神官稼業はブラックです
僕は今、とても悩んでいる。
そして、とっても忙しい。
この国の王子が正式に王になる、その戴冠式の準備をしているのだ。
「リューン様!お式の衣装を合わせるのでこちらへ!」
「この敷物はこちらでよろしかったですか?」
「風鏡にかけるベールはどこに置いておきましょう?」
次から次へとかけられる言葉に指示を出していく。
僕の役目は主に神殿の中のあれこれだ。
三年前にこの風の神殿は閉ざされ、長く誰も立ち入れない状態になっていた。
おかげでどこもかしこも薄汚れていて、掃除だけでもだいぶん苦労した。
まあ、それぐらいならいい。
別に僕でなくても出来るから、宮殿の人達が入れ替わり立ち替わりやってくれている。
問題はそこじゃない。
僕はビスラという風の精霊を祀る王国で神官をしている。
神官をしているのは僕一人だ。
前のビスラ王がとんでもなく馬鹿で、生贄を使って魔物を呼び寄せてしまったからだ。
たくさんいたはずの神官達は、みんな魔物に喰われてしまったという。
「いくらなんでも僕一人ってひどくない?」
「リューン様、何かおっしゃいましたか?」
衣装を合わせてくれている女官長が、僕のぼやきに反応した。
「神官候補者はまだ見つからないんですか?」
女官長に尋ねてみる。
「陛下がイスターラヤーナの神官長に依頼はしてくださっていますが、お返事はまだいただいておりません」
「そうですか………」
イスターラヤーナの神官長とは、僕の師匠のアルファーディ様だ。
新しい神官は鏡で候補者を探すのが一般的だ。
僕は神官長の血筋ではないので、風鏡が使えない。
そこで隣の水の王国イスターラヤーナの水鏡で探してもらっている。
そもそも精霊と対話し、その力を使役する神官は候補者が少ない。
持って生まれた資質がものをいうようで、特に鏡を操る神官長は代々同じ一族が就く事が一般的だ。
例外的にイスターラヤーナの様に、血族ではない人物が跡を継ぐこともあるが、とても稀なことだ。
我がビスラも神官長の血筋は一人残っている。
だが、彼女はこの国で生きることを拒否した。
(私はイヤだよ。リューン頑張れ!)
僕の記憶の中の彼女の声がよみがえる。
「頑張れったって、そんな簡単に出来るものじゃないから」
つい、文句がこぼれ出た。
困ったもんだ、である。
僕は既に結構頑張っている、と思う。
神官は国の安定に非常に重要だ。
このワルファラーンは精霊によって守られている大地だ。
ここに暮らす人々は、精霊の恵みによって豊かな生活を約束されている。
神官は人々の願いを精霊に伝える役目を担っている。
結構仕事が多いのだ。
正直、魔物が払われた現在でも、僕一人ではこなせないくらいの仕事が溜まっている。
思えば、僕はかなり大変な目に遭って来た。
風の神殿の結界を解こうとして、死にかけたこともある。
あれは本当にヤバかった。
雷撃のショックで、ほぼほぼ心臓が止まりかけていたのだ。
アルファーディ様が大慌てで治療に当たってくれたので、なんとか生還出来たが、もう少しであの世行きだった。
そのあと、風の乙女を探せと言われて、異世界に飛ばされた。
僕でないと見つけられないからと。
飛んだ先はなんだかとっても文明が進んだ街で、右も左も分からず、精霊の力もとても薄くて苦労した。
隠れながらようやく見つけて連れて帰ったのが、例の彼女、ルーラ様だ。
彼女は殺された神官長の娘で、なんと幼い頃に父親である神官長によって異世界に送られていた。
どうも、神官長は王の馬鹿さ加減を知っていたらしく、国を滅ぼしかねない愚行を予知していた様だ。
国と娘を守るために、彼は娘を手放した。
それを僕は連れ戻しに行ったのだ。
彼女は皆の期待を込めて、風の乙女と呼ばれていた。
真っ直ぐな漆黒の髪、潤んで輝く大きな漆黒の瞳。
肌は雪のように白く、形の良い赤い唇が艶っぽい。
手足が長く、スラリとした細身の身体は猫の様にしなやかで、とても綺麗な女の子だ。
