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「難しいんだよ、あんなちまちました図形を描くなんて・・・」
お昼休みになり、食堂でお昼ごはんを食べながら、ジャムはうんざりしたように言った。二時間目の魔法陣学の授業の終わりに、宿題がでた。先週と今日習った魔法陣の書き取りだ。ノートに10回ずつ(書きたい人は20回でも30回でも)図形を練習して、先生に提出すること。クレイは、ジョルジュ先生から、先週勉強した魔法陣のプリントを貰った。どうやら、毎回3つの図形を勉強しているらしい。
提出は次の魔法陣学の授業だ。つまり、水曜日の明後日。
ジャムは、既にやる気をなくしている。ジャムだけではない。書き取りという宿題には、大勢の生徒が不満な声をあげていた。
「できないやつだけでいいじゃん」
という声も聞こえてきた。
しかし、ジョルジュ先生は全員提出すること、と、語気を強めて言った。
クレイに不満はない。書き取りの練習はするつもりだったし、先生に見てもらえれば、悪いところがわかるかもしれない。
なのに、ジャムもメーラも不満たらたらだ。
「こんなの、すぐ終わるよ。ジャムは、練習しないとダメだろう?」
「そうだけどさあ・・・」
「授業のあとに一緒にやろうよ。談話室のテーブル使おう」
「うー・・・」
「一人でできるのか?」
「無理。やる」
ジャムはようやく背筋を伸ばした。
お昼休みが終わって、三時間目は魔法基礎学だ。この授業の先生はファヴァーヴァル先生で、ドワーフという種族の男の人だった。たっぷりとした口髭と鼻髭をもっていて、口元が隠れている。背丈はケビンと比べると頭二つ分くらい小さいが、横幅はいい勝負だ。太っているのではなく、筋肉ムキムキなのだ。
この授業は名前の通り、魔法の基礎の勉強だった。魔法文字の読み書き、杖の振り方がその日の主な勉強だった。クレイは、既にステアから教えて貰っていた内容だった。
いくつかの呪文についての講義を受けた。魔法使いの初心者が習う呪文で、魔法文字も簡単なものだ。先生の発音を真似しながら、みんなで呪文を何度も練習する。その後、生徒たちは二人ずつに分かれて、実践練習をすることになった。
物を浮かす魔法、物を動かす魔法、そして、狙った場所に命中させる魔法だ。
魔法をかけるのはクッションを使う。
クレイは、メーラと組になり、ファヴァーヴァル先生に見られながら魔法を使った。クレイもメーラも問題なく呪文を唱え、魔法を使えることがわかると、ファヴァーヴァル先生は満足そうに頷いた。
「メーラ君にはもう言いましたが、この授業は基礎の基礎からやっていくので、二人には少し退屈かと思います。なので、年末までは出ても出なくてもいいですよ。他にも出ないと決めた生徒もいます。この時間には二年生の魔法基礎学も開講しているので、そっちに行っている生徒もいます」
先生からそう言われて、クレイは驚いた。たしかに、二時間目の授業と比べると、出席している人数が少ないとは思っていたのだ。まさか、受けない人がいるとは思わなかった。
「もちろん、授業を受けてもいいです。魔法の基礎は何度も復習して身に付けるのが一番ですからね」
ファヴァーヴァル先生はそう言うと、クレイとメーラに積み木のようなものをくれた。
「これはジェンガというゲームです。手を使わずに、これで遊べるようになることが、このクラスの目標です。やってみてください」
手のひらに収まるくらいの大きさの、木でできた積み木が沢山ある。ジェンガというゲームは、これを塔のように積み上げた後、積み木を一本ずつ抜いていくというゲームだ。塔を崩さないように慎重に抜いていく。崩した人が負け。
「これ、難しいんだぜ」
メーラが楽しそうに言った。
やってみようと、積み木に手を伸ばすと、積み木が逃げ出した。
「だめだめ。魔法を使わないと」
「あ、そっか!」
積み上げるところから魔法を使ってやるらしい。上手くいかずに手を出そうとすると、積み木が逃げる。無理やり捕まえようとすると、額にぶつかってくる。結構危ない。
メーラと協力しながら、積み木を積み上げていったが、今にも崩れそうな塔ができてしまった。
机をちょっとでも揺らそうものなら、簡単に崩れてしまいそうだ。
「む、難しいね、これ・・・」
「だろう?」
試しに一本引き抜いてみたら、積み木を引き抜く前に、あっさりと塔は崩れた。
「難しい!」
難しいが、しかし、面白い。
クレイとメーラは、授業が終わるまでジェンガ積みに夢中になっていた。