21 風鏡2
私が叫んだ時、突然前触れもなく黒い霧が火を噴いた。
ゴオッと音をたてて、瞬くうちに舐めるように火が霧を包んでゆく。
「これは………」
すごい!浄化の炎だ。
私は急いで駆け下りる。
炎の向こうから、聞き覚えのある声がした。
「レンディルム陛下、ルーラ様、無事でしたか」
アルファさん!
「ルーラ!助っ人に来たぞ」
ルイリーン陛下まで!
どうして彼等がいるの?イスターラヤーナからビスラまでは、少なくとも五日程度はかかるはず。
「間に合った!」
包帯だらけのリューンが駆け込んできた。
そうか、リューンが二人を呼んだんだ。
「貴女は来なくてよかったのに、どうしてついてくるんですか!」
アルファさんが渋い顔でルイリーン陛下を叱っている。
「息抜き息抜き。かたいことを言うなって」
「貴女は女王の自覚が足りないんです」
「今はそれどころじゃないだろう」
アルファさんは怒ったように口をつぐんで、ふいっと私を振り返った。
「ルーラ様、風を」
「はい」
私は叫ぶ。
「風よ!」
呼び込まれた風が丘に吹き荒れた。
炎は風に煽られていよいよ燃え盛る。
不思議なことに、この火は人々や大地をこがすことはない。
意志を持っているかのように、魔性の霧だけを燃やす。
たぶん、この火は精霊の炎なのだ。
オオン………
霧の化け物は最後に物悲しげに鳴いて燃え尽きた。
これで………終わり?
「まだです………」
リューンが神殿の方をじっと見つめながら呟く。
「何かいます。たぶん、さっきの瘴気の主………」
黒い神殿が震えている。その輪郭がぶれているように見えるのは、本当に気のせいだろうか。
「来ます!」
グワッと神殿から剥がれるように漆黒の影が飛び立った。
それは私達の前にどさりと着地し、唸りをあげる。
グルルルル………
闇の源!
蠢く闇。それは徐々に膨れ、何かの形をとろうとする。
「気を付けろ!そいつは九人の神官を喰っている」
レンディルム陛下が叫んだ。
「神官を?」
アルファさんの問いに頷く。
「こいつは親父が呼び出した奴だ!出てきて早々、払おうとした神官達を喰いやがった。こんなところに隠れていたのか」
ギリッと唇を噛む。
「まずいですね。神官を食べているとなると、精霊の呪が通じるかどうか」
そんな…………!
戸惑う私達をよそに、闇は次第にかたまり、本来の姿に戻り始める。
グォォォォォォン
地を震わせる咆哮。
完全に姿を現したそれは、巨大な獣に見えた。
まるで獅子のような。
闇色の体、闇色のたてがみ、そして、そこだけ色の違う血色の瞳。
その瞳がゆっくりと動いて、私達をとらえる。
ガルルルルル
明らかに敵と認めたらしい。威嚇の声をあげた。
ガオウッ
一声吠えて、四階建てのビルほどもある巨体が宙を飛ぶ。
「危ない!」
私達は慌てて走る。
アルファさんが逃げながら何かを唱えた。
ギャウッ
獣の顔を炎が襲う。
火の精霊の炎。
魔物は視界を奪われて怒りの声をあげた。
唸りながら左脚で顔の前の炎を叩く。
その一撃でアルファさんの呼んだ炎はあっさり吹き消された。
「やはり………」
「呑気に腕組んでんじゃない!何か倒す手はないのか!」
今ので怒り狂った魔物はますます激しく唸っている。
「精霊、何か方法を教えて」
私は空に向かって願う。
だけど、風は渦巻くばかりで答えを返してはくれない。
獣が前足を振り上げて、私達を潰そうとする。
「きゃあっ!」
地面のでこぼこに足を取られて転んだ。
「ルーラ!」
レンディルム陛下が駆け寄って来る。
「駄目っ、来ちゃ駄目!」
私の馬鹿ぁっ!
獣の足が私を潰す寸前、陛下の手が私を引き上げる。
ジャクッ
紙一重で魔物の爪が大地をえぐった。
「走れるか?」
こくりと頷く。
魔物は走り出す私達をギロリと見て、もう片方の脚を振り上げた。
払い飛ばそうとする魔物の脚を、巻き起こる風が刃となって襲い掛かる。
グワッ
ポタリ、獣の脚から血が滴った。
その隙に私達は走ってみんなの所へ戻る。
ガルルルルルル
獣は低い唸り声をあげている。
傷口をぺろりと舐めて、私達を睨んだ。
瞳の色が変わる。血の色がどす黒く染まる。
グォォォォォッ!
咆哮と共に、その口から黒い霧を吐き出した。
黒い霧は槍のように鋭く空を飛び、私達の側に突き立って消えた。
「げっ…………」
「こいつ、こんなことも出来るのか!」
地面が溶けている。
霧の矢が突き立った所は、まるで炉の中に突っ込んだ鉄のようにどろどろになっていた。
「あれにあたったら………」
「溶けていたでしょうねえ」
「のほほんと言うなっ」
「アルファはいつもこうだぞ。これでも焦っているんだ」
「話してないで逃げましょう!」
リューンが怒鳴った時、獣が私達に向かって再び霧を吐きかけた。
「わっわっ、逃げろっ!」
走り出す私達の背後に霧の槍が迫る。
アルファさんとリューンが同時に呪文を唱えた。
すると、魔物の下の地面が盛り上がって足を捕らえ、炎が背中を焼く。
一方で風がバリアのように立ちはだかり、襲って来る霧の槍を打ち砕いた。
けれど、完全に消すことはできず、かけらが周囲に飛び散る。
その一つがレンディルム陛下を襲った。
「陛下!」
嘘だ!




