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 11月は瞬く間にすぎた。

 冬が来て、日が落ちるのが早くなってきたせいもあるのだろうが、一日があっという間に過ぎる。

 冬は朝が辛い。

 あたたかい布団から外に出るには、ちょっとした気合いが必要だ。しかし、最近、それが楽になった。

 朝、頑張って部屋を出て談話室に行くと、エーテ先生が暖炉に火をいれてくれているからだ。しかも、早起きした生徒には、美味しいお茶を用意してくれる。

 そのお茶目当てに、最近寮で寝起きする一年生が増えた。

 暖炉の暖かさはじわじわと寮全体を暖めてくれるので、寝坊する生徒もあまりいない。

 クレイは習慣で早起きして、エーテ先生と一緒に、暖炉の前で朝のお茶を飲むのが日課になった。 エーテ先生とは沢山おしゃべりした。

 テストの事は教えてくれなかったが、エーテ先生の得意な魔法、苦手な魔法、学生時代の事、昔のマーリークサークルの様子・・・。

 クレイもパッパース村の事、ステアのこと、ケビンの事、友達の事、沢山の事を話した。

 そんな中、クレイは「後輩が欲しい」という気持ちを打ち明けてみた。

 「俺と同じ、魔界に慣れていない人間の学生です。俺も他の皆みたいにコミュニティを作りたい」

 エーテ先生はにっこりと微笑んで「わかるわ」と言ってくれた。

 でも、そのあと、少しだけ困った顔になった。 

 「同じ種族っていうのは、無意識に仲間だって思うのよね。安心できるし、繋がりを感じる」

 そう言うエーテ先生の表情は、困ったままだった。

 「・・・駄目ですか?」

 「駄目じゃないわ。でも、私たちだって先輩と後輩じゃない?」

 エーテ先生は、自らとクレイを交互に指差して、そう言った。

 「ここでだって、今だって、コミュニティは作れるわ」

 「・・・・・・」

 エーテ先生の言葉に、クレイは戸惑った。

 この学校には種族の数だけコミュニティがある。あぶれているのはクレイだけだ。

 メーラやジャムから、コミュニティでの話を聞くたびに、クレイは少しだけ寂しさを味わっていた。

 クレイも仲間がほしかった。同じ人間の仲間が。

 しかし、エーテ先生はそんな必要はあるのか?と視線で問いかけてくる。

 「コミュニティってね、実は私、あまり好きじゃないの。暮らしやすい場所に集まりたい、同じ種族でいたいって気持ちもわかるんだけど、同時に他の種族を切り離している気がして・・・。せっかく沢山のお友達と一緒に過ごせる場所にいるのに、って」

 エーテ先生はそう言って、ふとため息をつく。

 「今年からクレイ君がここに入ってきてくれて、私、コミュニティを一時閉鎖できないかしらって思っていたのよ。一人だけあぶれてしまうっていう状況は、良くないんじゃないかって思ったの」

 「え、そんな・・・」

 クレイは驚いた。

 確かに、疎外感を感じたことはあったが、コミュニティが無くなれば良いと思ったことはなかった。メーラもジャムも誘ってくれるし、行けばきっと歓迎してくれる。獣人のコミュニティだってそうだった。人間のクレイが来て、沢山の先輩達が歓迎してくれた。

 そんなクレイを見て、エーテ先生はにっこりと微笑んだ。

 「ええ、わかってる。私の考えすぎだったってことは、クレイ君を見ていたらわかったわ。コミュニティにも、大切な役割があるってこともわかっているの。慣れない環境で生活する生徒達が、安心できる場所を自分達で作ってきたんだもの。それをいきなり閉鎖にはできないって。でも、それでもって思っちゃうの」

 エーテ先生はそこでちょっと声をおとした。内緒話をするように、クレイに顔を近づける。

 「この美味しいお茶もね、生徒達をコミュニティから引っ張り出すための作戦なの」

 エーテ先生はイタズラっ子のような顔で笑った。

 「これはね、私の悩みなの。コミュニティなんて必要ないってくらい、くつろげる場所を作るのが私の目標」

 エーテ先生はそう言ってお茶を飲む。

 クレイはかなり戸惑っていた。コミュニティを羨ましいと思ったことはあっても、コミュニティがあることが問題だと思ったことはなかったのだ。

 同じ種族でかたまることも、自然なことだと思っていた。

 (でも、エーテ先生はそう思ってないんだ。俺が同じ人間の後輩を欲しいって思うのは、悪いことなんだろうか?・・・違う。悪くはない。先生はそういうことを言ってるんじゃない)

 クレイは自信を持って、そう判断した。

 エーテ先生が言いたいのは、種族が違っても仲良くできるってことだ。今のクレイとエーテ先生みたいに、悩みを打ち明け、話をして、仲良く過ごせるってことだ。

 (それができれば、コミュニティは必要ない?そうなのかな?)

