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クレイ達は青いリストバンドを配られた。
「魔法使ったら、このバンドが青く光るからな。光らないように気を付けろよ」
そう言うケビンは、ちょっと楽しそうだった。
子供達がバンドを巻くとすぐに、あちこちで青い光が灯る。
「ええと?靴に魔法?なんで?そっちは髪の毛?」
ケビンがリストバンドを光らせている子供達の元へ行く。子供達は、自然に魔法を使っていた。クレイは気づかなかったが、ただ歩いている時ですら、魔法を使っている子はいるのだ。
運動には不向きな、薄い靴を履き、それを魔法で補っていた子。(とても細かい刺繍を施してある靴で、硬い靴の革にどうやったらあんな風に刺繍ができるのかと不思議に思っていたのだが、靴自体が革ではなく、ただの布だったのだ)
たっぷりとした髪の毛を、魔法で纏めあげている子。(すごく不安定なのに、まるで崩れない髪型をしていたので、こちらも不思議に思っていた)
視力が弱いため、魔法で矯正している子もいた。
(全然気がつかなかった・・・)
クレイは子供達の魔法の使い方に、驚き、感動した。
魔法の授業では、クレイは優等生の部類にはいると、自分でもわかってきた。しかし、授業では優秀だが、生活において魔法を使うことには慣れていない。クレイにとって魔法はいまだに特別なものなのだ。外を歩くときは靴に頼るし、髪の毛が邪魔ならハサミで切るか、紐で結ぶだろう。目が悪くなったら、たぶん眼鏡をかけることを考える。
そこに魔法を使おうとは思えないのだ。
しかし、魔界の子供達は魔法を使って問題の解決をはかる。
それが自然の事なのだ。
「よおし、他の子は大丈夫かな?」
ケビンが子供達を見回す。
薄い靴をはいていた子は、ケビンが用意した靴を履き、その頑丈さが珍しいらしく、「踏んでみてよ。すごい!痛くないわ!足の裏も痛くない!」と大喜びしている。髪の長い子は、ジョルジュ先生に三つ編みに編んで貰って、ちょっと嬉しそうだ。他の子もやって貰いたそうな顔をしている。視力が弱い子は、そのまま魔法を使えるように、ケビンがリストバンドに新しく魔法をかけていた。
「それじゃあ、みんな、ボールを取ってきてくれ。二人一組になって、ボールを投げる練習をします」
ケビンの言葉で、またもやリストバンドが青く光る。
「ああ、そうだった」
そう呟き、子供達はボールの入ったかごの元へと走る。
「なんか、変な気分」
「面倒だよ」
「そう?ちょっと新鮮な気分だわ」
子供達は、口々に思いを呟いている。
その顔は、面白がっているようにも、楽しんでいるようにも見えた。
軽く準備運動をしてから、二人一組になってボールを投げ合った。
ボールは野球のボールに比べると、ものすごく大きかった。クレイの顔くらいある。そして、少し柔らかい。地面に叩きつけると、弾力で跳ねるほどだ。
クレイはサマーン君と組んだ。
「5回投げ合ったら、少し距離をとってみてくれ」
ケビンに言われて、少し離れてみる。
クレイは遠くまでボールを投げられる自信がなかった。それはサマーン君も同じなようで、あまり距離をとることなく投げ合いを続けた。
ジャムや獣人の子達は、どれだけ遠くに投げられるかを競い始めた。一番遠くに投げられるたのは、巨人のモーリス君だった。モーリス君はメーラと組んでいた。メーラは、モーリス君が大きな体を目一杯使ってボールを遠くまで投げると、大喜びしていた。
「すっげー!すっげー!!」
メーラはモーリス君の半分の距離も投げられないのだが、それでも楽しそうだった。
「よし、それじゃあ肩慣らしは終わり。今度は四人一組になってくれ。一人がピッチャー、一人がバッター、あとの二人は守備だ。先生達がやって見せるから、見ててくれな」
ケビンとステア、それにお手伝いとしてメーラとクレイが呼ばれた。
ケビンがピッチャーの位置に立ち、メーラがバッターだ。クレイとステアが守備についた。
何をするかは、すぐにわかった。メーラもわかったのだろう。ボールを持つケビンに楽しそうな顔で挑んでいる。
「ピッチャーの人がゴロでボールを投げます。そして、バッターの人がそのボールを蹴ります。こんなふうに」
ケビンが下手投げでボールをメーラへと転がす。メーラは来たボールを思いっきり蹴りあげた。
ボンっという音がして、ボールがケビンの頭を越えていく。ステアが長い腕を伸ばして、ボールをキャッチした。
子供達が歓声をあげる。
「守備の人は飛んでくるボールをキャッチして、ベースを守る人に渡します。投げても転がしても良い。クレイがファースト守備だ。ステア、クレイに投げろ」
ステアがクレイに向かってボールを投げる。クレイは上手にキャッチして、ベースを踏む。
「バッター・・・この場合はメーラだな・・・は、ボールがベースに届く前に、ベースを踏みます。ボールより先にベースを踏めればセーフ。ボールが先だったらアウト。アウトになったらバッターは退場。セーフならそのまま続行。ここまではわかるかな?」
子供達は、頷いた。
「よし、それじゃあ、実際にやってみるか。四人一組になって、コート使ってやってみよう。まずは君達ね。他の子は少しはなれた場所で練習してみてくれ。三球蹴ったらローテーションで交代」
子供達は、大喜びでグラウンドに散った。
ちょっとルールがわかっていなさそうな子もいたが、そこはステア各組をまわって助言してあげていた。
「俺、蹴りたい!」
「交代なのよ!みんな蹴るの!」
「早くやろうよ!」
楽しくなってきて子供達は、魔法を使わないことにことにもすっかり慣れたようで、楽しそうな声をあげている。
(なるほど!これなら、バッドもグローブもいらない!ボールさえあれば遊べる野球だ!)
