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試験の告知があってから、少しだけ学校の中がピリピリし始めた、気がする。
授業中に先生に質問する子が増えたし、授業が終わると談話室で今日の復習に精を出す人が増えた。談話室では特に呪文や杖をふる練習をする人が多くて、上手な人が先生がわりになって、みんな練習していた。
クレイもジャムや仲の良い子に先生役をお願いされて、ほとんど毎日つきあった。
「テストにはどの魔法がでると思う?」
「オレ、色を変える魔法なら満点とれる自信あるんだけどなあ」
「お姉ちゃん達、なにも教えてくれないのよ。テストについては話せないって言うの」
魚人のジャミンとサミアが口を尖らせてそう言った。彼女達は魚人の先輩達を捕まえて、テストの情報を聞き出そうとしたらしいのだが、テストについて教えることは禁止されているらしく、どの先輩も教えてはくれないらしい。
「吸血鬼の方は?」
ジャミンがメーラとアカーリアを見る。
「こっちも駄目。でも、健康管理はしておけよって言われた」
「私も。テスト当日に元気でいさえすればなんとかなるからって」
「・・・それ、私も言われた」
ジャミンが不満そうに口を尖らせる。
「せめて、面接でどんな質問があったかくらい教えてくれても良いのに・・・」
「そうよね、ペーパーテストはなんとかなるけど、面接がねえ・・・」
一年生達の心配の種は面接だった。
進級試験の肝は面接なのだ。いくらペーパーテストや実技試験が良くても、面接で問題があれば進級はできない、らしい。
これは、先輩達からの情報だった。
(コミュニティって、良いなあ・・・)
クレイは友人達の会話を聞きながら思った。
クレイには上級生の知り合いはいない。寮で顔見知りになった人は何人かいるけど、挨拶をする程度で気軽に話をする間柄ではない。
上級生が持っている情報は、すごく役に立つものなのだ。それぞれのコミュニティでは上級生が下級生の世話を焼いてくれると聞く。この学校の情報をいち早く手に入れられる場所なのだ。
(メーラもジャミンもジャムも、来て良いって言うけど・・・)
クレイは腕を組んで唸る。
吸血鬼のコミュニティは城の最上階の屋根裏なのだ。コウモリにでもなって飛ばないと、そこにはたどり着けない。魚人のは、言わずもがな。クレイにはまだ無理だ。獣人のコミュニティだけは、一度お邪魔したことがある。森へと向かう道の途中にある洞穴の中だった。しかし、岩場がごつごつした場所にあり、クレイはたどり着くだけでも大変だった。ジャム達獣人達は、そんな道をひょいひょいと駆け上がっていく。
人間で子供のクレイには、まだ、少し厳しい道のりだった。
(俺にもテストの話ができる先輩がいたらなあ・・・)
100年前までは、この学校にも人間の生徒がいたはずなのだ。寮母のエーテ先生も言っていた。たった一年間だったが、5人の人間の子供達がこの学校に入学し、クレイと同じ寮で生活をしていたと。
(その人達も苦労したんだろうな。テスト勉強とかしてたのかな?)
できることなら会って話をしてみたいと思う。
人間だからこそ、魔界での苦労について、わかりあえる気がする。
(でも、もう100年も前だ。亡くなってるよな・・・)
そう考えると、少し寂しかった。
しかし、ふと、思う。
(俺がここに入れたってことは、後輩も入れるってことだよね・・・)
そう思いついて、胸がドキドキした。
来年は無理かもしれない。
でも、二年後、三年後・・・。なんなら五年後でも良い。クレイのように、人間の魔法使い達とあまり接点のない子が、魔法を勉強したくてたまらない子が、マーリークサークルに入学できたら・・・
(それって、すごく嬉しい!)
クレイは思わず手を握りしめた。