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「ケビン!」
「クレイか!?おお、やっと会えた!!」
クレイはケビンに駆け寄って飛びつく。ケビンも満面の笑顔で抱き留めてくれた。
「図書館にいると思っていたけど、やっぱりか!」
「久しぶりだね!同じ場所にいるのに、全然会えなくて、寂しかったよ」
「メーラには何回か会ったんだけどなあ。ステアの奴も寂しがってるぞ」
クレイとケビンが、再会を喜び合っていると、首無し騎士が怒りの声を上げた。
「こやつ!まだ、学校の敷地内にいたのか!?ええい、生徒に近づくな!不審者め!」
そう言って、剣を構えた。
「おっとっと」
ケビンはクレイを背中に隠し、「オレは不審者じゃなくて、教師だって言っただろうが!」と、怒鳴る。
「そうなのだ、エヴァローズ。彼は、我が校の新しい教師だ」
「な、なんですと……」
校長先生の言葉に、首無し騎士は剣を取り落とした。
「こ、こいつは、魔法文字を読めなかったのですぞ。タダの一単語も」
「彼は魔法使いではないからな。新しく人間の社会について、我々が勉強するべき時が来たのだ。そのために来ていただいているのだ」
「人間?あやつは、人間ですか?」
「そうだ。そして、あの生徒、クレイ君も人間だよ」
「なんと!そうでしたか!てっきり、ドワーフかエルフの子供かと思っていましたよ」
首無し騎士は、そう言って、脇に抱えていた兜の額をぴしゃりと叩く。
そして、両足を揃え、胸に手を当ててケビンに頭を(首から下を?)下げた。
「これは申し訳ない事をした。新しい教師の事は知っていたが、まさか、魔法使いではないとは思いもしなかったのだ。どうか、許してほしい」
丁寧な謝罪に、ケビンは「そ、そうか……わかってくれればいい」と、面食らったように言った。
「私からも謝る。申し訳なかった」
校長先生が、そう言って、頭を下げた。
「あ、いや、あんたまで頭を下げることは無いよ」
ケビンがそう言うと、校長先生は顔を上げ、にっこりと微笑んだ。
「では、仲直りの握手を」
ケビンと首無し騎士エヴァローズは、お互い歩み寄り、握手した。
「では、吾輩は見回りに戻ります。小さき人間の子、クレイ、存分に勉強したまえ」
エヴァローズはそう言うと、愛馬ダイアモンドに跨り、颯爽と駆けて行った。
それを見送った校長先生は、クレイへと顔を向ける。
「マーリークサークルでの生活はどうだい?勉強の方は?」
「…………ええと……」
授業に出る以前の問題がある、とはいえず、クレイは困ってしまった。
しかし、校長先生はそんなクレイを見て、楽しそうに微笑む。
「大変そうだね。そうだろう。ここは人間の世界ではなく、魔界だからね」
「え?クレイ、何か困ってるのか?」
「う、うん、実は……」
クレイは正直に、階段を通せんぼする小人について話た。
話を聞き終わると、ケビンは「そいつら知ってる。ここを通りたかったら金貨寄越せって言ってくる奴らだろう?オレも魔界の森で何度か会った。しつこいんだよな。攻撃も地味に痛いし」と言った。
「でも、安心しろ。そいつらを躱すいい方法がある」
「本当!?」
「ああ、今からオレの家に……」
ケビンがそう言いかけたところに、コーテャーが割り込んできた。
クレイとケビンの間に入り込み、きーっと一声鳴いた。
いつもの鳴き声とは違う、独特の響きを持っていた。
クレイにはすぐ、コーテャーが魔法を使う気だとわかった。
コーテャーの頭上に魔法陣が現れる。
「お?」
ケビンはそれを見て、少し身構えた。
そして、次の瞬間、魔法陣からものすごい風が吹き、ケビンは吹っ飛ばされた。
「け、ケビン!?」
ケビンはゴロゴロと転がったが、その勢いを利用して、飛び起きた。
