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一週間が瞬く間に過ぎ、休日となった。
授業に出られるようになった一週間は、あっという間にすぎた。
小人たちは、月曜日から金曜日まで酒盛りを続けていた。歌ったり踊ったり、時々、真っ赤な顔で倒れていたりしたけど、楽しそうだった。そろそろ酒が尽きそうだったので、酒盛りはお開きになるだろう。来週から小人達をどうするかを考えなくては。
マーリークサークルでの授業は、どれも面白かった。魔法薬学では、実験器具の使い方を教わった。二度目の魔法生物学では、山に登り、高山に住む魔物達を見て回った。魔方陣基礎学では相変わらず書き取りの宿題がでる。ジャムも他の子も文句を言いながら、みんなで談話室に集まって頑張っている。
授業も面白かったが、授業にでることで、同級生達とやっと話をすることができた。クレイが魔界に慣れていないことは、ジャムやジャミンたちから他の子にも伝わっていたようで、「困っていることはないか?」と、いろんな人から聞かれた。ジャムやミケランジェロ君は、学校の中で魔物を見つけると、クレイを引っ張っていって、見せてくれた。時々、教室にまで持ってくるもんだから、女子達に怒られたりしていた。
助けてくれる仲間がいると、本当に助かる。
クレイはこの一週間、とても充足した時間を過ごすことができた。
そして、土曜日。
寮で朝御飯を食べていると、メーラがやってきて「今日、ケビンのところに行こう」と誘ってきた。
「ケビンには午前中に行くって言ってある。途中まで迎えに来てくれるってさ」
クレイはもちろん頷いた。
ケビンの家には行ってみたかったのだ。
ジャムも一緒に行くことになった。
図書館へ向かう小路を途中まで進み、森へと続いている道に入る。
「だ、大丈夫?」
クレイは、自身の地図を見ながら、怖々と聞く。
「大丈夫、この辺はまだ、大丈夫」
メーラはあちこちをきょろきょろしながら、そう言った。ジャムは獣の姿になり、いつでも逃げられるように準備している。
「見ろ、あそこから危ないんだ。どうしてかわかるか?」
メーラが指差す方向に、黄色いもやが見えた。
クレイは、そのもやをじっと見て、少しだけ、匂いを嗅いでみる。
「酸っぱくて、甘い匂い。これって、キイロネムリキノコ?その胞子?」
キノコについてはベーベクラスでいくつか勉強したおかげで、有名なものだけは言い当てる自信がついた。
「そうだ。今丁度、胞子を撒き散らす時期なんだよ。あれ、たっぷり吸い込むと昏倒する」
「でも、そのおかげで危険な魔物は出てこないんだよな。キイロネムリキノコを食べる満月熊も、この時期は近づきもしない」
ジャムが鼻をつまんでそう言った。
何事も、悪いことばかりではないのだ。
しかし、黄色い靄は大分広がっているように見える。
「どうやって、進むの?魔法で風を起こす?」
「その方法は禁止されてる。危ないときはやっても良いんだけど・・・」
「どうして?」
「胞子はキノコの卵みたいなもんだろう?それを風で吹き飛ばすと、吹き飛ばした先にキノコが生えてきてしまう。今まで安全だった場所が危なくなるんだ」
「そうなると、知らない誰かに危険が及ぶってさ。あんまり周りに被害を及ぼさないように、歩かないといけないんだよ、森の中は」
メーラとジャムがそう教えてくれた。
二人の口調は滑らかで自然だった。きっと、小さな頃から両親やきょうだい達から教わっていたのだろう。
(きっと、沢山の人たちが森の中でも安全に動けるように、沢山沢山考えたんだ)
クレイがちょっと感動していると、布を口許に巻いたケビンが現れた。こっちにむかって手をふっている。
「やっぱ、防護布が一番かな?」
