1 旅立ち
その朝はいつもと違っていた。
目覚ましが鳴る前に目が覚めた。朝の弱い私にそんなことは滅多にない。
両親が昨日から旅行に行っていないから起こしてもらえない。その意識があるから目が覚めたのかも。
起き上がると背中が痛かった。また変な格好で寝たのだろうか?
なんとなく身体の後ろの方に障害物がある。
ベッドに何か置いて寝てしまったらしい。
それで寝づらかったのか。
目をこすりつつ、何があるのか背後をゴソゴソ探る手の指の先に何かが触れた。
「へ?」
背中を振り返ると黒い大きな何かがある。
なんだコレ?
「うそでしょ………」
いやいやいや、まだ夢の中か?
大きなコウモリの羽のようなモノが、なんと自分の背中から生えているのだ。
恐る恐る触ってみると、トカゲの皮膚のような手触り。
ガバッとベッドから飛び降りて、部屋のクローゼットの鏡に自分を写した。
「何これー!!!」
悪魔のような黒い翼が生えている。
気が遠くなりそうになりながら考える。
一体全体何が起こっているんだ?
昨日は普通に高校に行ったよね。
普通に家に帰って来た。
その後、夜に友達と遊んだ。
でも別にコスプレ衣装は借りて来てないぞ。
現に羽はいくら引っ張ってもとれない。
「これ、どうしたらいいの?」
人間ありえないことに出くわした時は、いつもの行動をとろうとするようだ。
とりあえず変な風にずり上がっていたパジャマを脱いで服を着る。
あ、無理だ。
下着はつけれるけど、シャツが着れない。
ダメだ。詰んだ。何もできない。
もう一回寝よう!
目が覚めたら消えてるかもしれない。
ぎゅっとタオルケットをつかんで頭からかぶった。
寝るんだ。まだ夢に違いない。
目をつむった私の鼻に、ふと緑の香りが入ってきた。
外の風の香り、それも山や森の自然の大地の香りだ。瑞々しさが違うから芳香剤じゃないぞ。
気がつけば、すぐ近くに人の気配がする。
サワリと衣ずれの音がした。
ここは私の部屋。なんでだ?ドア開いてないよね。
恐る恐る顔を上げた私の前に、白いフード付きマントを着た人が立っている。
いつの間に!?
ギョッとして起き上がり、ベッドの上で座る。
「誰?」
痴漢?変質者か?
それにしても変な格好だ。
ヤバくない?人んちに勝手に上がり込むなんて強盗か?
十七歳の身空で殺されたくない!
「お迎えにあがりました」
フードで顔のみえないその変質者は、私の前にうやうやしく跪く。
迎えって、私、迎えに来られる覚えはないし、それよりあんたなんか知らないんだけど。
そう言おうとして、何故か言葉が喉の奥に詰まって出てこなかった。
胸の奥がざわざわする。
何かが違う。いつもと違う。歯車が一つすり替えられたような、曖昧な違和感。
これは現実?それとも本当に夢?
「ちょっと待って。あなたは誰?」
「風の神官リューンといいます」
彼ははらりとフードをとった。
新品の銅貨色の髪、金色の瞳。彫刻のように整った顔立ち。明らかに日本人ではない、私より少し年下くらいの男の子。
女の子よりずっと綺麗で、どこか澄み切った泉のような雰囲気を持っている。
昨夜、友達と肝試しに行った。
そこで私は空飛ぶ白い幽霊を見た。その幽霊は猫のような金の目をしていた事を思い出す。
あれはこの少年だ。
私は本能的に悪人ではないと感じた。けれど、どこか不安をかき立てられる。
怖い。普通じゃない。
「どこへ行くって言うの?」
恐る恐る聞くと、彼は真剣な表情を浮かべてこちらへ手を差し伸べた。
「貴女の生まれた世界へ」
お姫様を迎えにきた妖精のような男の子。
馬鹿馬鹿しいくらいありえない事なのに、私は笑う事が出来なかった。
「いやっ!私は普通の人間よ」
「その背の翼は貴女が僕達の世界の者である証拠です。こちらの世界では翼のある人間などいないでしょう」
私は何も言えなくなった。
じゃあ、パパとママは?私の本当の親じゃないって事?
嘘!
そんな事ない、と言いかけて、私は言葉を飲み込んだ。
私、パパにもママにも似ていない。前におじさん達が言っていた。ママは子供が産めない身体だって。それは私が生まれる前からなの?
「僕と一緒に来てください。そして僕達を助けて下さい。鏡に風を戻すには、貴女の力が必要なのです」
「鏡?」
私の呟きに、彼は強く頷いた。
「そうです。さあ、もう時間がありません。行きましょう。道が開いているうちに」
何故だかわからないけれど、私は頭がボーッとして、いつのまにかふらふらと彼の手を取ってしまっていた。
私じゃない私の中の誰かが言う。行くのだと。
その途端、微かな風が吹いた。私の前髪がザワリと揺れる。
戻っておいで、そんな声が聞こえた気がする。
ーーーーそして異世界への扉が開かれた。
黒銀の……とはだいぶん雰囲気の違う物語ですが、
これはこれで気に入ってくれる人がいればいいなと思ってます。
一人称、書きづらいです。
応援してくださるとありがたいです。




