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何故、クレイとメーラとメイヤーが、マックスの元へ白魔術を習いに行ったのかというと、事の発端はメイヤーだった。
「人間の使う白魔術を勉強したいの!」
この村に来て以来、メイヤーはずっとそう言い続けてきた。
彼女がこの村に来た目的の一つが、それなのだ。人間の使う魔法について学ぶこと。
吸血鬼である彼女たちが使うのは、魔族が得意とする黒魔法。
黒魔法に対抗するために、人間が作り上げた魔法が白魔法だ。
黒とか白とか名前を付けたのは人間側なのだが、メイヤーさんは気にせずその名で呼んでいる。
白魔法を使えるのは、教会関係者か、魔法学校の人間に限られる。パッパース村から一番近い所に住む、白魔法使いは隣村のマックスだ。
最初に頼みに行ったとき、マックスは渋い顔をした。
それもそのはず、白魔法は魔族と闘うための魔法なのだ。敵にこちらの情報を与えるわけにはいかない。
しかし、メイヤーさんはマックスを拝み倒さんばかりに頼み込んだ。
「お願い!私、どうしても白魔法について知りたいの!ここ300年ずーっと知りたくて知りたくてたまらなかったの!やっと、人間の魔法使いと交流が持てるはずだったのに、七官が勝手に交流禁止にしちゃうし!!」
メイヤーさんは、マックスの腰にしがみついて、ひたすら訴えた。
「気になって気になって仕方がないのよ!教本読んでみても意味わかんないし、変身の魔法で人間に化けても、白魔法使いには簡単に見破られちゃうし、八方ふさがりなの!あなたが最後の希望なのよお!!」
「他の吸血鬼仲間に、白魔法の内容を話すことは絶対にしないわ。むしろ誰も知りたがらないわよ。うちのお偉方が禁止している事だしね。ばれたら罰則物だもの」
「代わりに私たちの黒魔法教えてあげる!人間の魔法使いたちも研究しているでしょう?そっちの方の書物読んでみたけど、結構間違った解釈している部分があるわよ!正しく分かれば、きっと白魔法で対抗しやすくなるわ!」
それ言っちゃっていいんかい、と、突っ込みたくなるような事まで言いだして、メイヤーさんはマックスに頼み込んだ。
マックスは、特に黒魔法の情報提供部分にかなり惹かれたようだが、それでもやはり、迷っていた。
最終的に、マックスは了承してくれた。
しかし、それには条件があった。
「クレイ君とメーラ君も、白魔法研究に加えてください」
という事で、三人で白魔法を勉強することになったのだ。
「それでは大きく深呼吸してみましょう。体に気持ちよく空気を送り込んでください。そして、息を吐き、体の悪い部分を追い出しましょう」
教会の中に、マックスの声が響く。
日が昇ると、教会に人が集まり始めた。
今日は週に一度の、教会の日なのだ。
パッパース村からも、数人が来ている。
教会の日は、基本、週に一回。
しかし、週一で通う人は少ない。教会が自分たちの村にあれば通えるだろうが、この村からパッパース村までは、徒歩で移動するとかなりの時間がかかる。
なので、多くの人は三カ月に一回の、大説教の日に教会に集まる。
大説教日は、近隣の村から、大人から子供まで大勢の人が集まって来るので、お祭り騒ぎとなる。集まる人目当てに露店が出るので、説教の後は露店に集まり、買い物したり、茶を飲んだりするのが、信者たちの楽しみにもなっている。
今日は、普通の説教の日なので、人は少ない。しかし、教会に集まれなかった人たちも、自分たちの家で教会の鐘を聞きながら、祈りを捧げているはずだ。
マックスの言葉に従いながら、呼吸を繰り返す人々を見て、オレはなるほど、と納得した。
教会では必ず、この呼吸指導を行っている。いままで真剣に考えたことは無かったが、これは白魔法に基づいた健康法の一種なのだ。
今朝、クレイが白魔法を成功させたとき、クレイの体から、淡く白い光を感じた。