「楽しかったな!野球!」
その日の夕食の時間、ジャムはいつもよりも大盛りのご飯を食べながらそう言った。
「野球じゃなくて、フットベースボールだよ。野球とはちょっと違うの」
メーラが訂正する。
「あ、そうなんだっけ?でも、面白かった。オレ、あれならやるぜ。サークル作るんだろう?」
ジャムの言葉に、メーラは考えるように目を伏せる。
「・・・そうだよな・・・道具揃えるのに時間かけるよりは・・・」
メーラは呟く。
「野球じゃなくて、フットベースボールのチームを作るの?」
クレイの言葉に、メーラは頷く。
「ルールはほとんど同じだから、野球の入り口としては良いんじゃないかと思った。ボールさえあれば出来るところも助かるし」
「おお!マジ!?よおし!他の奴らにも声かけとくぜ!いつからやる?明日?」
ジャムはよほど楽しかったのか、目をキラキラさせながらそう言った。
クレイは今日の授業を思い出す。
楽しんでいたのはジャムだけではなかった。他のクラスメイト達も、初めてのスポーツをとても楽しんでいたように思えた。魔法禁止という慣れない状況でも、みんな少しずつコツをつかんでゲームをしていた。(時々、ついつい魔法を使ってしまうこともあったが)
試合にはほとんど時間がとれず、全員1ゲーム三回戦しかできなかった。ボールを投げたり、蹴ったり、ベースを走ったりというルールを確認しながらのゲームだったのでしょうがない。ルールがわからず困ってしまう子も沢山いた。ケビンとステアが子供達に声をかけながら、みんなが楽しくゲームができるように心を配っていた。
「俺さあ、人さえ集めれば、すぐに野球ができると思ってたんだ。でも、それはたぶん無理だなって、今日わかった」
メーラがポツリと言った。
クレイとジャムは首をかしげる。
「野球は9人でやるスポーツだ。8人の経験者がいる中に未経験者が1人入るのと、9人の中に一人しか経験者がいないのとでは、状況がまるで違う。今日のケビンと師匠を見てて、俺には選手兼監督なんて無理だなって思った」
「うーん、確かに・・・」
クレイは頷く。
ケビンとステアは本当にすごいと思った。
ボールの蹴り方から上手くいかない子供達を、1から教えていた。見たことがある、やったことがあるクレイやメーラだと、すぐに理解できることが、一部の子にはできないのだ。
特に魚人の子達は足を使うスポーツに慣れていない。ボールを蹴ろうとして、空振りして転ぶなんてしょっちゅうだった。
ケビンたちは、そんな子供立ちと話し合いながら、上手くいくやり方を模索していた。
「監督が必要だ。野球を知ってて、魔界の子供達も知ってて、指導ができる人」
メーラの言葉に思い浮かんだのは4人の大人だ。ケビン、ステア、そして、メーラの両親のメイヤーとタロルだ。
(やってくれるかな?でも、ケビンも師匠も忙しそうだし、メーラの両親はパッパース村だし・・・)
クレイはそんなことを思いながらメーラを見る。
メーラもまた、悩むように眉を寄せていた。
しかし、その口元が笑みを作る。
「問題は色々あるけど、とりあえず仲間ができたからいっか」
そう言って、花びらを口に運んだ。