「そいつ、何だ!?」
「こ、この子はコーテャーって言って……」
「コーテャー?」
その時、またもやコーテャーが一鳴きした。今度はさっきよりも長い。それはつまり、唱える呪文が長いのだ。
ケビンの背後に、ケビンを飲み込みそうな魔法陣が現れた。
「ケビン!」
クレイは駆け出そうとしたが、校長先生に止められた。
「止めた方が良い」
「で、でも……」
背後の異変に気付いたケビンは、慌ててその場から逃げ出そうとしたが、魔法陣はすっぽりとケビンを包み込んでしまった。
ケビンと魔法陣が消えようとした時、森の中から小さな茶色い犬が飛び出してきた。消えかけている魔法陣に飛び込み、一緒に消える。
「……校長先生、ケビンはどこに行ったんですか?」
「どこへ行ったかは、この子が知っているだろう。どこだい?」
校長先生はコーテャーを見て、聞いた。
コーテャーは校長先生を見上げ、きーっと鳴いた。
「近くだと言っている。森のどこかだろう」
「言葉わかるんですか?って、森ってあっちの森ですか!?危険な森!?」
「ケビン君にとっては、それほど危険ではないよ。彼のコーテャーも付いていったみたいだし、必ず戻って来るよ」
「本当ですか?ケビンは危なくないですか?」
クレイは校長先生のローブを掴んで、問い詰めた。
クレイはこの四日で、魔界がいかに危険かを十分に体験した。しかし、森の中でどんな危険に遭うのかは想像もできない。
「大丈夫だよ。安心しなさい。彼は元冒険者だ。魔界の歩き方を良く知っている」
校長先生の声は落ち着いていて、説得力があった。
クレイは先生のローブから手を離した。
「……あの、さっき、ケビンのコーチャーが一緒って言いましたか?」
「ああ、さっき森から出てきた茶色の犬がそうだ。君にとってのこの子のようなものだよ」
そういって、クレイの足元にいるコーテャーを見る。
コーテャーは得意げな顔つきだった。
クレイはカッとなって、コーテャーに掴みかかる。
しかし、コーテャーはクレイの手をするりと躱し、校長先生の肩に逃げた。
「コーテャーって何なんですか?そいつ、オレの邪魔ばっかりするんです。ケビンが小人について教えてくれるところだったのに!師匠からの手紙も食べちゃうし!」
クレイはついつい校長先生にあたってしまう。
校長先生は、クレイの言葉を聞くと、何かを考えるように空を仰いだ。
「ふむ……今日は、木曜日だったが」
クレイの怒りなど見えてもいないように、校長先生が呟いた。
「……はい」
やっぱりこの人、苦手だ……と、クレイは心の中で思った。
「ベーベクラスで絵本の読み聞かせがある日だ。行きなさい。図書館は、また明日でも良いだろう」
校長先生がそう言うと、図書館の扉が閉じ始めた。
「ええ!?ダメです!オレ、調べたいことがあるんです!」
クレイは扉まで走った。
図書館の扉は、驚くほど大きかった。見上げるほど大きく。てっぺんが見えない。
きっと、クレイの手では動かすこともできないほど、重い扉のはずだ。
閉じる前に、体をねじ込まなくてはならない。
しかし、クレイの前に、大きな犬のような石像が降って来た。
全身、固そうな石でできているが、生きている。
「生きる石像。ガーゴイルと言う魔物だ。この図書館の入り口を守っている」
後ろから校長先生が近づいてきて、言った。
ガーゴイルは、校長先生には目もくれず、クレイをじっと見ている。時々、巨大な犬歯をみせるようにして、歯を噛み合わせている。普通の犬より、恐ろしい顔をしていた。
ガーゴイルの後ろで、図書館の扉は、閉じてしまった。
「クレイ君、ベーベクラスへ行きなさい。きっと、ピッティー先生が、良い絵本を読んでくれる」
「……絵本って……オレは赤ちゃんじゃないです!」
クレイは校長先生に怒鳴りつけると、そのまま走り出した。