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クレイはもやもやしたまま食堂を出る。

 朝の気持ちよさはさっきとまるで変わっていないはずなのに、クレイの気分は悪くなっていた。

 (だって……文化とか……変だよ、ここは勉強したい人が来るところで……)

 ステアが言っていたことを思いだす。

 ここに、社会勉強を目的で来る生徒もいると言っていた。

 (……サマーンは、社会勉強のためにきたんだろうか?)

 魔法の勉強ではなく、沢山の種族との共同生活。

 クレイはここにきて三日目だが、魔界の生活は驚くことばかりだ。確かに、勉強にはなるだろう。

 そして、一年生の授業料はとても安い。

 (……安いって言うけど、オレには払えない額だ……)

 クレイは立ち止まる。

 体中から力が抜ける感覚を味わった。

 (お金があるって、自由だな……)

 そう感じた。

 クレイにはお金が無い。

 だから、何をするにしてもとても苦労する。一般的には安いと言われる授業料すら、誰かに、ステアやケビンにお願いして、出してもらわなければならない。

 クレイを助けてくれる二人だが、彼らにだって生活がある。

 大事なものがある。

 クレイは、二人から奪っている。

 お金や時間を。

 だから、遊んでいる時間など、クレイには無い。ましてや、授業に行けるのに、寝るのを優先するなんて……

 クレイは、走って寮の部屋へと戻った。

 時間割りを確認し、今日の授業に必要な荷物をまとめて、かばんに入れ、部屋を出る。

 ベッドで寝ていたコーテャーが、慌てたようにクレイにローブのフードに飛び込んできた。

 どこへ行く気だと、キーキー鳴きだす。

 「授業に行くんだ。小人を飛び越える!」

 クレイは杖を握りしめる。

 城の入り口には、既に数人の学生がたむろしていた。

 まだ、朝早いので、人は少ない。

 しかし、小人達は元気いっぱいで階段の上で待ち構えていた。

 「そこ、通して!」

 クレイは杖を振り上げ、呪文を唱える。

 まだ、自信は無かったが、全力で飛べば何とかなると思った。

 昨日のベーベクラスの子供たちのように、力任せでやってみるんだ。コントロールはきかないから、とにかく高く飛ぶ必要がある。

 フードの中で、クレイを止めるようにコーテャーがキーキー叫んでいる。

 クレイは耳を貸さなかった。

 杖を降り下ろし、これまでしたことが無いほど魔力を注いだ。

 爆発したかのような音が足元で起き、魔力の光がクレイの目を焼いた。

 そして、高く高く飛び上がる。

 小人達の頭を飛び越え、階段が足の下で流れていく。 

 二階の廊下がぐんぐん近づき、クレイは体を丸め、受け身を取った。

 背中から落ち、ゴロゴロと転がり、壁に激突して止まった。

 クレイは顔を上げ、自分んが二階へと上がれたことを知った。

 「やった……」

 そして、そのまま気を失った。



 気が付いた時は、またもや昼過ぎだった。

 今度は外ではなく、寮の自室で寝ていた。

 コーテャーがクレイを見て、大きな目をぱちくりと瞬きさせる。

 そして、ベッドから降りて、扉の前まで行き、キーキーと鳴き始めた。

 しばらくして、エーテ先生が扉を開けて入って来る。

 「クレイ君、起きたのね。気分はどう?」

 「……なんだか、すごく、疲れてます」

 「魔力切れね。入口の階段を飛び越えたんですって?すごいわ」

 エーテ先生はクレイの顔を覗き込み、微笑む。

 クレイは起き上がれないほど疲れ切っていた。

 これでは授業に行けない。

 「エーテ先生、どうすれば授業に出れますか?」

 クレイは悔しくて、情けなくて泣きながらエーテ先生にそう聞いた。

 「オレ、勉強がしたいんです。ベーベクラスで遊ぶために来たんじゃないんです」

 エーテ先生は困った笑顔を浮かべる。

 そっと、クレイの前髪をかき上げ、撫でてくれた。

 「クレイ君、泣かないで。あなたは十分頑張っているわ。本当よ」

 「頑張ってないです。昨日も今日も気絶してばっかり……」

 「どうして気絶したの?」

 「……アカキノコを知らなくて……今日は、魔力切れ起こすくらい魔法を使って……」

 「人間の世界にいた頃、そういう目に遭った?」

 「遭わないです。だって……」

 「そう、人間の世界にはアカキノコも、階段の上で通せんぼする小人もいなかったのよね?でも、ここは魔界よ。魔法の世界なの」

 「…………?」

 「クレイ君は、魔法は知っているけど、魔界は知らないの。だって来たばかりだもの。上手くいかなくて当然だわ。だから、ここで勉強するんだもの」

 「…………これも勉強、ですか?」

 「そうよ。机に座って本を読むだけが勉強じゃないの。『知識だけで社会は学べない』。『失敗をして初めて、人は知恵を得る』良い言葉よ。とても大切な言葉」

 「……先生たちは、どうしてそんな曖昧にしか説明してくれないんですか?」

 クレイはちょっとイライラして聞いた。

 イゴー先生もエーテ先生も、タコのおばちゃんも、言葉があいまいすぎる気がした。

 エーテ先生は、クレイの言葉を聞いて、「うふふふ」と笑う。

 「ここが、お勉強の場所だからよ。クレイ君がここの生徒でなかったら、皆、答えをすぐに教えてくれるわ。でも、ここの先生達はそれはしないの」

 意地悪でごめんね、と、エーテ先生は言った。

 「こんな話を知ってる?あるところに、お腹を空かせた人がいました。お腹が空いて空いて、死にそうでした。そこに釣りの名人が通りかかりました。すぐそばに川があり、お腹を空かせた人は、助けてくれと頼みました。釣りの名人は言いました。「わかった。それじゃあ起き上がって、この釣竿を持て」釣りの名人は、お腹が空いている人に釣り竿と糸と餌を与えました。お腹が空いている人は「私は釣りをしたことがありません。釣れません」といいました。釣りの名人はそれに、こう答えました。「では、教えてあげる」」

エーテ先生は言葉を切って、クレイを見た。

 「お腹を空かせた人は、どうなったと思う?」

 「……魚を釣って、食べた?」

 「ええ、そうよ。では、それ以降、その人の人生はどう変わったと思う?」

 「…………」

 「もう、お腹が空いて倒れることは無くなったわ。それだけじゃないの。もっと良い事もあったのよ」

 「……なんですか?」

 「それは教えてあげない。考えてみて」

 エーテ先生はそう言うと、「お昼ご飯を持ってきてあげる」と言って、部屋を出て行った。

 クレイは一人残され、ぼんやりと天井を見上げた。

 「……やっぱり曖昧だ……」

 ちょっとふて腐れ気味に呟いた。

 でも、お腹を空かせた男がその後どうなったのか気になったので、考えてみた。


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