メーラがそう言って、ローブに魔法をかける。元々、ステアの魔法がかけられているローブだ。これ以上無い防護布になってくれる。
クレイも魔法を使った。ジャムはメーラの裾を借りる。
三人でケビンのもとへ走ると、ケビンは笑顔で出迎えてくれた。
喋ることはできないので、そのままケビンのあとについて歩く。
しばらく歩くと、黄色い靄はだんだんと薄くなって、消えた。
「ここまで来たら、いいだろう。ほら、これで体拭いとけ」
そう言って、ケビンが近くにあった大きな葉っぱをむしりとって、渡してくれた。
「これ、なに?」
「体についた胞子を取ってくれるんだ。ほら、ちょっとべたべたしてるだろう?」
「へえ、人間なのによく知ってるね」
ジャムが感心したようにケビンを見て、そう言った。メーラとジャムは慣れた様子で、べたべたする葉っぱで、髪の毛や体を拭いている。クレイも真似する。髪の毛ひっぱられて痛かったが、ベタベタが体に残ることはなかった。
「元冒険者だからな。君がジャムだな?よろしく、オレはケビンだ」
「よろしく、ケビン先生」
「うーん、先生って呼ばれると、こそばゆいな」
体を拭き終わってから、ケビンの家に向かった。木々が開け、ぽっっかりと広場が現れる。丸っこい建物が広場の真ん中に建っていた。屋根は茶色、壁は白い可愛らしい家だ。戸口の前で、茶色い小さな犬がケビンの帰りを待っていた。
クレイ達の顔を見て、嬉しそうに尻尾をふる。
するとクレイのフードから、クレイのコーテャーが飛び出してきた。
「あ!朝見かけないと思ったら・・・」
「こいつらって、神出鬼没だよな。いつの間にか近くにいるんだよ」
鼻先をくっつけるようにして、挨拶している二人のコーテャーを見ながら、ケビンが言った。
丸っこい木の扉をあけて、家のなかに入る。
「へえ、広いね」
「本当だ」
家の中は思ったよりも広かった。
入ってすぐに台所があり、その奥にベッドが見える。
「お茶淹れるよ。その戸棚からカップと皿を出してくれ。お菓子もあるから」
ケビンはそう言って、やかんを手に取った。
「やったー!」
ジャムが大喜びで準備を始める。
茶色い犬が立ち上がり、トテトテとケビンのもとへ行く。
「あー、わかってるよ。魔法使えばいいんだろう?」
ケビンは面倒くさそうに、腰に差していた剣に手を添える。
一瞬、魔力の揺らぎを感じたと思ったら、やかんの中に水が入り、竈に火が産まれた。
「え!?呪文は!?」
クレイは驚いて叫ぶ。
ケビンは今、確かに魔法を使った。しかし、呪文を唱えることも、杖を振ることもなかったのだ。杖すら持っていない。
メーラもケビンを驚きの目で見ている。
「その剣が杖代わりだな・・・でも、どうして呪文がいらないんだ?」
「そんなこと後でいいだろう?お前らも皿出せよ!」
ジャムが文句を言ってきたが、クレイとメーラはケビンの方が気になっていた。
「なんで?どうして、呪文がいらないの?いつの間にそんなに魔法が使えるようになったの!?」
「あー、ええっと・・・」
「ケビン、ちょっとその剣貸せよ。見てみたい」
「ちょ!おい!危ねーって!」
「お前ら、ずりーぞ!お菓子やんねーぞ!」
クレイはケビンに詰めより、メーラは剣を握って離さず、ジャムはぶーぶー文句を言っている。
ケビンはため息をつき、あまりやりたくはなかったが、うるさい三人の子供に魔法をかけて、宙に浮かせた。
ふわりと足が地面を離れると、さすがの三人も口を閉じた。
「まずはお茶の準備だ。話はそれからだ」
三人を床に下ろすと、ジャムは面白がって笑っていたが、クレイとメーラは違った。
「お、俺、こんな魔法、まだ使えないのに・・・」
「三人をいっぺんに浮かせるなんて・・・」
非常に悔しそうな顔で、ケビンを見ていた。