かなり目を引く容姿なのに、何故か目立たない。
よくよく彼女を見て悟った。
何かの守護がかかっている。
目立たないように気配を消すような力が働いているのだ。
しばらく探ってみて気が付いた。
彼女は翼持ちだったのだ。
しかも竜の。
竜は本来大陸にしかいない。
ワルファラーンにはいないはずの神獣だ。
後で陛下から聞いたのだが、ルーラ様の母親はイスターラヤーナの王女だったらしい。
竜との契約で母国を出て、ここビスラに来たところを神官長に保護されたという。
彼女はとっても綺麗なのに、とっても破天荒だった。
特に喋ると台無しだ。
見た目はおとなしそうなのに、全然そうじゃない。
なかなかに気が強い。
一日待ちぼうけをくらわしてしまった時には、どつき倒された。
かなり凶暴だ。
レンディルム陛下が、精霊の力を使えない彼女を不審がっていると、とうとうブチ切れて元の世界に帰ると言い出した。
あの陛下が言葉を失って唖然としている。
僕は笑いそうになるのを、うつむいてなんとか堪えた。
僕は彼女を無理矢理こちらの世界へ連れてきてしまったけれど、彼女がそれに対して怒ることはなかった。
そればかりか、一向に精霊と対話出来ない状況でも、一生懸命風の乙女としての役目を果たそうとした。
きっと怖かっただろうに。
力が目覚めないまま結界に挑むなど、本来ならば絶対させなかった。
目覚めを期待して挑んだ結果は、見事に失敗した。
僕が死にかけた時と同じように。
それでも再び彼女は自分一人で立ち向かったのだ。
そういう人だ。
強くて優しい。
魔物からルーラ様を庇う陛下を見て、陛下が彼女に特別な感情を抱いていることに気がついた。
なんとなく、納得したのを覚えている。
あれから彼等は進展したのだろうか?
「リューン、来たよ!」
ルーラ様が遠くから手を振っている。
戴冠式の準備や打ち合わせの為に呼んでいたのだ。
ルイリーン陛下も彼女の隣に立っていた。
二人は従兄弟同士なだけあって、とてもよく似ている。
どちらも中身は凶暴なのだが。
陛下もアルファーディ様もモノ好きだなと思う。
いや、とてもすごい女性達ではあるのだけれど、普通の男性には御し難い。
彼等だから、あのじゃじゃ馬達を乗りこなせるのかもしれない。
「ルーラ様、戴冠式でお願いしたい事があるんですが」
「なあに?」
「風鏡に王の姿を映して冠を授ける役目、それを『風の乙女』としてお願いします」
「ええ?それってかなり重要な役なんじゃない?」
「そうですよ。それがないと戴冠式になりません」
「やだ、リューンやってよ」
「僕は風鏡が使えません。そのくらい手伝ってください。それともルーラ様、僕と一緒にずっと神官やりますか?」
神官候補者がいなくて困っているんです、と告げると、ルーラ様は震え上がって、
「わかったわよ。やるから勘弁して!」
と引き受けてくれた。
よしよし。
精霊達がざわめいている。
彼女が来たことを喜んでいるようだ。
本当は彼女にずっとこの国にいて欲しいのだけど。
ついでに、神殿の仕事も一緒にやって欲しいのだけどな。
山盛りになった仕事を思い出して、僕は溜息をついた。
レンディルム陛下の顔を思い出す。
陛下に期待しよう。
次に彼女をこの国に呼び戻すのは、彼の仕事だ。
僕の将来の安寧の為にも、陛下には頑張ってもらわねばならない。
案外奥手で生真面目なあの陛下が、どれくらい迫れるか不安があるけど。
「ねえ、どう思う?」
精霊達に聞いてみたけど、彼等は楽しそうにくすくす笑っているだけだった。
「君達も彼女にいて欲しいなら陛下を手伝ってあげてよ」
そう言うと、精霊達は顔を見合わせて、僕に向かってオッケーのサインを見せてくれた。
ビスラの将来の王妃様は、しっかり捕まえておかないとね。
決して僕だけのためじゃないからね。
そう言い訳をして、僕はまた忙しく準備に戻った。




