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時は戻って、クレイの入学式の次の日。
ステアはそわそわしながら、身支度を整えていた。
今日はクレイの初登校だ。
この、マーリークサークルで、初めての授業を受けることになる。
今まで、ステアの授業を受けてきたクレイが、他の教師たちからも、教わるようになるのだ。
(何故だか緊張するな。クレイは大丈夫だろうか?いや、大丈夫に決まっている。あの子は勉強が好きだし、わからない事はバンバン質問する。ここの先生は質問する生徒が大好きだ……しすぎて授業妨害して怒られたなあ、私は……)
昔のことを思いだし、苦笑する。
(メーラは心配ない。吸血鬼の友人もいる……メーラはどんな勉強がしたいのだろうな?攻撃魔法は楽しそうに学んでいたが、今はもう、飽きてしまったようだし……)
そんな事を考えていると、寮から学生たちがぞろぞろと出てきた。各所にあるコミュニティでも動きがみられる。
「よしよし……」
窓にべったりと顔をくっつけて、不審者丸出しで生徒たちを見ながら、ステアは呟く。
クレイとメーラの事も気になるが、今日からステア自身が受け持つ子供達の事も、気になる。
(三年生か……ふふふ、三年生。一番教えがいのある学年じゃないか。そろそろ進路で迷う時期だろうし……ふふふ)
「おい、気持ち悪いぞ。なに一人で笑ってやがる」
振り返ると、ケビンがいた。その隣に、茶色い犬もいる。
「なんだ、いたのか。そいつは何だ?」
犬を見て聞くと、犬は嬉しそうに尻尾を振った。
「あのの家に住み着いていたみたいでさ。懐かれた」
ケビンが犬を見ると、犬はなお一層嬉しそうに尻尾を振る。
「ほお?」
ステアは、不思議に思い、犬をじっと見る。
ケビンが使う事になった住まいは、もともと、森の管理人用の家なのだ。
昔々、まだまだ、学校の周りの森が落ち着かなかった頃に使われていたもので、その頃は、森の中を見回る魔法使いがいて、そこで寝起きしていた。
今は、それほど必要ないと判断され、しばらく誰も住んではいなかった。その代り、定期的に空気の入れ替えや、手入れをしていたはずだ。
犬が棲みついていれば、誰かが知っていたはずだが……
「普通の犬に見えるけど、ここに住んでるってことは、こいつも魔法が使えるんだよな?」
「ああ、そうだろうな。まあ、害はないようだ」
ステアは犬の目をじっと見て、そう判断した。少しだけ、とある魔物の可能性を思いついたが、ケビンにくっつくはずはないので、その可能性は除外する。
コーテャーは、魔法使いにくっつくものだ。ケビンは違う。
「さあ、そろそろ時間だ。行くぞ」
ステアは荷物を手に取り、廊下へと出る。ケビンもその後をついてくる。
今日、ケビンはステアや他の先生達が行う授業を見学することになっている。しばらくしたら、ケビン自身も人間についての授業をすることになっているので、その予習というところだ。
「はあ……オレが先生か……務まるのかねえ……」
ケビンは呟く。
「私に教えたようにやればいい。私はとても勉強になったぞ」
「でも、学生に人間の子育て法を教えてもなあ……」
そんな事を話しながら、教師用の住居フロアの廊下を歩く。
とある部屋の扉から、眠りを誘う危険な花が飛び出していた。
ステアは魔法を使い、ケビンは魔法をかけた布を口元にあてがって、足早にその場を離れる。犬は平気そうな顔でついてきた。
頭上に、赤色の毛色をしたサルがいた。
天井の突起部分を上手に使って、移動しているようだ。手に持っている木の実を投げつけてくる。ケビンがさっきの布で、それを絡めとると、サルは怒ったようにキーキー鳴いた。
「……ったく、ここは本当に危ないな」
絡めとった毒爆弾を見ながら、ケビンは呟く。この毒爆弾をぶつけられると、運が良ければ気絶、最悪死ぬ。サルは毒で意識の無くなった獲物を運んで、自分たちの餌場へと連れて行く。サルが獲物を食べるわけではない。サルのエサになる実をつける、とある植物のエサにするためだ。
廊下を歩いている間に、こういう危険な魔物たちに何度も遭遇する。
なぜ、城の中なのに、こんなにも危険な魔物に満ちているのかというと、このフロアが教師たちの住居スペースとなっているからだ。教師たちは、自分たちの部屋にも実験室を持っており、そこに実験動物や植物を持ち込む。ときどき、ああやって、逃げ出す魔物がいて、この中で棲みつくようになった。
あまりにも危険な場合、駆除するが、教師たちは優秀な魔法の使い手なので、危険と判断されるものの方が少ないのだ。
結果、このフロアは、生徒たちにとって最も危険なゾーンになってしまった。
このフロアへの出入り口には強力な結界が施され、出入り口では魔法をかけられた鎧が見張りをしている。危険動植物が外に出ることは無い。そして、生徒達は許可を貰わないと、出入りできない。
ようやく、危険ゾーンを脱したステアとケビンは、ほっと一息つく。
「やっぱり、剣を持って来るべきだった」
「そう言うな。あんなものを腰にさしていたら、生徒たちが怖がる。短剣で十分だろう」
ステアはうきうきとした足取りで、教室へと向かう。
既に、生徒たちが数人、入り口に集まっていた。
「おお!生徒だ!私の教え子たちだ!」
ステアは感極まったように呟く。
「二年後はきっと、あの中にクレイとメーラもいるぞ。楽しみだ」
ステアは本当に楽しそうに、そう呟いた。