13 黒き神殿1
あれからレンディルム陛下と別れて一人部屋に戻ったものの、なかなか寝付けなかった。
久しぶりに屋根のあるところで寝たのもあるかもしれない。
だけど、なんとなく胸が苦しくて。
やっとうとうとしたかという頃、夢を見た。
彼が私に手を差し伸べて微笑んでいる。
背後には真っ白なお城がそびえていて、遠くには緑の森が広がっている。
夢だから風景はぼんやりしていて、周りを見ても記憶がポロポロこぼれおちるように忘れてしまうんだけど、平和でとても美しいところって認識がある。
もしかしたら魔物を追い払った後のビスラなのかもしれない。
そして、彼が私の手を引いてお城へといざなう。
白い大理石でつくられた荘厳華麗な宮殿。
滅多に見せない綺麗な優しい笑顔。
いつしか大広間についていた。
すると彼は立ち止まり、騎士のように優雅にうやうやしく身をかがめ、私の手の甲にキスしようとした。
と、そこで目が覚めた。
ベッドの上で、私はしばらく顔を覆ったまま座っていた。
うーん、弱った。これはかなりヤバい。
夢だというのに心臓がばくばくいっている。本気で本気なのか。
ようやく踊り狂う脈をなだめると、窓の外はもう明るい。
「よっ」
気合を入れて立ち上がる。
もうみんな起きているはず。
着替えて下へ降りていくと、私が一番最後だった。
「おはようございまーす。起こしてくれたらよかったのに」
一番に出迎えてくれたのは、リューンの爽やかな笑顔。
「いいえ、みんなさっき降りて来たところですよ」
リューンの返事にみんなも頷いている。
「ベッドの寝心地が良すぎて」
「そうそう」
「獣に襲われる心配もないし」
おや、寝ぼけ眼が約一名。
「ほれ、起きろよ」
「ソールの奴、昨日一晩中、宿の女の子達口説いてたんだぜ」
「それで寝不足なのか?」
「いいや、一人残らず振られてやけ酒さ」
「うるせえ、陛下の前で余計なことをしゃべるな」
くすくす笑ってしまう。
ふと、陛下と目があって、なんとなく赤面してしまった。
今朝の夢を思い出してしまって。
肘をついてあごを乗せていた彼は、顔を上げて私を見つめる。
「どうした?」
「えっ、な、なに?」
焦って頬を押さえた。顔が赤いのがバレたのか?
「目が赤い。寝不足か?」
ああ、目ね。
「少しだけそうかも。でも大丈夫」
「そうか」
素っ気ない返事だったけれど、心配してくれていることがわかって嬉しかった。
今まで気づいていなかったけど、彼はこうやっていつもみんなに気を配っている。
全員の様子をそれとなく確認して、体調とかにも注意しているんだ。
嫌な奴だと思っていたから、全然気づかなかった。
こいうのに気づくと、誤解してて悪かったなと思う。
宿のおじさんが朝食を運んできて、私達はひとまず空腹を満たすことにした。
メニューは豆と香草のスープ、ハムとソーセージ、ジャガイモの煮たのとピザのように平たいパン。種類はそこそこだけど、どれもちょっとずつ。
野宿の時はともかく、なんだか食卓が寂しい。
パンなんて、バターロール大のが一個だよ。
朝の苦手な私には十分だけど、男の人達には少ないんじゃないかな。
リューンにこっそり聞くと、こんなものなんだそうだ。
大抵の家庭では、朝はこのパンひとつだけというのも珍しくないらしい。
王様の朝食にしては質素だけれど、陛下は黙々と食べている。
剣を吊っている他は普通の旅人の衣装、普通の態度。
知らない人が見たら、誰も王様だなんて思わないだろうな。
食事を終えて、私達はすぐに出発することになった。
この街と都の間には森が横たわっている。
それを抜けるともう都なのだそうだ。
ビスラの国土は西半分が砂漠と岩山がほとんどで、都は緑豊かな東側にある。
作物が採れるのはこの東側だけなのだけど、西の岩山では金と宝石が採れるため、貿易で豊かだったのだという。
けれど、魔物の進出により西は人が行ける状態でなくなってしまい、非常に苦しい状況らしい。
なんだか聞けば聞くほど気の毒なことになっている。
「街を出てからはずっと例の森が続く。あの中で野宿は避けたい。急げば日が落ちる前には城に着けるだろう」
「例のって、その森がどうかしたの?何かあるの?」
陛下も騎士達もやや緊張した面持ちをしている。
そんなに危険な何かがあるんだろうか。
