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木曜日と金曜日、クレイは授業へ行くのをきっぱりと諦め、ベーベクラスにある絵本の内、六芒星マークのついているものを全て読み込んだ。
絵本はとても勉強になった。
小人、キノコ、綺麗でも毒のある花、小さな虫大きな虫、人語を話す獣、水の中に住まうまだ知られない生き物、人間の子供サイズの大きさなら、悠々と連れ去ってしまう鳥……
いろんな生き物についてのお話があった。
魔界で生活していたら、これらの生き物と出会う確率が高いという事だ。子供に対処法を教える本があるほどに。
魔界には、クレイの知らない生き物がいっぱいいる。それぞれ、危険なところもあるが、実物を見てみたいと思うようなところもたくさんあった。
絵本の中には、魔界に住む人々の体の特徴を描いたものもあった。獣人、吸血鬼、魚人、翼人、巨人、人間も少しだけ書かれていた。
図鑑のようなものではなく、マーリークサークルで交流する子供たちが、お互いの体や生活習慣の違いを理解できるような本だった。
メーラが食べていた花の事も書いてあったし、獣人や翼人が夏と冬では毛や羽の状態が変わる事、魚人は寒さに弱い事、巨人は体は大きいけど、実は人間よりも少食である事が書かれていた。
「へー、そうなんだ……」
クレイはその本を読みながら、何度もつぶやいた。
一年生で話したことがあるのは、メーラとジャムとサマーンの三人だけだ。他の子達の事は、まだ、ほとんど知らない。
しかし、これから教室に行けるようになれば、話をするようになるだろう。その時に、相手の事情を知っておいた方が良い気がする。
「……人間の情報はすごく少ないんだな……」
人間のページは、他の人と比べて、すごく少なかった。情報も、未知と書かれている部分があり、人間と魔族が離れて生活していることがよくわかる。
(でも、他の魔族とそんなに違うとは思えないな)
クレイはそう思った。
絵本の次に勉強に役立ったのが、歌だ。
赤ちゃんや子供たちが集まると、ピッティー先生は必ず歌を歌ってくれる。
今まで、聞き流していた歌だったが、歌詞を聞いてみると、小人の歌のように特定の生き物の特徴を歌った歌があった。キノコの種類を歌う歌を発見した時は、感動した。
暗記するときに、歌にすると覚えやすい。キノコのように沢山の種類があるものは、覚えるのが大変だ(魔界のキノコは発見されているだけでも1000種をこえるという)。キノコはどこにでも生えているうえに、胞子が毒だったり、幻惑をみせるものだったりと、色んな作用がある。校内に沢山のキノコが生えているのを見た。覚えておいて損は無い。
ピッティー先生から歌を集めた本を教えてもらい、クレイは子供たちと一緒になって、歌って覚える事にした。ピッティー先生が捕まらないときでも、子供たちにお願いすると、喜んで教えてくれる。
そして、クレイは小人を躱す、とっておきの方法を見つけることができた。
♬ 小人はお酒がだーいすき
ミモザと松の実
苔とすもも
匂いを嗅いだら わっくわく
サビケとトビ虫
ノゲシと青キノコ
一口舐めたら とーろとろ
歌って 踊って 大宴会
外でも楽しく 大笑い
小人の気を逸らせるかもしれない方法だ。小人が好きなガラスや虫や植物を探す方法もあるが、クレイは、このお酒を試してみようと考えた。
お酒の材料について調べていると、図書館の近くで見つけた植物がそれである事に気付いたのだ。
お酒の作り方も載っていた。(『床下小人対策ブック』 564年刊行)
(草を採って、煮詰めるだけだから簡単そう。いっぱい作れば、しばらく小人に悩まされなくてもいいかもしれない)
クレイはそう思い、実行することにした。
