10 初恋1
あれから私たちは街を出て、国境の森の中を馬で進んだ。
国を繋ぐ街道といっても、街を遠ざかるとまるっきり山道だ。
舗装はされておらず坂道ばかりで、しかも岩や倒木ででこぼこ。
崖のすぐ横なんていう道もあって、熟練の騎士でも慎重に進んでゆく。
私はもちろん乗馬なんてやったことなかったので、リューンに後ろに乗せてもらっていた。
馬って結構お尻が痛くなるのね。腰痛になりそうよ。
リューンは時々何やら唱えて、その度に街道から脇道に入ったりした。
魔物がうろついているかもしれないから、気配を探って避けているんだそうだ。
それ以外は馬に揺られるだけで暇なんで、リューンにこの世界のことやルーンを教わった。
リューンに聞いたところによると、この世界は創世主アルカ=エルラによって創られたのだそうだ。
中央に大きな大陸があって、東南にそれより小さめの三大陸、西に大小様々な島群がある。
ワルファラーンはその島の中で最大のもので、私達が今いるビスラもそのなかにある。
そして、今ビスラを脅かしている魔物達は世界の果てから呼び出された魔王の下僕らしい。
下僕の中でも比較的低級のもので、バルクと呼ばれる巨鳥の他にも、人面の大蛇や布団ほどの羽を持つ毒蛾、尻尾に毒を持つ大鼠、鱗の生えた虎なんかがうようよしているという。
うーん、そんなのには逢いたくないな。
昼はそうやって旅をして、夜は野宿。
こっちの世界も夏だったことに感謝するわ。それでも結構冷えるんだもん。
焚き火を焚いて、少し離れた木の下で寝る。
流石の私もバテそうだ。
でも、文句は言わなかった。だって、みんな口には出さなかったけど、私をかばいながら進んでくれているのがわかるから。文句なんて言ってられない。
ただし、お風呂に入れないあまりの気持ち悪さに、川で水浴びしたいと駄々をこねたことはありますが………
それで、不埒にも覗きにきた数人を懲らしめましたが。
ま、そのくらいは許されるでしょう。
そして四日目の夕方、やっとビスラの街に着いたのだ。
はーっ、やっと今夜はふとんで眠れるんだ。
ゴツゴツした土の上と違って、夜中に背中が痛くて目が覚めるなんてこともないんだ。
虫に刺されて痒くなることもない。
周りを見ると、みんなも一様に嬉しそうな顔をしている。
今度の街は前の街より少し小さくて、魔物の被害にあったのか、数軒の家が潰れていた。
街の人もどこか疲れた様子に見えるのは、気のせいではないだろう。
そして、私たち一行は厩のある大きめの宿を選んで泊まることにした。
宿屋の看板は緑色。これはビスラも共通らしい。
壁に埋め込まれたそれには、私の全然知らない文字が並んでいる。
もちろん漢字じゃないし、アルファベットでもない。
「これ『宿屋』って書いてるの?」
「ええ、『宿屋ドリン』って書いてあるんですよ」
私にはミミズがのたくっているようにしか見えない。
「…………なにやってるんですか?」
入り口で腕組みしたまま首を傾げていた私に、リューンが変な顔をして尋ねた。
「うーん」
話すのには苦労しないんだけど、街の所々にある看板などは全然わからない。
あらためて実感したけど、字が読めないって不便だ。いちいち人に聞くのもなんだし。
「ねえ、リューン。文字が読めるようになるルーンってないの?」
「そんなものあるわけないでしょう。魔法じゃあるまいし」
「そっか、残念」
リューンならできるかと思ったんだけど甘かったか。
「僕の使える呪文は風の精霊をあやつるものであって、人を直接どうこうするものではありません。大陸にいるという魔術師なら出来るのかもしれませんが、僕等神官には無理ですよ」
「ふーん、私にはどれも同じ魔法みたいに思えるけど」
「神官が持つのは精霊と対話する力、魔法は世界の理を解く力。全くの別物です」
聞いてもよくわからん。
「どうかしたのですか?急にそんなことを言い出すなんて」
いや、ちょっと思いついただけなんだけど。文字が読めたらいいなって。
そういえば、
「ビスラとイスターラヤーナは同じ言葉なんだね」
「ワルファラーンではどこも同じ言葉ですよ。多少の方言はありますが」
「へえ、私の世界では国や人種ごとに言葉も違うの。だからとっても不便」
「こちらも大陸はまた違いますよ。大陸の文字は商業から独自に発達したもので、ルーンから派生した僕らの言葉とはちょっと違います。あちらではルーンは占術師や魔術師に守られた特別な言葉だったんですよね?」
隣にいた王様に確認するように尋ねる。
「ルーン自体もこっちとは少し異なっているらしいしな。あちらは神々の領域だ。ルーンの持つ力が強力で、制御が難しかったという」
なんだかよくわからないけどそうなんだ。
それから王様は私を見下ろして言った。
「文字を覚えたいなら教えてやろうか?」
「あんたが?」
「嫌そうだな」
「嫌にきまってるじゃない」
あっさりいうと、彼は返答に困ったように一瞬言葉を詰まらせた。
「お前………俺を嫌っていないか?」
「あったりまえじゃない。あんたなんか大っ嫌い」
思いっきりイーッってやってやる。
怒るかな、と思ったけど、意外にも反撃はなかった。
「そうか………」
とつぶやくように言って、哀しげな顔をした。
なんか、罪悪感………
ちくん、とどこかが痛くなった。




