくわからないけど昔の中東がこんな感じの服だったんじゃないのかな。微妙に違う気もするけど。
きゃらきゃらと笑いながら子供達が走ってゆく。
街全体がノスタルジックなイメージだ。
イスターラヤーナでは宮殿の中しか歩いていなかったから(ほんの一部だけだったのに、それでも迷うくらいに広かった)、この世界の街を見たのは初めてだった。
「なんだか感動しちゃう」
路地からは美味しそうな夕食の匂いもただよってきて………あうー、お腹すいたよー。
「どの宿がいいでしょうか」
キョロキョロしながらリューンが言う。
どうやら店の入り口に緑の看板が下がっているところが宿屋さんのようだ。道沿いに結構たくさん並んでいる。
「ねえ、なんだかどこの宿屋も薄さびれてない?」
あんまりお客さんが入っていないように見える。
リューンは暗い顔をした。
「ビスラが荒れているからですよ。旅人が減っているんです」
リューンの話によると、三年前までは大陸との交易商人で賑わっていたのだそうだ。
ビスラで産出した金や鉄を、大陸の絹や穀物に変えるらしい。
でも、大陸はワルファラーンの東に位置しているため、西のビスラはどうしてもイスターラヤーナを通らなくてはならない。
通行料の事もあって両国は仲が悪くて、それで度々戦争していたのだそうだ。
「ねーえ、そんなにしょっちゅう戦争していたのに、よくルイリーン陛下やアルファさんが協力してくれたね」
「あの方々は戦を嫌っていらっしゃるので。それに政治的にもビスラが魔物に飲まれてしまうと、いくら精霊の加護があるとはいえ被害を避ける事は出来ません。ビスラからの難民も来るようになれば、なかなか困ったことも多くなりますし」
今は戦争しているどころじゃなくなったってことか。
「それじゃあ、どうしてビスラの王様は魔物なんか呼び出したの?国が滅んじゃうほど危険なんでしょう?」
「僕にはよくわかりません。陛下は気が狂っていたのだとおっしゃっていましたが」
「ふーん」
てくてく歩いていた足を止めて、リューンが看板を見上げる。
「ここにしましょうか」
「ここ?」
古びた造りの宿屋。けれど一階は食堂になっていて、結構賑やかだ。
半開きのドアの向こうからお肉の焼けるいい匂いがしてきて、お腹がグウっと鳴った。
なんでもいいから早く夕ご飯食べたいよー。
「入りましょう」
「うん!」
扉に手をかけた時、不意に空が暗くなった。
リューンがハッとしたように振り返る。
「な、何?」
「伏せてっ!」
どんっと突き飛ばされて、私は壁際にすっ転んだ。
それとほぼ同時にバサバサッと羽音がして、ものすごい風圧に襲われる。
細めた目の前で、リューンの腕に一文字に赤い筋が走る。血が飛び散った。
「ギャッギャッギャッ」
なに、こいつ!
それは化け物としか言いようがなかった。
めちゃくちゃ大きい鳥。象くらいはありそう。
全身が灰褐色で、鷺のような長い首と鷲のように黒く鋭い鉤爪のある脚。眼はやたら鮮やかなオレンジ色で、燃え盛る火のようにも見える。
そんなのが何羽もいる!
「気をつけて!早く家の中へ!」
リューンが叫ぶ。
道を歩いていた人たちが、悲鳴をあげながら逃げまどう。
その中に化け物鳥たちが奇声を上げながら突っ込んでいく。
「リューン!」
「僕は大丈夫ですから、早く逃げて!」
そんなこと言われたって、身体が言うことをきかないよ。
「ルーラ様!」
苛立たしげな声。でも私は動けない。
気だけは急いでんだけど、脚がヘロヘロなの。
「早く!」
「腰が抜けてんのよ!」
魔物ってこんなやつなの?
冗談じゃないわ。デカすぎる!
「ギャッ」
「うわあ!」
私の視線の先で、男の人が背中を嘴でえぐられた。
「助けてくれ!」
化け物が男の人を飲み込もうと、その口を開いた。真っ赤な喉が見える。
私はゾッとした。
「このやろう!」
怒鳴り声と共に、誰かが投げつけた石がそいつに当たる。
こぶしほどの大きな石だったけど、鎧のような羽に当たってパサリと軽い音をたてただけだった。
ダメージはなくても癪に触ったらしい。
巨鳥はその巨大な首をもたげて、石の飛んで来た方向に向かって吠えた。
「ギャーッ!」
その目が犯人の姿を捉える。
まだ若い青年が、身を翻して駆け出した。
あの人が投げたんだ。
だけど、魔鳥はバッサバッサと羽ばたき、逃げようとするその人を大きな爪で引っ掛けて蹴り飛ばした。
「きゃあああっ」
壁に打ちつけられたその人は、頭から血を流してぐったりしたまま動かなくなった。
いやだ!いやだよ!
怖い、誰か助けて!
「ギャギャッ」
すぐ近くで鳥の鳴き声。はっと私は目を開いた。
「リューン、危ない!」
頭上に降りてくる爪を彼は素早く飛び退いてかわし、口の中で何か呪文を唱える。
「ギャッギャッ」
魔鳥の羽が見えない刃のようなもので切り裂かれた。
鳥は思わぬ反撃にひるんで、再び空に舞い上がる。
ああ、きっと精霊の力をかりたんだ。
ほっとしたのも束の間。
「ルーラ様!」
振り返ったリューンが悲鳴にも似た高い声で私を呼ぶ。
「ギャギャギャッ」
いつのまにか、もう一羽の魔鳥が私に向かって直滑降していた。
「ひゃあ!」
ガクガクの脚を両腕で支えて壁にしがみつく。
なんとか立ち上がったけど間に合わない。
鳥の巨体が目前に迫る。
「キャアーッ!」
もうだめ!殺される!
ああ、短い人生だったな。たった十七歳で、恋も知らないまま命を散らすのね。
こんな異世界で化け物に喰われて死ぬなんて………
ちょっと神様、私に酷すぎない?
私が一体何をしたってゆーのよぉ!
黒い大きな鉤爪が、私を目掛けて振り下ろされる。
ぎゅっと目を閉じた。
せめて痛くありませんように!
「ギョグギェーッ!」
喉が潰れたような濁声。
「…………」
何よこれ、いくらなんでも私、こんな汚い悲鳴あげないぞ。
目を開くと、目の前は暗かった。
鱗びっしりの脚を持った灰褐色の羽毛の壁がそびえている。
そろそろと上を見上げると、魔鳥は喉を剣で貫かれてヒクヒクと痙攣していた。
ポタポタッ
剣の先を伝って紫がかった赤い血が落ちてくる。
その一滴が私の頬にかかった。
なま温かい…………
「いやあ!」
えぐい!グロい!気持ち悪い!
ムッと血臭が鼻をつく。私駄目なのよ、血は。
貧血を起こしかけてフーッと後ろに倒れそうになる。
あ、ヤバい。このままひっくり返ったら頭打つわ。
わかってるんだけど、身体が言うことをきかない。気が遠くなってくる。
と、その時、私をがしっと受け止める腕があった。
「大丈夫か?」
低いけど若々しい声。暖かくて力強くて、妙に安心してしまう。
「あ………」
誰かが私を抱き抱えてくれていた。
遠くなりかけた意識がスウッと戻ってきた。