お酒はしっかり煮詰めた後、一晩から二晩時間を置く必要がある。今日は金曜日なので、土曜と日曜の二日をかけてじっくり熟成させる。効果を試すのは月曜日だ。
クレイはさっそく、材料集めに取り掛かった。
使うのはサビケとトビ虫だ。トビ虫は、虫かと思いきや、虫のような動きをする食虫植物らしい。虫のような動きで、鳥を誘って食べると書かれてあった。捕まえる時は気をつけないと、怪我をする。
サビケは橙色の花をつける植物で、こちらは根に毒がある。やはり、取り扱いには注意だ。素手で触らない事と書かれていた。
クレイはステアに貰った、魔法のかけられた手袋と、採った植物を入れる袋、それに魔法の杖を手に、図書館へと向かった。
「やあやあ、人間の子クレイ。元気かな?」
首無し騎士がやって来た。最初会った時は怖かったが、今はもう、怖くない。
「こんにちは、エヴァローズさん。いい天気ですね」
「うむ、気持ちの良い日だ。今日は図書館に用かな?」
「いえ、草を採りに来ました。サビケとトビ虫を」
「ほお?サビケならば向こうで見たぞ。魔法の実験か?」
「お酒を作ろうと思って」
「なんだと!?」
首無し騎士はクレイにずいと詰め寄り、低い声でそう言った。
「あ、オレが飲むんじゃないです。小人に飲ませようと思って……」
クレイが慌てて言うと、首無し騎士は「ああ、なるほど」とすぐに身を引いてくれた。
「うむ、それならば良い。お酒は大人になってからだ。それならば、清水も必要だろう。この先に湧き水が出る場所がある。その水を使えば、良い酒ができるぞ」
「本当ですか?ありがとうございます!」
水を溜めるものを持っていなかったので、クレイは後で汲みに来ることにした。
手袋で手を守りながらサビケを引っこ抜き、トビ虫に気付かれないように後ろから近づいて、魔法の刃を使って茎を折る。トビ虫はしばらくぶんぶんと虫に擬態させた葉を震わせていたが、しばらくすると静かになった。
寮に帰り、井戸の近くに簡単にかまどを作る。酒を作るための鍋はエーテ先生が貸してくれた。
サビケとトビ虫を手でちぎっていると、ジャムとメーラがやって来た。
「あれ?何してるんだ?」
「小人のお酒作ってる」
二人はきょとんとした後、クレイの手元を見て歌いだした。
♬ 小人はお酒がだーいすき
ミモザと松の実
苔と……なんだっけ?
「すももだよ」
「ああ、そうそう、すももだ。これはサビケとトビ虫だな。なるほど、小人に酒を飲ませるんだな」
「オレもやるー!」
ジャムがトビ虫を小さくむしってくれる。
「歯に気を付けてね。まだ、取ってないから」
クレイたち三人が酒造りをしていると、寮住まいの生徒たちが、見学に来た。
「何してるの?」
「あ、これわかった!小人用ね!」
「うわー、助かるよ。あいつら最近、金貨金貨ってしつこくて……」
「オレ、この前、尻尾に噛みつかれた」
小人に悩まされている生徒は多いようだ。
「上手くいけばいいんだけど……」
レシピ通りに作ってはいるが、それでちゃんとしたものができるとは限らない。せっかく作ったのに、小人が見向きもしなかったらどうしよう。
「大丈夫、上手くいくよ。ちゃんとできてる」
メーラがそう言ってくれた。
清水を沸かし、サビケを入れると一瞬で橙色の液体になった。それを煮詰めるとじわじわと赤くなっていく。そこにトビ虫を入れると、どす黒い色になった。
「レシピ通りだけど、これ、本当に飲めるの?」
クレイは心配になって来た。
「……これから二晩置くんだろう?そのうち、ちゃんとできるんじゃないか?」
ジャムがそう言ってくれたが、その目は疑わしそうだった。
成功か失敗かは、二日後にならないとわからない。
クレイは出来上がったどす黒い液体を、瓶の中に詰め、しっかりと蓋をした。