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三時間目の授業が終わっても、クレイとメーラはジェンガのゲームを止めなかった。止められなかったのだ。
授業の終わりごろになって、ようやく歪な塔が完成し、やっとゲームができるようになった。
せめて、一本ずつくらい積み木を引き抜きたい。
しかし、これが、抜くとなると、とたんに難しくなる。
メーラが四苦八苦しながら、積み木の一つを押し出そうとしているのを、クレイはハラハラしながら見ていた。
他の生徒たちはほとんど帰ってしまったが、ジャムと幾人かの生徒たちが、クレイとメーラの勝負を見守っていた。みんな拳を握りしめて、息をつめている。
「・・・くっそ!!」
メーラが悔しそうな声を上げた。
同時に、塔がぐらりと傾く。
「boooo!」という声を上げて、積み木が机の上に散らばり落ちていく。
お前の負け、という意味なのだろう。
「あー!メーラでも駄目かあ!」
「でも、すごかったわ!」
「うん。二人とも魔法が上手だね」
周りの皆が口々に褒めてくれる。
クレイは嬉しかったが、メーラは悔しそうな顔で積み木を見ていた。
「さあさあ、終わりですよ。片付けして帰りましょう」
ファヴァーヴァル先生が、手を叩いてそう言った。先生もクレイたちに付き合ってくれたのだ。
積み木を片付け(片付けの時は手を使っても、大丈夫だった。いつまでもbooooと叫んではいたが・・・)、先生に返して、クレイたちは教室をでる。
なんとなく、そのままのメンバーで寮の談話室に行き、おしゃべりすることになった。
「どうやったら、あんなふうに魔法を操れるの?」
人魚のジャミンがメーラに聞く。
「うーん・・・慣れだな。反復練習が一番だと思う」
メーラが答える。
「練習はしてるのよ。でも、物をつかみ上げる時って、どうにもうまくいかなくて」
ジャミンはイライラしたように、魔法の杖を手の中で転がす。
「わかる。手を使った方が早いんだよなあ」
ジャムが大きく頷く。
「二人はせっかちなのよ。なんでも急いでやりがち」
人魚のサミアが口を挟む。
「力任せはやっぱり駄目だよ。魔法には集中が大事だって、先生も言ってたし」
エルフの男の子、ミケランジェロ君が、そう言った。
「アカーリアは、もう少し力任せにしてもいいと思うけどね」
ミケランジェロ君がそう言って、吸血鬼の女の子、アカーリアを見る。二人はさっきの授業で組んでいたのだ。
今日の授業にいた吸血鬼は、メーラとアカーリアの二人だった。
「アカーリアって吸血鬼なのに魔法下手くそだよな!」
軽い口調でそう言ったジャムの頭を、ジャミンとサミアがはたく。
「失礼!」
「そういうことは言っちゃ駄目!」
「いいの。自分でも良くわかってるから・・・」
アカーリアは苦笑する。
吸血鬼の生徒たちは、どの授業でも優等生だ。だから、魔法基礎学で失敗するアカーリアを見たときは驚いた。他の吸血鬼達は来てもいないのに。
「アカーリアは家庭教師いなかったの?」
「いたわよ。他の吸血鬼の子と同じように、小さい頃から勉強していたんだけど・・・私って才能ないみたい」
そう言って、困ったように微笑むアカーリアの胸ポケットから、小さなネズミが出てきた。ふわふわのオレンジの毛をした、可愛いネズミだった。
「わ!可愛い!」
「ペット?」
「そう、名前はコーネリア」
ネズミのコーネリアは、アカーリアの手からジャミンの手に移り、ソファーの背もたれの上に移動して、クレイ達を眺め回した。クレイの足元にいたコーチャーを見ると、仲間と思ったのか、近づいてきた。
「そういえば、クレイ君の、その子。名前は?」
アカーリアに聞かれ、クレイは、「ええと、コーテャー?」と答える。
「コーテャーは生き物の名前でしょう?人間とか魚人、みたいな」
コーネリアとクレイのコーテャーは、鼻をひくひくさせながら、顔を見合わせている。
クレイは少しだけ、コーテャーがコーネリアに噛みつきはしないかと心配になったが、コーテャーはコーネリアに襲いかかることなく、大人しくしていた。鼻先をくっつけるようにしてお互いの匂いを嗅いでいる。
