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 貰った花弁をステアの口元に持っていくと、咥えてくれた。ステアはゆっくりと蜜を吸い始める。

 「ケビンもお腹空いてる?怪我してる?」

 「怪我は心配ない。腹が減ってる。何かくれ。本当に死ぬ……」

 「待ってて!」

 クレイは自分用に作っていた、キノコと鶏肉の串刺しを、ケビンに持ってきた。

 ケビンはとても飢えていたようで、串をのどに突き刺す勢いでかぶりついた。

 「ウサギも食べますか?」

 「魚もあるよ」

 他の生徒たちも、心配になったようで、色々とお裾分けしてくれた。 

 ケビンとステアは、食べ終わると、生き返ったようにほっとした顔をした。

 「ああ、やっと落ち着いた……」

 「ああ、こんなことは久しぶりだ。魔力切れと空腹で目を回すなど……」

 ステアは人の姿になった。

 いつも、身だしなみに気を使うステアだが、今日はシャツがシワシワで、黒の上着に土や葉っぱがくっついたままだ。

 「何があったんですか?森の中で何かに襲われたんですか?」

 「図書館の前で会っただろう?そのコーテャーに吹っ飛ばされて、それから三日間森の中で闘ってた」

 「……え!?あれから、ずっと!?うそ!?」

 クレイはびっくり仰天して、叫んだ。

 「ご、ごめん、俺、ケビンは大丈夫だと思って、助けを呼ばなかった!ああ、そんな!」

 「あ、いやいや、大丈夫。お前が悪いんじゃないんだよ。悪いのはこいつ。この犬」

 ケビンが、茶色の犬を指さす。

 犬は魚の骨を貰って、美味しそうに齧っていた。

 「こいつ、コーテャーってやつで、オレを魔法使いに育てたいらしくてな。森の中で修行させられてたの。魔物ホイホイの魔法使って、次から次へと魔物呼び寄せて……はあ、思いだしたくない……」

 ケビンはぐったりとして、そう言った。

 クレイは、金曜日に読んだ絵本を思いだした。コーテャーと魔法使いになりたい女の子のお話だった。その中にも、コーテャーが女の子を連れて魔法の森に入り、沢山の魔物と闘って修行する場面があった。

 まさか、ケビンも同じことになっていたなんて。

 「……あれ?じゃあ、どうして師匠が一緒なんですか?」   

 あの時、魔法陣の中に吸い込まれたのはケビンだけだったはずだ。どうして、ステアが一緒にいるのか。

 「私は、クレイのコーテャーに吹っ飛ばされたのだ」

 「え?あいつに?」

 クレイは辺りを見回す。日当たりのいい場所に、狐のような猫の魔物がいた。

 呑気そうに日向ぼっこしている。

 「夜にこっそり会いに行ったんだが、気づかれた。コーテャーは、私のようなものを嫌うからな」

 「え?吸血鬼を嫌うんですか?」

 「いや、親とか家庭教師のように、憑いたものに簡単に答えを教えようとする存在を嫌う。コーテャーは厳しい先生なのだ、魔法使いの卵が自分で考え、答えを出して成長することを望むのだ」

 「……絵本にもありました」

 ステアはぱっと顔を明るくして、微笑む。

 「コーテャーの絵本を読んだか!わかりやすいだろう?彼らについての本は沢山あるから、もっと読みなさい。お勧めは……」

 ステアが喜々として話そうとしているところに、クレイのコーテャーが来た。

 探るような目で、ステアを見ている。

 「う……これもダメか?」

 クレイの膝に乗り、目を閉じた。

 耳をぴくぴくと動かし、まるで、「聞いているぞ」と言っているようだ。

 クレイは怒って、膝からコーテャーを放り投げた。

 「お前ふざけるなよ!師匠は俺の師匠なんだ!俺は師匠に魔法を教えてもらうんだ!お前じゃない!」

 「クレイ、クレイ落ち着きなさい。コーテャーは本当に良い先生なのだ。お前を育ててくれるし、お前を守ってもくれる」

 「でも、こいつ、意地悪ばっかりするんです!この一週間、師匠に会えななったのは、こいつのせいなんでしょう!?お、俺は会いたかったのに……」

 この一週間の大変さを思いだし、クレイは悔しくて涙が出た。

 慣れない場所で、授業にも出れず、四苦八苦しながらの一週間だった。ステアやケビンがそのうち顔を見せてくれると思っていた。特にステアには、ずっと会いたかった。ステアの使い魔が、コーテャーに食べられそうになった時、心配して来てはくれないかと思っていた。しかし、ステアは来なかった。

 忙しいのだろうと思っていた。

 ステアも先生をはじめたばかりだ。クレイの家庭教師とは違い、今度は沢山の生徒たちに勉強を教えるのだ。勉強好きで、教えるのが大好きなステアが、沢山の時間をかけて準備をしている姿を思い浮かべ、クレイはずっと我慢していた。

 そのうち、会える、会いに来てくれると信じて。

 「なのに……こいつが邪魔してたなんて……」

 クレイはコーテャーを見る。

 コーテャーは涼しげな顔で、クレイを見ていた。

 「お前、森に帰れよ!俺はコーテャーなんていらない!」

 「クレイ!そんな事を言ってはいけない。コーテャーはお前に必要なものだ」

 「俺は師匠が良いです!」

 「もちろん、私もお前の先生だ。だが、以前のようにつきっきりで魔法を教えることはできない。わかるだろう?魔界に慣れていないお前には、彼が必要なのだ」

 コーテャーが抗議をするように、ききっと鳴いた。

 「失礼、彼女かな?」

 「きっ」

 コーテャーが「そうだ」と言うように鳴く。

 「……こいつ、わかりやすいな。お前も、何か反応しろよ。ずっとニコニコしてて、わかんねえんだよ」

 ケビンが茶色い犬に向かって、そう言った。犬は笑顔で尻尾を振っている。

 「クレイ、お前は既に、彼女に助けられているはずだ。違うか?」

 「……うう、でも……」

 コーテャーがクレイをベーベクラスへ向かわせた。そこにクレイに必要なものがあると知っていたのだ。

 コーテャーがいなかったら、クレイはいまだに自分の力で何とかしようとしていたかもしれない。

 情報を得られないまま動くのは、とても危ない。沢山の絵本を読んで、それが今は身に染みている。 

 吸い込んだのが、眠るだけのアカキノコの胞子だったのは、ラッキーだった。校内にはもっと毒性のあるキノコもある。

 ムラサキバイツは本当に危ない生き物だった。イゴー先生は、クレイとメーラとジャムの三人の命を救ってくれたのだ。

 「師匠に会えないのは、嫌です。ケビンも」

 「安心しなさい。休日はこうやって会える。お前がもっと魔界に慣れれば、そのうち教室でも会えるようになる」

 「……わかりました」

 「うん、それじゃあ、ご飯を食べよう」

 ステアはそう言って、クレイの肩に手を置いた。


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