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クラスメイト達に「また来年」と挨拶して、クレイ達は箒に乗って空に舞い上がった。
クレイとメーラの箒は、ステアが保管してくれていた。授業で作るときいていたのだが、それは次の学期に持ち越しとなったのだ。
「相変わらず初めての試験は厳しいようねえ」
メイヤーが笑いながら言った。
メーラとクレイの話を聞き、自分の時もそうだったと教えてくれた。
「これは大昔から変わらないわ。きっと、この先も続いていくでしょうね」
「でも、なんか・・・ちゃんと読まなかった俺達も悪いとは思うけど、教えてくれたっていいじゃん!」
メーラが悔しそうに爪を噛む。
一番に頭を切り替えろと言ったメーラだが、やはり根に持っているようだ。
「大切なことなのだよ。これは」
タロルが静かな声でそう言った。
「将来必ず役に立つ。だから、その悔しさをちゃんと覚えておきなさい」
「・・・本当に?」
メーラが疑わしそうにそう聞いた。
タロルは自信満々に頷く。
「ああ、必ずだ。魔法学校に通ったことのある人に聞いて回っても良いぞ。大人になって、あの試験の厳しさの意味をわからない者はいない」
「ふうん、そっか・・・」
父親の言葉に、メーラの納得できなかった気持ちが、少しだけ収まったようだった。
クレイは、ステアを見る。
「師匠もですか?」
隣を飛ぶステアも、タロルのように頷く。
「ああ、私の人生においても、とても為になった。クレイもそのうちわかる。必ず」
「・・・ケビンもそう思う?」
「・・・そうだなあ・・・」
ケビンは、難しい顔でそう言った。
今、ケビンは初めての長距離飛行に集中しているところなのだ。ケビンがまたがっているのは箒ではなく剣で、しかも、後ろには茶太郎を乗っけている。
さっきから、ふらふらと危なっかしい。
「なんとなく、わかるぞ。その意味は。大切だとは、思う。茶太郎動くなよ!」
風に煽られそうになり、ケビンは慌てたように剣を握る手に力を込める。その後ろで茶太郎はのんきに欠伸している。
(そっか・・・それじゃあ、考えないと・・・)
クレイはため息をつく。
ステアもケビンも、メイヤーさんもタロルさんも、クレイとメーラの「失格」に怒ってはいない。それどころか、良い経験だと笑っている。そして、学校の先生と同じく、この「失敗」から学ぶべきことを簡単には教えてくれない。
この時、クレイはマーリークサークルに成績表がないことの意味が、少しだけわかった気がした。そんなものはあっても意味がないからだ。
成績を評価するより、何を学んだかが大切なのだ。
点数をつけるよりも、失敗し、それを乗り越えることが大切なのだ。
(・・・ということは、学校が来て欲しいと考える生徒って・・・)
その答えに手が届きそうな気がした。
まだ、ぼんやりとしているが、なんとなくわかる気がする。
今回の試験で、面接は受けることができた。
そこで聞かれたのは、たった二つだけ。
「この学校に来て、一番楽しかったこと、面白かったことはなんですか?」
「どんな魔法を学びたいですか?」
試験官はイゴー先生と、校長先生の二人だけだった。面接には時間設定はなく、どれだけ話しても良いといわれていたので、クレイは沢山話した。
魔界に来て驚いたこと、自分が魔界の知識をまるで知らなくて大変だったこと、友達が助けてくれたこと、沢山の魔法を勉強してい使えるようになりたいこと。
そして、二年生に進級したいこと。
「二年生になるにはどうしたらいいですか?」
クレイは質問した。
もしかしたら、答えてはくれないかもしれないと思ったが、校長先生はすんなりと答えてくれた。
「ここで勉強したいと心から望めば、進級できます」
校長先生のその言葉に、偽りはないように聞こえた。しかし、それでは、どうして進級試験に落ちる人がいるのだろう?
