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「魔法禁止って、何ですかそれ!?」
「どうして、禁止するんですか?」
「意味がわかりません!!」
子供達が口々にそう言い出した。
(え?どうしたんだろう?なんで、そんなに焦っているの?)
クレイは子供達の拒否反応にびっくりした。
ケビンに魔法を禁止と言われて、あっさりと受け入れたのはクレイとメーラくらいだ。その他の子供達は、これからは足を使わずに逆立ちして歩けとでも言われたかのごとく驚き、慌てている。
よほど、魔法禁止が嫌なのか、校長先生達のいる方を見て、助けを求めている子もいた。
「あー、落ち着いてくれ。もちろん、魚人の皆の変身の魔法を解けっていっているんじゃない。吸血鬼の皆が使っている、体を守る魔法は継続してくれ。そういう、地上で過ごしていくために必要な魔法は使ってくれ。禁止するのは、使わなくても問題ない魔法だ。ええと、例えば・・・」
ケビンは後ろを振り返り、指差した。示す先には、大きなかごがあり、ボールのようなものが沢山入っていた。野球のボールより大きい。
「今日はあのボールを使うんだが、あのボールを取ってこいって言ったら、皆どうする?」
かごは少し遠くにある。なんであんなに遠くに置くんだ?取りに行くのが大変じゃないかと、クレイが思っていたら、ボールが3つ、ふわりと浮いてこちらに飛んできた。
吸血鬼の子達が魔法を使ったのだ。
「そうだよな。ここにいる君達なら、そうするだろう。でも、そういう魔法が禁止。足であるいて行って、手を使って取ってきてほしいんだ」
ケビンはそう言った。
「先生、今日やるのはスポーツですよね?スポーツをする時に魔法を禁止するのはわかります。でも、先生はスポーツ以外の時間も魔法を禁止すると仰っているんですよね?」
吸血鬼の女の子、オーレリアそう言った。
とても冷静な口調だった。
周りの子供達も、真剣な目でケビンを見る。
ケビンは、オーレリアの質問に頷く。
「そうだ」
「何故ですか?」
「この授業は人間の文化を勉強するからだ。人間は基本、魔法を使わない、いや、使えないからだ」
「え!?」
子供達の間から驚きの声があがった。数人の生徒が振り替えってクレイを見る。
クレイはもっと驚く。
「え?知らないの?」
「知らないよ。だって、クレイは使うじゃん」
子供達がざわざわし始めたとき、ステアが前にでてきた。
「ここからは私が説明しよう。私がしばらくの間、人間の世界で暮らしていたことは知っているな?約一年ほどだ。私は人間の生活を自分で体験した。さっきケビン先生が言ったように、人間の多くは魔法を使えない。使えないと言ったが、魔力がないわけではない。使い方さえ知っていれば使えるのだが、それができないのだ。その存在を知らないからだ」
ステアは言葉を切って、子供達の表情を見る。
「理解できないと言った様子だな。私も最初はそうだった。何故、魔法を使わないのか。使えば便利なのに、何故だろう?答えはすぐにわかった。人間の世界では魔法を教えてくれる者がいないからだ。一部を除いて、誰も魔法を使わない、使えない。だから、魔法そのものが「存在しないもの」として認識されている。ここにいるケビン先生もそうだった。クレイもだ。ケビン先生はほんの一ヶ月前まで、自分は魔法を使えないと思い込んでいたほどだ」
「え!?」
子供達は、信じられないと言った声を上げ、ケビンを見る。
「ここいるコーテャーのおかげで、ケビン先生は魔法の使い方を知った。人間の世界にはそういう人が大勢いる。そして、魔法を使わないまま生活しているのだ」
「この授業は人間の文化を勉強して貰う。人間の文化の中に魔法は入っていないんだ。だから、魔法は禁止。皆には、できるだけ人間の生活を体験して貰おうと思っている」
「・・・・・・」
子供達の間から、ほう・・・とため息が漏れた。
みんな、本当に驚いているようだ。それほど、魔界では魔法を使うということは、当たり前の事なのだろう。
驚きのため息は、見学している教師陣の間からも漏れた。
「噂には聞いていましたが、本当に人間は魔法を使わないんですね」
イゴー先生が言った。
「ケビン先生までとは、いやはや驚きですな」
コッコメット先生が、キラキラした目でケビンを見ながら言った。
「しかし・・・この授業は子供達のためになるのですかな?」
そう言ったのは、吸血鬼の先生であるマクゴール先生だ。彼の担当は魔法呪文学。上級生の受け持ちだ。
「確かに。ここは魔界であり、魔法を勉強する場所ですしね」
霧の人であるハーモニー先生が、静かな声で同意した。普段はあまり口をきかない彼女だが、この、新しい授業には興味津々のようである。
「魔法を勉強する場所で、あえて魔法を禁止するなんて、なんだか、本末転倒のような気もしますね」
魔方陣基礎学のジョルジュ先生もそう言って頷いた。
校長先生であるホーニョルがふわりと微笑む。
教師達は口をつぐみ、彼が言葉を発するのを待つ。
「理事会でも同じ意見がでた。この学校で、魔法を勉強する場所で、必要な学問なのか?と。その時、ガーディー先生は我々に聞いてきたのだ。魔法使いは死ぬまで絶対に魔法を使っていられるのか?と」
教師達はキョトンとした顔をした。
質問の意味を理解するのに時間がかかったのだ。
「・・・それは、当然では?」
「年を取って魔法を使えなくなる者など、いません」
校長先生は教師陣を見回し、面白がるような瞳でいった。
「本当にそうか?これは、彼の質問だ。絶対なのか?彼は言った。過去に吸血鬼が魔法を使えずに大勢が死んだことを例に、私たちにそう聞いてきた」
「あ、あれは、本来なら、魔法を使っていれば起きなかったことで・・・!」
吸血鬼のマクゴール先生が声を上げる。
「魔法を使い、自分の身を守っていれば、起きなかったことです!もう、そんなことをする吸血鬼はいません!」
「本当にそうか?自主的ではなく、事故的にそのようなことが起きないと言いきれるのか?」
校長先生はそう言った。
教師達は答えられなかった。
「しかし、魔法が使えなくなることなど・・・」
マクゴール先生の呟きに、校長先生は頷いた。
「私もそれはないと思う。理事達もそう答えた。それに頷いた上で、ガーディー先生は言った。魔法使いが魔法を使えなくなったら、すごく困るんじゃないのか?これって、この学校の教育理念だよな?」
校長先生の言葉を聞き、教師達は目と口をを丸くする。
その様子に、校長先生は吹き出した。
「私たちも同じ反応だった。そんなことを考える魔法使いがこれまでいただろうか?理事達も驚いていた。魔法使いが魔法を使わないなんて」
「・・・た、確かに困りますな。魔法を使えなかったら」
コッコメット先生が呟く。
「ええ、困ります。どうしましょう・・・」
ジョルジュ先生は考え出した。
「私も考えた。生徒達も考えるだろう。そして、この方法は悪くないのではないかと思ったのだ。魔法使いの勉強にどれだけ役立つかはわからないが、あらゆる方向から魔法を考えることは、悪いことではない。ひとまず、今年いっぱい、様子を見てみようということで、理事会とも話し合った」
校長先生は「どうだろうか?」というように、教師達を見回した。
半数は面白そうだと答え、あと半数は首をかしげていたものの、反対意見はあがらなかった。
校長先生は微笑み、生徒達へと視線を向けた。
生徒達は渋々ではあったが、魔法禁止のルールに従うことにしたらしい。