「名前なんていらないよ。俺、こいつ嫌いだもん」
クレイの言葉に、その場にいた全員が驚く。
「あんた、魔法使いのクセに・・・」
「スゲーこと言うな・・・」
「え?だ、だってこいつ、すっごく意地悪なんだよ!」
皆から奇異の視線を向けられ、クレイはちょっとムキになって言った。
「そりゃそうよ、コーテャーだもん」
「意地悪なのにも、理由があるのよ。しってるでしょう?」
「まあ、知ってるけど・・・でも、それでも、嫌なものは嫌だ。師匠と会うのを邪魔するし、ケビンとも話せなくするし」
「師匠って、ステア先生のこと?ケビンって?」
ジャミンが首をかしげる。
「ケビンも、新しく来た先生だよ。俺と同じ人間」
「ああ、あの先生ね。そういえば、吸血鬼の先輩たちが、人間の大人が来た!って色めき立ってたよ」
ミケランジェロ君の言葉に、メーラとアカーリアが顔を見合わせて苦笑する。
「・・・ケビンの血は狙われているの?」
クレイが聞くと、二人は頷いた。
「血の方が美味しいからな。花より」
「どうしたって、ね」
二人の様子に、クレイは不安になる。いくらケビンでも、生徒に集団で襲われでもしたら、敵わないのではないだろうか?
「大丈夫。先生たちが釘を刺してきた。この学校にいるときは、俺たちのご飯は血じゃなくて、あの花だってな」
メーラがそう言ってくれた。
「それより、コーテャーだよ!お前、要らないとか言ってたら、先輩たちから睨まれるぞ。欲しくても来てくれない人がほとんどなのに」
ジャムが真剣な顔でそう言ってきた。
「・・・そんなこと言われても・・・」
「人間ってさ、人間の世界って魔法ってあんまり使われてないんだよ」
メーラが口を開いた。
何かを考えながら喋っているようで、視線が上を向いている。
その場にいた全員が、メーラに注目する。
「だから、コーテャーについても、クレイは最近知ったんだよ。つい、2、3日前?」
「うん」
クレイは頷く。
ジャムたちは、ビックリした顔をした。
「え!?コーテャーを知らなかったの?一昨日まで?」
「魔法使いなのに!?」
「コーテャーどころか、赤キノコも図書館にいる首なし騎手も知らなかったし、アオセグモも、二本角バイルも、クロムシも知らない。だろう?」
メーラの言葉に頷くと、皆、驚きで口をOの字にあける。
「人間の世界に、魔界の生き物はほとんどいないんだよ。いても、その姿形が違ったり、ほとんど無害だったり。だから、クレイには魔界の常識が無いんだ。あ、バカにしている訳じゃないぞ」
「うん、わかってる」
「知らないから、赤キノコにほいほい近づいて、気絶したりするんだ。アオセグモやクロムシを見つけても、たぶん、どうするべきかクレイは知らない」
メーラの言葉を聞いて、みんなの顔が強ばる。
それを見て、クレイは少し怖くなった。
「それって、何?危ないの?」
「アオセグモの毒を知らないってことね!?」
「クロムシはヤバイんんだよ!見た目はどうってこと無いけど、あいつら危険なんだ!」
「お前、一人でうろつくなよ!誰かといっしょにいろよ!っていうか、よく、今日まで無事だったな!」
ジャムたちが大騒ぎし始めた。
「だから、小人達をかわせなかったのね。あんなに魔法が上手なのに、どうしてかしらって思っていたの」
アカーリアが呟く。
「そう。こいつは魔法の腕は良い方だ。でも、俺たちと違って、知らないことが多すぎるんだよ。コーテャーのこともその一つなんだ。だから、色々教えてやってくれ」
「任せろ。魔界の生き物についてなら、俺の得意分野だ。その代わり、魔法陣学は助けてくれ」
ジャムがクレイの肩をぽんと叩いてそう言った。
「私も他の子に言っておくわ。知らないとわからないことって結構あるし」
ジャミンとサミアがそう言ってくれた。
「ありがとう、みんな」
クレイは、お礼を言った。
メーラには特に感謝だ。
「ありがと、メーラ」
「べつに」
メーラは何でもないことのように、そう言った。