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12月に入り、寒さが厳しくなった。
朝起きれば窓に霜がおりるようになり、ベッドから出るのがますます厳しくなる。夜寝る前に湯タンポを用意する生徒も増えた。冬の間はエーテ先生が、顔を洗うためのお湯を用意してくれるので、外の井戸に行かなくて済むのは助かった。
「ううう、寒い!」
最近、寮に寝泊まりするようになったジャムが、そう叫びながら談話室に飛び込んできた。暖炉の近くに来て、火に手をかざす。
「ちゃんと服着ろよ。ほら、ボタン留めて、シャツはズボンにいれる!」
「母ちゃんみたいなこと言うなよ、クレイ」
「服をちゃんと着れば、あったかくなるんだぞ。ズボンの裾を靴下にいれろよ。それだけでも全然違うんだ!」
「それ、ダサいよ!」
「ダサくて何が悪い!お洒落しても寒さは消えないんだぞ」
クレイは胸を張って主張する。
ダサくて嫌だと言っていた生徒も、クレイの言う通りにすると暖かくなることを知り、寮を出るまでは靴下にズボンの裾を入れるようになった。
ジャムやお洒落に厳しい女子達は断固としてやらない。
メーラはそんなクレイ達を見て「いや、お前ら魔法使えよ・・・」とあきれた声で言ってくる。
テストまであと三週間を切った。
勉強するにはコミュニティでは無理だと悟った一年生のほとんどが、寮生活を開始している。授業が終わると、部屋に籠ったり、談話室のテーブルに集まって呪文の練習をしたりと、みんな勉強に力を入れている。
クレイも同じだ。
呪文や杖の振り方は満点をとる自信がある。しかし、魔方陣の暗記や、実験器具の使い方、魔界の歴史はしっかり復習しておく必要がある。
そして、他の何よりも心配なのは、面接試験だ。未だに、どんな質問があるのかさっぱりわからない。
しかし、面接の練習をしてくれるサークルがあることが最近わかった。そのサークルの名前は『就活研究会』という。
文字通り、就活について研究するサークルで、大昔に就活に失敗した先輩が作り上げたものらしい。そこには、これまでのマーリークサークルの卒業生達の就職先の情報が集められているそうだ。そして、就職試験への対策について研究された資料があるらしい。
そのなかに、面接についての研究もあるという。
先日、そのサークルへ行き、模擬面接を体験させてもらった。
教えてもらったのは挨拶の仕方や、姿勢、身だしなみ、面接で実際に話しているときの視線の位置など、本当に基礎的なことばかりだったが、言われないと気づかないことばかりだったので、とても良かったと思っている。
面接官役をやってくれた4年生の先輩は、とても優しく教えてくれたが、やはり、試験の面接については何も教えてくれなかった。
しかし、ひとつだけヒントをくれた。
「面接官側になって考えてみることも大事だよ。就職だってそうだよ。会社側はどんな人を雇いたいと思う?君が社長だったらどんな人と一緒に仕事したい?」
そう言われて、寝耳に水以上に驚いた。
すごく大きなヒントを貰った気がした。
しかし、メーラやジャムやジャミン達と考えてみて、これといった答えはでなかった。
「進級試験の面接官になって考えろってことだろう?」
「どんな学生を進級させたい?」
「そりゃあ、優秀なやつだろう!」
「でも、全教科で一番の人でも、落ちたことがあるのよ。これ、本当なんだから!」
アカーリアの言葉に、ミケランジェロが頷く。
100年前の吸血鬼の学生の一人が進級できなかったという。その人は、50年に一人と呼ばれるほどの天才で、どの教科も先生からの評価は高く、3年生の頃、いろんな研究所から将来の仕事の誘いを受けていたほどの人だったという。その人は勉強だけでなく、とあるサークルを立ち上げ、その代表としてメンバーをまとめあげるというリーダーシップも発揮していた。
勉強面も、人格面もとても優れた人だったのだ。
しかし、4年生の進級試験で不合格となり、その人は学校を去った。
「その時の大騒ぎ話は今でも語り継がれてるぞ。その人の親も親戚も、ついでに当時の吸血鬼の長老まで校長室に怒鳴りこんでいったんだって」
メーラの話を聞いて、クレイは驚きで開いた口が塞がらなかった。
進級試験がそれほど厳しいものとなるとは、思っていなかった。勉強を頑張れば、なんとかなると思っていただけに、ショックだ。
「・・・その人はどうなったの?その後」
「ああ、何かの研究者になったって話しだけど、詳しくは知らない」
「そっか・・・」
3年生の時点で仕事の誘いがあった人だ。きっと、就職には問題なかったのだろう。
クレイはちょっとほっとした。
話しは戻り、「どんな学生を進級させたいか」について話し合った。
しかし、判断基準が成績ではないとすると、何を基準にしているのかさっぱりわからない。
「やっぱり、情報が足りないわね・・・」
「試験を待つしかないか・・・」
「まあ、次の試験は失敗してもいいやつだし」
ジャムが気楽そうに言う。
クレイも「そうだね」と頷いた。
イゴー先生も言っていた。失敗をして学んでいけばいいと。