聞きたかったが、これには答えてくれない気がして、質問しなかった。
「師匠、スゴく頭が良い人だったのに、4年生に進級できなかった吸血鬼の先輩の事、知ってますか?」
クレイは、ステアに聞いてみた。
「ああ、知っているぞ。50年に一人の天才といわれた、マリアンヌ・ウィンストーリアムだな。彼女ほどの人がマーリークサークルを中退すると聞いて、私も驚いた」
「それは、どうしてですか?その人はマーリークサークルで勉強したかったのではないのですか?」
「うむ・・・本人はそのつもりだったようだが・・・本当は迷っていたらしいのだ」
「迷っていた?」
メーラが近づいてきた。
「そうだ。マリアンヌはとある研究機関から就職の誘いを受けていた。彼女はそこでの研究に興味を持っており、何度も研究施設へ見学に行っていたようだ。できることなら今すぐにでも就職したいと考えていた。しかし、彼女の両親と親族はマーリークサークルの卒業を望んだ。社会に出る前にしっかりと勉強すべきだと。マリアンヌも勉強は必要だと感じていたようで、進級試験を受けたのだが、面接の場で彼女はその迷いを校長先生に打ち明けたそうだ。そして、彼女は学校を中退して研究機関へと就職した。両親も親族も、彼女を誘ったマーリークサークルの卒業生も仰天したそうだが、彼女は楽しく働いているらしい」
「・・・・・・それじゃあ、中退は彼女の意思ですか?」
「そうだ。今は研究機関でも責任のある仕事をしている。その分野の研究において、彼女の名前を知らないものはいない」
クレイとメーラは驚きで、顔を見合わせる。
学校がマリアンヌを不合格にしたわけではなく、マリアンヌが中退すると決めたのだ。
「いくら彼女でも、思いきった選択をしたものだと思う。いくら才能があっても、マーリークサークルの中退生と卒業生では、社会の信用度が違うものだ。私がマリアンヌの先生であったら、あと二年勉強した方が良いと言うだろう。しかし、校長先生は違った。校長先生は彼女に休学を勧めたらしい。その間に研究機関で仕事をしてみて、就職か進学かを決めれば良いと助言したそうだ。学校にはいつでも戻ってこれるから、と」
「彼女が初めての試みだったわよね。休学して就職してみるってやり方は」
メイヤーさんがそう言った。
「そうでしたな。当時はかなり騒がれたものだ。彼女の両親と親族は、前例がないからと、それはそれは心配していたそうだ。」
「前例がないから何だ?やってみれば良いと、あっさり言いきった校長先生は素晴らしい。すぐに休学の規定も決めて、理事に承諾させた」
「おかげで勉強の幅が広がったのよ。休学して仕事をしてみるって良い経験になるもの。仕事が合わなくても、学校に戻れるっていうのは、学生にとっても助けになるしね」
「うむ。仕事は聞くのとやるのとではまるで違うからな。アルバイトともまた違ってくる。自分の想像と違うと知るのも、また勉強だ」
ステア達、大人達の話に、クレイはただただ驚いていた。
マーリークサークルはクレイが思っていた以上に、自由な場所であるようだ。
しかし、厳しい場所でもあるのだ。注意事項をちゃんと読まないと、試験すら受けられないほどに。
(俺は・・・俺は5年生まで進みたい。マーリークサークル卒業生になりたい。仕事を探すときに、それは有利に働くはずだ)
クレイがマーリークサークルに通う、一番大きな理由はそれだ。仕事が欲しい。自分でお金を稼げるようになりたい。
それが一番なのだ。
一番なのだが・・・
(マリアンヌさんみたいに、他の道も選べるかもしれない・・・絶対卒業って、コチコチに考えることは、無いのかな・・・)
4年生に進級しなかった、優秀な先輩の話を聞いて、クレイは肩のこわばりが解けたような気がした。
その時、箒ががくんと揺れた。
「わ!?」
「おっと!」
「何だ!?どうした!?」
クレイとメーラとケビンが慌てる。
急に箒を操るのが難しくなってきた。
「落ち着くのだ。そろそろ魔力が弱い土地に入る。しっかり魔法を使わないと落ちるぞ」
ステアにそう言われ、クレイ達は慌てて箒を握り直した。
茶太郎がタロルの箒に飛び移った。
「あ!お前!オレを見捨てる気か!」
ケビンが怒るが、茶太郎はにっこりと笑って(笑った顔で?)ケビンを見守っている。
「ほら、頑張れケビン。あと少しだぞ!」
ステアにそう言われ、前方を見ると、見慣れた山並みが見えてきた。
「あ!三角山!」
あの山を飛び越えれば、懐かしのパッパース村が現れる。
クレイは嬉しくなって、箒のスピードをあげた。
背中に背負ったリュックには、魔界のお土産がいっぱいつまっている。
友人達に話したいこともいっぱいだ。
「よし、クレイ、競争だ!」
そう言って、メーラがクレイの隣に並んだ。
入学前だったらメーラとスピード勝負などできなかったが、今は違う。
「よし!ゴールは公民館だ!」
「いいぞ!鐘にタッチした方が勝ち!」
クレイとメーラは笑いながら、三角山を越えた。
いつの間にか20万字を越えてしまっていたので、いったんここで終わりにします。
次回は第三編。
この小説はまだまだ続きます。ちょっとでも面白いと思ってくださる方、是非読んでください。ブックマークなんかしてくださると作者は喜びます。
次の編で、校長先生の謎、ケビンの魔法についてなど、伏線回収を考えています。あと、パッパース村の子供達についても書きます。クレイがどんどん成長していくところも書きます。書きたいことがありすぎて、長くなってしまいます。お付き合いいただけると幸いです。