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「ここで何をしている!?」
「ステアか!?それはこっちのセリフだ!新手の敵かと思ったぞ」
ケビンは剣を下ろし、大きなため息をついた。くたびれているらしく、剣に寄りかかるようにして立っている。ステアが作った、魔法の護符入りの防具は、あちこち傷が入っていた。
そして、その隣には、傷一つない茶色い小さな犬が、元気いっぱいという顔で尻尾を振って立っていた。
「ステア、お前、クレイに会ったか?あいつの傍に、狐みたいな猫みたいな、妙に強い魔物がいるんだよ」
「ああ、会った。あれはコーテャーだ」
「コーテャー?なんだそれ?オレ、そいつに魔法で飛ばされたんだけど……」
「私もだ」
茂みががさりと揺れ、四本足の鹿のような魔物が出てきた。大きな角を振り上げ、こちらに向けて突進してくる。
ケビンとステアと犬は駆け出す。
鹿もどきから逃げる間にも、樹上から何かが降って来る。暗くて良く見えないが、良いものではないと判断し、ケビンは剣で、ステアは魔法ではたき落とす。
「その剣はどうした?どこで拾った?」
「この奥で、岩に突き刺さってた。抜いたら錆も刃こぼれも無い。驚きだろ!」
ケビンは、剣を振るい、鹿もどきの角を断つ。
「ああ、もったいない。売ればいい値段になるのに……」
地面に転がった角を、涙を呑んで諦め、ケビンは城に向かって駆け出す。
角を失ってショックを受ける鹿もどきを見て、犬が嬉しそうにジャンプする。
「……その犬、傷一つないな」
「ああ、こいつ、やっぱり魔法が使えるみたいでさ。自分の身は守れるみたいだ。助かったよ」
ケビンは呑気な口調でそんな事を言う。
自分が置かれている原因を、わかっていないようだ。
「ケビン、その犬もコーテャーだ」
「は?コーテャーって何種類もいるのか?」
「ああ、姿かたちは様々だ。コーテャーは魔法使いのお供と呼ばれている。魔法使いにくっついて生きる魔物なのだ」
「……だったら、こいつは違うだろう。オレは魔法使いじゃねぞ。魔法使えないし」
「いや、使えるのだ。だから、コーテャーが付いている。その剣も、おそらく魔法剣だろう。もともとお前が持っていた剣にも、魔法がかかっていたな」
「いや、そうだけど……あれは、昔の仲間がかけてくれたんだ。コレが魔法剣?岩に突き刺さってたやつだぞ。どっかの冒険者の忘れもんじゃねえの?」
微かに羽ばたきを聞いた。
ステアは防御魔法を取る。
飛んできたのは、大きなフクロウの魔物だ。巨大な爪が、魔法の壁にはじかれた。
巨大な翼を持っているのに、ほとんど羽音がしない。
「くっそ!夜の森はやっぱり危険すぎる!」
ケビンが剣でフクロウを追い払う。
「ここはマーリークサークルの森だぞ、冒険者は来ない。その剣は用意されたのだ、お前のために」
「は!?誰が?どうやって?」
「その犬だ!魔法を使ったのだ。お前が必要とすると思ったのだろう」
ケビンが犬を見ると、犬はまるで褒めてほしそうな目をして、ケビンを見上げた。
「ついでに、今、魔物ホイホイも使っている。お前のためにだ」
「どういう意味だ!?オレのため!?」
森が静かになった。
敵が消えたのではない。
この森で一番危険な魔物が現れ、それ以外の魔物が逃げたのだ。
周りを囲まれているのを肌で感じる。
「お前は魔法使いの素質がある。コーテャーは、魔法使いに寄生する魔物といっても良い。魔法使いを育て、その魔力を餌として生きるのだ。だから、魔法使いには賢く、強く育ってもらわないといけない。学生にくっついた場合は、その親や家庭教師を近づけさせないようにすることもある。子供を助けようと、あれこれ教えようとするからな。こいつらは世界で一番厳しい教師だ。生徒が自分で考えて答えを導きだすまで試す。コーテャーと言う名は、コーチという言葉からとられたと言われている。引率するもの、人を引っ張り上げる者と言う意味だ」
