23 風鏡4
神殿へと歩き出した私は、扉の前まで来て深呼吸をした。
白い大きな扉に手をかける。
一瞬のためらい。
そして、力を込めて一気に開いた。
「わあ…………」
神殿の中は神々しい光が満ちあふれている。
正面の祭壇の壁には、白銀の美しい草木をかたどった、大きな鏡の枠だけがある。
それは私の全身がすっぽり映って、なおかつ余るほど大きい。
一歩ずつ歩く。
私、知ってる。この鏡を。
だって、この鏡をくぐって跳んだんだもの。あの懐かしい世界へ。
私がこの世界に来た本当の理由がわかった。
今ならわかる。
教えられたルーンを唇にのせる。それは驚くほど滑らかにすべりでた。
『風の精霊よ。[北風]、[南風]、[東風]、そして[西風]よ』
ふわり、微風が私の指先に生まれる。
『風の主の名において、ルーラ=シェゾネ=フィーリアルが命ずる』
風は徐々に大きくなり、渦巻いて、私の服の長い裾をはためかせる。
薄い幾重にも重なったスカートは、ふんわり広がって花になる。
『我が命は風の主の命にして、我が言葉は彼の言葉。彼は全ての風の精霊王にして、偉大なる風の主』
ゴオッと凄まじい音を立てて、風が神殿内を駆けめぐった。
『全ての風は風の主に従い、その力捧げん』
綺麗だ。
光が風に宿り、小さな破片になって煌めいている。
『我が身に流るる紅き血は、風を護りし誓いをたてしもの。我が額の刻印は、風の加護せし者の証』
バサッと翼が開く。額が熱い。きっと刻印が出ている。
私は風音に負けぬよう、いっそう声を張り上げる。
『忘るるなかれ。遥か遠く、我等が無垢なる頃の事。我が翼は風の愛せし記憶のかけら。我等が風を愛せし契りの印』
爪先がゆっくりと地面から離れた。
うるさいほど唸っていた風の音も、もう聞こえない。
私は輝く風に包まれている。
綺麗、とても綺麗。
ああ、なんて清らかな光なんだろう。
『我は風に近しき者。我と風とを裂き得る者は無し』
私の腕に、脚に、身体に、風はくるくると戯れる。
そして優しく唇にふれる。
『風は自由なるもの。聡明なるもの。そして、凝り澱む魔を払うもの』
光の風が収束し始める。
一点に。私の額の刻印に。
『我の前に今一度辿る道を示し、風の主の愛せしこの国に加護を与えよ』
お願い、風よ、私たちのもとに戻って。
もう一度、この緑の国を愛して!
『我は此処にあり、君が導く灯火とならん』
ブワッと目の前が白く染まる。
私の中から、何かがほとばしり噴き出してゆく。
枠だけだった鏡が風を纏い、みるみるガラスのような硬質の表面を形作る。
風が宿ったんだ。
神殿に風が満ちる。
それはすぐに神殿を飲み込んで、空へ、幾条もの閃光となってこの国を覆う。
清涼で瑞々しい、これは緑の風。
風の精霊達が、弾けるような歓喜とともに還ってくる。
再び、この国に。
影が吹き払われてゆく。
禍々しい黒き闇が、散り散りになって消える。全て。
(好き)
チリン、と小さな鈴が鳴るような囁き。
(愛してる)
透き通る精霊の姿が見えた。
長い手足、まろやかな肢体。
女の人もいれば男の人もいる。
どの精霊も共通なのは、すごく綺麗なの。
人間じゃない、人間じゃありえない。
美しいの。とても素敵。
(ありがとう)
(ありがとう、人の乙女)
耳元に息を吹きかけられるよう。くすぐったい。
くすくす笑ってしまう。
もう大丈夫。
鏡の中に、荒れたはずの森が癒やされていくのが見える。
緑の新芽がみるみる開いてゆく。
下生えの草に小さな花が咲く。
そして、精霊達は壊れ物を扱うように、そうっと私をおろしてくれた。
ーーーー終わった。
いいえ、始まったのだ。
ゆっくりと、私は鏡に背を向ける。
神殿の入り口には、みんながそろって立っていた。
レンディルム陛下、リューン、アルファさんとルイリーン陛下も。
温かな瞳が私を迎えてくれる。
よくやったねって。
私はとびきりの笑顔でそれにこたえた。
評価をいれてくださった方ありがとうございます。
ブクマ、評価等で応援していただけたらとても嬉しいです!
あと少しで完結します。




