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 「はい、皆さん、揃いましたね。今日は外で授業です。時々、授業の場所が変わりますから、朝必ず時間割りを確認してくださいね」

 半魚人のコッコメット先生が、ニコニコと楽しそうにそう言った。

 今日の、魔界生物学の授業は、二階の教室ではなく、城の玄関前に集合だったらしい。

 「俺、全然知らなかった」

 「オレもー」

 クレイとジャムはコソコソと話をする。

 「時間割りに必ず連絡してくれるから、今日帰ったら見ろよ。ジャムは知ってただろう?前の授業の時、先生言ってたぞ」

 メーラがそう言った。

 ジャムは「そうだっけ?」と首をひねる。

 クレイは、毎日時間割りを確認しようと決めた。小人達を突破して、二階へ上がる事ばかり考えていた。

 しかし、二階の教室だと思っていたのはクレイとジャムだけではなかったようだ。他にも数人、知らなかった生徒がいて、コッコメット先生が二階の教室へと迎えに行った。

 遅れたことを謝る生徒たちに、コッコメット先生は怒ることなく、言った。

 「気にしなくていいですよ。でも、次からは気をつけましょうね。どの先生も二週目までは、気を配ってくれます。でも、それ以降は迎えに来たりしてくれません。時間割りの確認は各自で責任を持ってやりましょう」

 生徒達は、「はい!」と返事をした。

 「良いお返事です。ええと、今日は全員揃っていますね。嬉しいです」

 コッコメット先生は、本当に嬉しそうに頬を赤くして、生徒たちを見回した。

 クレイは少し罪悪感を持つ。

 先週は、一つも授業に出れなかった。コッコメット先生には、入学前にも会っていて、顔見知りだったというのに……

 「マーリークサークルでは、故郷と違って、不便も多いと思います。私たち教師もそれはわかっています。まずは、ここの生活に慣れてください。君たちにとっては、校舎の中を歩き回ること自体がお勉強です」

 コッコメット先生の言葉に、クレイはほっとする。

 イゴー先生も、エーテ先生も言っていた。

 (まずは、ここの生活に慣れること)

 コッコメット先生と目が合うと、先生はにっこりと微笑んだ。

 「それでは、授業をはじめます。今日は魔界の生き物たちを近くで見ます。一時間目は私と一緒に、湖の中に潜ります。陸で生活している人たちは、初めての経験ですね。わくわくしますね!」

 コッコメット先生はすごく楽しそうにそう言ったが、クレイはとてもワクワクなどしなかった。

 「俺、泳げません!」

 そう叫んだのは、クレイだけではなかった。



 ジャムたち、獣人の子供たちや、翼人の子供たちは一斉に騒ぎ出した。

 「湖って、あの湖?」

 「翼が濡れちゃう……」

 「息ができないんでしょう?」

 対して、吸血鬼の子供たちや魚人系の子供たちは落ち着いたものだった。

 「落ち着け。泳ぐことは無いから」

 メーラが青くなって震えるクレイを見て、そう言った。

 「ハイ皆さん、落ち着いて。大丈夫。湖に潜るとは言っても、泳ぐわけではありません。魚人の皆さん以外は、息もできませんからね。先生の魔法を使って、濡れることなく湖の中に入ります。安心してください」