 「悩ませちゃったかな?」

 気がつけばエーテ先生がクレイの顔をじっと見ていた。

 その顔は嬉しそうに笑っている。

 「もっと悩んで。お願い。私もずっと悩んでいるの。かれこれ30年」

 「・・・」

 「クレイ君が一緒に悩んで解決策を考えてくれると、嬉しい」

 もしかして、これはエーテ先生がクレイを試しているのだろうか?ちょっと前に聞いた釣り人の問題のように・・・

 そんなことを考えていたら、「そう言えばあの答えはわかった?」とエーテ先生が聞いてきた。

 「釣り人の問題ですか?」

 「そう。お腹をすかせて釣りを学んだ人が、その後の人生で何をしたでしょうか?」

 エーテ先生が目をキラキラさせて聞いてくる。

 「まだ、わからないです」

 「そっかー。でも、後輩が欲しくなったクレイ君ならすぐにわかるわよ」

 エーテ先生が自信をもって断言した。

 そう言われると、考えずにいられなくなり、クレイはその日、暇さえあれば考えた。

 (後輩・・・後輩ができたら、まずは小人の事を教えてあげなきゃ。アカキノコの胞子の事も。ベーベクラスで教えてもらう歌の大切さも・・・)

 釣り人の話に例えるなら、お腹をすかせて倒れていた人は後輩、釣りの仕方を教えたのはクレイということになるのだろうか?

 (でも、俺だったら魚を釣って食べさせてあげるけどなあ・・・)

 魚の釣り方を知らない子に、お腹がすいた状態で自分で魚を釣って食べろだなんて、冷たすぎないだろうか?

 しかし、ふと、昔の事を思い出した。 

 スラムでお腹をすかせていた頃のことだ。クレイ達と同じように道端で寝ている大人がいた。しかし、彼には金を稼ぐ手段があった。木彫り細工ができたのだ。近くの森へ行き、材料となる木材を集めて、幾種類かのナイフのようなもので木を彫り、動物の置物を作ったり、家に飾るお守りのようなものを作ったりしていた。彼はそれを、道端に並べて売っていた。観光客が時々、彼の作った木彫りのウサギやフクロウや鳥を見て、可愛いと言って買っていっていた。赤ちゃんを連れた家族が、お守りを買っていったこともあった。彼はそうやって稼いだお金で、食料を買ったり、時々、酒を飲んだりしていた。

 クレイは一度、彼に木彫りのやり方を尋ねたが、彼は教えてはくれなかった。

 (俺はあのとき、ご飯よりも彼の技術が欲しかった。あの人みたいに作れるようになれば、金を稼げるって思ったんだよな・・・)

 金を分けてくれとは思わなかった。(いや、分けてくれれば嬉しかったけど)それよりも、金を稼ぐ方法を教えて欲しかった。

 自分で生きる手段が欲しかったからだ。

 (釣り人もそうだったのかな?だからお腹がすいて困っている人を見て、釣り方を教えたのかな?)

 昔、釣り名人になる前、釣り方を知らずにお腹をすかせた事があったのかもしれない。

 そうだ。そういう人ならば、魚を釣ってあげるのではなく、魚の釣り方を教えるだろう。そうすれば、もう、お腹をすかせて困ることはなくなる。自分には魚を釣る技術があるという自信は、生きていける自信を持てる。

 行く先に不安しかないような、暗い気持ちを抱かずにすむ。

 (そうか・・・釣りの仕方を知っているってことは、それを他の人に教えてあげられるってことなんだ。自分が苦しんだ分、他の人の苦しみもわかるんだ。それを解決できる方法を知っているんだ)

 マーリークサークルの先生達も同じだ。だから、生徒達にいきなり手を貸したりしない。困ったことになった生徒達の事を影ながら見守り、質問されれば答え、危なければ助けてくれる。

 魔法使いになりたいのならば、魔界の森の危険に自分で対処できるようにならなければならない。

 先生達は生徒にそうなって欲しいんだ。だから、試すようなやり方をしたり、危険な植物をそのままにしていたりするのだ。その代わり、学校の地図のような、助けになるものをくれたり、ベーベクラスで大切な歌を教えたりするのだ。

 (俺も、先生達に習うべきなんだろうか?後輩ができても、できるだけ手助けせずに、見守る・・・)

 クレイは考えたが、絶対に無理な気がした。クレイよりも年下で、小さな子が入ってきた場合、危なっかしくて見守る自信がない。先生達のようにはできないだろう。

 (わかった・・・魚の釣り方を学んだ人は、その後の人生で釣りの先生になったんだ。お腹がすいて困っている人を見て、助けることができるようになったんだ。でも、先生になるってすごく難しいことなんじゃ・・・)

 魔界に慣れていない子供に、何が危険かを説明すること無く、一人で歩かせてみるように。

 お腹がすいて困っている人に、魚をあげるのではなく、釣竿を手渡すように。

 人を教え導くのは難しい。

 どこまで手を貸すか。

 どこまで見守るか。

 教える相手の力量がわからないと、それを判断できない。

 ステアだって、最初の頃、人間の事を知らず、クレイを餓死させかけた。

 クレイは悩んだ。

 その日はベッドに横になるまで、悩みに悩んだ。そして、ひとまず、結論を出した。

 (・・・俺は後輩が入ってきたら、俺の体験を話して聞かせよう。人間の世界とは違うんだってことだけは伝えよう。でも、怖がらせないように気を付けよう。慣れれば楽しいから・・・)

 クレイはそこで気づいた。

 アカキノコの胞子で倒れた頃は、外を歩く時、また何かあるんじゃないかとドキドキしていたが、今はもうそれがない。

 慣れたのだ。

 それは、友人達の手助けがあってこそだ。

 入学から3ヶ月。

 大変な日々だったが、あっという間だった。

 (うん。俺だって慣れたんだから、後輩だってすぐに慣れるさ)

 そう思うと、なんだか気が軽くなった。

 明日の朝、いつものように早起きをして、エーテ先生に答えがわかったと伝えよう。

 そう思い、クレイは目を閉じた。

 今日はさんざん悩んで、頭の中が疲れている。でも、結論を出したおかげで、ちょっとすっきりもしていた。

 なんだか良く眠れそうな気がする。


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