54
休日の二日で、ゆっくりと体を休め、とうとう月曜日がやって来た。
「今日こそ教室に行くぞ!」
クレイはやる気満々で、かばんにノートとインクと羽ペンと魔法の杖を入れて、寮を出た。
手には、二日間じっくりと寝かせた、小人用のお酒がある。
お酒は透明な、濃い緑色になっていた。
本にあったとおりだ。
クレイはお酒造りに成功したのだ。
(あとは、これを小人に見せれば大丈夫、なんだよね?)
クレイは足早に城の入り口に向かう。
早くお酒の効果を試してみたくて、仕方が無かった。
城の入り口には、いつも階段を使っている生徒たちが、クレイを待っていた。
「あ!来た来た!」
「お酒どう?作れた?」
クレイが小人対策に、酒を作っている話が休日中に広まったらしい。巨人の生徒たちも、クレイの手元を興味津々で見ている。
「はい!できました。それじゃあ……」
クレイは小人を見る。
階段の中腹にたたずみ、いつもと違う様子に戸惑いを見せている小人達は、警戒するようにクレイを見る。
「なんだ?おまえ、それ、なんだ?」
「何を持っているんだ?」
「金貨じゃないぞ。なんだ?」
槍を構えながら、こちらを見ている。
「これ、お酒!。これで、ここを通して!」
クレイはそう言って、緑色の液体の入った瓶を、小人に差し出した。
「ばか!ここであげちゃだめだよ!」
ジャムに腕を引っ張られた。
小人達は、お酒と聞いて興味がわいたようだ。穴から他の小人達も出てきた。
「え?でも、これ、あげないと……」
「先に階段から引き離すんだよ。じゃないと、ここで酒盛り始めちまう」
ジャムの言葉に、周りの生徒たちも、うんうんと頷く。
「まず、ふたを開けて、においをかがせるの。そしたら、穴の中にいる小人が全員出てくるわ」
翼人の女の子がそう教えてくれた。
クレイは言われたとおりに、ふたを開ける。つんとした臭いが立ち昇り、階段の周りが臭くなった。
「うぐ!?」
ジャムが涙目になって、鼻をつまむ。
クレイも咳込みそうになった。
「う、嘘。俺、失敗しちゃった?」
あまりの強烈なにおいに、くらくらしながらそう呟くと、ジャムや他の生徒たちが、鼻をつまみながら、首を横に振る。
「いや、成功。むしろ、大成功?ここまですごい臭いを出せるお酒は滅多に無いわ」
翼人の女の子が、ちょっと距離を取りながら、そう言ってくれた。
しかし、その場の生徒全員に一歩下がられ、クレイは少し寂しい思いをする。
できる事なら、お酒を放り出してクレイも逃げたいが、そういう訳にもいかない。
「酒……酒の匂いだ」
気づくと、小人達がギラギラとした目でクレイに近づいてきていた。
槍を手放し、まるでお酒しか見えていないかのように、両手をこちらに出して、近づいてくる。
ちょっと怖い。
「クレイ!階段からできるだけ遠くに行け!そこに酒を置くんだ」
ジャムから言われ、クレイは駆け出す。
小人も駆け出した。
小人は今まで階段から降りたことは無かった。本にも、縄張り意識が強く、小人の生活の中での移動範囲は1メートルにも満たないと書かれていた。その代り、巣穴が広くて、とても入り組んだ造りになっているらしい。
その小人達が、クレイの持つ酒を追いかけてきた。
クレイは慌てて、どこに酒を置くかを考える。
ジャムの言葉だと、酒を置いた場所で酒盛りを始めるようだから、人が通るところはダメだ。できるだけ邪魔にならない、隅っこが良いだろう。
クレイは入口の扉の裏側へと回り込んだ。
扉は、朝開き、夜閉じる。昼間は開きっぱなしだ。
開いた状態だと、扉の裏側に、少しスペースがある。小人のサイズなら、きっと全員入れるはずだ。
クレイは小人達が酒を見ていることを確認しながら、扉の後ろに回り込み、そこに酒を置いて、すぐに離れた。
手が届く場所に酒が置かれ、小人達は俄然ギラギラした目で、走った。酒瓶を取り巻き、今にも飛びつきそうな目で見上げる。
「……なにしてるの?」
「ボスが来るのを待ってるんだよ。一番に酒を飲むのはボスだ」
ジャムが鼻をつまみながら、説明してくれた。
数人の小人が、小さな平皿を持ってきた。瓶のままでは飲めないから、それに酒を注ぐつもりなのだろう。
クレイは、一瞬、手伝おうかなと思ったが、今近づけば、絶対に噛みつかれるとも思ったので止めた。
小人達は協力して、大きな瓶を少しづつ傾けて、平皿に酒を移そうとしている。
「おい、行かねえのか?」
振り返ると、生徒たちのほとんどが、階段を上がろうとしていた。
「ありがとうね、一年生」
「助かったわ」
「これで、一週間は楽にのぼれる」
口々にクレイにお礼を言って、階段をのぼっていく。
いつもは、飛んでいく翼人や吸血鬼の生徒たちも、今日は階段を使うようだ。
「おはよ。成功したみたいだな」
メーラが来た。
眠そうな目で、扉の裏にいる小人達を見る。
「それにしても、すっげー臭いだな」
「お前、酒造り上手いなあ。小人はあの匂いが大好きなんだよ。オレは鼻が曲がりそうで嫌だけど」
ジャムに褒められて、クレイはちょっと得意げになった。
「料理は得意だからね」
「よし、それじゃあ、行こうぜ」
「うん!」
ようやく階段がのぼれる。
クレイは嬉しくて、駆けあがった。
「あー、ちょっと待て、降りてこい、二人とも」
「え?」
メーラに止められ、クレイとジャムは振り返る。
「今日の一限目は二階じゃねえよ。こっち」
そう言って、外を指さした。