14 黒き神殿2
最初はなんて事のない、ただの森に見えた。
少し薄暗いけど、木々が茂っているせいだし、天気も良かったので木漏れ日が美しく輝いていたくらいだった。
だけど、何かが違う。
しばらく進むうちに、そのなんとなく感じていた気味悪さがはっきりしてきた。
音がしない。
風が葉を揺らす音とか、小鳥のさえずりとか、そういう当たり前の音が聞こえない。
まるで死の世界。
緑の葉を茂らせていた木々は徐々に生気を失い、ついには立ち枯れた木々ばかりが目につくようになった。
「これも魔物の仕業?」
彼は小さく頷いた。
ひどい光景だ。生き物の気配が全くしない。
普通なら荒れた森でも、虫や小さな生き物の気配がしているものなのに、この森は違った。
動くものの音がない。生きた匂いがしない。
ここで野宿出来ない理由がわかる。
きっと、一晩明ければ私達もこの森に飲み込まれてしまうんだ。
「夜のこの森は魔物で溢れかえるといいます。草木は瘴気に毒されて枯れてしまいました」
隣を進む騎士の一人が説明してくれる。
誰かと思えば、水浴びを覗きにきた人じゃないの。
私がそう言うと、彼は恥ずかしそうに頭をかいた。
「その節はどうも申し訳ありませんでした。つい出来心で………」
「もういいわ。えーっと」
誰だっけ。名前を聞いたはずなんだけど。
「オーティスです」
ああ、そうそう。
オーティスさんは陛下に断るようにペコっと軽く頭を下げる。
「少し前までは獣達も多く、美しい森でした。猟師や木こり達の小屋もあったのですが、今では彼等もこの森に踏み込むことはありません。時折旅人が、日の高いうちに通り過ぎる程度です」
「そう………」
過ぎる木々を見上げる。
幹の太い立派な木。山毛欅、楢、名前も知らない木。それらが倒れもせず、火事にあったみたいに黒く枯れている。
「かわいそう………」
私の呟きに、陛下が頭をぽんぽんと叩く。まるっきり子供扱いだったけど、腹は立たなかった。
こんなふうに傷跡を見るたびに、自分の甘さを思い知る。
たしかに私は子供なのだ。恵まれていたから、平和の中でぬくぬくと育ってきたからなあ。
「ルーラ様は異世界でお育ちになられたということでしたが、どのようなところだったのですか?」
んー、ちょっとちょっと。
「そのルーラ様っていうの、もうやめてくれる?」
「でも………」
でももなにもない。むちゃくちゃ恥ずかしいんだわよ。
オーティスさんはちらちらと陛下を見る。
「いいのだろう。ルーラがそう言っていることだし」
さらっと答えた。
「しかし風の乙女を呼び捨てになど………」
「あのね、私の国では身分制度はなくて、みんな対等なの。ていうか、オーティスさんの方が年上だから、私の方が敬語を使う方なの」
「はあ」
もう、わかってんのかどうかわからない返事。
「ほう、お前の国では王がいないのか」
私たちの会話を聞いていた陛下が興味を持ったようだ。
「昔は天皇って言って、王様みたいな人がおさめていたんだけど、今は国民が自分たちの中から代表を選んで、その人達が政治を行なっているんだ」
「では王は何をしているんだ?殺されたのか?」
「ううん、ちゃんといて国の象徴として守られているの」
「なんだか楽そうだな」
その言葉が心底そう思っているように聞こえて、私は吹き出した。
「外交とか色々政務はあるから忙しいんだよ」
そう付け加えたけれど、陛下はブツブツ呟いている。
「そうか、合議制を取り入れてみるか。ヒトに不平を言うばかりの奴等に責任を与えてやれば、少しは楽になるかも」
「…………」
やっぱりこの王様は変だ。
私の視線に気づいて、彼はうっすら赤くなってごまかした。
「ほ、ほら、あと少しで森を抜けるぞ」
はいはい、聞かなかったことにします。
「あそこが森の終わり?」
ちょうどひときわ大きな黒い木が、両脇にそびえているところから森が途切れている。
「そうだ」
その出口が近づくにつれ、私は驚きの声をあげずにはいられなかった。
「うっわー」
森の出口の外は、広大な平野が広がっていた。
広々とした農園が左右にどこまでも続く。緑の草原に羊が放牧されている。いくつもの丘のうねりの遥か遠くに青く山脈が見えた。
そして、私達の正面に見えるのは、ビスラの王都。
街をぐるり囲む外壁の中に、大小さまざまな建物がたっている。
どれもベージュ色の石造りの壁に、オレンジ色の屋根をしたよく似た家ばかりだ。
それらが横たわる中央にさらに高い城壁があって、その中に巨大な城がそびえていた。
何に驚いたって、その大きさだ。
いったいどこまで続いているのってくらい延々家が連なっている。
街のはずなのに、丘や小さな森まであって、あの胡麻粒みたいに見えるのは牛か羊だろう。
