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土曜日の朝、寮の中は騒がしかった。
寮の苔とキノコを取るために、三年生全員が集まって来たからだ。あの時、体中にキノコを生やしていたのは、彼らだった。今も、頭や肩からキノコを生やしている人がいる。
「よおし、皆、来たわね。頑張ってキノコと苔をやっつけちゃいましょう」
エーテ先生が、元気よくそう言った。
キノコと苔のやっつけ方は、まず、手で苔とキノコをむしり取り、その後、壁と床にエーテ先生特製の液体をまき、しっかりと擦りつけることだ。この液体が、床や壁に入り込んだ菌糸を殺してくれるらしい。
「皆、手袋とマスクと防護眼鏡をしてね。廊下を歩くくらいなら平気だけど、今日は一日中ここにいることになるから、菌を吸いこんじゃうわ。そうしたら、また体からキノコが生えてくるわよ」
「はーい」
生徒たちはクスクス笑いながら、返事した。既に体から生えてきているので、もう笑うしかないという感じだった。
クレイはしっかりと準備をして、一階の廊下から始めた。
キノコをむしるのは簡単だったが、苔を取り除くのは難しかった。ぬるぬるしているせいで、指で上手くつまめない。
「うーん……これじゃあ、時間がかかるなあ……」
クレイは考え、部屋から役に立ちそうなものを集めてきた。
ハサミやナイフよりも、硬い定規が役に立った。床から苔をこそげとる。
他の生徒たちも、クレイと似たような道具を使って、苔を取っていた。
あらかた苔を取り除き、顔を出した床に薬液をまいて、布で擦る。
これを繰り返しす。
お昼ごろには、寮はすっかり綺麗になった。
「みんなお疲れさま。さあて、明日どうなっているか、楽しみね」
「コツコツやっていかないとねー。菌糸類って実験には最適だけど、こういう時困る」
「でも、一番大変なのは今日だし」
「そうそう」
三年生たちが、そんな話をしていた。
クレイが首を傾げていると、一緒のフロアを掃除していた翼人の先輩が教えてくれた。
「菌糸はすごく強いんだ。今日の掃除だけじゃ全滅はしない。たぶん、明日になったら、また、生えてくるよ」
「え!?また?」
「そう。掃除が甘かったところにわさっとね。それを毎日取り除いて、この薬液振りかけて……そうだな、全滅させるのに一カ月はかかるかな?」
「……そ、そんなに……」
「毒の無い菌糸類で良かったわ。毒があったら、寮は閉鎖だもの」
エーテ先生がエプロンを取りながら言った。その場合、クレイたちはどうなるのだろう?
「さあさあ、お昼ご飯にしましょう。オーベンさんが沢山食材を持ってきてくれたわ」
エーテ先生の言葉に、三年生たちは歓声を上げて、外へと飛び出して行った。
寮の外では、既に準備が始まっていた。
今日は学校がお休みなので、食堂も休みなのだ。こういう時、生徒たちはどうするのかと言うと、自分でご飯を作って食べることになる。
色んな食材が寮の談話室に用意されていて、そこから欲しいものをとっていくのだ。
朝、起きてきたら、談話室で食材の争奪戦が起きており、クレイは何事かと驚いた。
クレイの分は、他の生徒たちと分けられており、誰とも喧嘩せずに済んだ。
今朝はジャガイモと卵を焼いて食べた。
魔界の良い所は、好きなところで魔法の火を起こせるところだ。外でたき火を作っても良いし、談話室にある暖炉をコンロ代わりにしている子もいた。鍋やフライパンやお皿も、沢山準備してある。
5年生にもなると、それらを一切使わずに、全部魔法で済ませる子もいた。洗い物もいらないので、すごく楽そうではあるが、食器に盛られていないご飯はなんだか寂しかったので、クレイはお皿を使おうと思う。
「さあ、皆、沢山お食べ。食材はたっぷりあるからね」
食堂で働くタコのおばさん、オーベンさんが、そう言って、木箱を抱えてやって来た。中にはどっさりと食材が入っている。今日のオーベンさんは、コック姿ではなかった。生徒たちも、制服替わりのローブは着ずに、私服姿だ。
「ねえねえ、タラの実見つけた。これも焼こう」
「さっきのキノコも焼いて食べようぜ」
生徒たちは、学校の周りで採れたものも持ち寄ってきている。
そこへ、獣人の先輩たちが、ウサギのような生き物を数羽、手にやって来た。
「ゴードンウサギが獲れたぜ!食べたい奴いるか?」
主に獣人の生徒たちが、歓声を上げてウサギに群がる。さっそくナイフを取り出して、下処理を始めた。
その隣では、魚人の生徒たちが魚をさばいている。見たことのない魚に、クレイは自分の料理を忘れて、見入った。魚人たちは手慣れた手つきで魚をさばいていく。
パッパース村は海が遠いので、新鮮な魚は滅多に見れなかった。ほとんど塩漬けされていたり、日干しされていた。なので、生の魚のキラキラした姿に、クレイは驚いた。
「まあ、美味しそうなギンダイね」
私服姿のイゴー先生がいた。
他にも数人の先生達が、生徒たちに交じっている。師匠とケビンはいなかった。
寮の周りに良い香りが漂い始めた頃、森の中から何かが現れた。
ゆっくりと、大きなものがずりずりと近づいてくるので、生徒たちは一瞬きょとんとした後、慌てて距離をとった。
生徒を守るように、先生達が前に出る。
「やっと、着いた……」
そう言って、倒れたのはケビンだった。
大きなものは、鹿のような生き物だった。既に死んでいる。
「け、ケビン?どうしたの?」
クレイは、慌てて駆け寄る。
「く、クレイか?よかった、昼に間に合った……これはお土産だ。晩御飯にでもしろ」
そう言って、鹿のような獲物を叩き、力尽きたように地面に転がった。
安全だとわかった生徒たちが、近づいてきた。
「すっげー!二本角バイルだ!」
「これ、食べて良いの!?やったー!」
「すごいの捕まえたね、ケビン先生」
「ケビン先生、姿が見えないと思ったら、森に入っていたんですか?こんなぼろぼろになって……」
イゴー先生がケビンを助け起こす。
そこへ、茶色い毛をした犬が、尻尾を振りながらやって来た。
「そ、そいつをオレから離してくれ。もう、森には行かねえぞ」
ケビンが茶色い犬に向かって、そう言った。犬は嬉しそうに、尻尾を振っている。
犬の背に、黒い塊があった。何かと思ったら、大きなコウモリだった。ぐったりしている。
「え?もしかして……」
「うう、やっと着いたのか?」
コウモリが口をきいた。師匠だった。
「師匠!?師匠、大丈夫ですか!?どうしたんですか!?」
クレイはコウモリ姿のステアを抱き上げる。怪我をしている様子は無い。
「クレイか……大丈夫、私はお腹が空いているだけだ」
「ケビン!」
「今、血を吸われたら、オレは死ぬぞ……」
「あ、そっか。それじゃあ……あの花!待っててください、師匠。探してきます!」
ぐったりしているステアを、ケビンの隣に寝かせて、クレイはオーベンさんの所に向かった。食材の中に、あの花もあった。
「これ、ください!」
「はいよ」
一部始終を見ていたオーベンさんは、すぐに花をくれた。