12 初恋3
簒奪者って………?
「嘘」
私の呟きに、彼はゆっくりと首を振る。
「本当だ。俺は父と兄を殺した。そしてまだ正式な王位継承式をしていない。風鏡がないと出来ないのだ」
アルファさんに聞いたことを思い出した。ビスラの王子が王を倒したって。
それは王様のことだったの?
考えてみれば当たり前だ。
でも、今の今まで思い出しもしなかった。
「そもそも、今の状況は俺が引き起こしたのだ。俺の父は神官の長であるお前の父親を殺し、その血を魔物に捧げた。そして自らの不死と永遠の支配者となることを願ったのだ。その代償として、七日に一人の生贄の命を捧げることを誓った」
七日に一人………
きっと罪もない人が殺されていったんだ。
「止められなかったの?お父さんを」
「当然俺たちは反対した。だが、王太子だった長兄は父王に逆らって殺された。次兄は父の策略によって魔物に精神を喰われて操り人形と化し、すぐ上の兄も父を殺そうとして魔物に引き裂かれた」
「自分の子供達を!実の親なんでしょう?」
王様は皮肉な形に唇を歪めた。
「だから、狂っていたのだ」
暗く、哀しい瞳。
「俺は父と兄を殺し、魔物との契約を破った。だが、一度結ばれたそれは契約者を失って暴走し始めた。国には魔物が徘徊するようになり、精霊の加護を失った大地は代わりに魔物の結界に覆われてしまった」
七日に一度の生贄と、国全体の危険。秤にかけることはできないけれど、悩んだに違いない。
「だが、後悔はしていない。父は許されぬことをした。魔物と契約を結ぶなど」
「ねえ、お父さんはどうして魔物と契約したの?」
不思議だ。きっと国がボロボロになることがわかっていたはずなのに。
「愚かな欲だ。父は王の資格を失ったのだ。ある時ルジェンが父に言った。風鏡が王の姿をうつさなくなったと」
「鏡?」
不思議そうな私に、彼は丁寧に教えてくれる。
「王にふさわしいかどうかは鏡が教える。王が王たる資格を失った時、鏡は王の姿を映さなくなる。鏡は神官の長しか操れないらしいが、長は鏡に次王の姿が映ったことを知らせて、それで王の交代が決まる。一種の儀式だが、王位継承式はそれがないと行えない」
「じゃあ、ビスラは次の王様は王子がなるって決まっていないの?」
「うむ、今までの歴史では、王族の交代はなかった。例外はあるが、王子の中から、それも大抵第一王子が選ばれている。うちの家系は『風の王』と呼ばれる精霊王の血をひいているからな。風を従える気質なんだろう」
「精霊王の血を引くって、あなた精霊の血が混ざっているの?」
「精霊王は精霊ではない。が、人というわけでもない」
人でも精霊でもない、それって………
「神か魔物?」
王様はふん?と言って片眉を上げた。
「鋭いな。一説ではビスラは風の神だとも言われている。それが神官が『神官』と呼ばれるゆえんだともな。確かに精霊を祀るものに神官の名はふさわしからぬが」
「神様」
なんともグレイトな御血筋で………
「ワルファラーンではどこの王家もそうだぞ。イスターラヤーナも『水の女王』の血をひいているはずだ」
ルイリーン陛下も?
「でも、もし神官が悪い人だったら、王様をお金とかで違う人にしちゃったりしない?」
「それは無理だな。長は王が誰かを知り得る唯一の者だが、そのかわり偽れば風が彼に背くのですぐわかる。過去に選ばれぬ者が王になろうとしたことがあったが、継承式で精霊達が暴れて式は行えなかった。王を決めるのはあくまでも精霊だ。違う者が王になったとしても、精霊の加護は得られないだろう。今はリューンも国民も納得ずくで俺が王位についているが、風が避けるところを見ると、本当の王は他にいるのだろうな。長は次の王を告げぬまま殺されたためわからぬが」
だとしたら………
「もし………もしもの話だけど、風鏡が元に戻って魔物も追い払えたとして、鏡が別の人を王様だって言ったらどうするの?譲っちゃうの?」
すると彼はやわらかに微笑んだ。
「ああ、喜んで譲る。鏡が選んだなら、その者が最も良い王なのだろう。俺のように風の加護を持たぬ王など、いない方が良いのだ」
迷いのない言葉。
「それでいいの?」
「ん?」
「本当にいいの?だってこの国のためにお父さんやお兄さんを殺したのでしょう?今も平和を取り戻そうと頑張っているのに、そんなのってない」
誰よりも国のことを思って、肉親を自分の手で殺して、とてもとても傷ついて………それでも元の国を取り戻そうと必死で頑張っているのに、そんなのひどいよ。
王様は驚いたように私を見ていた。
そしてそれから、優しい、本当に優しい笑みを浮かべた。
「言っただろう?俺は本来王位につくべき者ではなかったのだと。俺が今の地位にあるのは、父がしでかしたことへの贖罪のためなのだ」
仮にも父親だから、子が償ってやらねばなるまい………と、小さくつぶやく。
「強いね」
私には潔癖すぎるようにも思える。けれど尊敬せずにいられない。どうしてこんな強い精神でいられるんだろう。
王様は私の言葉に軽く笑う。
「お前こそ強いな」
「私が?」
今度は私が驚く番だ。
「ああ、右も左もわからぬ世界に放り込まれて、命の危険もあるのに平然としているではないか」
ああ、そのことね。
「私は強くないよ。考えないようにしているんだ。考えると怖いから。みっともなく泣き喚きたくないもの」
そう、つらくなったらいつも、大丈夫大丈夫って自分に言い聞かせるの。負けないように。
「…………」
「そりゃあ、元の世界が懐かしいし帰りたいけど、そんなこと言ったらリューンが気を使うし、それにこっちに来た時から一人じゃないし。ルイリーン陛下とかみんな親切だったし、平気」
「そうか………」
安心したようにフッと微笑む。
「そう、でね、そう考えるとなかなか楽しいの。この世界って私の知らないものばかりでしょう?珍しくって、なんだか海外旅行に来たみたいでワクワクするんだ」
だって野宿なんて滅多に経験できないことじゃない?
すると王様は呆れたように言った。
「お前はどこまでも前向きなんだな」
「そうかな?」
「しかし疲れないか?」
「それはお互い様でしょ」
「はっ、そうだな」
横目で見上げた私に、彼はおかしそうに笑った。
初めて見る屈託のない笑顔はいつもより幼く見えた。
多分、これが彼の本来の年相応の顔なんだ。
不意にドキンとした。
「どうした?」
「ん、なんでもない」
動悸が止まらない。一体どうしたっていうんだろう。胸が痛い。
「そうか?顔が赤いぞ」
いつになく優しげな瞳で覗き込まれると、ますます頬が火照ってくる。
これはただの気の迷いだ。きっとそう。だって相手は国王様だもん。
おまけにこんな奴だし。
いやいや少しは見直したけどさ…………
違うよねーーー




