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「ジュモジュリアンのケーキだ!!」
ケビンがケーキの箱を取り出すと、ジャムが嬉しそうに叫んだ。
「そう、こっちじゃあ有名なお菓子やさんだって?この前、エルガーラ先生が連れていってくれたんだよ。美味しいからって」
薄いピンクの箱に、雲のマークが描かれていた。
「オレ、開けていい!?なあ、いい?」
ジャムがわくわく顔で、ケビンを見る。
「いいぞ。さあ、何がでてくるかな?」
「?」
二人の様子に、何かあると思ったクレイは、少し身構えてジャムの手元を見る。
「いくぞ、いくぞ!」
ジャムは楽しそうに、ケーキの箱に手をかける。
封をしていたシールをぺりっと剥がすと、箱の蓋が弾けとんだ。
同時に、ぽんぽんという破裂音がして、赤や黄色の紙吹雪が舞い散る。
「人形はどこだ!?」
「え?人形?」
「あ!みっけ!」
メーラが指差す方向を見ると、ケビンの近くに手のひらサイズの人形が浮かんでいた。ジンジャークッキーのようだ。
「捕まえろー!」
ジャムとメーラが飛び出す。
人形はふわりと動き、二人の手から逃げる。
クレイの方に来たので、思わず手を伸ばすと、またもやふわりと逃げた。
ジャムとメーラが人形を追いかけている隙に、ケビンはケーキを切り分け、お茶をカップに注いでいる。
「つっかまえた!しかも当たりだ!!」
ジャムが大喜びで、クッキーをクレイに見せてくれた。
「当たりって?」
「リボンが虹色だろう?このリボン持っていくと、キャンディー貰えるんだ」
ジャムが嬉しそうにクッキーからリボンをほどく。
「くそう、お前、すばしっこいなあ・・・」
ジャムに負けたメーラが、悔しそうに椅子に座る。
「食い物の競争は負けられないからな!」
ジャムは胸を張ってそう言うと、クッキーを頬張った。
「さあ、どうぞ。お茶は熱いから気を付けろよ」
ケビンに勧められて、クレイはケーキにフォークを突き刺す。バターケーキのようだ。パッパース村でも、何度か食べたことがある。
しかし、一口食べると、まるで別物だとわかった。
「これ、これ・・・すごく美味しい!」
クレイは夢中になって、ケーキを頬張る。
小麦粉が違うのか、バターが違うのか、今まで食べたバターケーキのなかで、一番美味しかった。ケーキを口に含むと、柑橘系の香りが鼻を抜ける。おそらく、ケーキの中に入っているつぶつぶした奴がそれだろう。
「おお!本当だ、これ美味いな」
ケビンも驚きの表情で食べている。
メーラも、ほんのちょこっとだが、食べている。ジャムはそれを見て「オレ、吸血鬼じゃ生きられない!」と言っていた。
しばし、無言でケーキに舌鼓をうち、四人は幸せなため息をもらした。
「オレ、ここのお菓子なら毎日だって食べられる」
ジャムがうっとりとした声で、そう言った。
「わかる・・・」
「よし、お茶は終わりだ。その剣貸せよ」
メーラはお茶もそこそこに、ケビンに手を差し出した。
「はいよ、気を付けろよ。切れ味は抜群だ」
「ん」
メーラが、剣を見ている間に、クレイは質問を矢継ぎ早に繰り出す。
「いつから魔法の練習してたの?村にいた頃からしていたの?」
「いいや、ここに来てからだ」
「どうして、呪文がいらないの?」
「それは・・・よくわからねえ」
「コーテャーから教わったの?呪文がいらない方法」
「いや、こいつは何も教えてくれねえよ。ただひたすら試してくるだけ」
茶色の犬はケビンの足元で、にこにこしている。
「なるほど、魔法がかかっているのはわかった」
メーラがそう言って、剣をケビンに返す。
「どんな魔法?」
「そこまではわからない。すっげー複雑な魔法っぽい。今の俺じゃ、解析もできない。なんで、こんなもの使えるんだ?」
メーラはケビンを見る。その目には驚きと称賛が入り交じっているように見えた。
「オレが聞きたいよ。ステアに聞いてみてもわからねえって言うんだ。他の先生達も。どうやら、オレは珍しい魔法使いらしい」
「・・・師匠にもわからなかったの?」
「ああ。あいつ、どうしても知りたいって言って、今、図書館に籠っているらしい。授業もあるってのに・・・今日も誘ったんだが、たぶん忘れているな」
クレイはちょっと残念に思ったが、ステアらしい行動だと思った。クレイだって気になる。パッパース村では魔法使いの片鱗も見せなかったケビンが、マーリークサークルに来て二週間足らずで、クレイよりも魔法が上手くなっている。
正直、ものすごく悔しい。
「コーテャーのおかげなの?そんなに、魔法が上達したのって」
「おかげ、とは言いたくないな。こいつのせいだ。森のなかで散々魔物とやりあわされて、嫌でも上達するはめになった」
「なあ、こいつの名前は?」
ジャムは話に飽きてきたのか、椅子から降りて、ケビンのコーテャーと遊び始めていた。
「茶太郎」
「茶色いから?」
「うははは!茶太郎!」
ジャムに撫でられて、茶太郎は普通の犬のように尻尾を振っている。
クレイは、自分のコーテャーを見る。いつの間にかケビンのベッドに我が物顔で寝そべっている。
「・・・俺ももっとコーテャーに教えてもらったら、上手くなる?」
「どうかな?コーテャーって生き物は、だいぶ気まぐれだって聞くしなあ」
ケビンはそう言って、クレイのカップにお茶のお代わりを注いでくれた。
「森にいけば・・・」
「クレイ、馬鹿なことは考えるなよ。死にかけたのもう忘れたのか?」
ケビンが、少しだけ厳しい声でそう言った。
「お前が今やるべきことは、ここでの生活に慣れることだ。あのコーテャーもきっと、それをやらせたいんだ。その点については、オレは問題なかったからな」
「・・・うん」
そう、ケビンは魔界に慣れていた。小人のことも赤キノコの事も知っていたのだ。先週仕留めていた大きな鹿っぽい生き物の事も、よく理解していたから闘って勝てたのだ。
だから、茶太郎はケビンをもっと鍛えようとしたのだろう。
絵本の中の主人公達もそうだった。彼らには魔界の知識が沢山あった。絵本の中のコーテャーは意地悪だけど、けして、主人公達に無茶な要求はしなかった、気がする。
「うん、俺、もっと魔界について勉強する。そんで、森に入れるようになる!」
クレイは目標を定めた。
この二週間で、魔界の怖さはよくわかった。そして、その怖さを克服するために、何を調べればいいかも、ちょっとわかった。
まずは、森にはいれるくらい、魔界の生き物のことを学ぼう。そして、いつか、コーテャーと一緒に森に入って修行するのだ。
「そういえば、あいつには名前つけたのか?」
「うん。キキ。きっきって鳴くから」
「安直だなあ、オレら」
ケビンが笑う。
キキは名前に満足したのか、ベッドの上からクレイを見て、その瞳を輝かせていた。