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図書館に向かう道は、安全な青色だった。
コーテャーはまるで道を先導するかのように、クレイの先をトコトコ歩いている。
時々、少し離れた場所に赤色の塊を見つけて、クレイは慌てて布で口をふさぐ。
アカキノコの群集だったり、赤い花が集まって咲いていたりする。
(アカキノコって、どれくらい近づくと危ないんだろう?少なくとも、この距離は大丈夫のはず……この前はどれくらい近づいたっけ?)
気絶する前の事を思いだそうとするが、はっきりしない。
ただのキノコで、口に入れさえしなければ大丈夫だと思っていたので、かなり近づいたと思うのだが……
(あれ?そういえば、寮に生えているキノコの胞子は吸い込んでも大丈夫なのかな?エーテ先生は何も言わないし、他の子も普通に歩いてるから、大丈夫なんだろうけど……)
周りを見回すだけでも、何種類かのキノコを発見できる。森の奥へ行けば、もっとあるだろう。きっと、色んなキノコが、色んな毒を持っているに違いない。
(せめて、そこら辺に生えているキノコの種類は把握しておかないと、また、気絶しちゃう。キノコ人間にはなりたくないし)
そのためにも、図書館の中には入りたい。ステアが言っていたが、ここの蔵書数は、魔界の中でも、トップの部類に入るそうだ。
(それだけ本があるんだったら、きっと、キノコについて書かれているものもあるよね)
問題は、図書館の周りを移動していると思われる、黄色と赤の何かだ。
木立の間を抜けると、広い場所に出た。ぽっかりと空いた日当たりのよい場所に、にレンガ造りの大きな建物が、静かに佇んでいる。。
クレイは足を止めて、じっと建物の周りを見る。特に危険なものは見当たらない。魔物がウロウロしているのかとも思ったが、いない。
地図に目を落とすと、赤い点は動いておらず、黄色い点が図書館の裏手から、こちらに向かってきていることがわかった。
(な、なんだろう……)
クレイはドキドキしながら、それが現れるのを待つ。
コーテャーがきーう、と、楽しげな声を上げる。
何でもない、心配するなと言っているように聞こえた。
遠くから、馬の蹄の音が聞こえてきた。
「馬……に乗った人?」
図書館の陰から、黒い馬が一頭駆けてきた。かなり大きな馬だ。パッパース村の領主さまの馬よりも立派で、大きい。
しかし、馬が近づいてくるにつれ、馬の上に乗っている人物におかしな点がある事に気付いた。
おそらく男性。
黒光りする甲冑を着ていて、体格が大きい。腰には剣と鞭を携えている。
ここまでは良いのだが、小脇に、頭にかぶるはずの兜を持っている。どうして被っていないのかと言うと、彼には頭が無いからだ。
首無し騎士だった。
首が伸びる魔族も怖かったが、首の無い魔族はもっと怖い。
クレイは回れ右して、木立の陰に隠れた。
首無し騎士は、クレイを追いかけてくることは無かったが、馬を止めて、こちらをじっと見てきた。(顔は無いが、おそらく見ていた)
地図を確認すると、あの首無し騎士が、図書館の周りを動き回っている黄色の正体だ。
(ち、近づいたら襲ってくるのかな?)
