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 パッパース村に帰ると、メーラはさっそく、父親のタロルの元へ向かった。

 傷を作って、自然治癒させる方法を試してみたいらしい。

 しかし、タロルの反応は芳しいものではなかった。

 怖い顔をますます険しくして、メイヤーとメーラの話に耳を傾けている。

 「あれ、怒ってんのか?」

 オレが隣にいたステアに聞くと、ステアは首を横に振った。

 「いいや。しかし、かなり悩んでいるな」

 そう言うステアも、タロルと同じく難しい顔をしている。

 「私達吸血鬼は、怪我や病気の回復を魔法に頼って来た。人間のように、自然に治るのを待つという事をしないんだ」

 「そうらしいな」

 「それで問題ないと思っていた。しかし、そのやり方を変えるとなると……どうなると思う?」

 「わからねえよ」

 「私にもわからない。タロルもおそらくわからない。何が起こるのか……もしかしたら、この前のクレイのように吐いたり、熱が出たりするかもしれない。傷をそのままにするという事は、体の内側に本来は入り込まない菌を入り込ませる可能性を高めるはずだ。そういう経験がほとんどない我々の体が、それに耐えられるのか、どうなのか……」

 「……ってことは、吸血鬼ってもしかして、魔法を使えなかったら、人間よりも弱いのか?」

 「私はそう思う。人間の体を勉強し始めてから、気づいた。人間は魔法の使い方はあまり知らないが、その代わりに体の機能がとても強いと思うのだ。怪我をしても、病気をしても、最終的には自分の体の力で治してしまう。吸血鬼はそうではない。完全に魔法頼りだ。我々の免疫機能はとても弱い、と思う」

 「へえ……意外なところに、吸血鬼の弱点があったな」

 「そうだな。魔法が使えなくなれば、我々はあっさり滅びるだろう。風邪をひくだけで死んでしまうかもしれない」

 ステアは淡々と言った。

 オレは、昔を思い出す。

 数年前、ステアと闘った時の思い出だ。

 オレのチームは五人。

 対してステアは一人だった。

 オレは何度もステアに剣をふるい、傷を作ったが、ステアは魔法で瞬く間に治していた。

 当時は、その魔力の力のすごさに、腹が立ちもしたが、それが無ければ今頃ステアは死んでいたのだ。

 それを考えると、少しだけ体が震えた。

 「なんだよ!母ちゃんだけずりーぞ!!」

 メーラが地団駄を踏んで、そう叫んだ。

 「俺もやる!平気だよ、傷くらい!」

 「駄目だ。お前は子供だ。こういう試みは、我々大人に任せるべきだ」

 タロルが、厳しい口調でメーラを説得している。

 どうやら、誰が怪我をしてみるかという話で、メーラは一番に除外されたらしい。

 「まずは、母さんがやってみて、どうなるか観察しよう。お前がやるのはそれからだ」

 「私達なら、何かあっても対処できるわ。あなたはまだ未熟だもの。わかって」

 タロルとメイヤーにそう言われ、メーラは悔しそうながらも、頷いた。

 「父さんは母さんが何かあった時のために、万全の態勢で備える。いいか、メイヤー、やるのは準備を終えてからだぞ。先走るなよ」

 「ええ。もちろんよ」

 メイヤーはやる気に満ちた顔で、そう答えた。




 ステアも加わり、メイヤー達は入念に準備をしていた。

 人間の医学書を読みこみ、ウォルバートン先生にも助言を賜りながら、怪我をした後に起こるであろうことをリストアップしていた。

 「怪我した部分に、すぐに瘡蓋ができればいいが、膿というものができる事もあるらしい」

 「そこが熱を持つと、全身に広がってしまい、体調が一気に悪くなる事も……」

 「怪我をする前に、体の調子は整えておこう。食事は済ませるのがいいだろう」

 「止める時期も考えておいた方が良いだろう。あまりに熱が続くようだったり、治りが遅い時は、実験を中止しよう」

 そんな事を話しあっていた。

 メーラもクレイも、吸血鬼の大人たちの話し合いを、真剣な顔つきで聞いていた。

 そして、決行の日が決まった。

 メイヤーは、前日に吸血を済ませ、たっぷりと睡眠をとり、ついでに良い香りの香油を垂らしたお風呂で身を清めてから、その日に臨んだ。

 メイヤーの部屋には、彼女の体に傷をつけるための銀のナイフと、吸血鬼用の沢山の種類の薬草が並べられている。

 (なんか……変な儀式でも執り行うみたいだ……)