人間の魔法使いが、魔法を使うときに出る光だ。今、教会の中で呼吸を繰り返す村人たちの中にも、この光を放つ人間がいる。
今集まっている信者たちはお年寄りが多いが、彼らは自然と白魔法を使い、自分の体を整えているのだ。
(教会に熱心に通う信者は健康体、っていうのも当然だな。こうして、自分で自分に健康魔法かけてんだから……)
魔法を使える人間は、こうして見る限り、割とあちこちにいる。しかし、自分が魔法を使えると自覚している人は少ない。
魔法を魔法として勉強できる人間は、ほんの一握りだ。
この国で魔法を勉強できる場所は、教会の総本山と、魔法学校の二か所のみ。そこ以外で魔法を教えようとしたら犯罪で、捕まる。全国にある教会で教えている呼吸法は、魔法ではなくただの説教の一部として考えられている。
(たぶん、魔法の技術を独り占めしておきたいんだろうな……)
この村で、勝手に子供たちに魔法の指導をしているステアが問題に上がらないのは、ステアが吸血鬼なうえに、パッパース村という土地柄のおかげだ。魔力をほとんど含まない土地には、魔法使いも占い師も来ない。なので、こっそりと魔法を教えるような事は起きない、とみなされているせいで、見張りも来ない。
もし、クレイが大魔法使いにでもなって、教会や魔法学校の教師たちに名を知られるようになったら、彼らが一番驚くのは、いったいどこで誰に魔法を教わったのか、という事だろう。
(農業に魔法を取り入れるって言っても、ここの土地じゃあ大した魔法は使えないだろうから、ばれることは無いだろうしなあ……ちょこっと収穫量が上がるくらいだろうし……)
「……それでは、本日はこれでお終いです」
マックスがそう言って、聖書を閉じる。
集まった人々は、ほんの少し頬を上気させて、帰り支度をし始めた。
「まあまあまあ、こんなにも白魔法を使える人がいるなんて……驚きだわ」
オレの隣に座っていたメイヤーさんは、キラキラした目で周りを見回している。
健康呼吸を終えた人々は、そのほとんどが胸のあたりが白く光っている。その光はキラキラと輝いているにも関わらず、目を刺すようなものではない。温かみのある、優しい光だ。
彼らの表情を見れば、体調が良い事は一目でわかる。呼吸法のおかげで、血が巡り、体が温まり、ほぐれているのだろう。
「むう……こんなじいちゃんばあちゃんが使えるのに……」
メーラが悔しそうに呟く。
その隣にいるクレイの胸にも、白い光が生まれている。頬が上気して汗をかいているようだ。
先日の発熱とは違い、とても健康的な汗だ。
「なんだか、気持ちがいいな。白魔法って魔族と闘う魔法って聞いていたけど、違うんだね」
「そうです」
いつの間にか、マックスが傍に来ていた。
「本来は人の健康を守り、寿命を延ばすために作られたものでした。白魔法の基礎を築いた祖は、教えを乞う人全てにやり方を教え、導いてきました。それがいつの間にか、教会と魔法学校に独占されてしまい、魔法は特別なものなどという嘘をばらまいて、簡単な呼吸法しか広めることを許さず、おまけに……」
マックスは忌々し気に、人々が出て行く出口を見る。
教会の職員が出口に立ち、人々から寄付を募っている。
「……まあ、しょうがないんじゃないの?教会の維持にも金はいるだろう?」
「そんなもの、微々たるものです。教会の修繕費は、ほとんど村が出してくれているんですから。なのに、上からはもっとお布施を集めろとふざけた命令が……」
マックスはそう言って拳を握りしめ、深呼吸して手を緩めた。
「すみません、取り乱しました。見ていただいた通り、きちんと勉強をしていない人でも、白魔法の基礎はできるようになります。今は無理でも、この呼吸法を続ければ、きっとメイヤーさんもメーラ君もできるようになると思うのです」
「私もそう思いました!ここにいた皆さんは、魔法に関しては素人ですもんね」
メイヤーはやる気に満ちた顔で、そう言った。
「しばらくは私も教会に通います。絶対に習得してみせるわ!」
そう言って、鼻息を吐きだした。