クレイは木立の陰から動けずにいた。
そこへ、コーテャーがやって来て、「きき」っとひと鳴きし、首無し騎士の元へ、駆けて行った。
固唾をのんでみていると、首無し騎士は、膝をついてコーテャーを迎えている。何か話をしているようだ。
コーテャーが、きーきーとクレイを呼ぶ。
クレイは、震える足で立ち上がり、首無し騎士の元へ向かった。
首無し騎士は、じっとクレイを見ている。
顔は無いが、絶対に見ている。
「……こ、こんにちは」
クレイは。恐る恐る挨拶する。
「うむ、よい朝だな」
ちょっと偉そうだけど、首無し騎士が挨拶を返してくれた。
やっぱり男の人のようで、中年男性のような声だった。
「あ、あの、図書館に入っても、いいですか?」
「小さきものよ。まずは名前を名乗られよ」
「あ、オレ、クレイです」
「……苗字は?」
「苗字は無いです。ただのクレイです」
「そうであったか、失礼した。吾輩の名はジュリウス・エヴァローズ。この図書館を守る騎士である。彼女はダイアモンド。吾輩の良き相棒である」
黒い馬がヒヒンと嘶いた。
ダイアモンドの目は、大きな宝石のようにキラキラしていた。大きい体をしているけど、目は優しい。
「小さき者、クレイ。図書館に何の用か?」
「調べ物をしたくて来ました。魔界のキノコと、小人について調べたくて……」
「素晴らしい!」
首無し騎士の大声に、クレイは飛び上がった。
「知識を求める者よ。体は小さくとも、君の前には無限の可能性が広がっておる。ここは、知識の海、英知の泉。学ぶ志を持つ者が愛する場所である」
「は、はい……」
クレイは首無し騎士のどこを見て話せば良いのかわからず、首元で揺れるネックレスのようなものを見ながら、答えた。
「だからこそ、この場所は守られねばならない。何人たりとも、不審者を入れるわけにはいかないからだ。わかるかな?」
「は、はい」
「小さき者クレイ。君はマーリークサークルの学生かな?」
「はい、新入生です」
「うむ、そうだろう。しかし、それを簡単に信じるわけにはいかない」
「え……」
さあ、困った。
新入生である事を信じてもらえなければ、図書館に通してくれなさそうだ。
(どうしよう……なにか、学生だと証明できるもの……)
「あ、地図を持っています。この学校の。入学式で貰いました」
クレイは手に持っていた地図を、見せる。
首無し騎士は、地図をじっくりと見て「本物のようだ」と頷いた。
「しかし!そんなものは簡単に複製できる!もっと、確かな証拠を見せてもらおう。この魔界一の学び舎、マーリークサークルの学生であるという証拠を!!」
首無し騎士はそう言うと、腰にさしていた剣をすらりと抜いた。
(まさか、魔法で戦って倒してみろとか言うんじゃ……)
クレイの不安を他所に、首無し騎士は剣を地面に突き立てた。
錆一つない刀身には、文字が彫られていた。
「これを読んでみたまえ。ここの学生であれば、読めるはずだ」
それは魔法文字であった。
知っている単語がいくつかあるが、わからないものもあった。
「知る……あ、いや、知識か……ええと、これは欲しい?扉……」
クレイはしどろもどろに読み始める。
首無し騎士が、いつ「偽物!」と怒り出すかと思うと、怖かったが、そんなことは無かった。
「ゆっくりで良いぞ。必ず読めるはずだ」
そう言って、待ってくれた。
ちょっと落ち着いたクレイは、じっくりと文脈を見る。
(……これ、どこかで見たことがあるな……ええと、どこでだったっけ?)
読める単語だけを拾いあげると、記憶がぱっと蘇った。
パッパース村でステアに魔法を習っていた居た時に、幾度となく出てきた言葉だ。
「知識を求めよ。さらば扉は開かれん!」
クレイが叫ぶと、首無し騎士は、剣を高々と天へ掲げた。
「その通りだ。小さき者よ!知識を求めよ!ここは、それが叶う場所である。貴殿のために、あの扉は開く」
首無し騎士が図書館の扉を示すと、扉がひとりでに開いた。
「入って良いの?」
「もちろんだ。疑って済まなかったな。つい先日、教師に成りすました男が入り込みそうになって、警戒していたのだ」
「え……男?」
「そうだ。その男は、魔法文字も読めないくせに、自分は教師だと言い張った。もちろん吾輩は信じなかった」
クレイは嫌な予感がした。
魔法文字を読めない、新任教師に心当たりがある。
「あの……その男はどうなったの?」
「この鞭で縛り上げて、校長先生の元へ突き出してやったわ!今頃、校長先生の怒りの炎が、不審者の骨の髄まで燃やし尽くしている頃であろう!うわははは!」
首無し騎士はふんぞり返って、高笑いを上げた。
クレイはほっとした。
校長先生ならば、ケビンの事を知っているはずだ。怪我一つ負ってはいないだろう。良かった。
「ああ、偉大なるホーニョル校長閣下。吾輩の命に代えても、図書館の安全はお守りいたします」
首無し騎士は、城を見てそう呟き、左胸に拳をあてる。
ここにも一人、校長先生を信奉する人物がいた。
(校長先生って、いったい……)
クレイは心の中で首を傾げる。
学生たちも、学生の保護者にも、この首無し騎士にも、これほど信奉されている人だ。すごい人なのだろうとは思うのだが、クレイは会って初日に、いきなり「ベーベクラスへ行け」と言われて、少し腹が立っていた。
その時、来た道の方から、足音が聞こえてきた。
「見回りご苦労、エヴァローズ」
校長先生だった。
暗い赤色のローブを身に纏っている。
その後ろにケビンがいた。