「……つまり、この犬はオレの魔力が食いたいのか?」
「既に食っている。そして、その味が気に入ったのだろう。お前を強い魔法使いに育てる気満々だ。その剣は、こいつからの贈り物だろうな。おそらく、お前は魔法道具を操る方法に長けているのだ。知らず知らずのうちに魔力を使っている。コーテャーはその力を伸ばそうとしているのだ」
ステアは魔法の明かりを増やした。
魔物の姿が、現れる。
ムラサキバイツ。
ムラサキの毛皮、長い手足と大きな耳を持つ、肉食獣だ。かなり頭の良い魔物で、群れで狩りをする。けして、負け戦はしない。猫のように、こちらが弱るまで根気強く追い詰めてくる、嫌な魔物だ。
「よし、逃げよう。飛んでくれ」
ケビンは魔法剣を放り出し、ステアの背中によじ登ろうとする。
「無理だ。さっきから翼を出そうとしているが、うまくいかん。こいつが止めているんだ。ここで戦って、生き残るしか術は無い」
「お前、めっちゃ強い吸血鬼なんだろう!何とか頑張れよ!こんな犬に負けんなよ」
「コーテャーを見た目で判断するな。見た目は可愛らしくても、その中身は私を子ども扱いできるほどの年寄なのだ。つまり、魔法の実力は私よりも上だ」
ケビンはステアの言葉に、ふらりとよろめくが、すぐに身を持ちなおして、犬に掴みかかった。
「おい、オレはお前に魔力を食わせる気は無い。諦めろ。他を探せ」
犬はちょっと困った顔をして、「くうん」と鳴き、首を傾げる。
まるで、「大丈夫、怖がらなくても、がんばればきでるから」と言われているようで、腹が立つ。
「まったく、いい迷惑だ。お前を育てるために、私まで駆り出されるとは。ほら、立て。明日は二限目から授業があるのだ。それまでに終わらせて帰らねばならん」
ステアは魔法の明かりを増やし、視界を確保する。
コーテャーからの縛りにより、ステアが使える魔法は限られている。そうでなければ、魔法で火でも水でも出して、ムラサキバイツを追い払っている。
コーテャーはケビンがムラサキバイツを倒すことを望んでいる。ステアが呼ばれたのはおそらく、きっかけづくりだろう。
魔法使いの先達として、ケビンを導くための一人にするつもりなのだ。
ケビンは迷うようにステアを見上げ、迷っている暇は無いのだと悟った。
ムラサキバイツの囲いが、少しずつ近づいてくる。奴らの爪は鋭く、喉を切り裂かれでもすれば、一瞬でお陀仏だ。
「オレは魔法なんか使えねえ!良く見てろ!」
ケビンは、犬にそう言い捨てると剣を構えた。
剣が赤く光り、刀身に炎が纏わりついた。
「うえ!?」
ケビンは驚くが、犬は大喜びしている。
「それがお前の魔力だ。火を使うときは気をつけろよ。自分を焼かないように」
「ああもう、嘘だろう?」
ケビンは困り果てたように呟く。
ムラサキバイツは、突然現れた炎に及び腰になっていた。
その頃、クレイは寮の部屋で借りてきた本を読み込んでいた。
「コーチャーが魔法の先生?」
コーテャーについて描かれている絵本のほとんどが、コーテャーを大絶賛しており、絵本の中の主人公の魔法使いは、どの子も苦労の末、沢山の魔法を習得していった。
「……いじわるなのは当たってる」
絵本の中のコーテャーは、クレイにくっついたコーテャーと同様、意地悪だった。
しかし、その意地悪にも意味があり、すべて魔法使いを鍛錬するためのものだった。
コーテャーは今、ベットに寝そべり、毛づくろいをしている。
クレイと目が合うと、構ってほしいのかゴロゴロと喉を鳴らし、うねうねと体を動かす。
ただの狐っぽい猫にしか見えない。
喉元をなでてやると、気持ちよさそうに目を細めた。
「こいつがコーテャー?本当に?」
コーテャーはそうだというように、きっと鳴いた。