 コッコメット先生の言葉に、生徒たちは落ち着きを取り戻すが、それでも、どこか不安そうだった。クレイもだ。

 湖は、湖岸から眺めるのはとても綺麗で好きだが、潜るとなると話は別だ。

 水の中では息ができないし、視界も悪い。湖の底には何がいるかわからない。

 「では、移動しますよ。ついてきてください」

 コッコメット先生はそう言って歩き出した。ベーベクラスの方角だ。

 きっと、そこから湖に入るのだろう。

 「なあ、泳いだことあるか?」

 ジャムが聞いてきた。

 クレイはぶんぶんと、首を横に振る。 

 「オレも無い。オレの姉ちゃんが、一度川で溺れかけたことがあるんだ。だから、水って苦手なんだ」

 いつも元気なジャムが、今は不安でいっぱいの顔だ。

 「大丈夫だよ。水には濡れないし、呼吸もできる。溺れたりしない」

 メーラは落ち着いたものだ。きっと、コッコメット先生がどんな魔法を使うのか、予想がついているのだろう。

 「……湖の中にはさ、色んな生き物がいるんでしょう?俺、図鑑で見たんだ」

 クレイはベーベクラスで見た図鑑を思いだしながら言った。魚や貝はまだいいとして、毛虫の大きくなったような奴や、どこに目があるのかわからない生き物のイラストを見た。

 正直、気持ち悪かった。

 「毒があったり、棘があったりするって書いてあった。それに、すごく早く水の中を泳ぐんだ」

 「うう……」

 ジャムが一層不安に駆られたように、うめいた。

 「大丈夫だって。先生の魔法だぞ?信用しろよ。怪我一つしないよ」

 「メーラは潜ったことあるのか?」

 「ここじゃないけど、別の湖で一度ね。父さんが連れて行ってくれた。結構楽しかったぞ」

 「……そうなんだ」

 クレイとジャムは、メーラの「楽しかった」という言葉で、少し不安が紛れた。

 ほどなく、湖岸についた。

 湖は今日も綺麗だ。水面がキラキラと輝いている。

 「さて、湖の中には身軽で行きましょうね。魔法の杖以外のものは、この袋に入れてください」

 コッコメット先生が、魔法で大きな袋を出した。クレイはノートやインクが入っているバッグを預ける。

 「では、これから、湖の中に潜ります。さっきも言った通り、呼吸はできますし、体が濡れることはありません。ですが、湖の中はお日様の光が届かない場所があり、暗いです。それと、周りが水だらけになりますので、圧迫感を感じると思います。狭い場所や暗い場所が苦手な人はいますか?」

 生徒たちはお互いを見る。

 手を上げたそうな子はいたが、誰も上げなかった。

 クレイも暗い場所は苦手だが、誰かが傍にいてくれれば別だ。たぶん、大丈夫。

 「わかりました。ですが、本当嫌になったら、先生に申し出てください。暗くて狭い場所にいると、不安になることがあります。大人でもあります。君たちがそうなっても不思議ではありません。そうなったら、先生はすぐに陸に上がります。湖の中で我慢することはありませんよ。お勉強は陸の上でも十分できますからね」

 先生は真剣な顔で生徒たちを見回し、言った。

 クレイは大真面目に頷いた。

 怖かったら先生に言う。我慢はしなくていい。

 そう言われると、少しだけ安心した。

 ちょっとくらいなら、湖の中を楽しめるかもしれないと思い始めた。

 「それでは、魚人の子、前に出てください」

 コッコメット先生の言葉で、7人の生徒たちが前に出た。

 「君たちは湖の中は慣れていますね。なので、慣れていない子たちを助けてあげてください」

 魚人の子供たちは、「ハイ」と返事をした。

 「湖や海に潜った事のある子はいますか?」

 メーラや吸血鬼の子たちが手を上げた。

 巨人のモーリス君も、手を上げた。それ以外にも数人、経験者がいた。

 「では、それ以外の子たちの傍にいてあげてください。ええと、ケマー君はあっち。サミアさんは、向こうの子たちをお願いします」

 コッコメット先生に言われ、魚人の子たちが移動する。クレイとジャムの元には、ジャミンと言う名前の女の子が来てくれた。

 「よろしくね」

 不思議な目の色をした子だった。

 濡れたような青い色をしていた。魚人と言う事だったが、体に鱗は見えない。

 「私は人魚よ。何かあったら、私の手を握ると良いわ。ここは私達のコミュニティでもあるから、よく知っているの」

 「暗い?」

 ジャムが不安そうに聞く。

 「少しね。でも、いきなり暗くはならないわ。先生がゆっくり潜ってくれると思う。お日様の光が届いているところは、とっても綺麗よ」

 ジャミンはそう言って微笑んだ。

 クレイとジャムは少しだけ安心した。

 「では、皆さん、注目してください」

 コッコメット先生がそう言って、杖を降り上げた。

 先生の杖の先から、何かが飛び出した。クレイたちの周りを、薄紅色の膜が覆う。

 「少し浮きますよ」

 ふわりと、クレイは浮遊感を味わった。

 桟橋についていたはずの足が、少しだけ浮き上がっている。

 クレイの足はちゃんと固いものを踏んでいた。薄紅色の膜が、床になっているのだろう。

 「これが、潜水艦替わりです。上を見てください」

 上を見ると、膜が一部無い場所がある。

 「これが空気穴です。ここから空気を取り入れながら、私達は湖の中へと入ります。ここを煙突のように伸ばします」

 コッコメット先生は、生徒たちが安心できるように、詳しく説明してくれた。

 「それでは、もう少し浮き上がりますよ」

 膜は生徒たち全員を載せて、軽々と空へと浮き上がる。

 桟橋が、少し遠くなった。

 「ここから桟橋くらいまでの深さの場所に、潜ります」

 クレイはちょっと驚いて、先生を見た。

 もっと深い場所を想像していた。しかし、この高さと言う事は、寮の二階部分よりも低いということだ。

 「へえ。こんなもんなんだ」

 「そんなに潜らないんだね」

 生徒たちも、驚いたようにそう言った。

 コッコメット先生は、にっこりと微笑み、生徒たちを見回した。

 皆の顔は、さっきよりも随分明るくなっていた。

 「だから、怖くないって言ったじゃん」

 メーラが言う。

 「それでは、潜りますよ」

 コッコメット先生がそう言って、杖をふる。薄紅色の膜がゆっくりと湖へと動き出した。


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