 オレはそんなことを考えながら、ステアとタロルの顔を見る。

 メイヤーよりも、この二人の方が緊張していた。二人とも、いつも以上に顔色が悪い。

 「さあ、始めましょう!」

 メイヤーの張り切った声に、ステアとタロルは腹をくくったようだ。

 「よし、では……」

 タロルがそう言って、ナイフに手を伸ばした時、ふと、部屋の中が異様な空気に包まれたのがわかった。

 「?」

 魔法がかけられた空間に足を踏み込んだ時と、同じ感覚だと気づく。

 「これは……」

 「誰か来る」

 その場にいた吸血鬼全員とクレイが、一斉に同じ場所に目を向けた。

 日を遮るために、ひかれたカーテン。

 そのカーテンに、染みのような黒い点が現れた。その染みはどんどん大きくなり、その中から、ゆっくりと人が頭をのぞかせた。

 現れたのは、吸血鬼だった。

 金の巻き毛を、背中まで垂らした女性を先頭に、更に5人の吸血鬼が黒い穴から現れた。

 ステアとタロルとメイヤーは、一歩下がって、彼らにお辞儀した。

 それを見たメーラも同じようにお辞儀した。

 「お久しぶりです、マデア様」

 メイヤーが一歩前に出て、金の巻き毛の女性に挨拶した。

 「ああ、久しぶりだ、メイヤー。タロル、ステアも元気そうだな。メーラ、君の顔を見るのはいつぶりだろうな。それと……」

 マデアと呼ばれた女性の視線が、オレとクレイに突き刺さる。

 「人間か……」

 「私の弟子と、友人です」

 ステアがそう言うと、マデアは目を丸くする。

 「弟子と友人とな?ステア、お前という者がそうも簡単に罪を告白するとは……」

 罪という単語に引っ掛かりを覚えたが、マデアの口調は軽く、笑いさえ含んでいた。

 「七官のおひとりであるマデア様が、この場にいらしたという事は、既に私たちの所業はばれているのでしょう」

 ステアは落ち着いた口調でそう言った。

 「彼らは私たち家族にとっても、友人です。マデア様」

 メイヤーがにっこりと微笑んでそう言った。

 マデアはそれを聞いて、ますます笑みを深める。

 「まったく、お前たちは本当に似た者同士の師弟だな。禁止されている人間との交流をこうも綺麗に破るとは……困ったものだ」

 全然困っていないような顔で言い、髪をかき上げる。

 マデアがオレを見て、ふわりと微笑んだ。

 「そう、緊張しなくてもいいぞ、人間。私は同胞の友人と弟子を襲ったりはしない」

 「…………」

 オレはいつの間にか握りしめていた拳を、そっとほどく。手にも、背中にも汗をかいていた。

 マデアの外見は、人間で言えば20歳から30歳ほど。

 しかし、彼女の持つ空気というか、オーラというかからは、若さなど微塵も感じなかった。

 確実に年上。それも、オレを子ども扱いしても何ら不思議ではない存在。

 ステアとメイヤーが、これほど自然に畏まり、姿勢を正す相手だ。

 敵対したら、絶対に勝てない。

 彼女と目が合っただけで、オレはそう痛感した。

 マデアという吸血鬼は、吸血鬼の中でも地位の高い存在のようだ。  

マデアの目が、テーブルに用意された沢山の薬草と、銀のナイフを見る。

 「……とうとう、人間の魔法の基礎に気付いてしまったか」

 ため息とともにそう呟き、困ったように頭を掻いた。

 「それは……マデア様は既に知っていたという事ですか?」

 メイヤーが興奮した声を上げる。

 「まあな……」

 「やっぱり!ということは、深いところまで理解されているのでしょう?そうでないと、禁止になどしませんよね?」

 「……そこまでわかっているのに、まだ知りたがるか?」

 「ええ!当然ですわ。それが、研究者というものです」

 メイヤーは笑顔でそう言った。

 ステアとタロルも、若干興奮しているようだ。キラキラした目で、マデアを見ている。

 マデアはそんな彼らを困ったように見て、微笑んだ。

 「……では、講義といこうか」

 「はい♡」


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