街の中央を横切るようにして大きな川も流れていた。
「すごい…………」
「驚いたか?」
「うん」
農園を真っ直ぐ横切って、街の入り口にたどり着く。
そこで役人に通行書のようなものを見せて中に入った。
入ったら入ったでまたびっくり。
道は綺麗に石で舗装され、両脇には露天のお店がいっぱい並んでいる。
けれどちっとも狭くない。道幅がとても広いから。
それでも馬で進むのには注意が必要なほど人が多い。
家はこれまでの街で見たのは二階建て程度だったけど、ここでは三階四階は当たり前。窓辺には色とりどりの花が飾られている。
それでも遠くに見えるお城に比べたら、おもちゃみたいに小さく見えた。
「こら、きょろきょろするな」
陛下が私の頭をつかんで前を向かせる。
「だって珍しいんだもん」
威勢のいい客引きの声が飛び交い、人々が笑いながら歩いている。
露天には色とりどりの果物や野菜が広げられ、新鮮な肉や魚、生きたままの鳥、食べ物ばかりでなくつるで編んだ篭や食器、果ては美しい布や装飾品が並んでいる。
魔物に襲われているなんて、微塵も感じさせない賑やかさだった。
「しまったな。今日は市が立つ日だったか。せっかく早く着いたと思ったのに」
陛下が疲れたように呟く。
「市の日?」
「ああ、この調子ではいつまでたっても城につかん」
確かに馬はトコトコどころか、ポックリポックリとしか進んでいない。
私は街の様子をゆっくり見れて嬉しいんだけどね。
「少々遠回りでも南門から入るんだった」
陛下の嘆きも当たり前で、私達は人ごみに進路を阻まれて、目の前の城に辿り着いたのは、もう日も暮れようかという頃だった。
城についた私達はそのまま王宮まで馬で行き、そこでオーティスさん達と別れた。
彼等は自分の部屋のある兵舎へ戻るんだそうだ。
兵舎といっても家族達も一緒に暮らす居住区と、完全に兵士専用の建物とかあってこれまた広い。
厩舎も兵舎の近くにあるということで、私達の乗ってきた馬も一緒にひいていった。
王宮に入るとそこにはたくさんの人がずらーっと並んで待っていた。
ひえー、緊張しちゃう!
びびって隣を見ると、陛下もリューンも平然としている。
あうっ、私だけ庶民………
陛下は出迎える女官達に私たちの世話を頼むと、自身はゼリーネ王太后に帰城の挨拶に行った。
そのすらりとした後ろ姿を見送りながら、ふと私の頭に一つの疑問が浮かぶ。
「ねえ、リューン、レンディルム陛下ってお妃様はいないの?」
見たところ歳はアルファさんと同じか少し上に見えるから、いても不思議ではないと思うんだけど。
「陛下は独身です。婚約者もいらっしゃいません。もともと第四王子だったので、急がれる理由がなかったので」
「でも今は王様でしょう?いないと困るんじゃない?」
「はあ、そうなのですが、陛下は自分は仮の王に過ぎないから子供は特に必要ないし、第一国を元に戻してからでないとそんなことは考えられないとおっしゃられて………一時話に上がっていた方はいらっしゃったのですが」
ドキン
「誰?」
「ルイリーン陛下です」
ええっ、ルイリーン陛下?嘘!
「でもルイリーン陛下には………」
リューンはこくりと頷く。
「はい、アルファーディ様が。かなり揉めたのですが、結局断られてしまって。もしかしたらそれを引きずっているのかもしれません」
ルイリーン陛下………綺麗な綺麗な女の子。
あんな美少女なら恋せずにはいられないだろう。
それに彼女はとっても気さくで性格もいい。
私が男の子だったら、きっと好きになっていた。
私じゃとても敵わない。
所詮私は一般人。身分違いは重々承知だ。
ああ、初恋よさようなら。
なんとも早い結末だ。
一抹の寂しさは残るけど、あんまりショックはなかった。
「…………」
ふと疑問。
これって本当に恋?
めっちゃ淡白な終わり方をしたこれが?
ちょっと待て、これでいいのか?
恋っていうのはもっとドキドキして、切なくて眠れなくて、振られたら一晩中泣き明かしても諦めきれないっていうようなのじゃなかったのか?
那智に聞いたところによると、恋するとひたすら相手を見ていたい、もっと知りたい、独り占めしたいと思うらしい。
確かに、知りたいとは思う。
だけど、敬愛や友情だって相手を知りたいと思うし。
ただの憧れだったのかな。
好きになってくれなくてもいい。
でも、彼が守りたいというこの国を救う、その役に立てたら………とは思う。
この想いは違うんだろうか。
これは恋ではないのだろうか。
言いようのないもやもやが胸いっぱいに溢れていた。
「失礼します。お部屋にご案内いたします」
綺麗な侍女さんが私達を連れて、やたら長い廊下を進む。
明日は神殿に行く。
もしかしたら、一つの区切りがつくかもしれない。




