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「さて、皆さん、入学から2ヶ月が過ぎました。そろそろ学校には慣れてきたと思いますが、どうですか?」
ミュゼ・イゴー先生がそう言って、教室を見回す。
クレイが近くの生徒達を見回すと、みんな笑顔を浮かべていた。
「はい、そのようですね。良いことです。最初は戸惑うことも多かったでしょう。今日から11月に入ります。そろそろ本格的に寒くなりますので、朝晩注意してくださいね。冬服を取り寄せたい人は早めにお家の人に連絡を取りましょう」
イゴー先生の言葉に、「あっ、そうだった!」と呟きが起きる。クレイは既に持ってきていたし、先日、師匠のステアが新しい冬服をいくつか持ってきてくれたおかげで、安心して冬を迎えられる。
獣人や鳥人の子供達の体も冬に向けて変化を迎えていた。ジャムの毛は入学当初に比べると、ふわふわで温かそうなものに生え変わろうとしている。換毛というそうだ。鳥人の子達の羽は空気をはらみ、ふわりと柔らかそうに膨らんでいる。
今朝の空気は少し冷たく感じた。これからどんどん寒くなっていくのだろう。
「今学期も残すところあと二ヶ月足らずになりました。つまり、試験まで、二ヶ月足らずです」
イゴー先生の言葉に、クレイは拳をぎゅっと握りしめる。お腹のなかが熱くなり、胸はドキドキし始める。
怖いのではない、楽しみなのだ。緊張もしている。
「他の先生から聞いているかもしれませんが、学年主任の私からも説明します。試験は冬休み前です。日程表は既に配っていますので、皆さん、間違いの無いように確認しておきましょう。試験の日にち、時間、教室の場所を間違えてしまっても、再試験はやりません。やりなおしはききませんからね」
教室中が静まり返ってイゴー先生の言葉を聞いている。これは、とても大切な話なのだ。
「この学校では通知表のようなものはつけません。ご家族に向けて、皆さんが学校でどのように過ごしていたかをお知らせするお手紙は書きますが、成績を伝えることはありませんし、それを点数化することもありません。たとえ、試験の成績が悪くとも、追試や罰はありません。その点は安心してください」
イゴー先生はそう言って微笑んだが、クレイは笑えなかった。
少し前にメーラとこの事で話をしたのだ。
テストで点数がでない、自分の学力を判断する指標のようなものがない、というのは、進級を考えているクレイやメーラにとってはあまり良いことではない、気がする。
「そういう意味では、通知表って助かるんだよな。先生達からの評価で、どの部分の勉強を強化したら良いかがわかるから」
メーラはそう言っていた。
テストの成績が悪かった場合の追試も、試験のやり直しができるという意味では、嫌でもなんでもない。
しかし、このマーリークサークルではそれをやらないと言う。
この制度には昔から賛否両論あり、生徒や保護者から色々と意見が上がっているそうだ。やり方を変えた時期もあったそうだが、結局、こうなっている。
「進級試験は一年に一度。やり直しはありません。これは将来皆さんが就職するときも同じです。なので、年に6回ある模擬試験で、できるだけコツをつかんでおきましょうね。全部成功させよう等とは思わずに、沢山失敗しておくことをお勧めします。失敗を繰り返して、本番に向けて何をしたらいいか、何をしたら失敗するかを勉強しましょう。進級を目指している人は、何が悪かったかを先生達に沢山質問しましょう。試験に関することだけは、私たち教師はほとんどなにもしません。皆さんが質問してきた時だけは答えます。何が悪いかを分かっていても、それを解決する意欲を見せない人には、助言はしないことになっています。厳しいかもしれませんが、ここで学び続けたい人は頭をフル回転させて、頑張ってください」
イゴー先生はそう言って、生徒達を見回した。
(き、厳しいな・・・)
ステアから聞いて、知ってはいたが、それでも焦る気持ちが溢れてしまう。
進級試験は一年に一度。
たった一度だ。
年末のお休みの前の試験は、その練習なのだ。
年に6回しかない模擬試験の、貴重な一回。
なんの準備もなく受けるわけには行かない。
進級試験に不合格になったら、もう、マーリークサークルには通えない。
(そんなの絶対に嫌だ。でも、何をしたら良いのか、よく分かんないんだよな・・・)
クレイはまだ、試験と言うものを受けたことがない。ペーパーテストと面接があるということはわかっているのだが、どんな問題や質問があるかは当日までわからないのだ。
(みんな、どういうふうに対策たててるのかなあ?)
クレイはそっとクラスメイト達の顔を伺った。