レンディルム陛下が苦笑いする。
「おびえなくていい。魔物の結界が多いんで、少し注意がいるところなのだ。昼間は大丈夫だが、魔物の活性化する夜はとどまるべきではないのでな」
「なんだか危なそうだけど、どんなところ?」
「ま、行けばわかる」
「いざという時は私達がお守り致しますから安心してください」
騎士達が胸を叩く。
「ん………ありがと」
いつのまにか彼等は私を風の乙女だと認めてくれているようだった。
最初の神懸かり的なイメージは捨てたみたいで、腫れ物に触るようびくびくした態度がなくなった。
こういう時にも、ごく自然に守ってくれる。
救国の乙女というより、共に力を合わせる仲間として認めてくれたのかもしれない。
宿を出るとき、陛下はすっぽりとフードを被った。
「都に近づくと顔を知っている者がいないとは言えぬからな」
「やっぱりバレるとダメなの?」
命を狙われるとか………
不安気に聞こえたらしい。彼は安心させるように笑って見せた。
「王は城にいるものだからな。外をふらついているのを見られると、後がうるさいのだ」
なるほど納得。王様ってこういうものなのかと思ったら、やっぱり変なんだ。
「ルーラ様、こちらへ」
馬を引いて来たリューンが手招きする。
と、陛下がそれをとどめた。
「ずっと二人乗りで馬も疲れているだろう。ルーラは俺の馬に乗せる」
なっ、なぬ?
たじろぐ私に、先に馬上の人となった陛下が手を差し出す。
「…………」
「まだ、嫌か?」
ちっ、違うんだけど、うーっ、いいや、乗っちゃえ!
掴んだ彼の手は力強く、思った以上に軽々と私の身体を引き上げた。
彼は私を前に乗せ、腕の中に抱えるように手綱をとった。
………この密着状態は体に悪いかも。心臓ばくばくだよ。
照れ隠しに話題を探す。
「お城の人には黙って来たの?」
「いいや、母上と主な臣下たちには話して来た。他の者には俺は怪我で伏せっていることになっているが」
「どうしてわざわざ自分で来たの?この人達に任せたら良かったのに」
そう聞くと、彼は私をちろりと見た。
「風の乙女の品定めと、お前が途中で逃げたりしないためにだ」
「むっ、ひどい」
「現に帰ろうとしたではないか」
そりゃあそうだけど………
「でも、魔物に襲われるかもしれないって旅なんだから、普通はおとなしく待っているものなんじゃない?」
「危険だからこそ臣下だけに行かせるわけにはいかぬ」
「そりゃあ立派な心がけだけど、貴方が死んだら王様がいなくなっちゃう。人の上に立ってるんだから、無責任なことをしちゃあだめなんじゃないの?」
そう言うと、彼は目を丸くした。
「お前の口からそんな台詞が出てくるとは思わなかったな。てっきり王なんぞ威張り散らして他人をこき使ってばかりだと非難されるだろうと思っていたが」
「失礼な。私にだって、貴方がお飾りの王様じゃないってことくらいわかるわよ」
確かにレンディルム陛下は優秀な王様のようだ。
傾きかけたこの国を支えているのだから。
リューンとの会話を洩れ聞いていても、彼が政治を取りまとめていることは間違いない。
いま、この人がいなくなったら、代わりに采配をふるえるひとはそうそういないんではないだろうか。
陛下はクスリと笑った。
「まあ、そういうこともわかっているつもりだ。だが、今回はただの旅ではない。最後の希望だからな。国がなくなって王だけいても仕方なかろう」
「…………」
「それに俺には風の精霊が触れないように、魔物の力も効きにくい。魔物の結界の中には人を迷わせるものもある。リューンも精霊の力が封じられているビスラ国内では、簡単な術しか使えない。俺なら幻覚に惑わされることもなく無事に着けるからな」
「どうして?」
「血だ。精霊王達の血は各国の王族になにかしらの能力を残している。大地の王は眠りの歌、火の伯は遠見の瞳、水の女王は不死の血を。風の主の血脈は遮断の力。いずれも魔物にしか意味を持たないし、力の強い魔物にはどの程度通用するかわからない。だが、この力ゆえに父は魔物と対等に取り引きできたのだし、策略無くして魔物が兄の身体を乗っ取ることは出来なかった」
「…………」
口ごもる私に、囁くように言う。
「さあ、森へ入るぞ」
陛下の言うとおり、坂道を上り詰めた前方に深い森が広がっていた。




